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正体を現す転生者

 武は一瞬呆けてしまった。何を言っているのだ、こいつと。そう思わずにはいられなかった。

 だが、渉は確信に満ちた顔をしている。その表情を見て、多少頭が冷えてきた武には容易に見当がついた。ついてしまった。


「まさか、お前も…… ?」


「ああ、そうだ。俺もお前と同じ転生者だ」


 一縷の望みをかけて尋ねた武の問いを渉はあっさりと肯定する。もちろん、真偽のほどは分からない。だが、武と同じ境遇でなければ『転生者』などという単語が出るとは思えなかった。


「疑ってるのか? 無理もない。今までそんな素振りを見せてこなかった奴に突然こんなことを言われてもな」


「いや。事態が変わりすぎていて頭がついていけてないだけだ。だが、得心がいった部分もある。一昨日、お前が公園で話しかけようとしていた内容はひょっとしてそれだったのか?」


 二日前に現れた渉は明らかに挙動不審だった。だが、それもこの話題について話そうとしていたのなら説明がつく。どう考えても、これはかなりデリケートな話題だ。そうおいそれと話せることではない。


「ああ。なんとなく散歩でぶらついてたらお前を見つけてな。この話題をしようか迷ったんだが、その結果あんなことになってしまった。本当に申し訳ない」


 渉は深々と頭を下げる。その表情には申し訳なさが浮かんでいる。武は一瞬戸惑うが、すぐに渉に詰め寄る。


「なぁ、お前。俺と同じ転生者なんだよな?」


「ああ。そうだ」


「なら、俺が元々いた世界についてお前は何か覚えているのか?」


 武の問いに渉は押し黙る。一分ほど待っても一向に口を開く気配がない。落ち着いてきたとはいえ、未だに先ほどの熱が残っていて沸点が下がっている武は感情任せに渉の胸ぐらを掴む。


「何とか言ったらどうだ?」


 そう凄む武に渉は気圧される。やがて諦めたかのようにため息をつくと、ぽつぽつと話しはじめる。


「これは俺とお前が元々いた世界が同じだという前提で話してる。それだけは留意してくれ」


「ああ」


 やっと話す気になったかと判断した武は渉の胸ぐらから手を離す。渉はシャツの襟元を直すと、静かに話す。


「元にいた世界は…… 滅亡した」


「!」


 武は今日一番の驚愕を現す。元の世界が滅亡した。そんな馬鹿な。それならば、自分は何のためにこの世界で生き抜いてきたというのか……。その言葉を武が受け入れるのにしばし時間を要した。

 それを察した渉は脂汗を流しながらも、武をじっと見ている。彼の次の言葉を待っている。それを理解した武は苦痛に顔を歪めながらも言う。


「続けてくれ」


 明らかに無理をしていることがバレバレの表情だが、渉は武の意志を汲み取って話を再開する。


「分かった、続けるぞ。…… とはいっても俺も明瞭に覚えているわけではない。だが、世界が滅亡したことだけは確かだ。多くの死体。鼻につく異臭。あちこちに散乱した瓦礫やゴミ……。思い出すだけでも吐き気がする」


 渉は口に手をやる。どうやら、彼はその地獄のような光景を思い浮かべて吐き気を覚えたようだ。


「それ以外のことは何も分からない。分かるのは自分の名前と誕生日と前の世界で得たある程度の知識とあの地獄のような光景だけ。そして、気付けばこの世界にいた。俺は悟ったよ。これは前の世界で何度か見た異世界転生のようなものだって」


 武は押し黙る。その地獄のような光景とやらが武の記憶にないこと以外はほとんど武と同じだ。つまり、彼も武同様案内人(ガイド)あるいは彼の後ろにいる黒幕によってこの世界に連れてこられた可能性が高いと言うことだ。


「だが、そんなことを言うわけにはいかない。俺はその事実を言うことなくこの世界をあてもなくさまよった。そこで燃様に拾われた。あの人には本当に感謝している。だが、それだけにこの事実を隠していることに心苦しさを覚えていた。そんなときだ。お前と会ったのは」


 武は渉と初めて会ったときのことを思い出す。確か渉と出会ったのは歓楽戦の合宿場として用意された城神家の別邸の大浴場だった。


「直感だった。お前は俺と同じ転生者なのだと。確信に至ったのは歓楽戦の予選でお前と戦ったときだ」


「妙だな。俺はお前との戦いで自分の正体に繋がるようなことをした記憶はないが」


「それはそうだ。根拠らしい根拠があったわけじゃない。でも、祓い師の修練を始めて二ヶ月であの強さ。どう考えても、天才という言葉だけで片付けられるものじゃないだろ」


「そいつはどうだかな」


 世の中には凄まじい天才というものがいる。凡人が認めざるを得なかった常識という奴をいともたやすく打ち破って昇華していくような連中は確かに実在する。だから、どう考えても渉が確信に至るには弱いように思えた。となれば、他に何か理由があるのだろうと武は考える。

 だが、それを直球で聞いても答えてはくれないだろう。だから、武は少し視点を変えて尋ねてみることにした。


「お前、そんなふわふわとした理由で俺にそんなことを言い出したのか? あまりにも危険すぎる。一歩間違えれば殺されてた可能性すらあるぞ」


「それはそうだが……。結果的には当たっていたんだ。文句ないだろ?」


 武は呆れの表情を浮かべる。どう考えても正気とは思えない。博打などととても呼べないあまりにも勝率の低いギャンブルだ。だが、そのギャンブルに渉は勝った。それが偶然かどうかは武には分からなかったが。


「まぁ、そういうリスクを負ってでも俺も他の転生者を見つけ出したかったってことさ。ひょっとしたら、そいつなら俺の持ち得ない奪われた記憶を持っているんじゃないかと思ってな。だが、どうやら、お前は俺以上に記憶を奪われているようだな」


「ああ。期待に添えなくて申し訳ないが、俺はこの世界に来る前までの記憶がきれいさっぱり失われている。覚えているのは名前と誕生日と前の世界で得たと思われる知識だけだ」


 あえて白い空間と案内人(ガイド)のことは言わない。まだ完全には信用できないと判断したためだ。空我の時のようにこっちにとって都合のいい部分を見せられたからといって無条件で信用していては危ない。座子との会話でそのことを肝に銘じた。


「そうか。そいつは残念だ」


 渉は特に疑った様子も見せずにそんなことを言う。それからしばらくの間、虚空をぼんやりと見つめる。武には渉が何を考えているかまでは分からなかったが、それでも多大なリスクを負ってまで賭けを成功させたのに、得られた収穫があまりに小さかったために落胆しているのだろうと考える。

 だが、おそろしいことにその顔を見てもまるで罪悪感が湧かない。心底どうでもいいと思ってしまう。どうやら、この数ヶ月でだいぶ祓い師に毒されてしまったらしい。

 いや、もともとこんな性格だったのかもしれない。でなければ、こんなに早く祓い師として実戦に出ることなどできなかっただろう。


「悪かったな。忙しいだろうに俺の勝手な都合に付き合わせて。お詫びになるかは分からないが、今の藍岸の状況を教えておこう」


「今の状況?」


「ああ。正直状況はすこぶる悪い。どうやら、昨夜お前が悪霊だという噂が祓師協会の上層部にまでいったらしくてな。お偉いさん方が本腰を入れてお前の行方を捜索することを決めたんだ。今は空我がお前を緑陸へ任務に出したということを知らないのもあって、藍岸の中だけで留まってはいるがそれもいつまで保つか……」


 渉の言葉を聞いて武の顔色が悪くなる。もし、武が緑陸へと既に逃走していることが知られれば、空我の立場も危ないからだ。座子から謎めいた言葉をもらったとはいえ、やはり匿われている身としては心配になってしまう。


「しかし、解せない点がある。元々は滅兵の間だけで流れていた噂だ。それがなぜここまで広がって大事になったのやら。まぁ、いろいろと理由は思いつくがな。お前もそうだろ?」


「ああ。だが、正直それだけでは納得がいかない」


「俺も同意見だが、とりあえずこの先できるだけ目立たないように注意しておいた方がいいかもな。もし、お前が祓い師どもと戦うつもりなら止めはしないが」


「いや。しばらくは様子を見る。情報助かったよ。ありがとう」


「礼を言われるほどじゃないさ。それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」


「ああ」


 武は目だけで渉を見送る。渉の姿が消えたところで、再びこの暗い部屋の中で思考の海に浸かろうとする。

 だが、その前に一つだけ疑問が浮かんだ。


「あの二人。渉のこと気付いていたよな。じゃあ、どうして何も言わずに立ち去ったんだ?」


 確かに渉の気配を消す技術はそれなりのものだったが天成と織珠ならば気付いたはずだ。だが、一言も声をかけることなくこの場を去った。その理由は何なのか。

 思いつく理由は主に二つ。一つ目は単純に気付いていなかった可能性。ありえないとは言わないが、おそらくこれはないだろう。となれば、残る可能性の方だ。二つ目は武が任務に支障が出る失敗をしたせいでできるだけ早くその遅れを取り返すために、時間をとられることを嫌った可能性。こちらの方がありえるだろう。

 だが、確証はない。他に何か理由がある可能性もある。


「どうでもいいか。それよりも今はこっちの方が重要だ。あの男は俺のせいで取り逃がしたんだ。だから、その分はきちんと働かないとな」


 武はそう呟いて、部屋からようやく出ていった。

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