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出国

 武は船に備えつけられた一室にいた。この船は空我が用意したものだ。武はこれに乗せられ半ば密航のような形で藍岸を出たわけだが、秘密裏に進むにはいささかこの船は大きすぎるように思えた。見た目は完全に豪華客船にしかみえない。空我曰くこの船しか用意できなかったらしい。ただ派手であるがゆえに小型船よりもバレにくいという理由を告げられた。逆転の発想と言えば聞こえはいいが、さすがにこれは度が過ぎてると武は思った。だが、武には選択肢がないため覚悟を決めこの船に乗った。一応、偽装(ダミー)として空我の息のかかった人間を乗客として乗せているようだが、どうなるかは分からない。しかし、武は悲観していなかった。何なら、先ほどまで熟睡していたほどだ。そして、今は船に揺られながら、目の前に広がる海をぼんやりと見つめている。

 今日は曇りだった。淀んだ空が反映されているように海の色も薄暗い。だが、この色は今の武の心境を明確に現しているといえた。


「ふぅ……」


 武は小さく息を吐く。頭の中にさまざまなことが巡る。暇潰しにその一つ一つを冷静に考えることにした。

 ここは逃げ場のない船の上。悪霊などが突然出現し、船を沈めてくる可能性もある。普通なら警戒をしておくべきなのだろうが、そうする気は起きなかった。そんなことをしなくても、何が起きても大丈夫。そんな自信が武に会った。

 その傲慢さこそが今のこの状況を生み出したのだろうということを武はつくづく痛感させられた。


(こうなったのはまず間違いなく自業自得だ。今は噂レベルでも時間が経てばどうなるか分からないと空我は言っていた。歓楽戦を利用して、自分の祓己術を完成させようとしなければ防げたことだ)


 そもそも武は当初は歓楽戦に出る気などなかった。予選で適当なところで負けようとしていたのだ。だが、祓己術を完成させるという欲が出てしまったためにこうなってしまった。

 もちろん言い訳をしようと思えばできる。武は白い呪力のことについて知らなかった。知らないものを事前に対策するというのは無理な話だろう。そして、あの時の武は力を求め祓己術を完成させようと逸っていた。その二つが合わさって、今回の件が起きてしまった。



 そして、そう考えると一つの疑問が出てくる。それは、元々白い呪力がどの程度知られていたのかということだ。空我の言葉を信じるなら、おそらくほとんどの祓い師は白い呪力が最上級悪霊のものだということを知らなかったのだろう。それが今回の一件で知られ渡った。そういうことになるはずだ。

 だが、そうなるとさらに疑問が出てくる。十年前に発生したという白い大爆発だ。原因も何が爆発したかも分かっていないらしいが、それでも白い呪力と聞けばその爆発を連想するのが普通ではないだろうか。

 ましてや、表向きは被害が出ていないと言われながら実際は祓い師と滅兵に大きく影響を及ぼしたのだ。そんな不可解な爆発なら、全員とは言わないが多くの人間が白い呪力と結びつけるだろう。

 もう一つはスタトラの白い呪力の出所だ。空我はスタトラが勇者と呼ばれる所以となった戦いで最上級悪霊と戦闘を行い白い呪力を発現したと言っていた。だが、いくら呪力が何でもありだと言っても戦っただけで相手の呪力を発現することがあるのか? それにスタトラと戦った最上級悪霊がどうなったかについても何も教えられていない。



 まだまだ疑問は尽きない。例の噂が祓い師に流れてきた件についてだ。今まで武は祓い師と滅兵は仲が悪いと聞かされていた。にもかかわらず、滅兵由来の噂が祓い師に伝えられた。これ自体はいい。どこかで祓い師と滅兵の親交があってそのツテで聞いたのかもしれないし、祓い師の誰かが盗み聞きしたのかもしれない。だが、そうなるとなぜ白い呪力のことについて祓い師側が知らなかったのかという疑問が出てくる。

 滅兵の上の方だけで機密にしていたというのなら分かる。だが、空我の言い分では滅兵たちは白い呪力が最上級悪霊のものであると周知していたらしい。つまり、滅兵にとっては秘密でも何でもなかったということだ。それで祓い師側に知る手段がなかったとは言わせない。滅兵たちの多くが知っているにもかかわらず、その情報を聞く機会がなかったというのはいくらなんでも不自然だ。

 何もかもが不可解だ。明らかに何者かが関与している。そして、その何者というのがおそらく……。


「ワライとサケビ…… か」


 空我から聞いた二人の名前。だが、武の知る限りではその二人しか思い浮かばない。おまけに二人は死んだとされているそうだが、空我は二人の生死について意図的にぼかしていた。つまり、生きている可能性があるということだ。

 ひょっとしたら、その二人が案内人(ガイド)を使って自分をこの世界に呼び寄せた黒幕なのかもしれない。


「いや、違うな。これは逃げだ」


 武は大きく首を振る。その顔には悲哀が浮かんでいた。

 彼は今まで頭に思い浮かんでいた最悪の可能性をずっと否定し続けていた。それだけはあってほしくはないと心のどこかで願っていた。その可能性とは、武が過去に悪霊として(・・・・・)この世界にいた(・・・・・・・)可能性だ。しかし、武の考えていた仮説の中でもっとも可能性が高いのも事実だ。



 ここに来た当初から武の力は妙に高かった。これだけの力をこの世界で手にしていたと考えれば、祓い師か滅兵のいずれかに武のことを知っている者がいるはずだ。それにもかかわらず、今まで一度もそんな者は現れていない。

 この力に関しては案内人(ガイド)の差し金かと思っていたが、案内人(ガイド)の言葉を信じるのなら、武が悪霊であったと考えれば筋が通る。

 それだけではない。この世界に来て武は何度も既視感や違和感を感じている。もし、武が本当に違う世界から来たのなら、この世界にそんなものを感じるのは少々おかしい。とすれば、やはり元からこの世界にいたと考えた方が自然だ。



 しかし、これはあくまで推測だ。かなり強引なところもあり、論理的に穴だらけなのは間違いない。


「そもそも、俺の記憶が戻らないと話にならない…… か」


 どうでもいい記憶に関しては戻りつつある。だが、肝心の記憶が思い出せない。自分が屋敷武としてこの世界に飛ばされる前に何をしていたのか。どういう人間関係を築いていたのか。まるで分からない。


「これ以上考えていてもキリがないか。それよりも今回の任務について考えた方がいいな」


 武は頭の中を一度切り替える。緑陸までもう一時間を切ってしまっている。藍岸から緑陸まではこの船が尋常ではないほどハイスペックなためかおよそ十時間ほどで到着する。つまり、かれこれ八時間は眠ってしまったことになる。その間、全くといっていいほど任務について考えていなかった。考える気が起きなかったというべきか。


「でも、そんなことも言っていられない…… か。仕方がない。せめて、一回くらいは任務内容を反芻しておくか」


 武はそう言って渡された任務書を鞄の中から取り出す。今回の任務内容は少々複雑なものだった。おそらくは他国にいられる時間を合法的に伸ばすための時間稼ぎだろう。だが、その内容に関しては少々武にとっては気が引けるものだった。


「向こうで待つ協力者とともに緑陸で根を張っている女性差別団体を潰し、その上でその組織が根城にしている村の問題を解決しろ…… か」


 武は思わず呆れてしまう。後者はいい。困っている人間を救うことに武も反論はない。だが、前者は何だ。武は最初空我にそれを聞かされたとき、何のことだか分からなかった。

 その後空我にざっくりと説明されたが、要は女性を道具としか見ていない男が『女は俺たちに奉仕していればいい』などと騒いでいる無法集団のようなものになっているということだ。武は当初馬鹿かと思ったものだ。



 だが、ほんの少しだけ触れられた組織の実態を知り、多少は理解できる面もあると思った。その組織が結成された当初は祓い師や滅兵の女性に対する抗議集団のようなものだったのだ。

 祓い師は当然だが、滅兵も術の性質上悪霊を殺していると歪んでしまうことが多い。その結果祓い師や滅兵の女性は一般人の男を道具としか見なくなり、ひどく虐げるようになってしまったのだ。それに耐えかねた者たちが緑陸の山村を拠点として『対祓滅女(たいふつめつじょ)』のスローガンを掲げ、それを組織の名として一年ほど前に発足した。そして、彼らの噂を聞いた被害者たちが集まり規模が大きくなっていった。ここまでなら、武も理解できた。中には面白半分で参加していた者もいたかもしれないが大半の人間の訴えは本物だろう。歓楽戦の合宿のときの綺蘭々の振る舞いにその片鱗が現れている。正直、この世界はあまりまともとは言いがたい。あんなものなど比にならないほどひどい目にあった男性が大勢いてもおかしくはない。

 それがおかしくなったのが、つい三ヶ月ほど前にある一人の人間が現れてからだと聞いている。最初の一ヶ月は大人しくしていたらしいが、先月からその本性を晒し牙をむきはじめた。その人物の毒牙が回るのはおそろしく早く一月(ひとつき)も経たないうちに今のような有様に成り果ててしまったらしい。


「この紙にはその人間の正体は書かれていない。つまり、そいつの正体を暴いた上で殺せってことか」


 女性差別団体については任務書には対祓滅女を変貌させた人間を仕留めて組織を解体しろと書かれてあり、ある程度の詳細な情報も載せられてはいるが、標的(ターゲット)となる人物については書かれていない。


「まぁいいさ。せっかくだし、のんびりとやっていくとしよう」


 武はそう呟き、部屋の床に寝転がる。大の字になった武は大きなあくびをした。それと同時に、船内放送でまもなく緑陸に到着するというアナウンスが流れた。

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