予選を終えて
歓楽戦予選翌日。鎌瀬を撃破したことにより、歓楽戦のメンバーに名を連ねることとなった武は祓師協会本部ビルへと足を運んでいた。歓楽戦に関する打ち合わせをするためだ。
本来は予選と歓楽戦本番の間にある日曜日に行うはずだったのだが、大方の予想を裏切る形で武は予選を勝ち上がってしまった。茂豊、鎌瀬、唯、座子の中から三人が出場すると考えていた祓師協会はまさかの結果に混乱を起こした。事実確認と戦略の大幅な変更が必要との判断が下ったために、予選から一晩しか開けていない九日に武は祓師協会に呼び出されたのだ。
鎌瀬と唯の出場者決定戦はともに決勝で受けたダメージが大きく、大幅に疲労した状態だったために徒手空拳での戦闘になり、体力、膂力で上回る鎌瀬が勝利した。これで歓楽戦で空いた枠に出場する祓い師は武、茂豊、鎌瀬の三名に決まったわけだ。武以外の二名に関しては順当といえる。
歓楽戦予選での戦いを見て武の実力は本物と判断された。そして、その武は応接室の一室で木下と向き合って座っていた。
「わざわざ来てもらってすまない。だが、少々こちらも混乱していてね。できれば、事情を理解していてもらうとありがたい」
「構いませんよ。そもそも、僕だって歓楽戦に出ることになるとは夢にも思ってませんでしたし、本命が消えたとあっては困惑も止むなしでしょう」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
武は出された紅茶を一口すする。その味は一級品といって差し支えなかった。相当いい茶葉を使っているのだろう。
紅茶を飲んで一息ついてから、武は話しはじめる。
「それで僕は一体何を話せばいいんでしょう?」
「そう身構えなくてもいい。今回の接見の目的は上に君の観察経過を伝えることと、君に歓楽戦についての説明をすることだ。あまり長居させるつもりはない」
「はぁ……」
武は困惑を隠せないといった様子だ。空我から厄介なことになると聞かされていたので、相応に警戒しておいたのだが少々拍子抜けだった。しかし、この方がありがたいのも事実だ。昨日の歓楽戦予選では一回戦、二回戦では全く消耗しなかったが、準決勝、決勝で大きく体力を使った。当初はこの日一日を休日に当てるつもりだったくらいだ。そんな状態で慣れない腹の探り合いなどごめんだった。
しかし、油断はできない。口八丁に乗せられて余計なことを口走らないように武は改めて気を引き締め直した。
そんな武を見て、木下はくっくっと喉を鳴らすように笑う。
「どうやら警戒されているようだな。まぁ、無理もない。だが、それはこちらとて同じだ。ゆえにできるだけお互い神経を張りつめさせないように、こうして気を楽にして話そうとしているということだけは心に留め置いてほしいものだな」
「ああ、すいません。そんなつもりはなかったんですが」
「まぁいい。さっそくだが本題に入らせてもらおう。私も暇ではないし、君も早く解放されて休みたいだろうからね」
木下はそう前置きをして歓楽戦について説明をしはじめる。
「まず基本的なことから話すが、歓楽戦とはこの国における祓い師と滅兵の主導権争いだ。この戦いに勝利した方が次の五年間、覇権を握ることができる。ここまでは知っているね?」
「はい」
「それでだ。言うまでもないことだが、歓楽戦は互いに七人ずつ出し合っての団体戦となる。ルールとしては第一戦となる先鋒から最終戦の大将までの七戦のうち先に四勝した方の勝ちだが、その出場する順番が問題となる」
「なるほど。祓い師側の戦略によって出場する順番が変わってくるというわけですか」
「その通りだ。この七戦は最初から順に先鋒、二陣、三陣、中堅、三将、副将、大将となるわけだが、君にはおそらく六戦目となる副将戦に出てもらうことになる」
木下の説明に武は眉をひそめる。副将戦ともなれば大将戦の手前でありかなり重要な役割のはずだ。そこに本人ですら得体の知れないと言ってもいい武を入れていいのかという考えが頭にあった。
「君も疑問には思っているだろう。なぜ、自分が副将などという大役を任されるのかと。だが、現時点ではおそらくその可能性が一番高い。もちろん、これは未確定事項だ。本番でどうなるかは分からない」
「理由をお聞きしても?」
「そうだな。まず最初に断っておく。これから私が言うことに君を不快にさせる要素があるかもしれないが、できれば冷静に最後まで聞いてくれよ」
「分かっています」
念を押してくる木下に苦笑いしながらも、首を縦に動かし了承の意を示す。
「よし。それでは、話そう。まず、君を副将にした理由だが、こちら側には六本柱四人と君たち予選上がり三人がいる。そのうち六本柱三人を先鋒、中堅、大将に入れる。やはり勝負所には実績のある彼らを入れざるを得ないからね。そして、残った四枠だが、二陣と三陣には鎌瀬と茂豊を入れることになるだろう。先鋒で作った流れを彼らが一気にこちらに傾ける。そして、中堅に入れた六本柱が仕留めて四勝を一気にとってしまう。これが現時点で我々が考えている中で最も理想とする戦略だ。しかし、向こうも精鋭揃いだ。そうやすやすとはいかないだろう。そのときは君ともう一人の六本柱の二人に、ある程度弱い相手が来るであろう三将、副将で勝利を収めてもらい、その流れをもってこちらに勝利を引き寄せる。そして、歓楽戦で勝利を頂く。それが我々の考えだ」
「待ってください。そうやすやすといかないと分かっているのならば、なぜ三将、副将で弱い相手が来るとお考えなのですか?」
疑問に思ったことを武は思わず口にしていた。木下は一瞬ぽかんとした顔になったが、すぐに得心がいったとばかりに頷き、武の問いに答える。
「そういえば、君はあまり彼らのことを知らないんだったね。じゃあ、一応説明しておくよ。彼ら滅兵は確かに力はつけたが、こちらほどではなくてね。確かに、向こうには創神・森崎善也をはじめとして数多くの精鋭がいる。今度の歓楽戦で出場する滅兵も全員が相当な実力者なのだろうが、それでも穴はあるんだよ」
言外に滅兵の代表の中に確実に勝てるであろう相手がいることを匂わせる。つまり勝負所に六本柱を置き、あとは確実に勝てる相手を鎌瀬、茂豊の二人か武ともう一人の六本柱に倒させるという戦略なのだろう。その場ではそう解釈しておいて、武はひとまず納得の意を示した。
「言いたいことは分かりました。ご説明、ありがとうございます」
「理解してもらえてよかったよ。正直、少し面倒なことになると思っていたからね。…… ここからは愚痴になるんだが、最近は祓い師も滅兵も若い者が中心でね。おそらく今度の歓楽戦は、下手をすれば第一回の歓楽戦よりも平均年齢が低くなる。それだけ、我々大人が情けないということなんだろうが……。個人的には嘆かわしいことでね」
「……」
武は突然始まった話に無言になる。それはどう反応していいのか分からないといった表情だった。
木下ははっとした顔になり、慌てて取り繕う。
「ああ、すまない。余計なことを言ったね。とりあえず、話はこれで終わりだ。質問がなければ、帰ってくれていい」
「…… 失礼します」
武は一礼し、応接室から立ち去る。その後ろ姿を感情を感じさせない目で木下がじっと見ていることに気付いたが、無視をした。
○○○○○
武が屋敷に帰り、自室に戻ると空我と美夢が正座をして待っていた。
「やぁ、お疲れ様。向こうはどうだった?」
空我が緑茶の入った湯飲みを武に差し出しながらそう聞いてくる。武は湯飲みを受け取り、二人の正面に正座をする。
「別に何もなかったよ。木下さんの言葉を信じるなら、今回は俺の経過観察と歓楽戦について説明することが目的だったらしいからね」
「何? 経過観察って」
「さあな。どうせ、どこの馬の骨とも知らない俺がどんな奴なのか調べようって魂胆じゃないのか?」
美夢の質問に武は若干投げやりに答える。空我は苦笑しながらも、武の見解を否定しない。
「それはどうでもいいとして。歓楽戦のオーダーはどうなるって?」
空我が少し前のめりになってそう聞いてくる。どうやら、彼も今度の歓楽戦でどのような順番で出ることになるのか気になっているようだ。
「一応、俺が副将として出る可能性があるとは聞いた。それ以外の奴のオーダーは知らない」
「副将…… か。つまり、それは……」
「捨ててきてる…… ってことかな?」
武のオーダーを聞いて控えめがちに口を開いた美夢の言葉の続きを空我が言う。武も分かっていたのか小さく頷いた。
「だろうな。それ以外に俺を副将として出す理由が分からない」
予想はついていた。どう考えても全てが未知数の武を戦力として数えるのは難しい。それならば、一か八かの大博打で強い相手が出るであろうポジションに当てた方がいいだろう。勝てば大団円、負けても他に強い祓い師がいるので損害は少ない。
「一つ聞いておきたいんだが、滅兵側で副将として出てくるとしたら、誰が一番出てくる可能性が高い?」
二人は一瞬黙り込む。だが、空我は諦めたように小さく笑い口を開く。
「おそらく、副将として出てくる可能性が一番高いのは善也だ。奴は第一回、第二回と続けて副将として出場し勝利を収めている。裏をかいてオーダーを変えてくる可能性も高いけど、多分善也は副将として出てくるんじゃないかな」
善也。その名に武は一瞬固まってしまう。善也の名を持つ滅兵など武は一人しか知らなかったからだ。
『創神』森崎善也。燃が警戒すべき三人の一人として名を挙げていた男。当時まだまだ未成熟だった滅兵を祓い師と渡り合えるほどに成長させた元刀皇家所属の祓い師。木下も滅兵の精鋭の代表として真っ先に名を挙げていた。強いのはまず間違いないだろう。
「滅兵最強といえばまず間違いなくこいつだ。勝てる可能性は限りなくゼロに近いだろう。だから、言い方は悪いが能力が未知数のお前をこいつに当てようってことじゃない?」
もはや、武には空我の言葉など耳に入っていなかった。滅兵最強。つまりは今まで戦った誰よりも強いかもしれない相手というわけだ。そのような人物を相手にすると聞いて武の口角は知らず知らずのうちに上がっていた。
「ちょっと、武…… ?」
「おお。笑うか~。頼もしいな」
美夢は心配げな顔になり、空我は頼もしさを感じているようだ。二人に曖昧に返事をしながらも笑みを隠すことはできなかった。
喜ばないわけがない。はっきり言って、武は歓楽戦の勝敗などどうでもいい。だが、滅兵最強と当たれればまず間違いなく自身の祓己術は完成する。
それに、最近はあまり手応えのある相手と戦えず不満に思っていたところだ。渉や鎌瀬との戦いではそれなりに楽しめたが、それでも力を出し切れていたとは到底言えない。それは武が抱えている問題の一つでもあった。
力を出し切れない。それが目下の武の悩みだった。祓己術が完成していないこともあるのだろうが、それ以前にどこかちぐはぐな感じを武は自分の体から感じていた。まず間違いなく自分のことが何も分かっていないことが原因だ。
この世界に転生してから、ずっと考えていたことだ。自分は一体何者で、なぜこの世界に転生させられたのか。どれほど考えても正解に到達することはなく、そのうちさまざまな事態が押し寄せるようになってきてから忙殺されてしまい最近は考えることができなかった。もちろん、今、考えたところで無駄だろう。しかし、その答えを出さない限りはいつまで経っても自分は完全には力を引き出せないことは分かっていた。
強い人間と当たるだけではダメなことは分かっている。しかし、それが一番近道だということもまた事実なのだ。だから、今度の歓楽戦。なんとしても全力を出し切る。それが武の目標だった。
適当に相づちを打ちながらそんなことを考えていると、廊下からパタパタと足音が聞こえてくる。突然縁側の向こうから影が飛び出してきて、空我に襲いかかる。
「クウ!」
「わっ!」
影は空我に勢いよく抱きつく。空我は寸前で倒れそうになるところを堪える。一瞬ぽかんとしてしまうが、すぐに影の正体が分かった。六本柱の一人、天霧心友だ。
心友は抱きつきながら空我の後ろに回り込み、頬ずりをはじめる。突如変わった状況についていけない武に美夢が近付いてきて教えてくれる。
「合宿じゃ拳将の祓い師たちの手前抑えていたみたいだけど、心友はクウのことをかなり可愛がっていてね。人目が少ないところだとああやって抱きついたり、頬にキスをしたりして愛でてるのよ」
「何だそりゃ?」
思わずそう呟いた武は悪くない。あまり親しくない相手の突然の変貌ぶりを見せられれば、誰もがついていけないだろう。
突然話が中断されたことに戸惑いつつも、武は場が落ち着くのを待った。




