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歓楽戦終幕

 武が担架で医務室に運ばれ、例によって超高速で修繕が終わった会場に空我と恭司が入場する。両者の表情は対照的だった。

 空我は日常生活で見せるようなリラックスした表情で会場中央へと歩いていく。大して、恭司は緊張した面持ちで空我と向かい合うようにして歩いていく。二人が入場した時点で会場の盛り上がりは今までで一番というところを見せていた。戦績は三勝三敗。この試合で勝った方が歓楽戦を制し、後の覇権を握ることができる。伸るか反るかの大勝負だ。

 会場中央で向かい合うと、恭司は大きく深呼吸をして告げる。


「悪いが、勝たせてもらうぞ。城神空我」


 そう宣戦布告をする恭司に空我は余裕の笑みを浮かべ答える。


「そう。まぁ、頑張ってね。せいぜい歓楽戦(この試合)最後(トリ)に相応しい散り方を見せてやりなよ」


 空我の言葉に恭司は睨みつける。だが、そんなことに意味はない。強者が全て。この世界はそういう世界なのだ。

 やがて、モニターに最終戦である大将戦の開始が映し出される。


『START!』


 空我の挑発に前のめりになっていたと見られていた恭司は試合開始と同時に動き出すことはなかった。ただ腰を低くし空我を凝視している。


「あれ? 開始早々に仕掛けてくると思ってたんだけど、来ないんだ?」


「見くびるな。お前相手に無策で突っ込むほど、私は愚かではない」


『空神』城神空我。軍王天成と並び六本柱どころか祓い師全体でもっとも危険とされている彼の真髄は防御だ。

 城神家は結界や防壁、また肉体の防御力を強化する祓術に長けている。空我自身の祓己術はまた毛色が違うものの、祓い師の中で防御系の祓術の扱いにもっとも長じているといっても過言ではない。それらを使った防御は祓い師の精鋭は愚か最上級悪霊にも通用されるといわれているほどで、この世界に生を受けてから傷ついたことは数えるほどしかない。

 その圧倒的な防御力にものをいわせ、自身の祓己術で相手の息の根を止めるのが空我の戦闘スタイルだ。恭司もそれが分かっているため、半端な攻撃を仕掛けたりはしない。

 そんな恭司を見て、空我はつまらなそうな顔になる。


「そ。じゃあ、こっちから行ってあげるよ。歓楽戦のトリである大将戦があっけない幕切れになるのは残念だけどね」


 空我は左手に呪符を取り出し、右手に重ねる。次の瞬間、空我の右腕とその周囲の空間が歪み出す。


「何だ? それは……」


 恭司が言えたのはそこまでだった。それ以上を言うことはできなかった。できるはずもない。なぜなら、頭頂から股まで真っ二つになっていたからだ。


「…………」


 大きく見開かれた目は白目に剥く。真っ二つにされた体はまるで一つの物体であるかのように同時に地面に倒れる。あまりにもあっけない幕切れに観客たちは一瞬静まりかえる。だが、すぐに阿鼻叫喚の嵐に包まれる。

 空我はそれをうっとうしそうにしながらも、モニターの方を見る。


『WINNER! 城神空我!』


 モニターには当然のように空我の勝利が映し出される。観客たちの中には文句を言う者たちも現れてはいるが、何をいまさらといったところである。

 歓楽戦のルールは相手を戦闘不能にするか、降参させたら勝ち。それ以外にルールについて言及されていない。つまり、対戦相手を死に至らしめたとしても相手を戦闘不能にしたとみなされ殺害した者の勝利となるのだ。



 今回の大会がぬるすぎただけである。ここまでの全試合で相手を戦闘不能にして決着が着いていたものの、相手を殺した者は一人もいない。人格破綻者が出やすい祓い師と滅兵が戦っているにもかかわらずである。はっきり言って相手を殺めること(この程度)は歓楽戦ではよくあることなのだ。

 それにもかかわらず、観客たちが混乱(パニック)を起こしているのは恭司の殺し方が少々えぐかったからだろうと判断している。いずれにしても、試合結果を確認した空我にとってはどうでもいいことなので、さっさと会場を立ち去っていく。

 その後ろ姿に観客たちが何か声を投げかけていたようだが、空我の耳には入っていなかった。






 ○○○○○


 大将戦が終わった時点で歓楽戦は終了である。オープニングセレモニーがないのと同様エンディングセレモニーもないため、この後は各自解散となるわけだ。

 先鋒戦や三将戦と同じくらいあっけなく勝利した空我は悠々とした足取りで普段通りの表情のまま待機室へと向かう。道中、波一が壁に背を預けて待ち構えていた。


「さすがは祓い師でも屈指の危険人物。えげつない終わり方させよるなぁ」


「何の用? 波一」


 ニコニコとした表情を崩さずに空我はそう尋ねる。波一はくつくつと喉を鳴らすように笑う。


「そう急くなや、お前らしくもない。もっとゆっくり話そうや。オレとお前の仲やないの」


「あれ? もう仲良くしないって言ったのお前じゃなかったっけ?」


 空我は不思議そうに首をかしげる。事実、歓楽戦が始まる直前に二人は険悪な雰囲気を醸し出しながら言い合いをしている。どう考えても親密な関係とは言いがたいだろう。

 空我の言葉を聞いて、波一の笑みはさらに深くなる。


「そうやったっけ? もう昔のことすぎて忘れたわ。そんなことより、いくつか言いたいことあるんやけどええか?」


 空我が無言で頷くのを見て、波一は言葉を続ける。


「まず一つ目。そっちが副将戦で出してきたあの新入りやけどな……。この後、確実に面倒なことになるで」


「何をいまさら、分かりきってることを。別に何の問題もないよ」


「さよか。じゃあ、二つ目。調子はどうや? ジン」


 波一の問いに今度は空我の笑みが深くなる。


「随分と久しぶりだね。そう呼ぶのは。どういう心境の変化?」


「別に、ただの気まぐれや。まぁ、その様子やと問題ないんやろうけど」


 波一は背を預けていた壁から離れると、空我に背を向ける。


「まぁ、やれるだけやってみ。お前の願いもひょっとしたら叶うかも分からんで。せやから、頑張りや。オレは応援してるんやから」


 波一はそれだけ言って立ち去っていく。空我は不敵な笑みを浮かべて、その背を見つめている。


「はっ。応援してる…… ねぇ。はたして、それがお前の本音か?」


 空我は嘲笑を浮かべそう吐き捨てる。そのまま、空我はその場から姿を消した。






 ○○○○○


 城神家屋敷。例によって驚異的な回復をみせた武は自室の側にある縁側でぼんやりとしていた。だが、いつもとはどこか雰囲気が違う。


「何だ。森崎善也に派手にやられたと聞いたが、思ったより元気そうだな」


 声のした方を向くと、頭と左腕に包帯を巻いた茂豊がいた。


「お前こそ。あの水龍とかいう奴に派手に攻撃を食らってたわりにはその程度の怪我ですんだんだな」


「まぁ、そこそこ頑丈でね。もっとも敗北したにもかかわらず、その日の夜に無傷でぴんぴんしてるお前ほどではないがな。…… 隣いいか?」


 茂豊は武に一言断り武の左隣に座ると、再び話しはじめる。


「興味がないかもしれないが、一応お前は城神家所属の祓い師だからな。分かりきっていることだが、今日の大将戦による空我様の処遇を教えておこう」


「ああ。そういえば、そんなこともあったな」


 全く別のことを考えていた武は思わずそんなことを口にしてしまう。だが、茂豊の言う通り空我にどんな処罰が言い渡されたかなど火を見るより明らかだ。茂豊の口から武の予想通りの言葉が紡がれる。


「空我様はお咎めなしだ。試合中の事故として処理された。滅兵側はかなり文句を言ってきたらしいが、もういまさらだからな」


「そうだろうな。じゃなきゃ、歓楽戦(あんなもの)成立しないだろう。で、そんなことを言うためにここに来たのか?」


「いや。どちらかといえば、こちらが本命なんだがここに星を見に来たんだ」


「星を?」


 意外なことを言われ、武は眉をひそめる。短い付き合いだが、茂豊が星を見てきれいだなどというロマンチストには見えなかったからだ。


「似合わないように見えるか? だが、俺とて星を見たくなるときくらいはある。ここは屋敷の中でもそれなりに景色のいいところだからな。お前がその部屋に入る前は、たまにここに来て星や景色を見てたんだ。今のお前がやっていたようにな」


 茂豊はそれだけ言うと、もの寂しげに夜空を見る。梅雨にしては珍しく雲一つない空には多くの星が輝いていた。茂豊は一瞬それらを見ると小さくため息をつく。


「臆病者…… か」


「ん?」


「もうだいぶ前の話だ。…… 俺は奴を臆病者だと思っていた。だが、実際のところ、本当の臆病者は俺の方なのかもしれん」


「どうした? 急に……」


 何の脈絡もなく突拍子もないことを話し出した茂豊に武の顔が怪訝そうになる。


「いや。何でもない。忘れてくれ」


 茂豊はそれだけ言って縁側から立ち去る。武は怪訝そうな顔を崩さないまま、その後ろ姿を見送った。






 ○○○○○


 翌朝。歓楽戦から一晩明けただけということもあって、この日は休息日にするようにと空我に言われた武は外をぶらついていた。といっても、この辺りのことをまだ完全に把握しきれていない武では行けるところは限られている。

 武は数少ない候補地の中から一月(ひとつき)以上前に美夢に案内された公園へと足を運ぶことを決めた。

 ここに来たのはまだ二回目だが、やはり人は少なかった。その数少ない人も大きな音を立てることなく、基本的に静かだった。美夢が気分転換に好んで使うだけのことはある。この公園で武は初めて応蛇に会い、そして、滅兵というものを知ったのだ。

 普段ならば心を落ち着けるのにぴったりの場所なのだろうが、やたらと人に会うようだ。今も武に視線を向けている者がいる。


「…… 何か用か?」


 背中から不躾な視線を向けてくる人間に振り返ることなく話しかける。後ろにいた人物は小さくため息をついて口を開く。


「これはすまない。どうやら、余計な気を遣わせたみたいだな」


 聞き覚えのある声だった。樟谷渉。ノーネームの一人、座子亮を倒した精鋭だ。武は振り返って話しかける。


「謝るなら何であんな視線を向けてきたんだよ」


「まぁ、ちょっとな……」


 気まずそうな顔で目をそらす渉に武は若干苛立ちを覚える。


「歯切れが悪いな。言いたいことがあるなら、単刀直入に言ったらどうだ?」


「用があったといえばあったんだが、今はいいだろう。どうせ、すぐに機会(・・)は訪れる」


 渉はそう言って武の横をすり抜け立ち去っていく。武は疑心を露わにしたまま、渉の背を凝視する。


「何だ? あいつ……」


 武は思わずそう呟いていた。消え入りそうな声だったので、おそらく渉には聞こえていなかったはずだ。だが、渉は一度立ち止まり、首だけ武の方に向けると何かを言って小さく笑った。

 武には何を言ったのかは分からなかった。渉は構わずに再び歩みはじめる。渉の背はすぐに見えなくなった。

 だが、武はこのことをすぐに忘れることになる。なぜなら、今回の歓楽戦をきっかけに事態が大きく変わっていくのだから。

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