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合宿2

 モメリたちとかなり離れた距離まで来たところで燃は立ち止まった。振り向いて、武と向き合う。


「さて、ここでいいな。お前の力を見せてもらうぞ」


 燃は腰を低く落として構えをとる。その左手には呪符が握られている。

 武は彼女たちとずいぶんと離れた場所まで来させられたなと思う。いくらこの広場がかなり広いとはいえ、ほぼ端と呼べる場所だ。少なくとも、二人とは先ほどの組手のときの五倍は軽く離れているだろう。逆に言えば、それだけ武の力を警戒しているということだ。

 だが、それでいい。武とて別にモメリたちに危害を加えたいわけではない。影響を及ぼさないように配慮をしてくれるというのならば喜んで受け入れるだけだ。

 だから、武は無言でファイティングポーズをとる。お互いに、いつ始めても問題ない状態だ。


「行くぜ」


 燃は左手の呪符から祓己術を発動させる。燃の全身からは赤い炎が発せられる。


「なるほど。お前の祓己術は炎か」


「そうだ。てめえもさっさと発動させろよ。さすがに祓己術なしで俺をなんとかできるとは思っちゃいねえだろ」


 燃が言葉を発するたびに呪力の炎が持つ熱が武の方に飛んでくる。凄まじい温度だ。文大のそれと比べても格が違う。これが六本柱かと改めて燃への警戒を強める。

 だが、あまりのんびりと観察しているわけにもいかない。これは組手。いわば、実戦形式の修練だ。武も祓己術を発動させなければ成立しない。

 武は集中を深め、祓己術を発動させる。全身から白い呪力を迸らせ始めた武を見て、燃は口元に笑みを浮かべる。


「ほぅ。それがてめえの祓己術か。呪符もなしに発動させるとは、なかなか面白いじゃねえか」


 燃はさらに笑みを深める。腰を低くした構えから、いくぞというかけ声とともに猛スピードで武に接近していく。その速度は凄まじく速い。洞窟でボレが見せた霊術のそれに匹敵する。あの時なら反応することすらできなかった速度に武は平然と迎撃していく。燃が振るった拳を左手でいなす。同時に右手で燃の顎を狙ってアッパーを繰り出す。燃はそれを左手で受け止めると空振った右腕を武の左側頭部めがけて振り払ってくる。武がそれを右手で受け止めると、押し合いになる。結果は互角だった。互いに相手の手を離し、距離をとる。二人とも様子見の状態とはいえパワーはほぼ互角。それは両方の警戒心を一気に跳ね上がらせた。

 特に、武に関してほとんど情報を持っていない燃の警戒心の上昇の度合いは武の比ではなかった。


「なるほど。確かに、あのクウが有望株というだけのことはある。こいつは大した上玉だ」


 燃はさらに呪力の炎の量を跳ね上がらせていく。武はその様子を冷や汗をかきながら見つめている。


(こいつの祓己術…… とてつもない熱量だ。六本柱の名は伊達じゃない。もしこの祓己術がなければ、今ごろ俺の腕は二本とも消し飛んでいただろう)


 武は自信の両腕をチラリと見る。一見、服が少々焦げている程度で武の両腕には何の異常も見られない。しかし、武の触覚が両腕に明確な熱のダメージを受けていることを伝えてくる。


(あまり長引かせるとまずいことになる。だが、修練の相手としてはこれ以上ないほどの相手だ。この機会を逃す手はない。なら…… あれをやるしかない)


 武は目をつぶり、自身の右腕に呪力を集中させていく。あまりにも緻密なコントロールと集中力がいる作業だが、臨戦態勢に入っている今なら、あの技を発現させられる可能性は高い。


 集中しろ。コントロールしろ。あの白い炎をこの右腕に宿らせろ。


 そう念じながら、武は自身の祓己術をゆっくりと形取っていく。予想に反して、遥かに速いスピードで武の思い描く技が完成していく。


「何だ?」


 燃は突然瞑目した武に怪訝そうな顔をする。しかし、次の瞬間武の右腕に白い炎が迸ったのを見て目の色を変える。燃は瞬間的に右腕に赤い炎の全てを纏わせる。


「へぇ。そこまでやってくれるとは、さすがに思ってなかったぜ」


「一応聞いておくが、これを撃ち放ってもいいんだよな」


 武は周囲の被害を気にしているのか、このグループのリーダーでもある燃にそう尋ねる。


「もちろんだ。モメリたちも俺たちが祓己術を発動した段階で避難している。そうモメリに言っておいたからな。だから、全開で来てくれて構わないぞ」


「そうか。なら、遠慮なく」


 武と燃は互いに右腕を振りかぶり、相手めがけてその拳を全力で放った。同時に、巨大な呪力とともに凄まじい衝撃が周囲を襲う。赤と白の奔流はしばし広場を蹂躙し、その余波から発生した煙はそれから数分もの間、広場を包んでいた。







 ○○○○○


 合宿ではかなり広大な個室を割り当てられた。大部屋で雑魚寝をする形だと思っていた武には予想外だったが、他人を気にすることなく眠れるという面ではちょうどよかった。また武に割り当てられたのは和室だったので、和室に慣れた武にとっては至れり尽くせりといった待遇だった。

 六本柱が夜に集まって今日の修練の結果から今後のスケジュールなどを決めるということになり、晩御飯を済ませ次第六本柱以外の人間はそうそうに解散となったので、武は自室の外にある縁側に座り込み外をぼんやりと見ていた。無表情で呆けている彼の頭の中にはある一つのことが占められていた。今日の燃との組手のことだ。

 あの後、互いの祓己術の技をぶつけ合ったところで今日の修練は終わってしまった。いや、終わらせざるを得なかった。燃たちのグループの修練譲渡して割り当てられた広場がほぼ全壊といえるほどの惨状になってしまったからだ。それどころか、広場の横にある道にまで影響を及ぼし、武たちが撃ち合った場所を中心に広範囲に巨大なクレーターができあがってしまった。これでは、修練を続けようがない。

 もちろん、場所を変えて修練をやるという手もなくはなかったが、さすがにばつが悪かった。そのため燃たちのグループは昼前にもかかわらず、そうそうに修練を切り上げた。引き上げる際にレナに睨まれたが、それも仕方がないことだと武は黙ってその視線を受け入れた。



 武としては今日の修練に関して、やってしまったという感想以外抱けなかった。祓己術を完全に会得するチャンスだと欲張り、下手に力を振るってしまったのがまずかった。文大戦を省みれば、むやみに力を引き出せばどうなるかなど容易に想像がついたはずだ。しかし、何も考えずに力を振るった結果、あれほどの被害を及ぼしてしまった。結果的に何も言われなかったが、武は深く反省していた。

 だが、その一方で収穫があったことも事実だ。今日の燃との祓己術同士の組手を終えて、武は確実に自身の祓己術が完成に近付いているのを感じた。やはり、強大な相手との実戦形式の修練、あるいは実戦そのものこそが祓己術の完全修得の近道のようだ。だが、あんなことを何度も繰り返していてはそれも難しくなるだろう。少なくとも、この合宿の間中、六本柱を含む祓己術を会得した祓い師との組手を禁止されてしまうことは避けられない。そもそも、武はあの組手で自分の祓己術の力をほとんど引き出せていない。燃もほぼ間違いなく本気ではなかっただろう。それであの有様だ。やはり、祓己術の修練には細心の注意を払う必要がある。

 だが、逆に考える手もある。もちろん、かなり面倒な手ではあるが、祓己術の完全修得を目指すなら悪い手ではない。

 それは、歓楽戦予選を勝ち上がり、歓楽戦に出場することだ。藍岸(この国)の主導権をどちらが握るかを決める重要な試合だ。祓い師の方はやけに人手不足のようだが、滅兵はまず間違いなく相当な実力者を出してくるだろう。燃が昨日風呂場で言っていた実力者たちも出てくるかもしれない。あれだけの力を持った人間が警戒しているのだ。そんな人間と当たれれば、戦いの中で武の祓己術が完成する見込みもあるかもしれない。

 そうでなくとも、予選で目的を達成することもできるかもしれない。茂豊のような祓己術を会得している人間と当たれれば、祓己術の完全修得の夢ではない。

 力は必要だ。ただでさえ、武の立場は盤石とは言いがたい。確実に力をつけるためにも、この機は逃してはならない。



 そんなことを考えていると、武の下に三人の少女がやってくる。武はその三人の少女の顔を横見でチラリと見る。美夢と心友、それに唯だった。


「どうしたの? こんなところで」


 美夢はぼんやりとしている武を不思議そうに見つめてそう聞いてくる。さすがにもう慣れてきたのか武は特に反応しない。疲れていたこともあっただろう。武は考えていたことを一度頭から消して、美夢たちの方に体を向ける。


「いや、別に。ただ外の風に当たってただけだ。そういうお前らは何してるんだ?」


「私たちはぶらぶらと散歩。それにしても、聞いたよ。あんた、燃との組手で裏の広場にクレーター作っちゃったんだって?」


「ああ。少々、加減を間違えちまってな」


 武は苦笑しながら答える。合宿参加者たちに昼前のことが知れ渡るのは分かりきっていたことだ。武一人の責任ではないが、武のせいで燃のグループに大いに迷惑をかけたのは事実だ。レナやモメリは二人で自主練に向かったようだが、二人に申し訳なく思っている。結局今まで武は修練を行うことなく、半ば自主謹慎も兼ねてあてがわれた部屋にこもっていた。その間、精神統一などはやっていたが、今日はあまり修練はできなかった。自業自得なので文句を言う気はないが。


「だが、他の合宿に参加してる奴らに申し訳なく思ってるのは事実だな。俺らのせいで今日みたいな班を分けての修練はもうやらないかもしれない」


「気にすることはないよ。どうせ、うちだって君たちみたいな目立つことにならなかったってだけで、はっきり言ってひどいもんだったし」


 心友がどこかうんざりしたようにため息をつく。どうやら、彼女のグループも相当ひどかったようだ。


「私と唯は樟谷って奴と一緒にクウのグループだったけど、多分私らが一番まともだったかもね。樟谷は結構大人しかったし」


「まぁ、俺らのグループもそこまでぎすぎすしてたってことはなかったと思うが」


 確かにレナに睨まれはしたが、あの程度でひどいなどと言っていたら話にならないだろう。


「確かに、あんたたちのグループの方はそこまででもなかったかもね。モメリとレナは所属してる家が違うわりにはかなり仲がいいし、モメリは燃に崇拝のレベルで忠誠誓ってるしね。だから、一番きつかったのが心友のグループなのは間違いないと思うわ。茂豊と綺蘭々が組むなんて正気とは思えないもん」


 美夢の言葉に心友は乾いた笑みを浮かべる。どうやら、茂豊と綺蘭々は相当仲が悪いとみえる。だが、正直武は興味がなかった。


「…… 大丈夫ですか? 先ほどから、顔色が優れないようですが」


 唯が首をかしげて尋ねてくる。どうやら、他人から見ても分かるくらい武の疲労は溜まっていたらしい。といっても、今日、武はほとんど動いていない。やはり、あの祓己術は相当体力を使うようだ。


「ああ。大丈夫だ。昼にやりすぎた反動で体力を少々使いすぎただけだろう」


 作り笑いを浮かべて誤魔化しておく。唯はそれ以上追及してくることはなかった。

 この日の武の記憶はここで途切れている。気付けば、翌朝の四時少し前になっていた。きちんと布団で横になっていたので、おそらくは美夢たちと話し込んで別れた後に布団に入って寝たのだろうがその時の明瞭な記憶はない。

 この間に残されていた武の記憶は過去に二回ほど見た謎の夢のことについてだけだった。

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