滅兵たちの一幕
六月十五日。少し視点を変えて、滅兵たちの方へ。
そこは藍岸救滅地区。滅兵たちをとりまとめる虎善家が縄張りとしている場所であり、滅兵たちの本拠地である建物がある場所だった。彼らの本拠地として使われている三階建ての古びた建物はどこにでもあるありふれたもので、玄関に掲げられている看板も『救滅地区相談センター』と祓師協会と違って自己主張の弱いものだ。しかし、球滅地区に住む人間にとってはここが滅兵たちの拠点だというのは暗黙の了解だった。
そんな拠点の廊下を二人の少年が歩いていた。波一とスタトラだ。
「やれやれ。祭りも近いのに、何でこないなところに呼び出されなあかんのや」
波一が不機嫌さを隠そうともせずにそうぼやく。彼の隣で歩くスタトラは苦笑しながらも、波一に声をかける。
「そう言うものではない。今度の歓楽戦はなんとしても負けるわけにはいかないんだ。そのために綿密に戦略を組み立てておきたいというのが上の本音なんだろう」
「そら、ごもっともなんやけどな」
波一はふぅと小さく息を吐く。その顔は心底めんどくさそうだが、スタトラも咎めることはなかった。その代わり、彼らの後ろから波一を咎める声が聞こえてくる。
「おいおい。覇気を感じられないな。もっと、シャキッとしろよ! シャキッと!」
「同感だな。お前は我々滅兵の中でも最上位に位置する存在。そんなお前がその調子では困るぞ」
「うるさいわ。オレらにしがみつかんとどうにもならんアホどもは黙っとき」
心底うんざりしているという顔で波一は後ろを振り返る。そこには、黒髪を坊主頭にした少年とワインレッドの長髪を後ろに束ねた青年がいた。彼らは北村和馬と南条啓太といい、四神と称される今度の歓楽戦に出場する滅兵たちだ。
北村と南条は波一の皮肉に若干顔をしかめるが、それに触れることなく会話を続ける。
「相変わらずつれないな。だが、お前に多くの期待がかかってるのは事実だぞ?」
「言われんでも分かってるっちゅうねん。オレとお前らを一緒にすんなや。お前もそう思うやろ? 応蛇」
後半は二人の後ろから悠然と歩いてくる応蛇に対して向けた言葉だった。応蛇はゆっくりと歩きながら、言葉を返す。
「さてな。ただ俺らは俺らのやるべきことをやる。それで十分だろ?」
「本当。どいつもこいつもくそ真面目で嫌気がさすわ。ちゅうか、お前そんなキャラちゃうやろ」
模範解答を口にする応蛇に波一は呆れた顔をする。彼ら五人は足並みを揃えて廊下を歩いていく。彼らの目的地は二回の大会議室だ。そこで、今度の歓楽戦の作戦会議が行われるのだ。
五人が会議室に着き、扉を開けると歓楽戦に出場するメンバーのうち残り二人が既にいた。
「遅かったな」
七つ分の椅子が用意された円テーブルの正面に座る銀髪をオールバックにした男がそう話しかけてくる。虎善恭司だ。
「集合時間十分前や。お前らが早すぎるんやろ?」
「それもそうか」
五人は各自空いた椅子に座る。波一は足を投げ出し、頭の後ろで頭を組む。そんないかにも面倒だという体勢で波一は恭司に苦言を呈する。
「ほんで、何でこんな中途半端なタイミングで呼び出されたのか聞かせてもらおか」
波一はもう一人の茶髪に左額に小鬼の刺青を入れた男を一瞥しつつ、恭司に問い質す。
「おい、波一。お前いい加減に……」
「まぁ、待て」
横柄な波一の態度に先ほどから我慢の限界だった南条が咎めようとするが、恭司が制す。
「そうだな。今までそれらしいことをせずにいながら、このタイミングで突然招集をかける。私のやり方に不満を持つのは致し方のないことだ。だが、私も好きでこのような対応をとっているわけではないことを理解してほしい。何しろ、つい一週間ほど前にようやく向こうが出す祓い師が決まったばかりなのだからな」
「…… 確か三人が欠員になったと聞いたが、その埋め合わせを誰がやるのか決まったのか?」
応蛇が恭司にそう尋ねる。周囲の言葉をどうでもよさそうに聞いていた波一は背もたれにさらに体重をかけて言う。
「どうせ、北村と南条でも余裕で勝てる大したことない連中やろ」
「「…… っ!!」」
完全に見下しきった視線を向けてくる波一に北村と南条の顔がこれ以上ないほど歪む。しかし、彼らは歯ぎしりをさせ唇を噛むだけで何も言い返さない。あまりにも両者の実力差が剥離しているからだ。仮に北村と南条が二人がかりで挑んだところで波一に勝てる可能性は万に一つもない。
「まぁ、そう二人をいじめてやるな。それに六本柱でないからといって油断していると足下を掬われるぞ」
「というと?」
スタトラが首をかしげる。恭司は深刻そうな顔になって言う。
「なんでも、祓い師になって二月ほどしか経っていないにもかかわらず、最上級悪霊との戦いで生き延びた男がいるそうだ」
「なるほど。それはかなりの逸材だ」
ずっと閉口していた茶髪の男が口を開く。この男こそが創神と称され恐れられる男、森崎善也だ。そんな善也にからかい混じりの声色で波一が話しかける。
「おっ。どっか創神サマの琴線に触れるようなもんでもあったんか?」
「さあね。直接見てみなければさすがのぼくにも分からないさ」
「そうかぁ? お前なら聞いただけで分かるっていわれても信じられるけどなぁ」
「お前はぼくを何だと思っているんだ?」
善也は非難するような目で波一を見る。しかし、波一はどこ吹く風といった様子でその視線を受け流す。恭司は小さくため息をつきながらも言葉を紡ぐ。
「話を進めていいか? といっても、どこまで話した……?」
「最上級悪霊との戦いで生き延びた新参者が出るというところまでだな」
頭を抱えて、先ほどまでの会話を思い出そうとしている恭司にスタトラが助け船を出す。
「そうか。礼を言うよ。スタトラ。そう、向こうは期待の新人を今度の歓楽戦で出してくる。名を屋敷武というらしい。他にもノーネーム、『地源』茂豊勝、『死神』鎌瀬明も出てくるそうだ。六本柱二名、それと例によって龍全の人間は出ないらしいが決して侮れる相手ではない」
「そうは言っても舐められているようで、あまりいい気はしねえな」
言葉とは裏腹にどこか嬉しそうな顔で応蛇がそう言う。
「あのプライドの塊が自ら出てくるわけないやろ。六本柱で出られん二人に至っては、向こうの自業自得でなったごたごた押さえるのにひいひい言っとるゆう話やしな」
波一は忌々しげに吐き捨てる。プライドの塊とは龍全統也のことだ。大昔の祓い師だったころに、彼の傍若無人さは嫌というほど見てきているので、波一としてはあまりいい印象を抱いていない。
「とりあえず、向こうが出してくる祓い師は以下の七名だ。刀皇剣也、城神空我、拳将燃、天霧心友、茂豊勝、鎌瀬明、屋敷武。この七名をここにいる七人で打ち倒す。いいな?」
「おう!」
「ああ」
「ふん」
「しゃーないな」
「おれはおれの正義を貫くだけだ」
「まぁ、向こうの有望な祓い師を見るのも一興かな」
恭司の呼びかけに北村、南条、応蛇、波一、スタトラ、善也がそれぞれ返事をする。足並みの揃っていない返答に苦笑いしつつも、恭司は口を開く。
「よし。じゃあ、今度の歓楽戦の作戦を詰めていくぞ」
七人は今度の歓楽戦のオーダーや各祓い師の対策などについて討論をかわしていった。
○○○○○
会議を終え、波一、スタトラ、善也の三人は救滅地区の街並みを歩いていた。もうすでに会議が始まってからかなりの時間が経っている。
「はぁ~。やっと、解放されたわ。なんで、あない無駄なもんにアホみたいに時間かけるんや。本当にあいつの考えてることは分からんわ」
両腕を回し、軽く伸びをしつつも波一はそうぼやく。
「まぁ、そう言ってやるな。あれも我々滅兵が勝つには重要なことだ」
スタトラが苦笑しつつたしなめる。波一はその青い瞳でじっとスタトラを見上げる。
「重要ねぇ。そんなもんここにいる三人にはいらんやろ。あんなん対策立てた気になるだけの作戦会議ごっこみたいなもんやん。そら、恭司や北村、南条の三人はどうせ勝てへんのやしあれで満足かもしれんけどな」
「そんなことはないだろう。確かに北村や南条では勝つのは難しいかもしれんが、恭司は……」
「少なくとも応蛇や黒矢よりははるかに勝率低いやろ?」
スタトラは波一の言葉に黙り込む。滅兵は確かに飛躍的に力を伸ばしてきた。それでも、十年前のとある一件により受けた甚大な被害の補填には至っていない。そのため、今回歓楽戦に参加する滅兵の中で勝てるとしたら善也、波一、スタトラ、応蛇の四人という極めてギリギリの人数になってしまっている。それは祓い師とて同じだが、正直なところ不安要素は滅兵の方が大きかった。
「まぁ、そういう意味じゃ、向こうの戦力がかなり削られとるのはありがたいんやけどな。そうやないと、五年前みたいに歯が立たんかったかもしれん」
波一は唇を噛む。五年前。波一たちが不参加だったばっかりに完膚なきまでに叩きのめされた。その雪辱を今回は果たす腹づもりだ。
「お前はどう思っとる? 善也」
振り向いて聞いてくる波一に今まで沈黙を守っていた善也は静かに口を開く。
「別に。ぼくは将来有望な相手と戦えれば、それでいいよ」
どこまでも静かに善也はそう言い放つ。その雰囲気はどこまでも柔らかで、見る者全てを安堵させる力があった。
「さよか。お前も揺らがんなぁ」
波一は呆れたような顔でそう言う。しかし、彼としては分かりきっていた解答だ。これから大きく外れた解答が返ってきたら、波一は大きく興味をひかれていただろう。
しかし、特にそんなこともなく三人は雑談をしながら街道を歩く。やがて、道を歩いていた市民が彼らに気付くと嬉しそうに話しかけてくる。
「勇者様、水龍様。それに創神様まで! こんなところでどうしたんです!?」
嬉しそうに話しかけてくる四十代ごろの主婦に対し、スタトラが柔らかい笑みで応対する。
「ああ。今度の歓楽戦について、いろいろと話し合ってきましてね」
「ああ。そういえば、一週間後ですものね。あの憎っくき祓い師どもを成敗してきてくださいね!」
主婦とスタトラが話していると、周囲の人間も近寄ってくる。波一と善也も営業スマイルを浮かべて応対しはじめる。
「おう! 波一! 今度の歓楽戦頑張れよ!」
「おー。ありがとな、おっちゃん! オレが奴らに目にもの見せたるわ!」
「よっしゃ! その調子だ!」
筋骨隆々の中年男性の発破に波一は腕まくりをして左腕に血管を浮き上がらせて応える。男性は波一にサムズアップをして応援をする。
「創神様。どうか、私たちにご加護を……」
「案じないでください。あのような狼藉を二度と働けないようにしてやりますから」
白いフードを被る老婆に善也は穏やかな笑みを浮かべながら答える。老婆は感嘆な声を上げ、涙すら浮かべている。
三人は周囲の人間たちの応援や喝に対応しながらも、街道を抜けていった。
○○○○○
波一たちは市民たちの群れから何とか抜けだし、救滅地区にある公園まで来ていた。公園に来たところで、突然雨が降り出したので、彼らは屋根のある休憩所まで走る。
「やれやれ。さっきまで晴れとったのになぁ」
「一応、今は梅雨だからな。やむを得ないだろう」
「そうだね」
三人は濡れた服を気持ち悪がりながらも、どうすることもできずに、ただじっと雨が止むのを待つ。
「術でも使って乾かすか? それとも、いっそこの雨止ませたろか?」
「やめておけ。無駄に力を使う必要はない」
「そうはゆうてもなぁ……」
一向に止む気配のない雨に波一は大きくため息をつく。スタトラも表情には出していないが、雨にうんざりしているようだ。善也は相変わらずよく読めなかった。
ただ待っているだけでは暇なので、適当に会話をして時間を潰すことにする。
「それにしても、ほんま何でオレらはあない人気なんやろなぁ……」
「どこかの連中と違って、民のことも考えてるからじゃないか?」
「はっ。民のことをねぇ……。完全に上からの考え方やな」
波一はそう吐き捨てる。スタトラはかすかに顔をしかめる。しかし、すぐに普段の表情に戻す。だが、波一はその表情の変化を見ていたらしく、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「さっきの顔、結構よかったで。もいっかいやってや」
「断る」
ばっさりと切り捨てるスタトラに波一は不満げに唇を尖らせる。
「ちぇっ。つまんないやっちゃ。…… ほんま、つまらんわ。どいつもこいつも心底救いようがあらへん」
波一は無感動にそう言い捨てる。スタトラと善也はそんな彼にどこか悲しげな顔になる。波一は空を見て、何かに気付いたような表情になるとふっと息を吐く。
「やれやれ、ほんまになんもかんも救いようがないわ。見てみぃ。あんな暗い空模様だったのに、もう晴れてしもた」
波一の言葉につられて二人が空を見るとそこには晴間が広がっていた。それから、青空が広がるのにそう時間はかからなかった。




