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勝負の行く末決める中堅戦! 最強vs最強!

 遥か底に落とされた波一は茂豊が気絶したのを見届けると、水を使って足下に噴射させることで浮き上がり地上へと上がっていく。地上へ上がり、モニターを見ると波一は安堵の息をつく。


『WINNER! 海神波一!』


 そう表示されているのを見て、茂豊にこれ以上の攻撃を加えることなく立ち去っていく。かつての同胞に対する情なのか。それとも、他に理由があるのか。それは当の本人にしか分からなかった……。






 ○○○○○


 現時点で一勝二敗。あと一敗で向こうにリーチがかかってしまうという状態にさすがの祓い師側の待機室も浮き足立っていた。これは親善試合ではない。あくまで表向きは友好を深め、観客たちを楽しませるという名目にはなってはいるがどちらかが四勝した時点でこのイベントは終わる。出場者も観客も全員が分かっていることだ。

 もし、中堅戦、三将戦と敗れれば武の出番はなくなる。そうすれば、自身の祓己術を高められる機会を一つ逸することになる。しかし、武はそれほど心配していなかった。いつもの直感だ。


「さて、それでは行ってくるとするか」


 剣也は待機室の端に置かれていた鞘に収められている刀を手に取ると、待機室から退室しようとする。


「うん。頑張ってね」


 あからさまに空虚な空我の応援に剣也は右手を上げて答える。次はこの歓楽戦で一番重要とされる試合。この試合の勝敗でどちらが勝つか決まるとさえいわれている試合だ。剣也は悠然とした足取りとは裏腹に、かなり気を張っていた。


「『蛇怪(じゃかい)』東応蛇…… か」


 どこかもの悲しげに剣也は呟き、刀を左手に持ったまま待機室を後にした。



 時を同じくして滅兵側の待機室。波一が憮然とした表情で待機室に戻ってきた。


「お疲れ」


「おう」


 波一は椅子やソファに腰かけることもせずにモニターを見る。そこには担架で茂豊が運ばれた後に瞬時に修復された綺麗な会場の姿が映し出されていた。


「はっ。あれだけ派手にぶっ壊したってのに、もう直っとるんかい」


 波一は嘲笑とともに吐き捨てる。その目には侮蔑と哀憫が込められていた。


「まあええわ。次がこの戦いを決めるといっても過言やない。勝てば四勝二敗で終わらせられるし、逆に負ければ勝つんは絶望的になる。恭司がミラクル起こす可能性もなくはないが、そんな不確定なもんに頼るわけにはいかん。なんとしても勝てや。応蛇」


「言われなくても分かってるよ。俺だって四神最強って呼ばれてんだ。『剣皇(けんこう)』だか最強の二翼だか知らないが、負ける気はねえ」


 応蛇はそれだけ言うとこれから中堅戦が行われる会場へと向かっていった。






 ○○○○○


 中堅戦。剣也と応蛇の二人が向かい合い睨み合う。だが、剣也の目に戦意は見られない。


「どうした? 剣也。元気がないじゃないか」


「別に…… お前には関係のないことさ」


「何だよ、秘密事かぁ? 悲しいなぁ。教えてくれよ。俺とお前の仲じゃねえか」


「お前と親しくしていた記憶はないんだが?」


 冷たい目で切り捨てる剣也に応蛇はおかしそうにくっくっと忍び笑いをする。同時にモニターに試合開始を現す文字が映し出されるが、今までと違い二人とも開幕早々に動き出すことはしなかった。それどころか、微動だにしない。


「どうした? 来ないのか?」


「お前こそ。滅兵の強みである発動速度の速さを生かして速攻でも仕掛けたらどうだ?」


「それでもいいんだがなぁ。何しろ、お前は術なしで十分に化物だからな。何の策もなしに仕掛けると、痛い目を見るかもしれねえしよ」


 後半を言うと同時に応蛇は右手の人差し指と中指を動かす。剣也はその動きを見逃さなかった。その場から俊敏な動きで飛びすさる。同時に先ほどまで剣也がいた場所に呪力で作られた大量の蛇のようなものが出現する。

 蛇たちは宙へ向かって猛スピードで上がっていき、途中で急激な方向転換を行い、空中にいる剣也を包囲するように襲いかかる。剣也は腰に帯びていた刀でその全てを木っ端微塵に切り裂いていく。

 落ち着きのある所作で華麗に着地する剣也を見て応蛇は笑う。


「さすがだな。剣皇の二つ名は伊達じゃないというわけだ」


「さあな。それはお前が本気を出してから分かることなんじゃないのか?」


「違いない」


 応蛇は好戦的な笑みを浮かべると、先ほどの三倍以上の蛇を生み出し、剣也に向けて放つ。剣也は変則的な動きをする蛇たちをものともせずに一匹残さず斬り捨てていく。



 応蛇の滅己術は呪力の蛇を作り、それを使役するというものだ。滅己術とは祓い師でいう祓己術に値するもの。その威力は尋常ではない。それに加え種類は限られるが呪力で作った蛇に毒を持たせることができ、対象に噛ませることで相手の体内に毒を入れることができる。その厄介さが分かっているからこそ、剣也は刀で一匹残らず斬っているのだ。



 応蛇の滅己術は正面戦闘、搦め手の両方を可能とする。それゆえに空我とともに六本柱最上位の力を持ち、剣皇と恐れられる剣也相手に十分勝利できると滅兵側は踏んでいた。応蛇の力ならばそれができると。

 現実に試合は剣也の防戦一方となっており、応蛇が一方的に攻め立てていた。


「そらそら! どうした! このまま攻撃もせずに終わる気か!?」


 応蛇が剣也に向けて伸ばした右腕から次々と蛇が出現する。縦横無尽に動き回る蛇たちは全方位から剣也に噛みつき、絡みついていく。

 剣也はその全てを捌きながら、静かに目を閉じる。


「…… この程度でいい気になっているとは…… おめでたい奴だ」


「!」


 剣也は鋭く開眼させると懐から呪符を取り出し応蛇の視界から姿を消す。応蛇は大きく目を見開いて驚愕する。


「どこに……」


 応蛇は辺りをキョロキョロと見回して探そうとするが、次の瞬間背中に強烈な痛みを感じる。


「がっ…… !」


 応蛇の背中には真一文字に深い切り傷ができていた。応蛇の背後に回った剣也が強烈な斬撃を叩き込んだのだ。


「悪いが…… ここまでだ。蛇怪、東応蛇!」


 追撃として応蛇の左脇腹に蹴りを叩き込む。応蛇は大きく吹き飛ばされてしまい、地面に転がり倒れる。


「勝負あったな」


 応蛇の側に歩み寄り、そう告げる剣也に応蛇は不気味な薄ら笑いを浮かべる。


「ああ。確かに、勝負あったな。お前の…… 負けだ!」


「何!?」


 剣也は自身の左足を見る。そこには呪力で作られた蛇が噛みついていた。


「ちぃっ!」


 剣也は右足で蛇を蹴飛ばし切り刻むが、時すでに遅し。しびれ薬に近い効力を持った毒を体内に入れられた剣也は全身が言うことを聞かずに、その場に跪く。

 応蛇はそんな剣也を見て、全身を震わせながらも立ち上がる。先ほど受けた二撃のダメージが大きかったのかフラフラではあるが、完全に動くことができなくなってしまっている剣也より遥かに有利な立場にいるのは間違いなかった。


「勝利を確信するのが早すぎるんだよ。そんなんだから、こうやって足下を掬われんだよ」


 剣也の攻撃によるダメージでフラフラとなりながらもそう言う応蛇に剣也は口元を歪める。


「どうした? 何がおかしい?」


「いや。本当におめでたい奴だと思ってな」


「何?」


「勝利を確信するのが早いだと? その言葉、ブーメランになってお前に返ってきているぞ」


「!!」


 応蛇の胴体に左肩から右腰まで袈裟懸けに斬撃が見舞われる。為す術なく斬撃をまともに受けた応蛇は大量の血を流しながら倒れる。


「どこから…… !?」


 思わずそうこぼした応蛇の疑問に答えたのは剣也だった。


「どこからでもねえよ」


「!」


「俺は基本術の一つ、『斬』を発動から遅れて放つことができる。要は時間差攻撃だ。俺はお前の背後に回って刀による斬撃と蹴りの二つの攻撃と同時に時限式の斬を仕込んでおいたのさ。念のためにな」


 剣也の言葉に応蛇は背後からの攻撃をもらう前に剣也が呪符を取り出していたことを思い出す。姿を消した直後にこれを仕掛けたのだとようやく理解したときにはもう遅かった。痛撃を三発も食らった応蛇にできることはもはや何もない。


「てめえ…… !」


「今度こそ終わりだ」


 応蛇が地面に倒れ気絶したことを確認した剣也は全身に呪力を纏わせ、自身の体内に取り込む。


「ぐっ!」


 凄まじい痛みが全身に走る。だが、耐えなくてはならない。そう長い時間ではない。そう言い聞かせ、痛みに耐えながらも応蛇に入れられた毒を呪力で摘出しようとする。

 応蛇が気絶していたこともあり、時間としては二分もかからなかった。ようやく動けるようになった剣也は毒によるダメージと摘出した際に体にかかった負荷で満身創痍ながらもよろよろと立ち上がる。


『WINNER! 刀皇剣也!』


 剣也はそれだけを確認すると、観客の声もお構いなしにおぼつかない足取りで会場を去っていった。






 ○○○○○


 それから七分後。中堅戦のすぐ後に行われた三将戦は思いの外あっけなく終わった。


「がはっ!」


「何だ。もう終わりか。手応えないなぁ」


 心友は呆れたような顔で地面に血まみれで仰向けになって倒れている北村にそう言い放つ。この試合も先鋒戦同様一撃で決まった。心友の強力な斬撃を受けた北村は意識こそ残っているが、とてもではないがこれ以上は戦えない。

 二陣、三陣、中堅と名勝負が続いたことで熱気に包まれていた観客たちは今度は別の意味で熱気に包まれていた。北村に対し、祓い師側、滅兵側問わずに暴言を吐いている。

 そんな観客(彼ら)を冷たい目で見上げながらも、モニターに自身の勝利が映し出されていることを確認した心友はもう用はないと言わんばかりに会場を立ち去っていく。



 祓い師側の待機室では中堅戦と違い、当然の勝利に対して少しも盛り上がっていなかった。むしろ、彼らの注目は武に向けられている。


「いいかい、武。今、こっちの三勝二敗で王手をかけている状態だ。そして、仮にお前が負けたとしても僕が後にいる。負けてもいい。だから、何の気負いもなく全力で善也にぶつかってくれ」


「そうだ! 大事なのは気合いだ気合い!」


「燃の言う通りだよ。頑張って」


 空我、燃、心友の三人に応援になっているのかなっていないのか分からない声援を受けた武は非常に静かだった。それに燃と心友は怪訝そうな顔になる。

 武はやがてゆっくりと口を開く。


「なぁ、クウ」


「ん? 何?」


 不意に話しかけてきた武に戸惑うことなく空我は反応する。武は空我の方に視線を向けて言う。


「お前はさっき負けてもいいと言っていたが、別に勝ってこの歓楽戦を終わらせてもいいんだよな?」


 不敵な笑みを浮かべ、武は悠然と待機室から出ていった。

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