鎌瀬への恐怖
二人は、今、出せる全身全霊の力でぶつかりろうとしていたはずだった。一般人はおろかそれなりの実力を持つ祓い師ですら視認できないほどの速さで二人は接近し、互いの最強の武器を振るおうとしていた。しかし、それが振るわれることはついぞなかった。渉が自身の間合いに武を捉え、リーチの差を生かして先に剣を振り下ろそうとしたところで動きを止めたのだ。突然行動を停止させた渉に武は思わず動きを止めてしまう。フェイントを警戒し、白い炎を維持したまま拳を構えてはいたが、予想に反し渉は武の右横に倒れていく。
「…… あのフックで勝負が決まっていたのか」
武はうつぶせに倒れ、完全に意識を失っている渉の背中を見てそう呟く。アッパーで壁まで吹き飛ばした後に追撃として顔面に加えたフックにより、渉は戦闘不能になるほどのダメージを負っていたのだ。それにもかかわらず、ここまで立ち続け、あまつさえ自身の持つ最強の剣さえ出してみせた。すさまじい精神力だ。その強靱な精神力が生み出す呪力は確かに脅威だろう。ノーネームの一人、座子を倒したのもうなずける。
だが、その一方で疑問も残る。しかし、今はそれよりも次の試合のことだ。
『準決勝第三戦、勝者、屋敷武!』
審判が自分の勝ちを宣言したことを確認すると武は前二試合と同様悠然と去っていく。観客たちが何を言っているのかは知らない。武を素直に賞賛しているのか。それとも、座子との戦闘による疲労のハンデを背負っている渉に勝ったことに対していちゃもんをつけているのか。いずれにしても、多くの観客が武について何かを言っているのだろう。だが、武にはどうでもいいことだ。考えるべきは、おそらく次に当たるであろう鎌瀬との戦いだ。鎌瀬の相手はざっと見た感じそう強くはない。おそらくは、祓己術も会得していない。武同様くじ運がよかったおかげでここまで勝ち上がったのだろう。それなら、座子のようにそうやすやすと鎌瀬が負けるとは思えない。むしろ、座子が敗れたことで燃えているはずだ。とにかく、この後の鎌瀬戦は目を皿のようにして見よう。勝つ必要がないとはいえ、この大会はあまりにも危険だ。今まで当たった三人の祓い師全てを病院送りにしている武が言えた義理ではないが、それでも鎌瀬の危険性はそれを遙かに上回っているように感じた。それに茂豊も言っていた。この予選参加者の中で一番ヤバイのは鎌瀬だと。
その言葉の意味はすぐに思い知しった。いや、思い知らされた。
「………………」
武は呆然とモニターを見つめていた。口元がひきつるのが分かる。額にも嫌な汗をかいている。
「さっきの三回戦は大人しかったように見えたが……」
武は呻くようにそう言った。完全に無意識だ。自分の目で見た光景が信じられなかった。危険どころではない。これは完全に想定の範囲外だ。
鎌瀬は対戦相手を死に至らしめた。それぐらいなら、まだよかった。その程度は予想できていたことだったからだ。そんな生ぬるい話ではなかった。
試合が終わったことで、武はスタッフに呼ばれ試合会場へと向かっていく。だが、その顔色はあまりいいものとはいえなかった。
武が冷や汗をかいた理由。それは鎌瀬のあまりにも残虐な勝ち方にあった。鎌瀬は渉の後に続こうと意気込んでいた男性祓い師の両手を開幕早々に切り落とした。あまりの激痛に泣き叫ぶ相手の両足も何のためらいもなく切り落とすと、その勢いのままに喉を掻っ切ってしまったのだ。相手は口をパクパクとしながら絶命した。彼にとっての最大の不幸は中途半端に強い生命力にあった。そのせいで四肢を切り落とされてもショック死することすらできず、最後に喉を掻っ切られた痛みを味わうという苦痛を受けて死んだ。
もし、そこらの祓い師のように四肢をもぎ取られたくらいでショック死できたならどれほどよかっただろう。半端に生命力が強かったせいで、それすらもできなかった。唯一の救いは体の頑丈さに見合わぬ脆弱な精神のおかげですぐに壊れることができたくらいだろうか。
だが、そんなことはどうでもいい。問題なのは三回戦では拳一発で相手を撃破し勝利するというクリーンな戦い方をしていた鎌瀬が準決勝でこんな戦い方をしたことだ。三回戦は準備運動のようなものだったのか、それとも他に理由があるのかは分からないが、決勝でも鎌を使ってあのような戦い方をするのはまず間違いないだろう。
「さすがに殺されるのはごめんだな」
武とて人殺しの経験はある。虫のいい話だという自覚はあるが、それでもこの段階で殺されたくはなかった。もちろん、試合開始直後に降参を宣言する手もあるが、さすがに決勝でそれはまずいだろう。それ以前に降参を宣言したところで鎌瀬が止まるとは思えない。
「つまり、勝つしかないということか」
最悪引き分けでもいい。いずれにしても、この試合で敗北するのはまずい。先ほどの試合のようにあの会場で命を散らす危険が高い。
「調子に乗って、さっきの試合で勝ったのがまずかったか。だが、あの時は完全にスイッチが入っていたし、そもそもこの事実を知ったのはついさっきだ。前々から警戒するように言われていたとはいえ、対策の立てようがない」
武は大きくため息をつく。先ほどの準決勝で渉に負けておくべきだったという考えが頭によぎるが、過ぎたことはどうしようもない。祓己術をより高められるという喜びで、止まれる状態ではなかった。準決勝のことに関してぐちぐち言っていてもどうにもならない。
「仕方がない。全身全霊で勝ちにいくとしよう」
その結果歓楽戦に参加させられることになろうとも、ここで命を散らすよりはマシだろう。
それに改めて考えれば、これはチャンスだ。鎌瀬ほどの実力者と当たれれば、武の祓己術は確実に完成するかそれに限りなく近い状態にまで持って行けるだろう。あまりにも危険が高いが、どのみち強くなるには避けられないことだ。確かに逃げようと思えば逃げられるが、そんなことをしたって意味がない。
それに勝つことができれば、歓楽戦にて滅兵の中でも最上位の実力者と当たることができる。勇者、水龍、創神。そのあたりと戦えれば、間違いなく完成させられる。ここまで来た以上はそれを目標にするべきだ。
そう自分を奮わせ、武は目の前で行われている試合を見る。そこでは茂豊と唯の戦いが行われており、試合は白熱していた。
「すごいな。明らかに今までの戦いとはレベルが違う。六名家の連中の戦いも見ていたが、こいつらはそれ以上だ」
この言葉は紛れもなく本心だ。決勝第一戦で戦っているこの二人の戦闘は明らかに他の戦いとは一線を画していた。この予選では美夢の他に聖帝の女が出ていたが、その二人ですら比にならない。
土を使った多彩な攻撃をオールレンジから仕掛けてくる茂豊に対し、唯は十字槍一本で迎え撃っている。間合い、手数で不利な唯は洗練された槍術で茂豊の攻撃を真っ向から受け止める。そして、ひとたび槍の間合いに入ってしまえば至高の技術で槍を振るい、一方的に茂豊を攻撃する。茂豊は棒術で何とか応戦しているが武器を使っての中距離戦は唯に分があるらしく、防戦一方となっている。
だが、茂豊も黙ってはいない。その多彩さを生かし、棒を変形させて唯の槍を絡め取ると接近して唯の足を払い、倒れた彼女に多数の石つぶての弾丸を放つ。唯はとっさに呪力を大量に放出して弾丸の威力を殺そうとするが、全てを殺しきることができずに何発か弾丸を受けてしまう。さらに止めといわんばかりに強烈な突きを仰向けのまま腹に打ち込まれ気絶する。審判は茂豊の勝利を宣言する。これで、茂豊は歓楽戦出場決定だ。
茂豊はこちらの方に迷いなく歩いてくる。そして、武の横を通り過ぎて十数メートルほど歩いたところで立ち止まる。
「どうした? 震えているようだな。あれほど圧倒的かつえげつない勝ち方をしてきたお前がいまさら何を怯えることがある?」
茂豊は武の方を振り返らずに話しかけてくる。武は一拍おいて口を開く。
「そりゃあ、怯えるだろうさ。なにしろ、準決勝であんな戦い方を見せた奴が相手なんだからな」
自信なさげにそう呟く武に茂豊は一瞬きょとんとした顔をしたかと思うと、腹を抱えておかしそうに笑い出す。
「お前、それ本気で言ってんのか? 冗談だろ? 確かに俺は合宿初日の風呂場でお前に鎌瀬がこの予選参加者で一番危険だと言った。だが、だからといって軍王家に一人で突っ込むほどの危険性はない」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。随分と下らないことで悩むんだな、お前。まぁ、どうでもいいけどよ」
茂豊はようやく笑いを収める。だが、未だにおかしいのか、かすかに震えている。
「お前に一つだけ忠告しておいてやるよ」
「忠告?」
「ああ。いいか、黙って聞いておけよ。呪力というのは意志だ。そいつの心のありようで強くも弱くもなる。お前が軍王家で生き残れたのはその部分がおそらく一番大きい。だから、怯えるな。強くあれ。そうすれば、お前の望みも自ずと叶う」
茂豊は言うだけ言うとその場を去っていく。武はその後ろ姿をじっと見つめる。なぜか、今日はやたらとここで去りゆく者の後ろ姿を見つめている気がする。だが、彼の後ろ姿は今日見た中で一番雄弁さを語っていた。
「ありよう…… ね。つまりは、勝つ気でやれってことだろ?」
武は会場の方に目を向ける。それと同時に名前を呼ばれる。武は悠然と会場へと歩いていく。その顔には先ほどまでの怯えや迷いは一切見られなかった。鎌瀬の待つ会場に力強い足取りで入場していく。
いよいよ、歓楽戦予選最終戦が始まろうとしていた。




