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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第一章 活発化する悪霊たち
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基本的に案内人(ガイド)の台詞は『』で表現していますが、武が心の中で案内人(ガイド)と話す際にも『』で表現しています

 武が城神家に入った日の夜。昼間に三時間ほど眠ってしまっていた武はなかなか寝つけずにいた。

 そこで、今日一日で起こったことを思い出す。これから先どう動くにしろ、頭が混乱していては話にならない。何が起こっても対処できるように、ある程度頭の中を整理しておいた方がいいという考えだ。武は焦らずゆっくりと記憶をさかのぼっていく。

 まず最初に、何もない白い空間で目が覚め、そこで案内人(ガイド)と名乗る声と邂逅した。そして、彼の手引きでこの世界に転生をし、武にあてがわれたこの部屋で空我と出会い、彼との会話の中で城神家の軍門に下ることにした。そして、その後は今いる和室で夕食をごちそうになり、湯をいただき、今に至る。

 これだけでも、頭が混乱してしまいそうになる。しかし、武はできるだけ冷静に思考する。感情に流されないように、理性に身をゆだねて考える。今までの中に何か重要な情報はないか。何か見落としはないか。しばらく思考しているうちに、一つ簡単な見落としがあったことに気付く。武はそのことについて、心の中で案内人(ガイド)に尋ねることにする。


案内人(ガイド)。一つ質問に答えろ』


『なんでしょう?』


『この世界には他にも俺と同じように転生した人間がいるのか?』


 最初の白い空間での会話の際、案内人(ガイド)は武一人だけが転生するとは一言も言っていなかった。可能性は低くはないが、自分一人だけが異世界に転生するというのは違和感がある。他にも自分と同じようにこの世界に転生した者がいるのではないかと考えたのだ。

 そして、この考えは武が作りものだったとしても有効だ。仮に武が人工的に作られた人間だったとしたら、他にも同様に人工的に作られた人間がいてもおかしくはない。

 そういう意味も兼ねての質問だ。


『その問いに関してはご明察ですとお答えさせていただきます。確かに武様のおっしゃる通り、この世界には他にも複数の転生者がいらっしゃいます』


『そうか』


『しかし、それがどうかなさいましたか?』


『いや。ひょっとしたら、協力関係を結べるのではないかと考えてな』


 武は、もし自分のように望まずにこの世界に転生させられてしまったのならば、場合によっては元の世界に戻るために協力しあえるのではないかと考えた。その考えに案内人(ガイド)はかすかにうなり声を上げる。


『それはどうでしょう。皆さんそれぞれ事情が異なりますから。可能性はゼロではありませんが、武様の望むようなことになるかどうかは保証いたしかねます』


『それは逆に言えば、関係を結べる可能性もあるってことだろ?』


『その通りではありますが……』


 はっきりとしない口調の案内人(ガイド)に武は眉をひそめる。


『妙に歯切れが悪いな。ひょっとして、他の転生者たちは望んでこの世界にいるのか?』


『どうでしょう……。(わたくし)もはっきりとは申し上げられません。なにぶん、(わたくし)も他の転生者の情報を完全に持ち得ているわけではありませんので』


『どういうことだ?』


『申し訳ありませんが、理由は申し上げられません。(わたくし)にも事情があるという返答で納得してください』


「またそれか。もう聞き飽きたよ」


 何も答えない案内人(ガイド)に、思わず声に出して話してしまう。しかし、武は気にせずに、布団をかぶり目を閉じる。


『もう寝る。おやすみ』


『おやすみなさい。武様』


 武はそのまま眠ろうとするが、やはりなかなか寝つくことはできなかった。






 ○○○○○


 ようやく眠りにつきしばらく経った頃、武はある夢を見ていた。どこかの湖のほとりのように見える。側には草原らしきものもあるようだ。だが、深い霧がかかっていて、どんな場所なのかは完全には把握できない。何気なく歩いていると、一人の女性がいた。霧のせいで顔はよく見えないが、長く艶やかな黒髪を揺らしていることは分かる。女性は何もせず、ただ湖の方だけを見ていた。

 立ち止まってその女性をしばらく見ていると、不意に武の方へと顔を向ける。


「!」


『…………』


 女性が自分の顔を見つめていることに気付き、武は慌てて弁明する。


「すみません。じっと見てしまって。ご迷惑でしたか?」


 夢の中にしてはずいぶんとスラスラと言葉が出てきた。女性は言葉を返すことなく、ただ首を横に振って否定の意を伝える。

 武はそれにほっと胸をなで下ろし、再び女性を見る。しかし、女性の顔は未だに見ることができなかった。もう少し近付いて顔を見ようと足を踏み出そうとするが、それは叶わなかった。


(…… 足が動かない)


 武は足が動かないことに動揺すると同時に自身の思考が明快なことに疑問を覚える。


(…… おかしい。俺はさっき眠りについたはずだ。つまり、ここは夢のはず。なのにここまで意識がはっきりしているということは、これは明晰夢か? いや…… それにしては……)


 武自身明晰夢について詳しいわけではないが、明晰夢とはある程度自分の意志で思い通りにすることができると聞いたことがある。もちろん、全てを思い通りにできるわけではないのだろうが、武が、今、見ているものを明晰夢だと仮定すると、あまりにも自由度が低すぎる。ひょっとしたら、こういう意識だけがはっきりしている明晰夢もあるのかもしれないが、武には分からなかった。

 しかし、武の中には明晰夢よりも可能性の高い仮説が頭に浮かんでいた。


「…… お前は案内人(ガイド)の差し金か?」


 明晰夢と同時に頭に浮かんだことだ。案内人(ガイド)が武の見ている夢を操作していると考えれば、つじつまがあう。どうして、そんなことをするのかまでは分からなかったが。

 しかし、女性は再び首を振るだけだった。武は警戒心を強めるが、女性はそんな武に左手を伸ばしてくる。武は思わず身構えるが、女性は伸ばした手を下ろし、顔を俯かせる。


「!」


 女性の行動に理解が追いつかない武は身構えたまま固まる。女性は武の様子など気付いていない様子で顔を上げる。相変わらず、モヤがかかって顔が見えなかったが、武にはなんとなく女性が笑っていることが分かった。ふいに微笑みを浮かべた女性の唇だけが見えてくる。目鼻は見えない。女性は笑みを浮かべたまま、何かを呟いた。武には女性が何を言ったのかは理解できなかった。不意に霧が深くなる。霧が深くなるにつれて、女性の姿が見えなくなっていく。


「! 待ってくれ!」


 武は大声で女性に追いすがろうとするも、足を動かすことができない。同時に意識も薄らいでいく。薄れていく意識の中で、最後に武が見たのは寂しげに笑う女性の唇だった……。



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