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歓楽戦予選開始

 六月八日。武は祓師協会スタジアムという場所に来ていた。ここで歓楽戦の予選が開かれるのだ。武は巨大なスタジアムを見上げながら、ふと物思いにふける。

 このスタジアムがある場所は龍全地区というところにあった。龍全という地名がある時点で、祓い師たちの自己顕示欲がどことなく窺える。その地名を初めて聞いたときは武も耳を疑ったものだ。だが、地名など関係ない。問題なのは、この歓楽戦予選で何を得ることができるかだ。

 祓己術の修練には実力者たちとの戦いが必要不可欠。祓己術を完成に近付けようと思うのなら、できるだけ多くの祓い師と当たる必要があるだろう。つまり、優勝とはいかないまでもこの歓楽戦予選で勝ち上がっていく必要がある。

 この予選には脅されて参加させられた挙句に昨日まで合宿で城神家の別邸で缶詰めになっていたため、この大会の参加者全員の情報を知っているわけではない。もちろん、合宿参加者たちの情報はある程度手に入れることはできたが、それでも予選に出る祓い師の多くが未知数であることには変わりはない。つまり、初見殺しの技などにあっけなくやられてしまう可能性が高いのだ。

 一回戦負けすらもありえる状態だったが、不思議と武は落ち着いていた。いまさら慌てても仕方がない。誰が相手であろうと、勝ち抜いていく。その覚悟が武にはあった。

 武は背筋を伸ばして、会場へと入っていく。入口正面にある受付まで行こうと自動ドアの前に立ち、自動ドアが開いて中に入った瞬間多くの視線を向けられる。武は内心わずかにたじろいだが、顔には出さずに堂々とした足取りで受付へと向かう。注目されていることなどとうの昔に分かっていたことだ。この程度の視線に気圧されているようでは、この予選で勝ち上がれない。むしろ、この程度の視線に気圧されかけた自身に対して、声に出さずに発破をかける。

 受付をすませて、武はエントランスから少し離れた場所にある柱のところまで行き、そこに背中を預けてもたれかかる。腕を組み、瞑目しながら自分に集まる視線を完全に無視する。

 このスタジアムには二つのエントランスがあり、それぞれ表口と裏口がある。ここは裏口に当たる。予選を見に来た観客は表口に通し、参加者は裏口で待機するというやり方をしているようだ。ゆえに、武はこの裏口のエントランスで他の参加者たちの視線を浴びてしまい、針のむしろの状態になっている。

 もちろん、この参加者たちの中には武の知り合いもいたが、彼らと接触することはなかった。茂豊とはそれなりには親しくはなったが、彼は予選に集中しているらしく、虚空をぼんやりと見つめている。咲恵と綺蘭々は武の方に視線を向けてはいるものの、あまりの武の注目のされ具合に尻込みをしているのか話しかけてこない。唯や渉も似たようなものだ。レナ、モメリとはこのような状況で話すほど親しくはなれていない。結果的に武は一人でこの状況に耐えるしかなかった。これも修練の一つと考えれば、周囲の視線に耐えることは不可能ではなかった。

 だが、さすがに少しうっとうしさを感じたころに受付に座っていた女性がアナウンスを出す。


「歓楽戦予選に出場予定の方はこちらにお越しください」


 武にとっては助け船だった。これで、武に集まる視線もいくらかはマシになるだろう。武は受付嬢のあとを率先してついていく。その結果さらに視線を集めることになるのだが、あとで楽になるのならどうでもよかった。今は一刻も早く、この場から抜け出したかった。ただ、それだけだった。






 ○○○○○


 武たちが案内されたのは戦闘が行われるフィールドから少し離れたところにある個室だった。今回は予想よりは多少参加者が多かったものの、個室の数に問題はないということで参加者全員に控え室として個室があてがわれた。武にとってはありがたかった。もちろん負ければそのまま家か病院に直行することになるが、それでも周囲の視線から逃れられるのは助かる。

 同時に予選トーナメントの組み合わせ表を渡された。武はそのトーナメント表を見る。トーナメントはAグループとBグループの二つに分けられていた。茂豊、唯、鎌瀬、座子の四人をシードにした上で他は抽選で決められており、武は座子と鎌瀬と同じ山であるBグループにいた。もし勝ち上がっていくことができれば、順当に行けば準決勝で座子と決勝で鎌瀬と当たることになる。シードされている祓い師の中ではどちらも実力は未知数だ。鎌瀬の方は死神と呼ばれ、鎌を扱うことしか分からない。座子に至っては何の情報も持っていない。しかし、ぶつかることができれば大きな糧になることは間違いない。だが、当然その前に当たるであろう二人もそう簡単にはいかないだろう。

 一回戦は野村(のむら)準一(じゅんいち)という名の祓い師だった。名前からしてまず間違いなく男だろう。そして、その野村に勝てば面識のない祓い師同士の戦いの勝者と二回戦でぶつかる。


(まずは一回戦だな。戦う順番は…… 十二戦目か。一回戦の中ではわりと終盤の方だな。向こうのトーナメントから先にやるわけか)


 どうやら今すぐに当たるというわけではなさそうなので、知っている名前がどこにあるかを探すためにざっとトーナメント表に目を通す。

 知っているメンバーのほとんどがAグループに配置されていた。まず一回戦第二戦で美夢と咲恵が当たる。次の第三戦で綺蘭々とレナが対決し、その次の第七戦でモメリが名も知らぬ者と当たる。Bグルーブにいるのは武と渉だけだ。それ以外は名前も何も知らなかった。やはり、自分は無知なのだろうと思うが改善する機会がなかった以上全身全霊で一試合一試合を戦い抜くしかない。



 しかし、改めて見るとなかなか不平等なトーナメントだなと武は思う。トーナメントのどこに配置されるかによって戦う回数が変わるのだ。


(三十六人という中途半端な参加人数だから仕方ない面もあるとはいえ、シードされてない予選参加者の半分が五回勝たないと優勝できないのか。渉も十一戦目だから座子という奴を三回戦で倒さなければ準決勝には上がれない。こっちは逆にシードされている座子とは準決勝まで当たらない。勝ち上がりたいのなら、俺はくじ運に恵まれているんだろうな)


 別に本気で歓楽戦に出たいとは思っていないのになんとも皮肉なものだと思う。しょせんはそんなものなのだ。神は本気で望んでいない者にしか微笑まない。改めてくじを見直してそう思う。今回、この予選には六本柱の兄弟姉妹や六名家の名字を持つ実力者も参加している。美夢がその一例だ。だが、武のいる山に六名家本家の祓い師と思われる者はいない。もし当たるとすれば、最短でも決勝戦までいかなくてはならない。

 それがラッキーと呼べるかどうかは謎だった。もし歓楽戦出場に心血を注いでいる者なら歓喜するだろう。これでひょっとすれば自分にもチャンスがあるかもしれないと喜ぶのかもしれない。しかし、武の心情としては微妙だった。もちろん、この考え方が他の予選参加者に失礼だということは百も承知だ。しかし、祓己術完成に近付くためにできるだけ多くの実力者と当たっておきたかった武からすれば、あまりいいくじ運といえないのもまた事実だ。


(文句を垂れていても仕方がない。俺は自分の力を尽くして、やれるだけやるだけだ)


 武はそう自分に言い聞かせて、控え室に備えつけられたモニターを見る。ちょうど、美夢が咲恵を薙刀を振るって吹き飛ばしているところだった。咲恵は壁に叩きつけられて動くことができない。これで勝負ありだ。

 歓楽戦予選のルールは極めてシンプルだ。相手を戦闘不能にするか、降参させれば勝ち。歓楽戦本番と全く同じルールを採用しているらしい。万が一のことがあるとまずいためそれなりの実力を持った審判をおき、場合によってはその審判が止めることもありえるらしいが死人が出ることもあるかもしれないと空我は言っていた。実際、過去の歓楽戦では死人も出ているらしい。人数までは教えてくれなかったが、おそらく三、四人は軽く死んでいるだろうと武は見ている。

 二日前の合宿の集大成と題して同じことをやらされたが、改めて考えると結構怖いことをしているなと思う。だが、降参ありならば自分の好きなタイミングで負けを認められるということだ。満足をしたなら、どれほど優勢でも相手に勝ちを譲ることができる。劣勢なら本来の使い方をすることができる。そういう意味で降参が認められると言うことは武にはありがたかった。どれほど効果があるかについては見当はついていないが。まぁ、そういう状況になる前に降参すればいいだけの話だと武は割り切る。


「次は…… 綺蘭々とレナか」


 これはなかなかの好カードのように見える。レナは合宿で二回戦ったが、斬を主体にして戦う近中距離を得意とする祓い師だ。合宿の最中に複数の呪符を使っての斬の連続攻撃を会得したことで、一発一発の破壊力が飛躍的に上がっており、並の祓い師では近付くことすらできないだろう。

 対して、綺蘭々は四つの拳銃を使い分けての変則的な中距離タイプの祓い師だ。四つの拳銃はそれぞれ効果が違い、弾速重視、威力重視、弾丸が当たった場所を燃やす効果を持つもの、弾丸を見えなくさせる効果を持つものとさまざまな効果を持っている。六名家の一つ聖帝家に作らせたものらしく、見た目も全く同じなので相手はどの銃を使うのか分からないという強みを持つ。


「正直、綺蘭々の方が強いと思うが…… どうだ?」


 武の予想は正しかった。レナは連続斬撃で綺蘭々を攻め立てるが、綺蘭々はレナの射程の外からの銃撃で優位に立つ。たまりかねたレナは安易に綺蘭々に近付くも、そこを見えない弾丸で狙い撃ちにされ、止めは威力重視の弾丸を全身に食らって敗北した。その弾丸はレナの鎧をたやすく撃ち抜き、レナはかなりの重傷を負わされたようだ。


「やれやれ、案の定か。まぁ、この程度は想定内か?」


 武はそう独りごちる。審判にもこの歓楽戦予選のために駆り出されたとみられるスタッフや医師たちにも動揺は見られない。どうやら、予選の段階で既に命がけのようだ。逆に言えばこれで勝ち上がり歓楽戦に出られれば一気に名が上がり、数多くの仕事を得ることができる。そうでなくとも、優秀な成績を残せれば名を知られるいいチャンスになる。だから、みんなこの予選に出たのだ。

 六名家や六本柱に顔を売るために。祓い師たちを統べる龍全家の人間の目につくように。


「そういう意味じゃ、六本柱の一人であるクウに目をかけられてる俺はかなり恵まれてるんだろうな」


 そんなことを考えているうちに戦いは進んでいく。第七戦でモメリが危なげなく勝利し、それから四十分ほどで渉が出る第十一戦が始まろうとしていた。


「屋敷武様。そろそろ準備をお願いします」


「分かりました」


 武はドアの向こうから聞こえてきた男性スタッフの声に反応し、控え室から出ていく。スタッフの後を歩き、スタジアムの横に設置された選手入場口のところまで案内される。


「それでは、こちらでお待ちください」


 スタッフは一礼すると、小走りで今来た道を走り去っていく。武は第十一戦を入場口から見る。

 もうほとんど勝負は決まっていた。相手の男性祓い師は渉の祓己術による呪力の剣を受けきれずに防戦一方となる。とうとう尻もちをつき眼前に剣を突きつけられたところで降参し、渉の勝ちとなった。

 渉は堂々とした足取りで武の方へと歩いてくる。武の横を通り抜けざまに口を開く。


「お前の試合、楽しみにしているよ」


「ああ」


 二人は短く会話をかわし、渉はふっと小さく笑うとそのまま去っていく。武はその後ろ姿をほんのわずかだけ見つめ、すぐに会場の方へと目を向ける。


『それでは、第十二戦を始めます! 東側、屋敷武! 西側、野村準一!』


 審判からのアナウンスがかかる。武は悠然と会場内へと歩いていく。その姿に先ほどの渉とは比べものにならないほどの歓声がかけられる。武は無表情のままただスタジアムの中央へと歩む。

 対する相手は武をじっと睨みつけてくる。少なくとも恐縮している感じではない。武にかけられる声の三分の一にも満たなかったが、彼にかけられる声もあった。見た目は茶髪の派手系の男だ。黒の革ジャンを着ており、ルックスもなかなかのものでそれなりにモテるのだろう。しかし、ややプライドが高いように見受けられる男だった。


「ちょっと名前が知られているからっていい気になるなよ。この俺が直々にボロ雑巾にしてやる。お前のその虚像を粉々に打ち砕いてみせよう。せいぜい、今までの幸運をかみしめておくんだな」


 武は野村の言葉をスルーする。野村はそれに青筋を立てて怒ってくる。


「貴様! この俺の言葉を!」


「うるせえなぁ。キャンキャン吠えるなよ、みっともねえ。そら、そろそろ始まる。何か言いたいんなら、力で示せよ」


 武は野村の方を見ずにそう言い放つ。彼にとって野村などどうでもいいのだ。もうスタジアムに入った時点で分かった。この男は自分の目的を達成するに足る男ではないのだと。

 野村は目を血走らせ、歯ぎしりをする。


「いいだろう。この俺を怒らせたことを後悔させてやる!」


 野村がそう叫ぶと同時に審判から開始の合図がかかる。野村は先手必勝といわんばかりに呪符で拳と速を発動させ、武に殴りかかってくる。その速度はなかなかのものだった。しかし、武にはあくびが出るほど鈍いものだった。

 左手に持った呪符で瞬時に拳を発動させる。その速度は野村の比ではないほどに速い。武は野村の拳をたやすくかわすと、右ストレートを野村の顔面に叩き込む。それで勝負ありだった。

 歯をまき散らし、鼻の骨が折れた野村はそのままたやすくスタジアムの壁まで吹き飛ばされ叩きつけられてしまう。強い衝撃に野村はあっさりと意識を手放した。

 審判が武の勝利を宣言する。あまりのあっけなさに一瞬観客は静まるが、すぐに大歓声を上げる。武は気にした様子も見せずに選手入場口へと戻っていく。



 廊下をすたすたと歩いていると美夢が背中を預けてこちらを見ていた。


「本当に怪物ね。まさか一撃で終わらせるなんて。容赦ってものを知らないの? あんたは……」


 口ぶりは武の戦いに引いているように聞こえるが、表情は嬉しそうだった。武は口元に笑みをたたえている美夢に小さくため息をつく。


「その言葉はそっくりそのまま返そう。お前も同門の咲恵を完膚なきまでに叩きのめしてたじゃないか」


「私はちゃんと手加減をしたよ。実際、咲恵は今はぴんぴんしてるしね。でも、あの野村って奴はそうはいかないでしょ。多分全治数ヶ月はかかるんじゃない?」


「知ったことじゃない。それが祓い師(俺たち)だろ?」


「確かにね」


 美夢はくすくすと笑い武の言葉を否定しない。他人のことなど気にしない。救いようのない独善的な者たち。それが祓い師だ。その事実が揺らぐことはない。

 だからこそ、武は野村を一撃でKOしたのだ。わざわざ彼の独善に付き合ってやる必要はない。むしろあれでも加減した方だ。もし本気でやれば、最悪野村は死んでいた。それだけのことだ。


「その調子じゃ、二回戦も大丈夫そうね。あんたの山はそんなに強いのがいないから、まともに勝負になるとしたら準決勝からでしょ」


「それはやってみないと分からないな」


 武は美夢の言葉を表面では否定するが、内心ではありえるかもしれないと肯定する。正直予選に出場している者の実力がどの程度なのかは把握しきれていないところがあるが、ここまでの試合結果を見る限り祓己術を会得している祓い師は限りなく少ないように思える。咲恵や綺蘭々のように特殊な武器を使う者はいるが、彼女たちも祓己術を会得しているわけではなかった。

 この分では準決勝までいかなければ、武の目的は達成できないだろう。だが、それも仕方のないことだと思うしかない。確かに祓己術の会得は容易ではないが、武の思っている以上に祓己術の会得は困難なのだ。

 そんなことを考えていると、美夢が気になることを口にする。


「でも、気は抜かない方がいいと思うよ。なにしろ、推測だけど多分あんたの山で予想外のことが起こる可能性が高いから」


「どういう意味だ?」


「すぐに分かるわよ。まぁ、一つだけヒントを与えてあげようかな。文大から助けてくれたお礼にね」


 美夢はそう前置きをして武にヒントを告げる。それを聞く武の目は真剣そのものだ。


「一回戦であんたと戦った野村。あいつは三校ではトップクラスの成績を取ってた。だから、驚いている祓い師も多いかもしれないけど、私に言わせればあいつはしょせんは成績だけのなんちゃってエリートにすぎない。だけど、祓い師の中には本物のエリートって奴がいるのよ。私から言えるのはそれだけ。じゃあ、この後も頑張ってね」


 美夢は手を振って武の前から去っていく。武はしばらくの間美夢の後ろ姿を見ていたが、首を何度か振るとそのまま自分の控え室へと戻っていった。


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