歓楽戦とは
遅くなりました
第三章開始です
美夢と文大の結婚話を独断で無茶苦茶にしてしまった武は厳罰を覚悟していた。正当な理由があったとしても、決して許されることではない。ましてや、大した動機も持たずに軍王家を襲撃したなどどうあっても言い訳できるものではない。だが、予想に反して武に何らかの処分が下ることはなかった。
自室で処分を待っていた時に現れた空我にそう告げられたとき、武は唖然としてしまった。そんな武を見てクスクスとおかしそうに空我は笑う。
「心配しすぎなんだよ。言ったろ? 実質的な当主は僕だって。あのお飾り当主がいくら騒ごうが、お咎めなしにすることなんて簡単なんだよ」
「でも、お前あの時確か現場だけだって……」
「体面上はね。でも、父さんもあの性格だから大概やらかしててね。一応、あんなのでも僕の父親だから表面上は当主ってことにしておいてあげてるってだけで、実際この家を仕切ってるのは僕なんだよ」
武は呆然としてしまった。いろいろとツッコみたいことはあるが、今はそれは置いておくことにする。それよりも武が聞きたいのは、軍王家がどのような反応を示しているかだ。
今回の事件。向こうはよく思っているわけがない。それに加えて、この件の下手人である武がお咎めなしとあっては軍王家としても黙っているわけにはいかないだろうと武は考える。
しかし、そんなことを考える武をさらに予想外の言葉が襲う。
「ああ。それと、軍王家についてだけどね。今回の件についてはなかったことにしてくれって言ってきたんだ」
「は?」
「お前の処遇については城神の方に全面的に委託するから、美夢と文大の婚約の件はなかったことにしてくれって言ってきたんだよ」
空我は分かりやすく言い直したようだが、もはや理解が追いつかなかった。自分たちが手薄になった時を狙われた挙句に、本家の次男にあたる人物を叩きのめされたにもかかわらず、何も文句を言ってこないなど普通に考えてありえない。やはり、これは仕組まれた出来事である可能性が高い。となれば、文大を倒したときのあの笑みも見間違いでない可能性が高くなってくる。
しかし、だからといって武にこれ以上できることは何もない。できることがあるとすれば、あれだけのことをしでかしておきながら、お咎めなしにしてくれた温情を甘受することだけだ。本来、重い罰が下るはずだったところを処分なしにしてくれた恩は大きい。この世界において何も持たない武にとっては、城神家を追放されただけでも詰んでいた可能性がある。それを忘れてはいけない。
ゆえに、武はそれ以上何も言うことはなかった。空我も武の考えていることは分かったのか次の話題へと移す。
「ああ。それと、もう一つ伝えておくことがあるんだ」
「何だ?」
「お前は歓楽戦って知ってる?」
「歓楽戦?」
聞き慣れない単語に武は首をかしげる。空我は予想がついていたのか、大して表情を変えずに言葉を続ける。
「まぁ、簡単に言えば、祓い師と滅兵の親善試合みたいなものかなぁ」
「親善試合?」
思わず訝しげな顔になってしまう。祓い師と滅兵の仲が悪いと聞かされており、前回の美夢と応蛇の手下とのやりとりからみても、それは明らかだったからだ。
「お前の考えてることは多分正しいと思うよ。確かに、祓い師と滅兵は仲が悪い。滅兵が生まれた当初からずっといがみ合ってる。おそらくお前は知らないだろうけど、滅兵ができるときも相当ひどい揉め事があったからね」
まるで体験してきたかのような口ぶりに武が疑問を口にする。
「その言い方からすると、滅兵っていうのはつい最近できたのか?」
「うん、そうだよ。できたのは十年前だったかな。確か、十年前に第一回の歓楽戦が行われて、それで滅兵の存在が認められたはずだよ」
「ていうことは、その歓楽戦っていうのは今年で十回目になるのか?」
「ううん。三回目だよ。五年に一回の頻度でやってるから」
五年に一回。かなりの間隔があいているが、そんなものだろうと武は思うことにする。それよりも、もし空我の説明が正しいのならば、歓楽戦は滅兵にとっては一番大事な行事ということになるはずだ。そうなると、向こうはかなり気合いが入っているだろう。
「五年に一回ね。また妙に期間があいてるが、祓い師側は誰が出るんだ? 当然、六本柱の誰かが出るんだろ?」
「うーん。それがちょっと微妙なんだよね」
「微妙? 何がだ?」
空我は武の問いに困った顔を作って答える。
「それがね。歓楽戦っていうのはお互いに七人ずつ出して戦う団体戦みたいなものなんだけど……。困ったことに、こっちは多分六本柱のうちの二人が出れないんだよね」
「ああ。歓楽戦っていうのは互いの代表が一対一でやり合うもんではないんだな」
「そうだよ。おまけにそれに加えて、龍全家の方々は誰も出ようとしないから、今、決まっているメンバーは四人しかいないんだよ」
つまり、祓い師側は今、全体の半分ほどしか出場する人間を決めていないということだ。
「てことは、本来は六本柱と龍全という家の人間が一人の計七人で戦ってるのか」
「まぁ、龍全家の方々は過去二回とも一回も出ていないんだけどね。だから、そこは適当に代役を入れておいて、あとは六本柱が埋めるってやり方を前回はやってたんだけど、今回は三人も決めないといけないんだ」
「そりゃ面倒だな。それで、どうやってその出場するメンバーを決めるんだ?」
何気なくそう尋ねる。別に他意はなかった。ただ話の流れに乗っただけだ。だが、歓楽戦終了時の武はこの返しが失敗であると同時に成功でもあったと振り返っている。
「一応、複数の出場候補の祓い師を集めて予選みたいなのをやって、それで勝ち上がった三人を代役に入れるっていう話だけど……」
空我はそこで武をチラッと見る。その顔がぱぁっと明るくなる。武は疑問符を頭に浮かべながら空我を見返す。
「そうだ! お前、その予選に出ない?」
「はぁ?」
手をポンと叩いて名案だと言わんばかりの表情で空我は言う。武は困惑を露わにする。
「いやいや。待て待て。俺はあんなことを起こした張本人だぞ。そんな奴が……」
「もうそれは終わった話だよ。城神も軍王もこの件についてこれ以上追及することはない」
「仮にそうだとしても、その予選とやらには出場条件があるんじゃないのか?」
確かに武はいくらかの実績を残してはいるが、やはり新米祓い師の武では少々厳しいだろう。何しろ対外試合だ。そんな重要な試合に武のようなひよっこを出したがるとは思えない。
「心配ないよ。この僕が推薦すれば確実に出られる。それに、お前は祓己術を会得したんだよね?」
「!」
空我の言葉に武は目を見開く。確かに、武はミュフィユとの戦いを足がかりにし、文大戦で完全に祓己術を手に入れた。だが、そのことはまだ空我には言っていないはずだと武は思う。
「別に言わなくたって分かるよ。あの文大を倒そうと思ったら祓己術の会得は最低条件だからね。でも、お前はまだ祓己術を完全に自分のものにしているわけではないでしょ?」
武は言葉に詰まる。空我の言う通りだった。確かに会得したてで祓己術を制御できているとは言いがたい。
「お前は修練でカバーすればいいと考えているかもしれないけどさ。やっぱり、祓己術を自在に操れるようにするには実戦が一番だよ。予選は基本的に六本柱の紹介や祓い師の実力者たちの自薦他薦で候補に挙がったものから審査をして合格した者たちが出場する。まぁ、審査といっても大人の事情ってやつもあるから中には外れもいるだろうけど、基本的にはかなりの実力者が出てくるはずだ。彼らとの戦いはお前を確実に強くしてくれる」
空我の言葉に武は考え込む。確かに強者との戦闘は武を確実に強くしてくれるだろう。しかし、武はこの世界においてどこから来たかも分からない不審人物であることを忘れてはいけない。もしその予選に出て、武の素性が怪しまれてしまっては面倒ごとではすまない危険がある。文大の時は覚悟を決めていたが、今回はそうではない。無理に出る必要はないと武は考える。
「悪いが、その試合……」
「出たくないなんて言わないよね?」
武が断ろうとした瞬間、空我は好戦的な笑みで武の言葉を遮ってくる。空我の全身から強い呪力と殺気が発せられる。武は思わず息を飲む。
「本当はこういうのは嫌いなんだけどね。でも、お前には一つ頭に留めおいてほしいことがあるんだ」
「何だ?」
「お前は僕の温情でお咎めなしになったにすぎないってことをだよ」
武は内心そうきたかと考える。確かに、今回武は冗談ではすまないことをしでかした。その件について武は空我に大きな借りがある。
「もちろん、お前が恩義があるのは僕だけとは言わないけどね。でも、お前の今後は今のところ僕が握っていると言っても過言じゃないのは確かだ。そんな僕に出ろと言われたんだ。出るのが人情ってもんだと思うけどね」
明らかな脅しだ。しかし、武にはどうすることもできない。武は小さくため息をつき、仕方なく承諾の意を示す。
「分かった。もしその予選やらに出られるのなら、喜んで出場しよう」
武の言葉に空我は先ほどまでの好戦的な笑みとは一転、嬉しそうに笑う。
「ありがとう! ごめんね。脅迫する形になっちゃって」
「いや。お前に恩があるのは確かだ。だが、一つだけ聞かせてくれないか?」
「何?」
「どうして、そこまでして俺をその予選とやらに出場させたい?」
武の言葉に空我は一瞬きょとんとした顔になる。だが、すぐに意味深な笑みを浮かべて、武の問いに答える。
「正確には予選じゃなくて歓楽戦そのものに出てほしいって言った方が正確かな。まぁ、その理由についてはお前の想像にお任せするよ」
空我はそう言って、武の部屋から出ていく。武はその背中をじっと見つめる。そして、空我の姿が見えなくなったあたりでふとあることに気付く。
「そういえば、その予選っていうのはいつ開かれるんだ?」
歓楽戦の内容の方に意識が向いていて、完全に忘れていた。しかし、武の問いに答える者はその場にはいなかった。




