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対祓滅女

連続投稿です

 翌朝五時。武が身支度を整えて部屋のベッドに座っているとノックの音が聞こえてくる。武が部屋のドアを開けると胸ポケットが取り付けられたダークグレーの上着とズボンに身を包んだ天成と織珠の姿があった。


「起きてるか?」


「ああ。寝覚めは悪くない」


「なら、さっさと行くぞ。向こうで足を引っ張ったら問答無用で見捨てるからな」


 織珠は辛辣に吐き捨てると、玄関の方へとさっさと立ち去ってしまう。天成はその背を見て肩をすくめる。


「やれやれ。あいつは相当お前さんを警戒しているらしい。仕方のない奴だ」


「警戒?」


 武が首をかしげたのを見て、一瞬天成がきょとんとした顔になるが、すぐに何かを思い出したかのような顔になる。


「あー。そういえば、お前こっちの世界のことに関してあまり知らないんだったっけか。それでいろいろと積み重なって、噂が散乱した結果あんな事態になったのか。すっかり忘れていたよ」


 含み笑いをしながらそう言う天成に対して武は静かに目を細める。この男の考えはまるで読めない。先ほどの話も状況から嘘はなさそうだと判断したが、武の観察眼ではこの男の言葉の真偽を完全に見破ることは到底不可能だ。場合によっては、一切真実を話していない可能性がある。

 この男に関して分かっていることはただ一つ。空我よりも危険ということだけだ。もっとも、その考えが当たっているかどうかまでは武には分からなかったが。


「そう睨むなよ。笑ったのは悪かったと思ってるんだからよ。まぁ、お前さんもすぐに分かるさ。織珠の異常性にな」


「異常性?」


 天成はニヤリと笑うと織珠の後を追うように玄関の方へと向かう。武は多少不満げな顔になったが、しぶしぶ玄関へと向かった。






 ○○○○○


 速を使っておよそ十五分。武は港町と呼べる場所にいた。彼の視線の先には巨大な市街地がある。近未来的なビルが建ち並び、四車線の広大な道路や幅の広い歩道。そして、その歩道の上を歩く大勢の人々。神殿地区を連想させるような街並みだった。


「あれが有宝村だ」


「でかいな。とても、村とは思えない」


 地方都市。あるいは首都と呼ばれても信じられそうな繁華街だ。多くの人間がいて街は賑わっており、とても大量の不審死が発生しているとは思えない。

 だが、街の東部に近付いていくと徐々に街の様子がおかしくなってくる。そして、早速組織の足がかりを見つける。

 それは店が建ち並ぶ繁華街の歩道で昼間から行われていた。武は思わず頭に手をやって呆れてしまう。三人の視線の先で一人の若い女性と五人の少年が揉めていた。


「やめてください!」


「いいじゃねえか。少しくらい」


「あなたたちに付き合っている時間はないんです!」


 気丈にそう言い放つ女性に五人の少年の顔色が変わる。


「へぇ。姉ちゃん、そんなこと言っちゃっていいの?」


「俺たち、あの対祓滅女のメンバーなんだよ?」


「あまり調子乗ってると痛い目見ちゃうよ?」


 三人の少年はそう粋がる。女性は冷や汗を額から流す。とっさに周囲に助けを求めるが、周囲の有象無象は誰も助けようとしない。むしろ、興味深そうに彼らのやりとりを見守っている者さえいる。その者というのが天成だ。天成は六人に近付いていくと、何のためらいもなく少年の一人の胸を手刀でつらぬく。


「がっ!」


 少年はがくんと力が抜け、役目を終えた人形のようにその場に崩れ落ちる。


「ひぃっ!」


 女性は小さく悲鳴を上げる。他の少年たちも似たようなものだが、天成は彼らを見てニヤニヤと笑うだけだ。


「ちょうどいい。俺たち、お前らみたいなのを排除するよう命じられててな。まぁ、調子に乗ったせいで痛い目を見てしまったんだと諦めてくれ」


 言い終わると同時に天成は動き出す。その動きはおそろしく速く、突然仲間を殺されたことに動揺している少年たち全員の首をたやすく落としてしまう。


「さて、それじゃゴミ掃除も終わったことだし、行くぞ」


「ああ」


 突然の天成の奇行に武も織珠も特に動じた様子はない。いまさらだからだ。動揺しているのは助けられたはずの女性だけだ。

 その女性を放置し三人はさっさと対祓滅女の拠点へと向かっていく。その道中で武は天成に話しかける。


「なぁ」


「何だ?」


 武の呼びかけに天成は足を緩めることなく振り返る。武は一瞬だけ逡巡する素振りを見せてから口を開く。


「東部って対祓滅女の影響力が強いところなんだよな? なら、なんでさっきの女性はあんなところにいたんだ?」


「物価が安いからだろ。それに加えて品揃えも品質も有宝じゃ東部が突き抜けてトップだからな。だから、あんな連中がうようよ出始めるようになってからも、危険(リスク)を承知で個々に足を運ぶ女は多いってわけさ。そもそも、ほんの少し前までは何の問題もなかったわけだしな」


「なるほど」


 武は右手を顎にやって考える仕草を見せる。天成は再び前を見ると立ち止まる。武はそれを見て慌てて止まる。


「着いたのか?」


「ああ。ここだ」


 武の目に入ってきたのは市街地から少し離れたところにある寂れたコンクリートの建物だった。


「何かいかにもって感じのところだな」


「はっ。自己顕示欲と性欲しかない猿どもにはお似合いの根城だな」


 武の言葉を冷たく切り捨てると織珠はさっさと中に入ってしまう。武と天成は顔を見合わせて織珠の後に続く。

 つかつかと中を歩いていくと、建物の玄関にあたる場所にたむろしている八人の男がいた。年齢層はバラバラだったが、全員が下卑た笑みを浮かべている。会話の内容に大方の想像がついた武は思わず顔をしかめた。

 彼らは武たちに気付くと立ち上がり怒鳴ってくる。


「何だぁ!? てめえら!」


「ここがどこだか……」


「黙れ」


 織珠が冷徹にそう言い放つと男たちは一斉に黙り込む。黙るしかできなかったからだ。やがて、全員が無言のままその場に倒れ伏した。


「あれは……」


「俺たち軍王家の直系が用いる技『(しん)』。相手の精神に入りこむ技だ。シンプルだが、応用が利くのが強みだ」


 精神に入りこむ。武は軍王家を襲撃する前の空我の言葉を思い出す。彼は確か軍王家は精神系の祓術を得意としていると言っていたはずだ。文大が使った幻術があまりに印象深すぎて失念していた。


「直系ってことは……」


「文大も使えるぞ」


 その言葉に武は考え込む。文大もこの術が使えるのならば、あの状況でも逆転の目は十分にあったはずだ。やはり、武が感じた違和感は偽物ではなかった。


「どうした? 置いていくぞ」


「あ、おう」


 二人が建物の中に入ろうとしている姿を見た武は二人に続く。余計なことに気をとられていては致命的な隙を晒しかねないと判断し、一度思い浮かんだ思考は再び沈めた。



 中に入っても織珠の独壇場だった。一瞬でも目に入ったら手当たり次第に心を仕掛け、相手の精神を破壊していく。あまりの容赦のなさに武は特に思うこともなく二人の後を歩くだけだった。


「思っていた以上に呆気ねえな」


「馬鹿が。そうやって気を抜くからやられるんだ。見ろ」


 忌々しげに吐き捨てる織珠が指を指した方向を見ると、十字路があった。


「今度はどっちに行けばいいんだ?」


 当然のことながら交差点はこれが初めてではない。今までも集めた情報を元に分岐していた通路も構わずに三人一組で行動していた。つまり、ここまでは対祓滅女を牛耳る座子亮がいる部屋への最短経路を歩いてきたのだ。だから、武はどれが座子のいる部屋へつながる通路なのか尋ねる。


「全部だ」


「は?」


 短く答えた織珠の言葉に武は思わずぽかんとした顔になる。天成は武の顔を見ておかしそうに笑う。


「別にどれ行っても座子の下には行けるんだよ。ただこの三つ全てに座子の側近と呼べる人間が一人ずついるってだけの話さ」


「つまり、別れて座子の側近を潰しつつ本拠地に乗り込もうってことか?」


「そういうこった。まぁ、不安なら一人だけ潰して残りの二人は座子ごとぶっ殺しても良いけどな」


 どこか見下したような笑みを浮かべながら、自信がないのなら三人で同じ道を進むかと聞いてくる天成に武は少しだけむっとした顔になる。


「何を馬鹿なことを言っている? 別行動に決まっているだろう? 行動を共にしたいならお前たちだけで組め。私は先に行く」


 織珠はそれだけ言い捨てるとさっさと左の道に行ってしまう。天成はその後ろ姿を見て左手で頭をかく。


「おいおい。勝手に行くなよ」


 ぽつりと呟いた天成の言葉などお構いなしに武も無言で右の道へと進んでいってしまう。天成はその様子を見て大きくため息をつく。


「やれやれ。三分の一…… いや二分の一とはいえ、まさか見事に当たりを引くとはな。頼もしいんだか、無鉄砲なんだか……」


 天成はそれだけ言うと正面の道をまっすぐ進んだ。






 ○○○○○


 昼間にもかかわらず横の建物に遮断されているためか、武の歩く通路にはめられた窓から陽の光が入ってこなかった。現在の時刻は五時半を少しまわったところだ。この時期なら十分に日の出している時間帯だ。やはり、ここは太陽の光が当たりにくいのだろう。あるいは窓が西側に向いているのかもしれない。


「ん?」


 そんなどうでもいいことを考えていると、武の視界に一人の人物が目に入る。白いポロシャツと紺のジーンズを着た茶髪の派手系の男。鼻には絆創膏が貼られている。見覚えのある男だった。


「よぅ。侵入者が来たと聞いていたが、てめえだったのか」


 武に下卑た笑みを浮かべて声をかけてきた男。この男の名は確か野村準一だったはずだ。武が歓楽戦予選の一回戦で一撃で撃破した男だ。


「お前が座子の側近って奴か? 一応警戒していたんだが拍子抜けだな」


 武の言葉に野村はぴくりと眉を動かす。だが、すぐに下品な笑みを浮かべ直して口を開く。


「ぬかせ。あの時の俺は本気じゃなかった。そんな俺を一撃で倒したくらいで天狗になってるお前は見てて滑稽だったぜぇ」


「言うなぁ。そこまで言うんなら、お前の本気ってのはさぞかし凄いんだろうな」


 全く期待のこもっていない声と見下しきった目で武は言う。正直、どうでもいいからさっさと通せというのが武の本音だった。

 その武の本音に気付いたのか野村のこめかみに青筋が浮かぶ。


「いいぜ!! 思い知らせてやるよ!! 俺の真の力をなぁ!!!」


 野村が叫ぶと同時に全身から呪力が放出される。その勢いと規模はなかなかのものだ。真の力と呼ぶだけのことはある。


「見たか! これが俺の本当の力だ!! そして、こいつが俺の全身全霊を込めたパンチだぁ!!!」


 野村は前回の予選とは比べものにならない速度で接近してみせる。彼が前回同様振るった拳を武は指一本で受け止める。


「なっ」


 野村は動きを止め狼狽する。武は白い呪力どころか鎧も指に呪力を集めることさえしていない。素の力で武はあっさりと野村の拳を受け止めたのだ。


「じゃあ、次はこっちの番だな」


「ひ…… っ!」


 武は拳で強化することもなく生身の状態で右ストレートを野村の顔面に叩き込む。野村は前回同様吹き飛び、建物の壁を突き破って外へと飛び出していく。同時に野村の口から入れ歯が出る。


「なるほど。前回まき散らした歯はさすがに元には戻らなかったのか」


 冷淡にそれだけ告げると武は颯爽と廊下を突き進む。天成の情報が正しければ、三つの通路にそれぞれ一人ずつ側近が待ち構えているはずだった。つまり、順調に事が運んでいれば残りはボス一人。武は座子の待つ大部屋の前のドアに一番最初に到着した。

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