歓楽戦とは2
空我から予選について聞かされた武だったが、日程について全く聞かされていなかったため、それを知る者を探そうと城神の屋敷を歩き回っていた。しかし、さすがの広さに武は半ば心が折れかけていた。誰か知り合いを探そうとするが、一向に見つからない。人は見つかるものの、もともと武のことをよく思っていないのか、軍王の件を聞かされていたのか、あまりいい印象を持たれていないようだ。じっとこっちを睨んでくるだけでとてもではないが教えてくれる雰囲気ではない。つくづく自分の見通しの甘さを痛感させられる。
だが、そんなことを言っていても仕方がない。もともと悪印象を持たれているのは分かりきっていたことだ。それを改善しようと動かなかった自分の怠慢さが全ての元凶だ。そんなことを考えているよりも、とりあえず、知っている顔を専念することが大事だ。仮に見つからずとも問題はない。最悪、夜遅くに空我に尋ねたって構わないのだから。
そう言い聞かせ、武は城神家の屋敷の中を歩く。すると、屋敷の北側にある廊下でようやく知り合いを二人見つけた。美夢と心友だ。確実に歓楽戦について知っていそうな二人だ。武は先日のこともあり、やや気が引けたが、背に腹はかえられぬとゆっくりとした足取りで二人に近付いていく。向こうも武の気配に気付いたのか美夢が武の方に手を振ってくる。武は一瞬ためらったが、遠慮がちに手を振り返す。
「やぁ、武!」
「ちょっとだけ久しぶりだね。武くん」
美夢も心友も快く武を歓迎してくれる。そのことに武は安堵する。どうやら、美夢の方は少なくともぱっと見はあの時のことをなんとも思っていないようだ。
「聞いたよ。美夢を助けるために軍王家に単身突入したんだって? なかなか粋なことするじゃないか」
心友が屈託のない笑みでそう言ってくる。美夢もそれにどこか誇らしげな顔をしていたが、どこか心配げな顔になって武に尋ねてくる。
「あ、そういえば大丈夫だったの? あの件。何かクウに言われた?」
ついさっきの武同様、美夢も武の処遇について不安だったようだ。しかし、そこで当主である空次ではなく空我の名前が出てくるあたり、やはり空我が城神家の実権を握っているというのは本当らしい。
「ああ。お咎めなしにしてもらった。ただ、一つ厄介ごとを持ち込まれたがな」
後半は消え入りそうな声でぼそぼそ呟いたが、美夢には聞こえていたらしい。そのことについて聞いてくる。
「何? 厄介ごとって」
美夢が無邪気な笑みでそう尋ねてくる。心友も興味津々といった顔で武の方を見てくる。
「ああ、いや実はな……」
そこで武は自分たちに視線が集まっていることに気付く。別に気にすることはないかもしれないが、なんとなくうっとうしかったので場所を移すことを提案することにする。
「少し、場所移してもいいか? ここだと、少しな」
言ってから武は失言だったことに気付く。美夢も心友も美人だ。そんな二人に場所を移さないと話せない話をするなどといえばよからぬ想像をする輩が出るかもしれない。
いや、それは考えすぎかと武が周囲を見渡すと、存外武の頭によぎった想像通りの反応をしている者が多く見られた。
「あいつ、美夢様だけでなく心友様まで」
「ひょっとして二股?」
ひそひそとした声でそんなことを噂する者がかなり多かった。自分も同じことを考えたとはいえ、飛躍しすぎだろうとも思ったが、それだけではないかもしれない。
もっとも、この者たちの思考回路をそこまで深く考える必要があるかどうかは疑問だが。
いずれにしても、ここは二人に謝罪しておくのが得策だろう。
「…… すまん」
「ううん。いいよ。場所移そっか。あんたの部屋でいい?」
「ああ。えっと……。天霧さんはどうする?」
「よかったら、私もついていっていいかい? もちろん、あまり人に聞かせたくない話っていうのなら、遠慮するけど」
心友の言葉に武は逡巡する素振りを見せ、口を開く。
「いや、できれば天霧さんにもついてきてもらいたい」
武がそう言うとさらにざわつきが大きくなるが、もう武はそんなことを気にしようとは思わなかった。
「分かった。それと、私のことは心友でいいよ。私も君のことは名前で呼んでいるだろう?」
「了解した」
武は心友に人懐っこいなという印象を持つ。人によってはなれなれしいという印象を抱くかもしれないが、武は別段そういうことを気にする性格ではなかった。
「それじゃあ、武の部屋に行こっか。あそこは人来ないし」
「ああ」
美夢の爆弾発言でさらに騒ぎは大きくなる。だが、三人は我関せずといった様子で武の部屋へと向かっていった。
○○○○○
武の部屋に足を踏み入れた美夢と心友は武に促され、適当な場所で正座して座る。武は部屋に備えつけられていた緑茶を湯飲みに入れて二人に出した後、二人に倣って二人の正面に正座をする。
「さっそく本題に入らせてもらうが、実はクウが俺に歓楽戦とやらの予選に出てくれと言ってきたんだ」
美夢と心友はそれに大きく目を見開く。少し遅れて、二人とも大声を上げる。
「「えええええぇぇぇ!!!」」
あまりの声のボリュームに武は思わず耳を両手で塞いでしまう。
「そんなに大きな声を出すことはないだろう」
「いやいや、驚くでしょ。クウの奴、なんでそんなことを……」
美夢は呆れ顔でそう呟く。心友も横でしきりに頷いている。
「そんなにやばいのか?」
「やばいってことはないけど。ただ歓楽戦っていうのは祓い師の面子に大きく関わってくるからね。滅兵設立時にやった第一回で辛酸をなめさせられてからは相当力を入れているんだ。特に去年はそれが顕著だった。だから、その歓楽戦の予選ともなれば相当な実力者たちが出てくるはずだよ。ましてや、今年は三人も選ばれるから、なおさらね」
「しかも、歓楽戦って聞こえはいいけど、実際は祓い師と滅兵の覇権争いみたいな一面もあるからねぇ。祓師協会の力の入れ方も違うし、うかつに出ると面倒なことになるよ」
二人の言葉に武は若干ひいてしまう。予想はしていたとはいえ、そこまで重要な戦いだとは思わなかった。もしうかつにその戦いに出て、何かの拍子に武の素性を調べられるなどということがあれば確かに面倒ごとは避けられないだろう。
しかし、空我にあそこまで言われてしまった以上出ないという選択肢は無いに等しい。それよりも心友の言葉で気になったことを聞くことにする。
「覇権争いとはどういうことだ?」
武の問いに心友は呆れたような顔になって、頬をぽりぽりとかく。
「あー。美夢から聞いてたけど、そこまで知らなかったんだ。どういうことって言われてもなぁ……。藍岸の特殊性に起源を発してる…… とでもいいのかなぁ。えっと、君はこの星には五つの国があるっていうのは知ってる?」
「それくらいは……」
武の返答に心友はほっとした表情になる。
「さすがにそれくらいは知ってたか。よかったよかった。それじゃあ、話を続けるよ。主にこの国以外の四つは祓い師と滅兵がそれぞれ縄張りとして主張してるんだ」
「つまり……。この国以外の国では滅兵と祓い師がそれぞれ任務を独占してるってことか?」
「そういうことかな。でね、緑陸と赤地が祓い師側、黒層と白脈が滅兵側ときれいに別れていてね。緑陸と赤地には祓い師しかいないし、黒層と白脈は滅兵しかいないといった風に滅兵の存在が認められてから徹底してるんだ。だから、ここだけなんだよ。祓い師と滅兵の両方が存在しているのは」
つまり、この藍岸という国は祓い師と滅兵の対立の最前線というわけだ。そんな重要な場所だからこそ祓師教会をこの国に置いたのだろう。いささか危険すぎるように感じるが、それだけ祓い師側は強気だということだ。
そして、そんな国で行われる親善試合という名の覇権争い。そんなものが重要でないわけがない。
「歓楽戦は別名、陥落戦とも呼ばれていてね。これで勝てば祓い師は滅兵を押さえつけてこの国で大きな顔ができる。だから、大事な戦いのはずなんだけどね」
「今回はいろいろタイミングが悪くて六本柱が四人しか出れないから旗色はかなり悪いの。それにもかかわらず前回圧勝したからって楽観視してる上層部にはほとほと愛想が尽きるよ」
美夢が心底呆れたといった顔でそう言う。心友も苦笑しつつも美夢の言葉を否定しようとしない。武は二人の話を聞かされて、自分が相当大変なものに関わろうとしているのだといまさらながら実感する。
同時にそんな大事な戦いに自分を関わらせて空我は何をしたいのだろうと武は改めて考える。
その理由はどれほど考えても現時点では分からないだろう。一つ分かっていることがあるとすれば、空我は確実に何かを知っているという不明瞭な事実だけだ。
そんな重要な試合ならば、ますます出たくなくなってくるが尻込みしていても仕方がない。武は思わず出かけたため息を飲み込み口を開く。
「やれやれ。そんな大変なものだったとはな。あらかじめ聞いておいてよかったよ」
「本気で出る気なの? 武」
美夢は心配げな様子で武にそう聞いてくる。美夢は武が歓楽戦の予選に出ることは反対のようだ。
「うーん。確かにクウの口添えがあれば確実に予選には出れるだろうけどさぁ。ボクもやめておいた方がいいんじゃないかと思うけどなぁ。本番はもちろんだけど、予選だってかなり危ないと思うよ。みんな出世したくて鬼気迫ってるからね」
心友も武の予選出場には反対の立場をとるようだ。今まで武はあまり他の祓い師には会ったことがないから分からないが、やはりかなり危険な者たちが多いようだ。武もあまり人のことはいえないが。
「俺もできれば出たくはないが、そういうわけにもいかないからな。出るだけ出て、なんとかするしかないだろうな。うまくいくかどうかは別として」
武はそう言って大きなため息をつく。空我から説明を受けたとき軽率に質問をしたのがまずかった。思えば、あの問いから変な方向に話の流れが変わった。あそこであんなことを聞かなければこの未来は回避できた可能性はある。回避できた確率は限りなく低かったのかもしれないが。
「それでその予選っていうのはいつなんだ?」
「確か来週の日曜日だったかな? そこから少し間を開けて来月の二十二日に歓楽戦が開かれるんだよ」
美夢は右手を指折りしながら言う。今日の日付は確か五月の二十七日だったはずだ。ということは八日に予選、その二週間後の日曜日に歓楽戦が開かれるということか。
「出場者は今の時点で三十人。たぶん、当日はもう少し増えると思うけど。だから、もし歓楽戦のメンバーに選ばれようと思えばおそらく四、五回は勝たないといけないだろうね」
五回。おそらく茂豊や文大に匹敵する実力者たちを五人倒さないといけないということだ。今の武にそれができるかどうかは疑問だった。
だが、別に勝ち上がる必要がないのもまた事実だった。空我はできれば歓楽戦に出てほしいとは言っていたが、絶対に歓楽戦に出ろとは言っていない。つまり、途中で敗退して歓楽戦のメンバーに選ばれなくても問題はないということだ。
そう考えればいくらか気は楽になれた。もちろん、問題は山積みだが少なくとも祓い師の猛者たちを五人も倒さなくてはならないと考えなくてもいいだけ精神的な負担はだいぶ減る。
「分かった。ありがとう。参考になったよ」
「それならよかった。話はそれだけ?」
「一応、そうだが……」
「そっか。それなら今度はこっちの話に付き合ってよ。いいでしょ?」
美夢は満面の笑みを浮かべてそう言ってくる。武はその表情にどきっとしてしまうが、極力顔に出さないように努めながら言葉を返す。
「ああ。構わないが」
武がそう言うと二人は突然言葉をまくしたててくる。武はそれに苦笑しながらもなんとかついていこうとする。しかし、それは厳しく何度も聞き返す羽目に陥った。
もちろん、心友の瞳に一瞬仄暗い色が浮かんだことに気付くこともできなかった。




