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騒動

連続投稿です

第四章開始です

 歓楽戦から二日。城神家の屋敷では朝から大きな騒ぎが起きていた。その喧噪は西の離れた部屋にいる武にも聞こえているほどで、廊下の向こうから聞こえてくる大声に武は顔をしかめていたが、なぜそこまで騒いでいるかについては分からなかった。しかし、なぜ騒いでいるか聞こうとは思わなかったし、聞けるとも思っていなかった。ただ先月の美夢の婚約の例もあって、いい話ではない可能性が高いと武は思った。その考えは正しかった。

 騒ぎが聞こえはじめてから少し経って空我がいつも通りの足取りで部屋にやってくる。


「やぁ、武」


「空我か。朝っぱらから騒がしいようだが、何かあったのか?」


 武はそう言って机の上にあった緑茶入りの湯飲みをすする。


「ああ、それがね。お前が悪霊じゃないかってそこら中で噂になってるみたい」


「へぇ…… ぶっ!」


 普段と変わらない顔で爆弾を投下する空我に武は口に含んでいた茶を噴き出してしまう。


「大丈夫?」


 驚いた勢いで茶が気管に入りむせかえっている武に空我はしれっとそんなことを聞く。武は空我を睨みつける。


「お前……。いきなり、そんなこと言われて驚かないわけねえだろ。何がどうしてそうなったんだよ!?」


 早口でまくしたててくる武に空我は動じることなく答える。


「ほら、この前の歓楽戦でお前善也相手に白い呪力を使って戦ったでしょ? あれ、どうやら滅兵(向こう)じゃある大悪霊だけが使うものとされていたらしくてね。それで歓楽戦が終わってから滅兵の間で流れた噂が、紆余曲折を経てこっちにまで流れてきたみたい」


「はぁ?」


 寝耳に水のことで武は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。正直言って無茶苦茶だ。いくらなんでも、白い呪力を放出しただけで悪霊だと決めつけるのは無理があるだろう。

 しかし、武に思い当たる節がないわけではないのも事実だった。


「ごめんね。知らなかったとはいえ、忠告しなかった僕の責任だ。結構事態は緊迫した状態になっちゃってる。祓い師(こっち)も白い呪力については知ってはいたんだけど、まさか悪霊を象徴するものとは思ってなかったんだよ。まぁ、今となっては納得できる部分もあるんだけどね」


「どういう意味だ?」


 武の言葉に空我は一つ頷き、話しはじめる。


「急いでいるときにアレだけど、少し長い話になる。お前、スタトラのことについてどこまで知ってる?」


「スタトラ…… というと、二陣戦であの鎌瀬を倒した奴だろ? だが、正直あの戦いで見たことと勇者って呼ばれていること以外は何も知らないな」


「そっか。まぁ、それだけ知ってれば十分だよ。でさ、何でスタトラのことを話したかというとね。僕らが知る限りあいつだけだったんだよ。白い呪力を扱える奴は……」


「それが悪霊とどうつながるって言うんだ?」


「僕もそう詳しく知っているわけじゃないんだけどね。スタトラが勇者と呼ばれるようになった所以となる戦い。その戦いであいつが一人果敢に挑んだ最上級悪霊が白い呪力の使い手だったらしい」


「!」


 武は大きく目を見開く。白い呪力を使う最上級悪霊。まだそれだけしか分かっていないが、武の胸の内には嫌な感覚が渦巻いていた。


「噂によると、スタトラの白い呪力はそいつとの戦いで発現したものらしい。それ以外では決して白い呪力は見られなかった。だから、白い呪力は決して存在し得ない幻の呪力と長い間言われ続けてきたからね。それを素性不明のお前が発現させたってことで、お前がスタトラと戦った最上級悪霊じゃないかと疑われているというわけだ。もっとも真偽のほどは分かっていないし、ほとんど言いがかりではあるんだけどね」


「それなら、すぐにでも裏付けが取れるんじゃないか?」


「んー。それはちょっと難しいかもしれない。何しろ、スタトラがそいつと戦ったのは九歳の時。十年前の話だっていうんだからさ。そんな昔じゃ、どれだけ情報や証拠を集められるか……」


 十年前。確かにそれでは情報収集は絶望的だろう。遥か昔とは言わないが、十年となれば記憶や証拠が風化するには十分すぎる時間だ。武にとっては不利な状況だ。

 恐れていたことが起きてしまった。今はそうとしか言いようがない。


「もちろん、本当に起きたかどうかは分からない。でも、祓い師をよく思っていない輩は多いからね。ましてや、これから五年の覇権を決める歓楽戦で最上級悪霊を出したとなれば嬉々として叩く奴はいるだろう。実際お前は負けているとはいえ、歓楽戦自体は祓い師(こっち)が勝ってるわけだしね」


「だが、そんなの……」


「事実無根と言いきれるかい? お前はここに来るまで何をしていたのか一切分かっていない。いわば不審人物だ。何も言わずに調べたのは悪いとは思っているが、それ以前にあまりにもお前に不利な情報(カード)が揃いすぎている。向こうだって馬鹿じゃない。お前の経歴のことなんて、とうに調べ上げているとみた方がいい。ただでさえ、僕が向こうの頭を殺しちゃったせいで、向こうは殺気立ってるしね」


 武は空我の言葉に思わず目を細めてしまう。いつの間にか自身のことを調べていたこともそうだが、つまりは空我が恭司を殺したことによる八つ当たりで武にあらぬ嫌疑がかかっている可能性があるということだからだ。


「つまり、お前のせいということか?」


「僕だけのせいではないけど、非はあるよ。だから、こうして話に来たんだ」


 空我は小さくため息をつく。だが、ため息をつきたいのは武の方だった。危惧していたことが思ってもいなかった形で起きてしまった。不用意に予選を勝ち上がって歓楽戦に出場してしまった武にももちろん非はあるが、元々は空我が武を脅迫したことによって武は予選に出場せざるを得なくなったのだ。


「とにかく、最悪な状況であることに変わりはない。だから、早急に手を打つ必要がある」


「どうするつもりだ?」


「お前を任務と称して国外に出す」


「!」


 予想だにしていなかった空我の発言に武は驚愕する。だが、そうも言っていられない。


「ただの噂なら徹底的に潰すか否定すれば終わりだ。だけど、今回は向こうも相当本腰を入れているらしい。歓楽戦直後ということもあって、祓い師に不満を持っている層が暴発して面倒なことになっている。それどころか祓い師側にまでこの噂に同調する人間が出る始末だ。場合によっては疑惑というレベルでは収まらないところまでいくかもしれない。ここまでする理由に関しては薄々としか分かってはいないけどね」


「どういうことだ?」


「十年前。その単語を聞いて思いつくのは一つしかない。十年前の大爆発だ」


「大爆発?」


 武は怪訝そうな顔になる。白い呪力とその大爆発に何の関係があるというのか。


「うん。正体不明の白い大爆発が当時藍岸どころか緑陸にまで及ぶ形で発生したんだ。だが、それほどの爆発にもかかわらず、被害は一切なかった…… とされている」


「違うのか?」


 武は顔をしかめてそう聞く。武が見た地図によると藍岸と緑陸はそれなりに離れている。その緑陸にまで影響が及んだということは間違いなく藍岸全体を覆うほどのとてつもない爆発が起きたはずだ。それにもかかわらず、一切被害が出ないということはありえない。一体、どんな被害が出たのかとひとたび考えれば最悪の方向に思考が向かう。


「実際は祓い師、滅兵に凄まじい変化をもたらしたんだ。その結果、今の勢力図ができあがった。そして、原因や爆発物の正体は分かっていないけど、それをやった犯人というのが祓い師では大方の見当がついているんだ」


「誰なんだ?」


猟社(りょうしゃ)(けん)狩宮(かりみや)(こう)。滅兵を作った祖であるこの二人が主犯ではないかと言われている」


「猟社堅、狩宮硬……」


 聞いたことのない名前だった。武は何度も頭の中で記憶を反芻するが、この二人の名前を聞いた覚えはない。


「奴らは『ワライ』『サケビ』と名乗り、大爆発を起こした。滅兵の連中は血眼になって否定しているが、これは変えられない事実だ」


「おい、ちょっと待て。お前の言い草だと、その二人が犯人だって確信しているみたいじゃないか?」


「そりゃそうだよ。なにしろ、この目で見てたんだから」


「!」


「まぁ、今はどうでもいいことだ。話を戻そう。向こうにとって、十年前のことは知られてはまずいことなんだ。だから、あんな大衆の前で白い呪力を使ったお前を見て、ここぞとばかりに攻めてきてるのさ」


「なるほど。いつの世も人がやることは同じだな」


 武は思わずそう呟いてしまう。記憶はない。だが、善也戦で完全に祓己術をものにした武は少なからず記憶らしきものを思い出していた。まだまだ不完全で朧気だ。しかし、前世でも人はろくなことをしていなかったことは覚えている。


「今回の件はお前が白い呪力を使ったことが原因で起きたこと。それは事実だ。実際、スタトラも白い呪力を使えることは知られているが、あくまで切り札として極力使用を控えている。そうすることで、白い呪力を忌避していることをアピールするためだ」


 武は歓楽戦二陣戦の鎌瀬対スタトラの戦いを思い出す。確かにスタトラは一度も白い呪力を使っていない。現に、スタトラが白い呪力を使えることを知ったのはつい先ほどだ。


「もちろん、さっき言ったように僕にも非がある。だから、権限を行使してほとぼりが冷めるまでお前を外に出そうと思ってたんだけど……。何か意見はある? 言いたいことがあるならいくらでも言ってくれていい」


 空我の言葉に武は少し考え込む仕草を見せる。


「疑惑から逃れるために他国に行くというのに反論はない。だが、一つだけ聞かせてくれ」


「何?」


「さっき言っていた猟社堅と狩宮硬の二人は、今も生きているのか?」


「死んだよ」


「は?」


 あまりにもあっけなく言った言葉に武は思わず間抜けな声をあげてしまう。


「正確には死んだとされているって言った方が正確かな? まぁ、あれじゃ普通は死んでるんだろうけど、どう考えても二人が死んでいるようには見えなくてね」


「なぜだ?」


「悪霊はあの二人が生み出したからだよ」


「は?」


 武はぽかんとした顔になる。無理もない話だ。まず間違いなく今日一番、いやこの世界に来てから一番の爆弾を何の前触れもなく投げられたのだから。


「生み出した…… っていうのは違うな。でも、奴らが悪霊を統率してたのは確かだ。だからこそ、今なお悪霊が存在している現状ではあの二人が死んだと断じる気にはなれないんだ。もちろん、悪霊を統率してる奴が変わってる可能性はあるけどね」


 空我の言葉に武はそれ以上言えない。武は猟社堅と狩宮硬に会ったわけではない。だから、空我の仮説を否定することはできなかった。


「他に聞きたいことがあるなら聞くよ? でも、あまりのんびりしてるのもよくないからね。当然泊まり込みの任務になるから荷造りとかも必要になる。初の日をまたぐ任務で悪いけど、できれば今すぐにでも準備して出発してほしいところだね」


「大した私物があるわけでもないし、それは構わないがどうやって他国に行くつもりだ? そもそも、どこに行けばいい?」


「目的地までは船で行ってもらうかな。今すぐに用意できるのはそれしかないからね。そして、目的地は緑陸だ」


「緑陸……」


 本で読んだ記憶だと確かこの世界で一番大きな国だったはずだ。面積、人口ともにトップであり大国といって差し支えない。


「心配はいらない。言葉や文字は同じだし、向こうには一応協力者もいる」


「協力者?」


「行けば分かる。心配しないで。とりあえず、歓楽戦後の息抜きみたいな感じで行っておいでよ」


 空我は屈託のない笑顔で言う。武は思わず呆れたような顔になる。



 武の初出国まで、あと一時間半――。

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