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合宿

 翌朝。急造だった合宿の準備が整ったと言われ、武たちは屋敷の食堂に集まっていた。各々、好き勝手座っており、武は茂豊や燃、渉と同じテーブルに着席していた。

 四人は昨日の風呂で親睦を深め、燃と渉からは武と下の名前で呼ばれるようになっており、武も二人の下の名前で呼ぶようになっていた。茂豊だけは未だに武のことを名字で呼び続けているが。それでも、確実に仲はよくなっているといえる。



 全員が揃ったことを確認した空我は椅子から立ち上がり、皆の前へと歩いていく。


「うん。みんな揃ったかな。ひとまず、昨日は準備ができてなかったせいで、いろいろと不便を強いてしまったことを謝ろう。だが、今日からは大丈夫だ。そういうわけで、今日から本格的に合宿を始めさせてもらう」


 皆の前に立つ空我はよく澄み渡る声でそう宣言する。三本柱の中でも剣也と並び最強と称される彼がこういった挨拶をとることに参加者は誰も文句はないようだ。


「みんな基本的によく知った顔だと思う。ここにいる大半は幼いころからその才能をもって頭角を現し、年端もいかぬころから最前線で力を発揮してきたエリートたちだ。だが、その一方で最近出てきた有望株も今回二人ほど参加している。その二人に関しては君らもあまり面識はないはずだ。そこで、その二人を最初に紹介しておこうと思う。武、樟谷。前へ」


 指名を受け、武と渉が立ち上がる。二人は堂々とした足取りで空我の横に並び立つ。


「君らから見て右が屋敷武。左が樟谷渉だ。いずれも短時間での修練で一人前の祓い師に到達し、その後の任務でめざましい活躍を見せているいわゆる天才と呼べる者たちだ。武の方はやたら噂になってるから、みんな名前だけでも知ってるかな?」


 空我は首をかしげる。集まっている者たちは無言という名の肯定をする。空我は一つ頷き話を続ける。


「それじゃあ、次の話にいこう。今回の合宿の目的は基本的には各々の技量強化だ。だが、個人個人が好きに修練を行うだけではこの合宿を開いた意味がない。そこでだ。いきなりだが、各自くじを引いてもらい、グループを作ってもらう。くじで決まったグループで今日はひとまとめになって修練を行ってもらうことになる。これはあくまで試しだから、明日以降も採用するかどうかは今日の出来で判断する」


 空我の言葉に武は眉をひそめる。祓い師は協力して事を運ぶことは難しいと聞かされていた。そんな者たちをランダムにまとめてグループ活動をさせるなど大丈夫なのかと思ってしまったのだ。


「まぁ、適当に固めて大丈夫なのかと不安に思っている者はいると思う。だから、六本柱三人を各々のグループに一人ずつつける。万が一揉め事が起きたときはその三人で対処する。つまり三グループを作ってもらうことになる。ここには、僕ら三人を含め十二人の祓い師がいる。ちょうど四人ずつのグループが三つできる計算のはずだ」


 空我の提案に武は一定の理解を示す。武は六本柱の実力を目にしてはいないが、空我の様子を見る限り少なくとも名前負けということはないはずだ。

 しかし、横で燃が小さくため息をついたのを武は聞き取る。


「実際のところ、お前が一番不安なんだがな」


 燃は聞き取ることに集中していなければ、うっかり聞き逃してしまいそうなほど小さな声でそう呟く。しかし、空我は耳ざとく反応し、燃の方に抗議の意を込めた視線を向ける。


「何か言った? 燃」


「いや、何も」


 頬を膨らませて空我は尋ねてくるが、燃は視線を外してしらを切る。空我は少しの間、燃をじっとみていたが、時間の無駄だと思ったのか話を進める。


「ひとまず、みんな話は理解できたかな。できたのなら、みんなにはこれを引いてもらう」


 空我は割った状態の割り箸が九本入っている木の筒を右手に掲げる。


「この九本の割り箸の先端には赤、青、黄の三色が塗られている。同じ色の三人が今日のグループ仲間だ。ちなみに、赤には燃、青には僕、黄には心友が入る。それじゃあ、順番に引きに来てくれ」


 空我の言葉に前から順に立ち上がりくじを引いていく。武が引いたのは赤のくじだった。赤のくじを引いた者を探していると二人の少女がこちらを見ていることに気付く。その手には先端が赤く塗られた割り箸が握られていた。

 向こうの方から颯爽とした足取りで武の方へと近付いてくる。


「どうやら、最後の三人目はあなたみたいですね」


 長い赤髪をポニーテールにした女がそう言ってくる。もう一人は金髪をツインテールにし、緑色の瞳を持つ女だった。この合宿参加者の大半は顔見知り程度の面識はあるが、この二人に限ってはどちらも知らない顔だ。どうやら、武はこの合宿参加者の中で面識のない二人をピンポイントで当ててしまったらしい。

 いいのか悪いのか分からない自身のくじ運に苦笑しつつも自己紹介をすることにする。


「初めまして、屋敷武です。以後お見知りおきを」


「私は神宮モメリです。こっちは……」


「リン・ベイントン……。周りからはレナって呼ばれてる」


 どうやら、赤い髪の方がモメリ、金髪の方はレナというらしい。それ以上のことは分からなかったが、城神家の所属祓い師は空我、美夢、咲恵、綺蘭々、茂豊、武の六人だと聞いているので拳将家か天霧家の祓い師だろう。

 そうあたりをつけていると、燃がこっちに近付いてくる。


「一応、男女比はちょうどいい感じになったな。モメリとはわりと修練をともにしているが、他の二人とは初めてになるか。それじゃあ、今日一日よろしく」


 燃は最初の挨拶だけすませると、今日の修練のスケジュールについて説明しはじめる。


「やることは基本的に変わらねえ。外を走り込んで、準備運動をした上で術や身体能力の強化を最初に行う。ただ今日は実戦形式を重視するってことで、手合わせをする時間を多くとる。俺も当然参加するから遠慮なくその力をぶつけてこい。話は以上だ。質問のある奴はいるか?」


 誰も質問をしようとはしない。燃はふむと頷き、締めに入る。


「それじゃあ、修練用の服に着替えてきてくれ。さっそく走るぞ」


 燃の言葉に頷き、各々行動を開始する。更衣室へ向かう途中で武は燃が自身を何やら観察するような目で見ていることに気付いたが、反応することはなかった。






 ○○○○○


 三十キロにも及ぶ距離を走り込み、柔軟などの準備体操を終えた武たちは屋敷の裏にある広場のようなところに来ていた。


「この辺り一帯は城神家の持ち物らしいからな。ここも好きに使っていいらしい。今日はせっかく天気もいいことだし、ここで行う」


「分かりました。燃様」


 燃の言葉にモメリがそう返す。走り込みの最中に聞いたが、彼女は拳将家の所属祓い師であり、レナが天霧家の所属祓い師らしい。そのため、燃とモメリはかなり親しげである。

 燃は持ち込んだストップウォッチを手にとる。


「まず一時間ほど自己修練をやる。その後に四人で総当たりの組手をやるぞ」


「はい!」


「分かった」


「……」


 燃の指示にモメリは大きな声で返事をし、武はごく普通の声量で返す。レナは何も言わなかったが、異論はないようだ。こうして、四人とも個人個人が一人で行う修練――いわゆる自己修練を始めた。



 武は自身の祓己術を磨き上げるべく集中していた。しかし、このやり方では未だにうまくいっていない。莫大な呪力を一気に消費していくだけだ。この後、組手があることを考えるとあまりむやみに呪力を消耗するべきではない。やむをえず、武は一回も白い呪力を発することなく祓己術の修練をやめ、普通の祓術や体術の修練を行うことにする。

 武はこの合宿のメンバーの中では新参者に入る。また他の三人とも付き合いがなかったため、多少の会話はするものの疎外感を薄々感じていたが、そのおかげで今日まで全く面識のなかった二人についてある程度は観察できた。

 モメリは明朗快活でしっかり者といった印象だ。思ったことをはきはきと話す、素直でかなり饒舌なタイプのように見受けられる。逆にレナはかなり無口なタイプらしく暗いというわけではなかったが、かなり大人しい印象を受ける。しかし、これらはあくまで性格の話だ。祓い師としての実力はまた別だった。

 修練を見た限りでは武は二人の実力を測ることはできなかった。武の分析能力がさほど高くないというのもあるだろうが、そもそも燃を含め三人とも全く力を見せていない。それは白い呪力を晒していない武にもいえることだが、これでは正確な力量を測ることは武には不可能だった。やはり、彼女たちの力量を測るにはこの後の組手で力を見るしかないということだ。


(まぁ、もうすぐ一時間だ。その時にどうにかすればいい)


 武はそう考え、自身の修練を再開した。



 自己修練を始めてから一時間後。燃はストップウォッチが一時間を経過したことを確認すると、三人の方に顔を向ける。


「よし、そこまでだ」


 燃の言葉で三人とも自己修練をやめる。それから、燃の下へと集まる。


「じゃあ、今から組手を行ってもらう。組み合わせをどうするかだが……」


 組手の組み合わせを考えていなかったらしい燃が考え込み始めると、モメリが遠慮がちに手を挙げる。


「あの燃様……」


「ん? どうした、モメリ」


「よろしければ、まずは私と一番組んでいただけないでしょうか? もちろん、他のお二人がよろしければの話ですが……」


 モメリは武やレナの方へと視線を向ける。二人は顔を見合わせて、すぐに答える。


「俺は別に構わないが……」


「私も……」


 二人の返事を聞いて、燃は一つ頷く。


「分かった。じゃあ、まずは俺とモメリ、武とレナだ」


「その前に組手のルールについて教えてくれないか?」


「ああ。そういえば、言うのを忘れていたな」


 燃はうっかりしていたといった様子でそんなことを言う。組手は実戦形式の修練だ。一歩間違えれば大惨事になる。だから、そのルールだけははっきりとさせておかねばならないというのにそれを言い忘れるとは、どうやら燃はなかなか抜けたところがあるらしい。


「ルールは簡単だ。武器も祓術も何でもあり。ただし、相手に怪我をさせたらいけない。相手に降参させるか、戦闘不能、あるいは一本とる。もしくは時間が十分経ったら、ひとまずそこで終了だ。その後、状況を見て時間を延ばすか、短い時間で多くの相手と戦えるようにするか決める」


 結構おおざっぱだなと武は思う。勝利条件もいい加減で、人数上仕方ないとはいえ審判もいないこのルールにはかなりの不安が残る。だが、危険であれば危険であるほどいい経験が積めるのも事実だ。それに、武にとってはできるだけ実戦に近い方がありがたい。

 武はこのルールは好都合だと思うことにする。もっとも、相手次第ではあるが。もちろん、相手に怪我をさせるなど会ってはならないと言うことだけ覚えておかないとならない。


「では始めるか。あまり近いと危ないから二組の場所はできるだけ離す。俺らはあっちに行くから、お前らはそっちの方に行け」


 燃の行く方向と真逆を指さされ、武とレナはそちらへと歩いていく。燃にそこでいいと言われた二人はそこで立ち止まり、向かい合う。


「…… それじゃあ、行くよ」


「ああ」


 レナは左手に呪符を構える。武も同様の構えをとる。二人はともに拳を発動し殴り合う。レナの攻撃は鋭く、速かった。しかし、体格差や身体能力で勝る武の一撃一撃に徐々に圧倒されていく。接近戦は不利とみたレナは距離をとって、斬を発動させる。レナの右手から呪力が発現し、手刀を振り上げてくる。同時に呪力によって射程(リーチ)が伸びた斬撃が武に襲いかかるが、武は苦もなく左手で弾いてしまう。


「!」


 武に難なく防がれたことにレナは大きく目を開く。武はそんなレナを見て小さくため息をつく。


「こんなもんなのか? 遠慮しなくていいぞ」


 どこかがっかりした様子の武の言葉にレナは唇をかみしめる。


「…… っ! 一回のまぐれで調子に乗るな!」


 レナは斬を連続で放ってくる。十にも及ぶ呪力の斬撃を武は左腕のみで消し飛ばす。それを見て歯ぎしりしたレナは右手に斬を発動させた呪力を纏い直接武に斬りかかるが、左手だけで難なく受け止められる。


「なるほどな。斬を得意とする祓い師ってわけか。大した破壊力だが、俺には脅威じゃない。そして、ここまでその技に固執するということは祓己術が相当やばい代物か、祓己術を会得していないってところか?」


「…… っ!」


 レナは武を睨みつけてくる。この反応だけで分かる。レナは祓己術を会得していないのだ。


「油断は禁物だが、これなら、多少本気を出せば祓己術を出さずとも勝てるな」


 武は再び懐から取り出した呪符を用いて拳を発動させる。その際に右腕から発する呪力は最初とは比べものにならない。


「な……」


「終いだ」


 身体能力にものをいわせた凄まじい速さと威力を持った拳がレナの眼前に迫る。あと数センチで当たるといったところで武は拳を止める。


「まだやるか?」


「…… っ。参った」


 レナは悔しそうにしながらも敗北を認める。相当な実力者であることは間違いないが、せいぜいミュフィユより少し強い程度だ。祓己術を会得し、文大戦を勝ち抜いたことで全体の力が大幅に底上げされた武の敵ではない。

 もはや祓己術を会得していない祓い師では歯が立たない強さを手に入れた武を見て、パチパチと拍手をしながら燃が近付いてくる。どうやら、モメリとの組手は終わっていたらしい。


「すげえな。お前。この分じゃ、うちのモメリも歯が立たねえだろうな」


「それはどうも」


「仕方ねえ。モメリ。今日のところはレナと遊んでろ」


「…… やむを得ませんね」


 モメリはレナの前へと立つ。レナも燃のいうことに異論はないのか、忌々しげに武を睨みながらも、モメリの方を向く。


「お前は俺が遊んでやるよ」


「…… 願ってもない展開だ。よろしく頼む」


 武は燃と向き合う。燃は六本柱の一人。間違いなく祓己術を会得している。自身の祓己術を完全に我が物とするチャンスを図らずも得たことに武は喜びを覚える。

 モメリやレナと距離をとるため歩きはじめた燃の背中を武は悠然と追っていった。

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