意外な協力者
遅くなりました
週末が多忙だったため投稿できずに申し訳ありませんm(__)m
緑陸・赤港。そこに極めて整った容姿を持つ銀髪の男女がいた。男の方は両目とも青い瞳を持ち、左側だけ刈り上げた髪を持つ長身の人物だった。女の方はまさに類い希な美貌といって差し支えない顔の造形をしており、長い髪を下ろしたやや小柄な少女とよべる人物だった。こちらは興味なさそうに目を閉じており、瞳の色は見えない。二人揃って、空我の用意した豪華客船を見つめている。
「やれやれ。一応話には聞いていたが、何考えてんだか。あんな派手なもんじゃ、一発でバレるだろ。まぁ、裏をかこうとしたんだろうけどなぁ」
心底呆れかえった表情で男がそう呟く。遠目でも一発で分かるほど大きな船。とても、こっそり人間を脱出させるためのものだとは思えない。だが、出港当初の時点では噂レベルで収まっているのもあり、監視の目も緩いのでここまで船を航行させるのに何の障害もなかった。しかし、この十時間で状況はさらに悪くなっており、武に対する心証は疑惑というレベルでは収まらなくなっている者がじわじわと現れはじめている。ただでさえ、彗星のように現れ数々の実績を残した武に嫉妬する者も多い。そういった者たちの働きかけで、武を捕らえようという動きもちらほらと見える。城神家の縄張りである神殿地区に無遠慮に入り、武を見つけ出そうと探っている者もいる。城神家の屋敷には手を出せずとも、神殿地区の主要地区を監視し現れたら戦力を投入し無理矢理捕らえようという算段だ。当然、豪華客船が出港した港も例外ではない。何しろ、その港は城神家が牛耳っている場所だ。武が現れる可能性は高い。もし、あと少し遅ければどんな船であれ出港することすら難しかったはずだ。そういう意味では素早く動いた空我の判断は正しかったといえる。
目を閉じ腕を組んでいた女は、静かに目を開く。その瞳は男とは対照的に血のように真っ赤だった。
「知ったことではない。私が興味があるのは亡命者とやらが使えるかどうか。それだけだ」
無機質な声で言う女に男はくつくつと喉を鳴らすように笑う。
「そいつは大丈夫だろ。何せ、俺たちがこっちに飛ばされている間にあの文大を倒したって話だからな」
「ふん。あんな出来損ない一匹倒した程度では話にならん」
「おいおい、手厳しいな。アレでもかつては軍王家当主及び六本柱候補に選ばれてた奴だぞ?」
「形だけだろう。結局、貴様が満場一致でその座を得たのだからな」
チラリとも視線をよこさずにばっさり切り捨てる女に男は肩をすくめる。ここまでの会話で大体想像がつくだろうが、この二人は軍王家の直系だ。
男の方は軍王天成という名で、軍王家の長男にして六本柱の一人だ。そして、近い将来に軍王家の当主の座に就くことも確約されている。空我と並び危険人物と恐れられており、その力は文大の比ではないとされている。
そして、女の方は軍王織珠という。軍王家の長女にして末娘だ。見る者全てを魅了するとされる美貌と力を持ち、男女問わず結婚を申し込んでくる者は多いと聞く。
いずれも文大と血を分けた兄弟だが、文大を倒した武に対して敵意は抱いていなかった。そんなことに興味がなかったからだ。
二人の興味はただ一つ。どの程度なのか。それ一つのみだ。
「着いたな」
「ああ」
二人の正面にある港に豪華客船が停泊する。中からどっと大勢の人間が降りてくる。
「案外、人が多いな」
織珠がため息とともにそう呟く。天成がその呟きを拾って言葉を返す。
「一応、俺らへの援軍を送るという名目で出港させたらしいからな。おかげでさほど怪しまれずにすんだそうだ。屋敷武を国外退避すると決めてからさほど時間が経っていないはずなのに、即興でここまでやるとはさすがクウと言ったところか?」
「援軍に関しては元から決まっていたことだがな。交通手段を変えただけだろう?」
飛行機などで運べば当然チェックは厳しくなる。それは船とて同じだが、少なくとも飛行機よりはまだやりようがある。それに船の方が格段に逃げやすい。
飛行機、船ともに完全に逃げようと思えば空と海しかない。だが、人に翼がない以上ただ落ちていくことしかできない空と違い、海ならば隠れる場所はいくらでもある。当然、相応の技術と高い肺活量は求められるだろうがそれでも空よりはマシだろう。人は泳ぐことはできても飛ぶことはできない。下手に空に逃げても捕らえられるのがオチだ。
「それにしても、今回の一件。やっぱり、あいつの仕業かね?」
ぽつりとそうこぼす天成の顔を織珠は呆れた目で見上げる。
「当然だ。確かに多少の条件は揃っていただろうが、たかだか滅兵ごときの噂でここまで大事になるなど普通ならばありえん」
「どうだかな。人形どもにそんな意志があるかどうか怪しいもんだが…… お! あいつじゃないか?」
そう言う天成の目には一人の長身の男が目に入っていた。短く刈り上げられた髪に織珠よりもどす黒いワインレッドの瞳。両手には大きな鞄が二つ抱えられている。彼が天成たちの待っていた男――武だ。
「じゃあ、行くか。お前はどうする?」
「ついていこう」
「珍しいな。てっきり、面倒だからここで待つと言うと思ってたんだが…… まぁいい。行くぞ」
二人はゆっくりと船から降り、辺りを見回している武の方へと近付いていく。足音や気配を消していたわけではないので、武もすぐに二人には気付いたようだ。武は一瞬二人を見て驚くが、すぐに表情を消す。天成はそれに内心感心する。
「よぅ。お前さんが屋敷武か?」
「そうですが、あなた方は?」
「確かに俺はお前さんより年上だが、別に敬語はいいよ。こいつに至ってはお前さんより年下だしな」
天成は笑いながら織珠の髪を撫でる。織珠はされるがままになりながら、天成に凍てつくような目を向ける。
「くだらん。さっさと紹介をしてしまえ」
「そうだな。俺は軍王天成。六本柱の一本だ。こっちが俺の妹の軍王織珠。よろしくな」
軍王の名に武は左眉をぴくりと動かす。天成は柔らかい笑みを浮かべ、武の考えていることを肯定するように頷く。
「お前さんの想像通りだ。文大は俺の実弟であり、織珠の実兄でもある」
武は反射的にほんのわずかに腰を落とす。極力相手に気取られないように努めながら臨戦態勢を取る。だが、ずば抜けた実力と特異な力を持つ二人にはお見通しだった。
「そう警戒するな。俺もこいつもお前さんがやった軍王家急襲に関して思うことは何もない。むしろ、よくやったと褒めてやりたいくらいさ」
「褒めたい?」
武は無意識の内に怪訝そうな顔をしながら問い返す。
「ああ。あの時の文大と美夢の婚約は親父と文大が城神家の現当主殿を言いくるめた上で強行したものでね。俺としてはあまり面白くなかったんだ。それをお前さんのおかげで阻止できた。だから、俺個人としては感謝してるんだよ」
屈託のない笑みを浮かべながらそう話す天成に武は警戒心を解くことができなかった。明らかに話していないことがある。人それぞれ何かしら抱えているものだ。それを抜きにしても、初対面の相手に重要なことをべらべら喋るほど抜けているわけでもあるまい。それに関してとやかく言うつもりはない。
だが、それを抜きにしてもこの男はやばい。天成から発せられる異質な呪力を肌に感じ武はそう思った。気を抜けばやられる。そう思わせるほどの危険さを天成から感じた。
「やれやれ。どうやら、警戒は解けないみたいだな。まぁ、仕方がないか。だが、これから行動を共にする以上ある程度は協力してもらうぞ」
「心配ない。どんな形であれ請け負った仕事には責任を持つつもりだ」
「いい心がけと言っておこうか。それでは行こう。まずは俺たちの拠点に案内するよ」
天成は背を向けると、織珠を引き連れて歩いていく。武は荷物を抱えながら、その後を追った。
○○○○○
天成たちが拠点にしているという場所は港から車で十五分ほどの場所にあった。天成は運転していたワゴンを適当な駐車場に止めると口を開く。
「ここだ」
車から降りた武は目の前の豪邸を見て目を細める。白いペンキで塗られた屋根と壁。庭にはなぜかスズランと青いバラが交互に植えられており、ところどころにひまわりも植えられていた。建物の左側には井戸のようなものも見える。そして、その豪邸を外の景色どころか太陽すらほとんど見えないほどの高さを持つ真っ黒な塀で囲っていた。
「派手に見えるか?」
「それ以前に何個か突っ込みたいんだが……」
「後にしてくれ。まずは中に入ってからだ」
天成と織珠はさっさと中に入ってしまう。武は小さくため息をつくと、彼らの後に続くしかなかった。
中も外同様不可思議なものだった。床は部屋どころか廊下や玄関に至るまで赤いカーペットがしかれているにもかかわらず、各部屋にあるドアは障子だった。天井にはシャンデリアが取り付けられ、廊下の壁には日本刀や鎧が飾られている。案内された居間に入ると中華皿に入ったかりんとうと湯飲みに入った紅茶が淹れられており、あまりの統一感のなさに武は呆れるしかなかった。
「長旅で疲れただろう。まずは一杯飲んでいってくれ。この茶は体力と呪力回復の効用がある」
「なぁ、少し聞いてもいいか?」
「何だ?」
「中に入ってからより一層言いたいことが増えたんだが、これだけは言わせてくれ。何だ? この滅茶苦茶感は……」
中華皿と湯飲みはいい。食器類はあるものを適当に使ってしまうこともあるだろう。来客に対しては失礼極まりない対応だが、武は別に来客じゃない。それだけならよかった。
武が聞きたいのは、この屋敷のまとまりのなさだ。節操がないと言ってもいい。普通ならば内装は和装か洋装のどちらかで固めるものだろう。しかし、ここはドアから床から何もかもが混ざっている。外装は洋装でまとめられていたが、それにしては井戸があまりに異質だ。それに明らかに真っ昼間でない限り太陽の光を遮断するレベルの塀があるにもかかわらず、ひまわりが咲いているのにも不自然さがある。おかしなところを突っ込み出せばキリがない。
「織珠の趣味さ。まぁ、その辺は気にするな。俺も最初はおかしく感じていたが、今はなんとも思っていない。お前さんもすぐに慣れる」
できれば慣れたくないものだと武は思う。これに慣れてしまったら、普通の家がおかしく感じてしまいそうだ。
そう考えながら紅茶をすする。湯飲みで紅茶というのはいささか違和感があるが、確かに紅茶を飲んだ途端に疲れがとれたような感じがする。船旅ではさほど疲れていたように思っていなかったが、たった一つの噂による突然の事態の変化に想像以上に疲弊していたのだろう。紅茶が体に染み渡るような感覚に陥る。
ちなみに藍岸で、今、起きていることを武は知らない。もし知っていたら、さらにうんざりし、体に疲労を溜めていただろう。
「とりあえず、それを飲んだら部屋に案内する。急がなくていいぞ」
「すまない」
至れり尽くせりの対応をとってくれる天成に武の気はだいぶ緩んでいた。しかし、それでも初対面で感じた天成の危険さを楽観視することはできなかった。




