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風呂

 合宿所である城神家の別邸に着いた武たちは玉露を飲んで一息ついた後、修練用の道着に着替え修練を行った。

 ただ今日は初日であり、まだ何も決めていないということで問題が起こることを避けるために各家個別に行うことになった。さすがに武もやりすぎなのではないのかと考えたが、祓い師が一つに集まって何かを行うためには相応の準備が必要だという空我の言葉にひとまず納得した。逆に言えば、それだけ祓い師は連携がとりにくいという証でもある。事実、前回の最上級討伐任務は城神家の者だけで行ったにもかかわらず、武と茂豊の間にちょっとした軋轢が生まれた。茂豊の言い分も理解できたし、結果的には大事にはならなかったが、この経験からやはり万全を期しておきたいという六本柱の意向には武も同意せざるをえなかった。

 そして、久々に他人がいる状態での修練を行い、到着したのが午後だったこともありすぐに夕食の時間となった。



 夕食を終え、とりあえず夜の風呂に入ろうという話になり、武たちは別邸に備えつけられていた大浴場へと向かった。

 大浴場は男女別に分けられており、脱衣所で服を脱いで中に入ると武はその広さに圧倒された。


「さすがにすごいな」


「そうか? これくらい普通だろ」


 途中で合流してきた茂豊が呆然としている武に呆れた目を向けてくる。どうやら、普段から城神家に住み込む彼にとってはこの程度は慣れっこのようだ。そんな茂豊に武は苦笑しながら言葉を返す。


「いや。俺はずっと屋敷の西にあるシャワー室しか使ってなかったからな。確かにあそこも広かったが、こういう大浴場は最近見てなかったからな」


「それならば、こちらに来ればよかったろうに。人が気になるというのなら、夜の九時を過ぎれば入っている者など誰もいないぞ」


 どうやら、茂豊も武があまり城神家の者とうまくいっていないことは分かっているらしい。まぁ、当然のことだろう。

 ぽっと出の武がクウに気に入られ、いきなり祓い師になった挙句に軍王家に単身奇襲をかけるなどということをしでかしたのだ。彼が城神家内でよく思われていないことは、普通に考えれば分かることだ。


「そうか。なら、今度試しに行ってみようか」


「ああ。あれは一見の価値がある…… とは言わんが、それでも、あの屋敷に住んでいてあの風呂を見ていないというのはもったいないぞ」


 二人は体を洗う洗い場に向かって歩きながら、そんな会話をする。武は茂豊と話しながら、彼とはいくらか打ち解けられたかと考える。こうして、二人で屋敷の風呂について話すなど初対面の時からは考えられない。

 一応は武のことを認めてくれたということなのだろうと考えることにする。二人が洗い場で頭や体を洗い終えて巨大な風呂に浸かっていると、燃と見知らぬ黒髪の少年が浴室に入ってくる。


「よぅ、隣いいか?」


「はい。構いませんが」


 茂豊の返事を聞くと燃と少年は桶で浴槽の水を掬って体を洗い流してから、浴槽の中に入ってくる。武と茂豊は燃の隣に腰かける少年に注目する。この少年には武はもちろん茂豊も見覚えがなかった。しかし、燃と一緒にいるということは、拳将家所属の祓い師であることは間違いなさそうだ。


「ああ。お前らは初対面だったか。こいつは樟谷(くすたに)(わたる)。祓い師になって日は浅いが、なかなかの実力者だぜ」


「樟谷です。よろしく」


 渉はぺこりと頭を下げてくる。二人もそれにつられて頭を下げる。どうやら、今回の合宿参加者の中で武と同じように他の人間にあまり知られていない拳将家の祓い師とは彼のことらしい。

 武や茂豊も自己紹介をしようとすると、その前に渉が話しかけてくる。


「そっちの大きな方が屋敷武くんか。話は聞いている。三回目の任務で悪霊を百匹祓い、最上級討伐任務でも生き残り、おまけに軍王家の次男にあたる文大殿とも互角以上に立ち回ったらしいな」


「ああ。そこまで、知られてしまっているんですね」


「まぁ、六名家本家の人間をぶっ飛ばせば、いやでも噂になるだろ」


 燃がぽつりと呟く。武は苦笑いで誤魔化すしかない。渉の自己紹介が終わると、四人で雑談を始める。

 この日は初日であり、まだ準備などが万全ではないということもあって、あまり修練を積極的に行わないように言いつけられていた。そのため四人にこの後に修練をするつもりはなく、のんびりと話し続けている。


「そういえば、今度の歓楽戦で出てくるのって、どういう奴らなんだ?」


 敬語は使わなくていいということで、普通に話すことにした武がそう質問する。


「ああ、そうか。あまりそういうことは教えられていないのか。なら、ちょうどいい。俺が教えてやろう。渉にとっても復習になるからな」


 燃は今度の歓楽戦に出場する滅兵について話しはじめる。


「まず、滅兵の実力者と言われて思いつくのが、『勇者』スタトラ・アルフェリウス、『水龍(すいりゅう)』海神波一の二人だ」


「勇者に水龍……」


「そうだ。こいつらは六本柱に匹敵するとされていて、上位の実力を持つ祓い師でもズタボロにされちまうほどの実力を持ってる」


「もっと言えば、海神は元城神家の祓い師だ」


 茂豊が何気なく言った言葉に武は目を見開いて驚く。茂豊はそんな武をジト目で見てくる。


「何でそんな驚いてるんだよ。別に普通だろうが。祓い師から滅兵に転向する奴は少なくない。まぁ、こいつはそれ以前の問題だったけどな」


 茂豊は忌々しげな顔でそう吐き捨てる。どうやら、波一のことをあまりよく思っていないようだ。


「それ以前の問題?」 


「波一のことを知らないとは、どうやら、突如現れて城神家に入ったという話は本当らしいな」


 燃は苦笑しながらも話を続ける。彼も波一のことについて話すつもりはないらしい。


「話が逸れたが、滅兵を語る上で絶対に忘れてはいけない奴がいる。それが『創神(そうじん)森崎(もりさき)善也(ぜんや)だ」


「創神…… ?」


「ああ。滅兵の基礎を作り上げ、祓い師と対等に渡り合えるほどに成長させた男だよ。こいつも元祓い師で、確か刀皇家にいたはずだ」


 燃は視線を上にやって思い出すような仕草をしながらそう告げる。どうやら、祓い師から滅兵になった人間はかなり多いようだ。


「あとは祓い師でいう龍全家にあたる虎善(こぜん)家の現当主である恭司(きょうじ)と東西南北を名字に持つ四神あたりが今度の歓楽戦で出てくる可能性が高いだろうな」


「四神……」


「そう。特に東応蛇と西賀(さいが)黒矢(くろや)は要注意だ。といっても西賀の方は任務でこの国にいないらしいから、多分出てくることはないだろうが。まぁ、俺が知っている限りで警戒すべき滅兵はそんなところだ」


 燃はそう言って軽く伸びをする。燃が壁に背中を預けたのを見ると、今度は茂豊が話しはじめる。


「ついでに、今度の歓楽戦の予選で出てきそうな有力な祓い師についても教えてやる。貴様はこの世界に関しては相当な無知だと聞いているからな。聞く価値はあるだろう」


 そう茂豊は前置きして、残されている有力な祓い師について話しはじめる。


「と言っても、今度の歓楽戦。出てくるメンバーは全員というわけではないだろうが、いずれも相当な実力者ぞろいだろうからな。全員警戒しておくべきなんだろうが、おそらくその中で一番ヤバイといえるのは鎌瀬明だ。なにしろ、奴は死神と呼ばれている」


 武は美夢と出かけたときのことを思い出す。鎌瀬は確か祓い師御用達だという店の店主をしていた男だったはずだ。臨戦態勢をとっていないにもかかわらず、底知れぬ不気味さを感じたことを覚えている。


「あとはさっき来た七支ともう一人座子(ざこ)(りょう)という奴がいる。その三人と俺が予選ではシードされている。だから、それだけ覚えておけばひとまずは十分だろう」


「おいおい。それはないだろう? うちの渉を忘れるなよ」


 燃が渉のことを挙げなかったことに関して苦言を呈する。


「彼がどういう戦いをするかも分からない以上、警戒すべき祓い師として挙げようがありませんので」


「それもそうか」


 丁寧ながらも有無をいわさない雰囲気で言い放った茂豊に燃は引き下がる。武は茂豊の言っていたことで気になったことを口にする。


「そういえば、もう予選に出場する奴は決まってるのか?」


「ああ。昨日締切だったからな。もう出場者は決まっているんだ。予選には三十六名が出場する。つまり、三十六名を二つのトーナメントにわけ、それぞれのトーナメントを勝ち上がり優勝した者は問答無用で歓楽戦出場だ。そして、そのトーナメントの決勝で負けた者同士で出場者決定戦を行い、勝利した者も歓楽戦に出ることができる。枠は三名だからな。それでつじつまが合う」


 武の言葉に茂豊は頷く。つまりは、割り当てられたトーナメントで優勝するか、準優勝でもその後の決定戦で勝てば歓楽戦に出られるというわけだ。もっとも、あまり歓楽戦に関心がない武にとっては有益な情報とは言いがたかった。

 しかし、教えてくれたことに対する礼はしっかりと言う。それから、四人はまた浴槽に浸かりながら話し込んでいった。


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