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死神を討て!

 会場に入った途端に今までよりも遥かに多くの声援を浴びている気がする。これは否定しようのない事実だろう。一回戦、二回戦ともに相手を完膚なきまでに叩きのめし、準決勝ではシードされていたノーネームの一人、座子亮を圧倒した樟谷渉を完封し勝利した。もはや、武の実力を疑う者などよほどの馬鹿か無駄にプライドの高い愚か者くらいだ。それだけのことを武はやってのけたのだ。最上級悪霊討伐任務に生き残り、軍王文大を討った彼は名実ともにトップクラスの祓い師といって差し支えないだろう。

 そして、そんな彼と対峙する男もまた祓い師の中ではトップクラスの実力者の一人だ。鎌瀬明。死神と称される彼はその圧倒的な実力で数多くの悪霊を屠ってきた猛者だ。彼は黒いコートを基調に全身黒で固めた装束を身に纏っており、背中には先ほど相手を屠った巨大な鎌が背負われている。

 この予選に参加している祓い師の中で一、二を争うといっても過言ではない実力者同士による対決。間違いなくこの大会屈指の好カードといえる。ノーシードかつ突如現れた超新星とノーネームの中でも最も謎に包まれている第二シードという組み合わせのためか、先ほどの茂豊と唯が戦った決勝第一戦よりも注目を集めていた。


「おうおう。どうやら、さっき以上に注目を浴びちまってるらしいな。俺らは」


 鎌瀬があくどい笑みを浮かべてそんなことを言ってくる。武は小さくため息をつきつつも否定しない。

 自分たちの試合をいかにも楽しみにしていますといわんばかりの表情をしている観客たちを尻目に武は口を開く。


「別にどうでもいい。ただ俺は自分の力の全てを尽くすだけだ」


「へぇ。いかにも模範解答だな。さっきの試合見てたが、結構やるもんだとは思ったぜ。でも、あの程度じゃ俺には通用しねえよ」


 鎌瀬は背負っていた鎌を抜いて右手に持つ。鎌を持つ姿を見て、改めて鎌瀬のおどろおどろしさが身にしみて理解できる。持ったと同時に禍々しい呪力を纏い、刃の部分は全てが真っ黒で曲刀のように曲がっている。さらに鎌を持った途端に鎌瀬の雰囲気が一変し、凄絶な笑みを浮かべ武を見ている。

 先ほどまでの武ならば全身を震わせ、醜態をさらしていたかもしれない。しかし、今の武は違う。冷静に鎌瀬の全身を見つめ、ファイティングポーズをとる。

 武も構えをとった途端に雰囲気を一変させ、全身から白い呪力を迸らせる。戦闘開始合図前に祓術の展開を行ってはいけないというルールはない。余裕がないと見られることを嫌う者や、戦う前から手の内を晒すことを嫌う者が多い故に戦闘開始の合図がかかってから祓術の展開を行う者が大多数だが、そんなことをしていては間に合わない。今、やらなければ殺される危険がある。それだけの力がこの男にはある。

 武は一切の油断もせず、一瞬たりとも鎌瀬から目を離さない。鎌瀬も同様だ。互いに分かっているのだ。ほんのわずかでも隙を見せれば、開始直後にやられてしまうということを。

 そんな二人に運命の刻が迫っていた。審判は二人の迫力に気圧されつつも、自身の責務を全うするために重圧で重くなってしまっている口を開く。


『…… それでは、はじめ!』


『め』の言葉の時点で二人は動き出していた。厳密に言えばフライングだろう。しかし、細かなルールには緩いこの大会ではそんなものは意味がなかった。気を抜いていたお前が悪いといわんばかりに二人はものすごいスピードで各々の武器を相手に振るう。


 ガキィィィンッ!!!


 初撃は互角だった。二人は即座に武器を引き、二撃目、三撃目を放っていく。手練れの祓い師ですら視認は困難ともいえるスピードで二人は平然と打ち合っていく。互いの拳と鎌が猛威を振るい、相手へと襲いかかっていく。武が拳を振るえば、鎌瀬は鎌を使って弾き、返す鎌を武の左肩に突き刺そうとする。武はそれを数歩横にずれるだけでかわし、膝を鎌瀬の腹に入れようとする。鎌瀬は足でそれを防ぎ、そのまま後ろへと飛ぶ。

 追撃に走る武の右拳と迎撃しようとする鎌瀬の鎌の柄がぶつかり、鍔迫り合いへと発展していく。


「予想していたとはいえ、やるもんだな。一撃一撃が重いだけでなく動きにも無駄がねえ」


「いいのか? 無駄口を叩いていて。少しでも気を抜けば、俺の拳がお前の身に牙をむくぞ?」


「それはお互い様だろっ!」


 鎌瀬が強引に押し切ろうとしてくる。武は体を半身に向けつつ右手でいなし、左手での裏拳を鎌瀬の顔面に当てようとするが鎌瀬は左手で受け止めようとする。だが、受け止めきれずに十メートルほど吹き飛ばされる。


「…… っ! おいおい、シャレにならねえ威力だな」


 とっさに呪力を左手に固めたにもかかわらず受けきれなかったことに、さすがの鎌瀬も驚愕を隠しきれないようだ。じんじんと痺れ、真っ赤になってしまっている自分の左手を呆然と見つめている。これでは、少なくともこの他互いではもう使いものにならないだろう。不用意に突っ込まずに鎧で防御力を強化しておくべきだったと鎌瀬は舌打ちする。



 基本的には基本術の一つである鎧で防御力を強化するのが一般的だが、呪力を防御箇所に集めることでも防御力を上げることは可能だ。あるいは呪力を凄まじく消費してしまうが全身に大量の呪力を放出させて防御することもできる。その方が呪符を扱って祓術を発動させるという過程がない分即応性には長けているのだが、相応の呪力コントロールが必要となる上に鎧で得られる防御力よりも劣ってしまうので通常は鎧を使うのがセオリーとなっている。呪力量次第では呪力の大量放出で鎧の防御力を上回ることもできるが、そんなことをしていてはいくら呪力があっても足りないので論外だ。



 だからこそ、鎧で守るべきだったのだが、先ほどの状況ではそれではまず間に合わない。なので、左手に呪力を固めたのは正解だった。さもなくば、今ごろ鎌瀬の左腕は消し飛んでいただろう。それだけの破壊力が武の一撃にはあった。明らかに渉戦よりも強大になっている武の祓己術を前に鎌瀬は目を細める。


「仕方がねえ。できれば、ここではやりたくなかったが……。しょうがねえよな」


 鎌瀬は口元を大きく歪め、左手に呪符を取り出して何らかの術を発動させる。刹那、鎌瀬が放っていた呪力が黒く変色し、禍々しく唸りはじめる。武は鎌瀬の纏う呪力が変貌したことに警戒を強める。それを見た鎌瀬は口元を歪めたまま話しかけてくる。


「警戒することに意味はねえよ。どうせ、どれだけ警戒しようが、てめえが死ぬことに変わりはねえ」


 鎌瀬が言い終えると同時に彼の姿がうっすらと消えていく。武は一瞬驚愕をあらわにするが、すぐに目を閉じ師全体の構えをとる。全身から先ほど以上の白い呪力が放出され、武はすぐに動き出す。


 ドガッ!


「ぐっ!」


 強力な攻撃を食らい、男はその場に崩れ落ちる。攻撃を加えた彼は崩れ落ちた男を見下ろし、小さくため息をつく。観客たちからも大きなざわめきが起きる。

 勝負がついたと判断した彼は男の前から立ち去ろうとする。だが、彼の背後に男が満身創痍ながらも立ち上がる気配がする。彼は首を後ろに向けるだけで背後を見る。そこには、フラフラになりながらも男が立っていた。


「なぜだ……。なぜ……」


 男は息も絶え絶えといった様子で彼の顔を睨みつける。彼は感情を感じさせない目で男を見ていた。男は悔しそうにしながらも、それ以上言葉を紡ぐことができない。



 男は息を乱しながらも、彼に問い質すために口を開く。先ほど言いかけた言葉の続きを言うために。


「なぜ…… 」


 だが、なかなか言葉の続きを言うことができない。それほどまでに、男が彼から受けたダメージは大きかった。じれったさを感じた彼は大きなため息をついて、男に向き直る。


「なぜを繰り返すな。早く言え」


 さすがに痺れが切れてきたのか彼の方からしゃべりはじめた。男は必死の思いで息を整え、今度こそ彼に尋ねる。


「なぜ…… お前はあそこにいた!?」


 男――武の血を吐くような叫びだった。もう身に纏っていた白い呪力が完全に消滅してしまっている。彼――鎌瀬はそんなことかと呆れたような顔になる。わざわざ待ってやったというのに、なぜそんな分かりきったことを聞くのかというような顔だった。


「そんなもん決まってるだろ? 俺が死神だからだ」


「何…… ?」


「分からねえか? なら、分りやすく言ってやる。お前が俺だと判断した気配は偽物だ。どれだけ才能があろうが、たかだか目を閉じて集中したくらいで見つけられるほど、俺の気配遮断技術はぬるくねえ」


「!」


 鎌瀬の言葉に武は大きく目を見開く。鎌瀬は構わず話を続ける。


「お前な。本当に何も知らないんだな。にわかには信じがたかったが本当だったのか。言っとくが、俺は殺し屋だぞ? 場合によっちゃ、人を暗殺することだってある。そんな奴が気配や音を消せなくてどうするよ?」


「……」


「もっとも、この祓己術を使えばどんなへたくそでも姿、気配、音を完全遮断できるんだけどな」


 武は何も言えなかった。全ては自分の無知が招いたことだ。合宿があったなどと言い訳し、調査を怠ったばかりによりにもよって一番の危険人物の毒牙にかかってしまった。武は攻撃を食らった右肩を押さえながら、唇を噛む。状況はかなり悪いとみていいだろう。



 しかし、悲観するほどでもなかった。勝ちの目はまだ十分にある状態だった。なぜなら、武の右肩の傷がすでに(・・・)ふさがっていた(・・・・・・・)からだ。すでに癒着は済んでおり、もうほとんど完治してしまっている。明らかに治癒能力が上昇している。これならば、まだやりようはある。武が傷口を押さえているのは、それをできる限り悟られないようにするための気休めだ。

 だが、武は隠しきれるとは思っていない。場数の差が違いすぎる。武の稚拙な演技など鎌瀬はすぐに見破ってくるだろう。その証を鎌瀬は口にする。


「それで? いつまで、やられたフリしてるんだ?」


「やっぱ、バレてたか」


 分かりきっていたことなので、武はすぐに鎌瀬の言葉を認める。できれば、右肩がやられたフリをしての不意打ちをしたかったが、さすがにそこまで甘くはなかったようだ。

 しかし、もう武の右肩は完治した。同時に消耗した呪力が完全回復したのを見て、武は力強く笑い再び白い呪力を纏う。


「またそれか。懲りねえ奴だ。確かにそいつの破壊力は大したもんだが、俺の祓己術の前じゃ無意味だぜ」


 鎌瀬は再び左手に呪符を持って祓己術を使う。おぞましい黒い呪力が放出され、再び姿が消える。


(今回は遠慮しねえ。その首切り裂いてやる!)


 鎌瀬は邪悪な笑みで武の方へと向かっていく。さっきのやりとりから、中途半端に傷を与えても意味がないと判断し、武の命を奪う方向に動いたのだ。鎌瀬の全身から凄まじい殺気が放たれる。



 鎌瀬の祓己術は最初に邪悪な呪力を放出させて相手に印象づけた上で姿だけでなく気配と音を完全遮断するというものだ。相手は最初の禍々しい呪力に囚われ、隠された本命の一撃に気付くことができない。まさしく、正面戦闘における暗殺術というわけだ。もちろん、最初の呪力放出をせずに姿を消すことや、逆に呪力放出だけで姿を消さないという使い方もできる。そのため、祓い師の持つ暗殺術の中ではかなり応用力のある技となっている。



 そんな技を相手に武は勝負することを諦めた。武の未熟な気配察知能力や判断力では鎌瀬には歯が立たない。先ほどの二の舞になるだけだ。だから、武がやったことは極めてシンプルだった。

 広範囲に白い呪力を放出する。ただそれだけだった。相手の位置がつかめないのなら、無差別に攻撃をしてしまえという単純至極な考えで放たれた呪力は鎌瀬にあっさりと直撃する。


「ぐはぁっ!」


 姿を現した鎌瀬は血反吐を吐き、会場の壁にまで吹き飛ばされ叩きつけられる。そのまま地面へとずるずると落ちていき意識を失った。



 鎌瀬の祓己術は強力だが一つだけ弱点がある。それは姿を消している間は呪力を放出できないということだ。それは呪力が意志を具現化させたものゆえに気配を遮断してしまう鎌瀬の祓己術が呪力すらも遮断してしまうのが理由だった。そのため、鎌瀬は武の呪力放出攻撃に防御することができず、生身でモロに食らってしまった。

 もちろん、鎌瀬とてこの弱点は織り込み済みである。もし、広範囲攻撃を仕掛けてくれば姿を現し防御するつもりだった。だが、武の攻撃は鎌瀬の予想を遥かに上回る射程だったため、間に合わず直撃を食らってしまった。姿を消してしまうと、鎌瀬の攻撃手段が鎌とその身しかないことも災いした。そのため、どうしても武に接近せざるを得ず、近距離まで近付いたがゆえに予想外の攻撃に対処しきれなかった。

 油断はなかった。しかし、想定が甘かったために予想外の反撃を食らってしまった。それが鎌瀬の敗因だ。


『決勝第二戦、勝者、屋敷武!』


 武は審判が自分の勝利を告げたのを聞いて、その場から立ち去っていく。これでめでたく武も歓楽戦メンバー入りだ。

 武はそのことにどこか諦観したような様子を見せながらも、仕方がなかったのだと自分に言い聞かせ、会場を後にした。

 


 会場は大盛り上がりだった。かねてから注目されていた超新星が歓楽戦のメンバーに名乗りを上げたことに期待している者もいれば、不安を口にする者もいた。前回は圧勝したとはいえ、やはり六本柱や龍全以外の者が出場することに危機感を抱く者も多いようだ。だが、そんなことは武の知ったことではない。自分の正しいと思ったことをやる。武の行動理念はそれだけだった。



 ちなみに、この後美夢に抱きつかれ、その力があまりに強く気絶してしまったのはまた別の話。今日の歓楽戦予選による疲労が大きな原因だろうと武は目が覚めてから考えたが、その考えが当たっているかについては誰にも分からない……。

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