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任務詳細

 紅茶を飲み終えた武が案内された部屋は豪華絢爛な洋室だった。ベッドは黒のキングサイズベッドであり、窓ははめ殺しの格子がついている。調度品はクリスタルのグラスに金の大時計。床は赤紫のフロアタイルが敷き詰められていた。


「これはまた……」


「派手すぎると気が引けてるのか? 不満なら部屋を変えてもいいが」


「……………… いや、ここで構わない」


 そういう問題ではないと内心思いながらも言えたのはそこまでだった。一瞬部屋変えの案に乗ろうかとも思ったが、どこも似たようなものだろうと思いとどまった。その考えは正しかった。武は知らないことだが、他の部屋も和洋が無秩序に混ざっていたり、正体不明の薬物が置かれた棚に四方を囲まれ中心に魔方陣が描かれたベッドのある部屋があったりとろくな部屋がない。前者はまだいいが後者はほとんどの人間は初見で遠慮すること間違いなしだ。つくづくこの豪邸はどこまでいってもまとまりがないらしい。


「じゃあ、今日からここを使ってくれ。部屋にあるものは好きに使ってくれて構わない」


「ああ。悪いな。初対面で無礼な態度をとったのにここまでやってもらって」


「いいさ。相手が自分のぶちのめした男の兄だと聞けば、誰だって警戒する。じゃあ、俺は戻るから七時にさっきの部屋に来てくれ」


 現在の時刻は午後五時五十六分。なので、一時間ぐらい休むことができる。武は時計を一瞥すると頷く。


「分かった」


 武は天成が部屋から出ていき、足音が聞こえなくなったことを確認すると荷物をベッドに置きはじめる。大した荷物は持っていないが、ある程度整理だけしておこうと思ったからだ。整理をしていると、不意に部屋の窓が視界に入る。太陽の光がまるで入ってこない窓を見て自嘲するような笑みを浮かべる。


「陽が当たらない屋敷…… か。本当に笑わせてくれる」


 半ば寒い駄洒落のようなものを武は口走る。それほどまでに武は疲労していた。もし、今の藍岸の状態を見ればさらに疲れは溜まるだろう。そんなこともつゆ知らず、武は再び荷物の整理を再開した。






 ○○○○○


 午後五時五十三分。武は頃合いだと思い部屋から出る。先ほど案内された道順の逆を辿っていき、居間へと着く。中に入ると天成と織珠が並んで座っていた。


「五分前行動か。感心だな。お前さんも疲れているだろうし、多少遅れてきても文句を言うつもりはなかったんだがな」


「やむを得ない場合ならともかく、それ以外ではできれば遅刻はしたくないもんでね」


「真面目だな。それは祓い師にとって致命的な傷になりかねないぞ」


 天成の言葉に武は押し黙る。返す言葉がなかったからだ。

 祓い師とは人ではない。人であっては到底従事することのできない過酷な職業。それが祓い師だ。そして、それは滅兵にもぴったりと当てはまる。

 悪霊とは本来人の闇から生まれたもの。それを殺すということは人の本質を殺すことと同じだ。たとえ、どれほど綺麗事を並べたとしても狂っていることに変わりはない。



 だからこそ、破綻していなくてはならないのだ。それゆえに祓い師も滅兵もものの見事に壊れている。そうでなくては成立しないからだ。中途半端な気遣いや思いやりの心など足枷にしかならない。

 だから、天成も気遣う言葉こそ使ってはいるが、それは表面的なものにすぎない。彼にとっては何でもよかった。心底どうでもいいから、そのような態度をとっている。

 だから、天成は話を続ける。


「まぁいい。それよりも、今回の任務について説明する」


「ああ」


 天成の言葉に武は頷く。織珠はそんな武を冷めた目で見ていた。


「既に聞いているとは思うが、今回俺たちに与えられた任務は緑陸で蔓延ってる女性差別団体『対祓滅女』の排除及びそいつらが拠点にしている村が抱えている問題の解決だ」


「分かっている」


「そうか。だが、お前さんも疑問に思っているはずだ。村が抱えている問題とは何だと……」


 武は小さく頷く。今回、空我から渡された任務書に載せられた情報があまりにも少なすぎる。居間の武が分かっているのは、任務に関するおおざっぱな内容と任務を行う村の場所ぐらいなものだ。それ以外のことは何も分かっていない。


「そう拗ねるなよ。空我たちだってわざと詳細を書かなかったんじゃないんだ。単純に書けなかったんだよ」


「何?」


「何しろ、ほんの数週間くらい前からこっちに来た俺たちにだって今まで分かってなかったんだからな」


 天成は肩をすくめる。少なくとも、嘘をついているわけではなさそうだと武は判断する。


「ぶっちゃけて言うと、今回俺たちが行く村は『有宝(うほう)(そん)』と言うんだが、村というわりには人口が多くてな。経済も盛んで交通の便もいいことから、それなりに賑わっていた村だったんだが……。一ヶ月くらい前から異変が出るようになったんだ」


「異変?」


「ああ。村にいた人間が軒並み不審死を遂げたらしい」


「!」


 武は大きく目を見開く。不審死と聞けば、正体不明の病か何らかの毒をばらまいたくらいしか思いつかない。もしかしたら、それらをばらまいたのが対祓滅女を変貌させた人間なのかもしれない。

 その武の考えを読んだのか、天成が首を横に振って否定する。


「病や毒というのなら心当たりがないわけではないんだがな。しかし、どうやら今回の一件はそのどちらでもないらしい」


「どういうことだ?」


「そのまんまの意味だよ。死者の身体に異常はない。心臓と肺が止まっていること以外は健康体そのものらしい。死後しばらくしても、死後硬直も体温低下も起こっていないらしいからな。それどころか、放置した状態で死んでからどんなに経っても腐乱が一切見られないという話だ。だから、心臓と肺を入れ替えれば生き返るんじゃないかっていうブラックジョークまで流れてて、それを真に受けた連中がよそから心臓や肺を買おうとしてる動きもある始末だ」


 天成の言葉を聞いて武は怪訝そうな顔になる。そんな状態は普通ならばありえない。医学知識の全くない武でも分かる。一瞬脳死という言葉が武の頭によぎったが、どう考えても違うだろう。そうなると……。


「…… 何か別の要因があると?」


「あくまで可能性の話だ。体内から検出されていないというだけで、心臓と肺を止める以外何の作用も及ぼさない未知の病原菌か薬物の可能性も捨てきれない。何者かの手が及んでいるなら用が済めば消滅させる薬や菌を使ってもおかしくはないしな」


「つまりは、今回の件には黒幕がいるってことだ」


「言ったろ? 可能性の話だって。自然災害の可能性だって十分あるんだ。多少不自然な程度でいちいち人為的可能性を疑っていたら、この世界では耐え抜けないぜ」


 どう考えても多少というレベルではないと思ったが、武は沈黙した。この世界に関して何も知らないのは事実だからだ。

 武がこの部屋に来てからずっと沈黙を守っていた織珠が呆れたようにため息をつく。武はそちらに視線を向ける。


「いつまで下らぬ茶番を繰り広げるつもりだ」


 よく透き通る声だった。常人ならば、思わず聞き惚れてしまうほど綺麗な声だった。しかし、武は動じない。無表情のまま織珠の方を見ている。


「ほぅ。私に見とれ心奪われぬとは、それなりには見所がありそうだがそれだけだ。これ以上、私の時間を費やすほどの価値はない」


「…………」


 武は答えない。ただじっと織珠を観察している。織珠はそれにうっとうしそうに左手を振る。


「私は先に戻るぞ。貴様もそれ以上無駄話をしていないで、さっさと本題に入ってしまえ」


 織珠はそれだけ言うと部屋から去っていってしまう。天成はそんな織珠を見て呆れたように息を吐く。


「悪いな。あいつにはあいつなりの事情ってのがあってさ。まぁいい。あいつの忠告通り本筋に入るとしよう」


「頼む」


「そうだな。まず対祓滅女が縄張りとしているのは有宝村の東部だ。それは資料を見て分かっているはずだ。そして、肝心の組織を牛耳っている元締めなんだが、その正体が意外な奴でね」


「! そいつの正体を知っているのか?」


 武の問いに天成は苦笑しながらも頷く。


「ああ。といっても、分かったのはお前さんがここに来る少し前なんだけどな。率直に言ってしまうぞ。そいつの正体は座子亮だ」


 武は驚かなかった。名前は聞いたことがある。歓楽戦予選でノーネームの一人として第四シードで出場し、武と戦う前の三回戦で渉に敗れた男。それ以上のことは何も知らない。直接面識があるわけでもない相手のことなど知れるはずがない。


「思ったより驚かないな」


「なにぶん面識がないもんでね。座子という男がどういう男なのかを知らない」


「そういうことか。じゃあ、いまさらながら教えとくが座子は女好きでね。それなりに女遊びが派手だったんだが、まさか差別主義なんかに身を落とすとはね。まぁ、俺的にはやりかねないだろうなとは思っていたんだが、驚く奴は驚くんじゃないか? どうでもいいがな」


 天成の言葉には嘲りが感じ取れた。それに対して思うところはない。何も知らない相手のことなど心底どうでもいい。それは武とて同じだ。


「あとはいろいろと祓い師がいるらしいが……。正直どうとでもなるだろう。とりあえず、対祓滅女に関しては明日にでも片付けようと思ってる。村の件に関してはその後おいおいとって感じだな。あまり長引かせるのもまずいから、そろそろ本格的に動くつもりだ。異論はあるか?」


「ない」


「そうか。じゃあ、さっそくで悪いが明日の朝五時に行動を開始する」


「分かった。五時に支度を整えてここに来ればいいのか?」


「いや。お前さんの部屋に迎えに行く。だから、寝過ごすなんてことはしないでくれよ」


「分かっている」


 天成の念押しに武は内心苦笑しながらも答える。天成は満足げに頷くと、一言二言告げて部屋から出ていく。

 武はその後ろ姿を見送ることなく居間の窓を見続けている。陽の光は入ってこない。現在の時刻は七時三十二分。ちょうど夕飯時だ。

 そんなことを考えていると、どたどたと部屋の外からけたたましい足音が聞こえてくる。その足音は居間のドアの前に立つと勢いよくドアを開ける。


「忘れてた。そろそろ晩飯だ」


 若干慌てたような表情でそう告げる天成にクスリと小さく笑って武は頷く。


「…… 分かった」


 武は小さくため息をつくと、部屋を出ていく武の後に続いた。


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