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修練3

 五月二十八日早朝。武は修練場にて一人佇んでいた。目を閉じ、あぐらをかいて集中している。修練場の周りからは小鳥の声や風の音が聞こえてくる。しかし、武はそれらの音を感知することはなかった。それほどまでに集中しているのだ。しばらくの間そうしていたところで、突然目を開ける。


「よし、そろそろやるか」


 周囲に聞こえるか聞こえないかといった声でそう呟く。勢いよく立ち上がると同時に武の全身から白い呪力が放出される。武の祓己術だ。


「ここまでは問題ないな。そして、これを……」


 武は自身の右手に呪力全てを固めようとする。すると、右腕から炎のようなものが発せられる。しかし、すぐに炎を模した呪力は爆散し消滅してしまう。武は何の変哲もない普段通りの自身の右手を見てため息をつく。


「やはりダメか。呪力の制御(コントロール)がおそろしく難しい」


 これは最後に文大を倒した技だ。いや、もどきと言った方がいいかもしれない。文大を吹っ飛ばす際にこの技を出したときは色こそ白だったが正真正銘の炎が右腕から燃えさかっていた。しかし、先ほど同様に行ったときは一瞬しか保たなかった上に、炎に似たようなものが右腕から発せられていただけだった。武が覚えている限りではこのような技ではない。これは呪力の扱い以前にもっと根本的なものが足りないのだと武は直感で感じ取っていた。


「これで六回目……。もう呪力もだいぶなくなってきた」


 この修練場に来てからずっとやっているが、まだ一回も成功していない。実践できた回数はかなり少なかったが、呪力も少なくなってきたことで武はもうそろそろ修練をやめるべきだと判断する。それとともに文大と戦った時と比べて明らかに呪力が少なくなっていると考える。軍王家に奇襲をかけるまではそれほど感じなかったが、ミュフィユとの戦闘で覚醒し文大との戦いで祓己術を手に入れてから感じるようになった。そして、それはおそらく間違っていない。だが、理由が分からなかった。考えられるとすれば、実戦時と違い今はいくらか気も緩んでいるため呪力がそこまで引き出せていないかもしれないということだけだ。


「やっぱり、実戦でやっていくしかないのか?」


 呪力は意志そのものだと美夢は言っていた。やる気なら十分にあるが、それでは足りないというのならば、強固な戦意や殺意が必要なのかもしれない。だとすると、敵もおらず緊張状態とはほど遠い今の状態でやっていても効果は薄いだろう。


「予選でやるしかない…… か」


 武はそう独りごちて引き上げることにする。もうこれ以上やっていても仕方がない。無駄に体力と呪力を消耗するだけだ。そう考え、シャワーでも浴びようと考えたところで声をかけられる。


「どうやら、お困りのようですね」


「!」


 武が声のした方へ向くと権藤の姿があった。権藤は武に深々と一礼をすると口を開く。


「私でよろしければ、ご相談に乗りましょうか?」


「そうですね。できればお願いします」


 突如現れた権藤の提案に武は迷わず乗る。権藤は使用人と祓い師の二足のわらじを履く人物で当然武とはまるで比べものにならない実戦経験を持っている。

 また人に教えるのも上手く、多少規格外な面があったとはいえ武を一日と経たずに一人前の祓い師と同等の実力を持つまでにしている。そんな彼からの申し出は武にとっては青天の霹靂だった。

 だが、そこで現在の時間が気になった。今日、武は朝の八時から任務が入っている。もし六時近くになっていたとしたら、もうここでやめなければいけないからだ。それに、権藤の都合もある。

 現在の時刻は五時少し過ぎ。思っていたよりは時間は過ぎていなかった。


「時間に関してはお気になさらず。何も今日一日で全てをものにする必要はありません。焦燥でせっかくの祓己術が台無しになってしまっては、元も子もありませんから」


「台無し?」


 権藤の言葉に引っかかりを覚えた武は、何のためらいもなくその疑問について尋ねる。


「ええ。ご存じかどうかは存じませんが、祓己術というものは大変デリケートなものです。会得するまでだけではなく、会得直後も注意が必要なほどなのです。祓己術を会得し、それを完璧に我が物にしてようやく祓己術は完成に至ります。故に祓己術の扱いには細心の注意を払わなければなりません」


 武は内心嘆息する。それと同時に祓い師として生きるのは困難な道なのだと思う。なまじ凄まじい成長速度で祓術の技術を会得したせいで、そういう感覚が武には致命的なまでに欠けている。そういう意味では、取り返しがつかなくなる前に権藤に話を聞けたのは幸運だった。


「やはり祓己術を自在に操るには実戦あるのみなのでしょうか?」


「そのことに関しては否定できません。先ほども申し上げましたが、祓己術は大変扱いが難しいものです。臨戦態勢に入ることが難しい修練では祓己術の完全習得は困難でしょう。そこで、私の出番というわけです」


 権藤は左手に呪符を出し、右手にガラスのナイフのようなものを出現させる。


「ガラスを作り出して操る。それが私の祓己術です。同じ祓己術での戦闘を経験することで武様の祓己術を磨き上げる。それが現状最も最善と呼べる修練と存じます」


 権藤はそう言ってガラスのナイフを構える。武はニッと笑い、白い呪力を放出する。


「分かりました。それでは、手合わせ願います」


「武様のお好きなタイミングで仕掛けてきてください」


 武の返答に権藤は左手で眼鏡を外してそれをスーツの胸ポケットにしまう。それを見た武は完全に眼鏡がしまわれたことを確認し、権藤へと襲いかかった。






 ○○○○○


「ここまでにしておきましょうか」


 権藤は胸ポケットにしまった眼鏡をかけ直してそう言う。彼の眼前には武が仰向けになって倒れていた。完全に体力を使い果たしている。

 二人の戦いは破壊力や身体能力こそ武の方が上だったものの、権藤のガラスを使った鉄壁の防御力や多彩な攻撃に翻弄されてしまった。その前に技の修練でほとんど呪力がなくなっていたことも災いし、あっという間に床に突っ伏してしまった。


「やはり強いな……」


「いいえ。武様には体力面および呪力面で大きなハンデが生じておりました。それがなければ、床に倒れていたのは私の方だったでしょう」


 実際祓己術を不完全ながら会得した時点で、武の技量は祓い師全体の中でも十番目に入るかどうかというところにまで到達していた。改めて傑物だと権藤は思う。


「そういえば、権藤さんは今度の歓楽戦の予選には出るんですか?」


「いいえ。私は出ません」


「? どうしてですか?」


 権藤ほどの実力者ならば、歓楽戦の予選に出てもおかしくないだろうと武は思う。しかし、権藤の答えは武の予想に反したものだった。


「私は本来使用人です。祓い師と兼任こそしておりますが、歓楽戦の出場条件は六名家専属の祓い師にのみ与えられます。私では出場条件を満たしておりません」


 そういう事情もあるのかと頷く一方で、武は歓楽戦の出場条件について聞かされていなかったことに気付く。しかし、空我や美夢、心友たちの口ぶりからするとおそらく武が出場することに関しては問題ないのだろう。現に権藤が、今、提示した出場条件に関しては武は条件を満たしている。


「それでは、今日はここまでにしておきましょう」


「そうですね。僕も八時から任務ですし」


 武の言葉に権藤は眼鏡の奥で目を見開く。その後、急に平身低頭になって平謝りしてくる。


「申し訳ありません。私としたことが。この後の任務に支障はございませんか?」


「ああ。大丈夫ですよ。今は呪力全部使い切ってますけど、三十分もあれば全快しますから」


 武の言葉に権藤はさらに目を見開く。にわかには信じがたかった。通常、祓い師が呪力を全て使い切ればどんなに回復が早くとも呪力が満タンになるまでに半日から一日はかかるからだ。

 一日以内に回復するだけでも十分凄まじいのに、たったの三十分で回復するなどありえない。だが、これは紛れもない事実だ。

 権藤は武の規格外さに改めて舌を巻いたのだった。

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