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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第一章 活発化する悪霊たち
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修練

 午前三時五十五分。まだまだ肌寒い早朝に、武は巨大な道場にいた。今日から修練が始まるのだ。

 真剣な面持ちで道場に正座していた武は、空我から渡された白い袴を着ていた。微塵の乱れも見受けられない綺麗な正座で人を待つ武には気負いというものは感じられなかった。

 ふと廊下からかすかな足音が聞こえてきたので、そちらの方に視線を向ける。ごく小さな足音であり、そちらの方面には乏しいと自覚のある武でもかなりの実力者だということが分かった。

 その足音は道場の入り口の前で止まる。入り口の扉からノックの音が聞こえてくる。


「失礼します」


 抑揚のない声だった。そして、この声には聞き覚えがある。中に入ってきたのは黒髪に眼鏡をかけた男だった。昨日武と会った権藤という名の男だ。権藤は一礼して道場内に入り、武の前で正座をして向かい合う。


「あなたは確か……」


「昨日お会いしましたが、自己紹介はまだだと記憶しておりますので、名乗らせていただきます。城神家所属祓い師兼使用人を務めさせていただいております、権藤弥十郎(やじゅうろう)と申します。今後は武様の修練のために力の限り尽くさせていただく所存でございます」


 権藤はそう言って深く頭を下げる。その所作は完璧であり、非の打ち所がない。


「こちらこそ、いろいろお手数をおかけしますが、よろしくお願いします」


 武もまた深く頭を下げる。二人はほぼ同時に頭を上げ、権藤が本題に入る。


「突然で申し訳ありませんが、袖をまくった状態で、左腕を出していただけますか?」


「左腕?」


 武はいきなりのことに戸惑うものの、素直に左腕を出す。権藤は懐から赤色で何やら印字された黒いリングのようなものを取り出し、武の左腕にはめる。


「これは一体?」


「こちらは、呪力を計測する装置でございます。まずは、武様の呪力がどれほどのものなのかを把握させていただきます」


「なるほど……」


 会話をしているうちに計測が終わったらしい。黒いリングからピーッと音が鳴る。リングをよく見てみると、赤色の印字が消え、リングのほとんどが真っ赤に染まっていた。


「こ、これは……」


 今まで無表情だった権藤がかすかに目を見開く。


「リングがさっきよりも赤くなってますけど、これはどうなっているんですか?」


「こちらのリングは呪力を計測すると同時に全てが黒くなり、呪力の量に応じて赤くなっていく仕組みでございますが……。これは平均を上回る呪力量を示しています」


 武は再びリングを見る。リングは七割方赤く染まっている。仮に平均がリングの半分だとして、武は平均値の二割増しの呪力量を持っていることになる。


「ということは、彼の言う通り、呪力だけはそれなりにあるってことですか」


「ええ。実際は呪力は修練や実戦などで使用することで、その量を増やしていくので、呪力を使用したことのない状態でこの量は通常ならばありえないのですが」


「参考までに呪力を全く使ったことのない状態でこのリングで呪力を計測したら、一般的にどれくらい赤く染まるものなんですか?」


「個人差はありますが、一割も赤く染まれば十分素質があるものかと……。参考までに私の呪力をお見せいたします」


 権藤はもう一つリングを取り出すと、自身の左腕にはめる。すると、リングが武よりほんのわずかに多めに赤く染まる。


「ご理解いただけましたか。武様は長年祓い師に従事してきた私に匹敵する呪力を現時点で持っていることになります」


 武はその言葉に顎に右手をやって考え込む仕草をする。自分が素人の七倍かつ熟練の祓い師に匹敵する呪力を持っていることを理解する。そして、同時に一日目の夜の案内人(ガイド)の言葉を思い出す。


『いえ……。そのお力は、武様が元来お持ちになっておられたものでございます』


 案内人(ガイド)は確かにそう言った。この言葉の真偽のほどは分からないが、仮にこの言葉が真実だとすれば、武は過去に呪力を使用したことがある可能性がある。それも、相当な量の呪力を使用しているはずだ。でなければ、使用すればするほど増える呪力を未使用の状態でこんなに大量に持っているはずがない。そうなると、武は過去にもこの世界にいたことがある可能性が高いわけだが、仮にそうだとすると、武がおぼろげに持っている以前の世界の記憶が気にかかる。

 そこまで考えて武は思考をやめる。やはり考えるには圧倒的に情報が足りない。考えるなら、もっと情報が集まってからだ。先ほどまでの考察もしょせんは何の根拠もない推測にすぎない。考察するには、まだまだ未知の情報が多すぎる。


「…… 武様?」


 権藤に声をかけられて、ハッと我に返る。どうやら、かなり長い時間考え込んでいたらしい。


「あ。すみません。ちょっと考え事をしてしまって……」


「いえ。お気になさらず。それでは、武様の呪力量が判明したところで、さっそく修練に入らせていただいてもよろしいですかな?」


「はい。構いません」


 武としては一刻も早く戦力になりたいのだ。こんなところで立ち止まっている時間はない。自分の目的を為しとげるために、武は強い意志のこもった目で修練に臨んだ。






 ○○○○○


 権藤に促され、立ち上がった武は、まずは道場の周りを三十周ほど走るよう言われる。武はそれを受けて外に出ようとするが、道場の中で走るよう権藤に言われ、武は内周を三十周ほど走った。そのあとも、柔軟や腕立て伏せ、腹筋などの基礎体力トレーニングを権藤の指示通り行った。一通り準備運動に近いものをやっていた武の顔には疲れは見られず、汗一つかいていない。


「それでは、修練に入らせていただきます」


「よろしくお願いします」


 武は深くお辞儀をする。権藤も同様に一礼をする。頭を上げると、権藤は再び懐から札のようなものを出す。


「それは?」


「これは呪符(じゅふ)と呼ばれるものでございます。我々祓い師は主にこれを用いて、悪霊と戦っております」


「呪符……」


 武は権藤が取り出した呪符を注視する。白い札の上に黒字でなにやら書きこまれている。武はかつて何かの漫画で見た陰陽師(おんみょうじ)と呼ばれた者たちが使っていた札に似ているなと思った。実際、かつては陰陽師も京に蔓延っていた悪霊と戦っていたと聞くし、祓い師もその延長線上なのだろうと納得する。


「続きを話してもよろしいですか?」


 権藤が咳払いをしながら、再び物思いに耽り始めた武に尋ねる。


「あ、はい」


「それでは……。我々祓い師はこの呪符を用いることによって、さまざまな術を発動することができます。我々はこれを祓術(ふつじゅつ)と呼んでいます。中には固有の祓術を使用することのできる方もいらっしゃいますが、そのあたりはおいおいと……」


「要はその呪符を扱いこなすことができれば、とりあえず祓い師として活動できるということですか?」


「そう解釈していただいても構いませんが、なにぶん祓い師の職務はありとあらゆる危険がつきものでして……。おそらく、呪符を扱える程度では、いかに呪力があろうとも戦力になるのは厳しいでしょう」


 武はその言葉に納得する。権藤の言うことは正論だ。戦いに赴く以上何が起こるか分からない。せめて、体術や剣術といったさまざまな武術や武器を扱えるようになるくらいでないと話にならないだろう。


「もちろん、一芸に秀でた祓い師がいるのも事実ですが、武様の力量やどのような力を持っているのか分からない今、基本を修めていくのが一番でしょう」


「分かりました。ご指導ご鞭撻のほどお願いします」


「それでは、まずはこちらの呪符を人差し指と中指で挟みながら、お持ちいただけますかな?」


 権藤は持っていた呪符を差し出してくる。武はそれを受け取り、言われた通りに人差し指と中指で挟む。


「その状態で呪力を呪符に込めてください」


「呪力を込める?」


「頭の中で念じるのです。大事なのはイメージです」


「イメージ……」


 武は目を閉じる。そのまま、呪符に力を流し込むイメージを頭に思い浮かべる。


「おお……」


「どうかしましたか?」


 権藤が突如感嘆の声を上げたので、驚いて目を開ける。


「失礼しました。あまりにも見事に呪力を呪符に込められていたので……」


「そうなんですか? ただ、呪力をこの呪符に込めるイメージをしただけなんですけど……」


「ええ。他の祓い師志望の方の中には呪符に呪力を込めるイメージをしても、なかなか呪力を通すことができない方が多いですからね。この技はイメージだけでなく、相応の呪力の操作も必要とします。それを、いきなり成功させるというのは大変な偉業なのですよ。さすがは空我様が見込まれただけのことはあります」


「ありがとうございます」


 権藤の褒め言葉に礼を言いながらも、武は確信を深めた。そのことを顔には出さず権藤の言葉を待つ。


「しかし、これはまだ第一歩でございます。その呪符を術に用いることができなければ話になりません。少し失礼」


 権藤はそう言って、道場の奥の部屋に向かう。奥の部屋から藁人形のようなものを持ってくる。


「その呪符を使い、この人形を斬ってみせてください」


「斬る? この人形をですか?」


「左様でございます」


 武は疑問に思いながらも、再び目を閉じ、呪符に呪力を込めるイメージを行い、それに加えて目の前の藁人形を縦一文字に斬るイメージをする。次の瞬間右手から呪符の感触がなくなる。目を開くと、藁人形がイメージ通りに真っ二つに切れていた。


「素晴らしい」


 先ほど同様権藤は感嘆の声を上げる。しかし、先ほどと違い余裕ができた武には、その声がどこかわざとらしく聞こえた。しかし、それを指摘するようなことはせず、話を進めることにする。


「これでよかったんですか?」


「ええ。非の打ち所がございません。初日からこれならば、武様が前線に出られる日も近いでしょう」


「そうですか」


 そこで権藤が道場に掛けられた時計を見る。


「残念ですが、今日の修練はここまでにさせていただいても構いませんか? なにぶん、この後仕事が入っていまして」


「はい。問題ありません」


「本当に申し訳ありません。できれば、もう少し修練を進めたかったのですが」


「いえ、こちらこそお時間を割いていただきありがとうございます」


 武が頭を下げると、権藤も頭を下げる。今日この場所で何度も見かけた光景だ。権藤は少し名残惜しそうな顔で、道場から出ていった。その姿を見送った武はその場に正座をし、少し考え込む。

 最初から成功させるのが難しいという技を立て続けに一発で成功させられたということは、やはり武は呪力を使用したことがある。祓い師として活動していたかどうかまでは断定できないが。

 そんなことを考えながら、時計を見ると、まだかなり早い時間だった。


「まだ五時か……。最初だから、かなり短めにやったのか?」


 武はそんなことを呟きながらも、あまり長居をするのはまずいと判断し、道場を出る。昨夜、空我からは修練後に最低でもしっかりとシャワーを浴びるよう言われていたので、そのまま浴室へと向かった。






 ○○○○○


 一方、権藤は空我がいる川岸を訪れていた。そこには、権藤の予想通り、空我がいた。その周囲には大量の悪霊の死体があちこちに散見している。中には人間の死体らしき物もある。

 血みどろとなった現場を顔色一つ変えずに一瞥すると、権藤は空我に話しかける。


「こちらにいらっしゃいましたか。空我様」


 つまらなそうな顔で悪霊の死体の上に座り込んでいた空我は、権藤の姿を見つけると立ち上がって権藤へと近付く。


「やあ。権藤。どうだった? 武は」


 空我はその場に似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべ、権藤の方へと顔を向ける。権藤はそれに苦笑しながらも、言葉を返す。


「素晴らしいの一言に尽きますね。ある程度は想定していましたが、まさかあそこまでとは……」


「そりゃあそうだよ。あいつは、その気になれば何もしなくたって世界最強を狙えるんだから」


 本人はそのつもりはないだろうけどね、とその後に付け足す。権藤は眼鏡を右手で直し、口を開く。


「それはいかがでしょう? いくら彼でも修練なしで世界最強は難しいのでは……」


「あー。確かに、何も分かってないままあいつらを倒すのは無理かもねー。でも、今の時点で実力は世界最強候補筆頭といっても過言じゃないと思うよ」


 空我はそこで一息おく。権藤は空我の次の言葉を待つ。だが、そこで権藤の左横から何やら呻き声が聞こえてくる。


「ぐお……。ああっ!」


 声が聞こえると同時に、ドスドスと二人に近付いてくる音がするが、二人はそちらを見ることはない。空我は悪霊の上から立ち上がり、軽く右手を振り下ろす。その先には、隠れて奇襲の機を窺っていた中級悪霊が真っ二つにされていた。空我はその姿を一度も見ることなく、ゆっくりと口を開く。


「なにしろ、あいつは僕ら(・・)の計画の要なんだからね」


 空我はそう言って怪しく笑った。



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