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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第二章 救出ごっこ
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奇襲開始

 翌日。武は軍王家のある王臣地区へと歩いていた。今の武はいくつかのポケットがついた朱色のパーカーに黒のカーゴパンツといった出で立ちをしている。これは、早朝に空我が武に軍王家に行くなら着ていけと渡されたものだ。かなり派手な格好であることもあり、奇襲において重要な隠密行動に不向きであることから最初はこれを着ることをためらった。だが、さまざまなものを隠し持てる収納の良さや、通気性、耐久性、動きやすさなどに優れていると言われ、これを着るに至っている。とはいっても、実際のところ空我に押し切られてしまったという面が多分にあるのだが。


「なぜ、この服をあんなに推したんだか。確かに着心地や動きやすさは悪くはないがな」


 しかし、目立つ服であることには間違いない。軍王家のことについて尋ねる際に、猜疑心をぶつけてしまった負い目もあり、流されるままにこの服を着てしまったが、やはりもう少し抵抗するべきだったかと考える。

 だが、いつも着ている装束で向かっては、自分が城神家所属の祓い師であると言っているようなものだ。これからやることは公になってはまずいことであることを忘れてはいけない。もし、そんな格好で軍王家に踏み込めば、城神家に多大な迷惑がかかる。突然異世界に飛ばされ、身寄りのない自分を引き取ってくれたという恩がある以上、それは避けなくてはならない。まぁ、どう転んでも迷惑をかけてしまうことに変わりはないだろうが。

 そんなことを考えていると、いつも見ている神殿地区とはまた異なる街並みが見えてきた。


「…… ここが王臣地区か」


 小さな声でそう呟く。神殿地区は祓師協会に近く、都市部でもあったためかビルが多く建ち並んでいたが、王臣地区は神殿地区とは全く異なる景色を見せていた。

 ビルはぽつぽつと見られるものの、基本的には二階建てや三階建ての低い建物が中心であり、土地面積を大きく取っている建物が多く見受けられる。


「いつも見てる神殿地区と比べると少々こじんまりとした感じの街並みだな」


 それが武が神殿地区の街を見て思った感想だった。確かに田舎とは言えないが、かといって神殿地区ほど都会と呼べるわけでもない。都市部郊外と呼んだ方が正確な印象を受ける。しかし、街の空気はどこか暗い。

 しばらく歩くと、『臣下商店街』などと書かれた看板が見える。その先には多くの店が並んでいた。通り道であるため、普段とさほど変わらぬ速さで歩きながら、左右をキョロキョロと見渡すが、昔ながらといった感じの店が多く見られた。しかし、その雰囲気はやはり殺伐としている。一見すると寂れた商店街のようにも見える。


(…… 街並みだけじゃなくて、空気もだいぶ違うな。これは、結構治安が悪そうだ)


 よく見ると武の方にぎらついた目を向けている人間が何人か見られる。見ない顔だと警戒しているのか、それとも別の理由があるのか。少なくとも、好意的に見られていないのは確実だった。多少は気をつけておいた方がいいだろう。

 しかし、ここであまり悠長にしているわけにもいかない。極力敵意を出さないように注力してはいるが、いつ気付かれてもおかしくない。実戦経験の浅い武ではそう長くは隠密行動など保たないだろう。

 いや、バレている可能性の方が高い。文大は今回の婚約に武が関わることを望むような言動を取っていた。ならば、残った戦力で待ち構えているかもしれない。

 こちらに無理に時間を延ばす理由はない。もう準備は整っている。むしろ、救出が遅れるほど、美夢への身の危険が及ぶ可能性が高くなる。だから、できるだけ早く奇襲する必要がある。到着次第奇襲をかけるべきだ。


「といっても、どうせすぐにバレるし関係ねえか」


 ゆっくりと舗装された道路の脇を歩いていると、目の前にドイツ風の巨大な城のような建物が見えてくる。見ただけで分かる。あれが軍王の家だ。


「さて、どんなもんか」


 武は一瞬城を見上げてそう呟くと、先ほどと変わらない足取りで城の方へと歩いていった。






 ○○○○○


 軍王家の敷地の最も外側にある門。そこには、剣を携えた二人の門番がいた。しかし、二人の顔には覇気がない。門番の片割れがあくびをしながらもう片方の門番に話しかける。


「暇だな」


「門番なんてそんなもんだろ。むしろ、制服着て、こうして門の前でボケッとしてるだけで金がもらえるんだから楽な仕事だろうが」


「それもそうだな」


 呑気な顔でそんなことを話し合う二人。その有り様は隙だらけで不意をつかれれば、あっけなく死んでしまうことは間違いなかった。別に二人に隙を晒しても問題がないほど圧倒的な力があるわけじゃない。ただ、何事も起こらないと油断しているだけだ。二人はなお、話を続ける。


「それにしても、祓い師のほとんどが出払うなんて何があったのかねぇ」


「確かにな。屋敷にはあのお坊ちゃんを入れても、十人ぐらいしかいないんだろ?」


「何、考えてんだか。ただでさえ、軍王家なんて評判悪いのにさ。十人しかいないって聞いたら、街の人間は一挙して押し寄せてくるんじゃないのか?」


「言えてるな。俺らも高い金もらってなかったら、こんな家迷わず売ってるぜ」


 あははと二人は大きく口を開けて笑う。二人は話に夢中だった。ゆえに気付いていなかった。二人に死の旋律を奏でる死神が近付いてきていることに。

 二人がそれに気付いたのは、それからしばらくしてのことだった。


「ん? なんだ? あいつは……」


 門番の一人が朱色のパーカーを着た大柄な少年が近付いてきていることに気付く。最初は軍王家の来客かとも思ったが、二人とも今日軍王家に人が来るとは聞かされていなかった。つまり、アポなしでやってきた者だろうと考える。

 現状の軍王家は王臣地区の人間に受け入れられているとは言いがたい。これは他の祓い師の家系の多くにも言えることだが、六名家の一つである軍王家には特に反祓い師の者がよく訪ねてくる。そして、何かしらの文句を言い、場合によっては暴れ出すのだ。

 今回もその手合いの可能性が高いと判断し、とりあえず一声だけかけておこうと二人は思った。さっきの会話からも分かるように、二人も軍王家にはあまりいい感情は抱いていない。だが、仕事である以上仕方がない。二人とも決して裕福とはいえない家庭の人間である以上、高い給金を逃すわけにはいかないのだ。それゆえに、できる限り力には訴えずに穏便に済ませようとする。それに、純粋に軍王家に用事があって来ただけの可能性もある。そう思い、門番の一人が少年に話しかけようとする。


「どちら様ですか? 申し訳ありませんが、アポのない者は……」


 紡げた言葉はそこまでだった。少年は鋭い目を二人に向けると一瞬で二人の頭を拳一発で粉砕してしまう。命を奪われ全身の力が抜けた二人の体は地面にドシャッと音を立てて倒れ込む。少年はそれを一瞥すると、閉じられていた門を破壊し、中に入っていく。


「正面から堂々と突っ込むなんざ、到底奇襲とは呼べねえな。できれば正面から突っ込むのは避けたかったが、これ以外にやりようがない以上致し方なしか。本当、いい城の建て方してるぜ」


 少年――武はどこか諦めたように笑ってそう呟く。そして、すぐに鋭い目を正面に向ける。そこには、壮年の男性が両手で槍を構え、武の正面に立ちはだかっていた。


「何者ですかな?」


 壮年の男性が武にそう尋ねてくる。武は構えを取ろうとせずに男性の問いに答える。


「何者でもねえよ。ただの……」


 そこまで言ったところで武の姿が男性の目から消える。


「どこに……」


 壮年の男性が辺りを見渡す。見失った武の姿を見つけようとする。だが、その決定的な隙を見逃すほど武はお人好しではなかった。

 次の瞬間男性は胸や腕、首などを砕かれ、致命傷を負わされてしまう。


「かっ……」


 壮年の男性は残りの力を振り絞って血走った目を後ろに向ける。そこには、背を向けた武の姿があった。


「ただのヒーロー気取りの痛い男だよ」


 武のその声を聞いたのを最後に男の意識は途切れる。しかし、武は気にせずに突き進んでいく。その速度は恐ろしく速い。速を使っているからだ。

 可能な限りの全速力で武は美夢へと向かっていく。



 次々と刺客たちが襲いかかってくる。武は危なげなく撃退しているが、やはり正面突破をしただけあって敵の対応が早い。本当は武としては裏側か側面から軍王の家を襲うつもりだった。だが、それを行うことは不可能だった。その理由は軍王の城の建っている場所の地形が関係していた。

 というのも、軍王家の城は周囲を崖に囲まれており、とても奇襲ができるような場所ではなかった。特に裏の方は断崖絶壁といっても過言ではなく、それに加え崖の向こうには見晴らしのいい草原が広がっていた。これでは、軍王家の城にたどりつく前に気付かれ、奇襲など不可能に近い。両側も裏ほどではないものの傾斜がきつく、気付かれれば上部からの攻撃であっという間にやられてしまうだろう。それゆえに、そこからいけば裏をかくこともできたかもしれないがいかんせんリスクが高すぎる。何しろ、軍王家は精神系の術を得意とする家系。奇襲に対する感知能力がどれほどか分かっていないのだ。足場の悪い崖から行くのは危険すぎる。

 唯一の救いは堀がなかったことだけだ。武のイメージとしては城には防衛のために堀を掘っているものだと思っていたが、どうやらここはそうではないらしい。もし、堀まであったら正面突破も苦しかっただろう。けれど、それが助かったといえるかどうかは微妙だった。先ほどから襲ってくる軍王家所属の祓い師とみられる刺客は正直大したことはない。しかし、いつまでもこの程度の雑魚ばかりがあてがわれているわけがない。向こうには武の奇襲はとっくにバレている。それに加え武には一つの懸念があった。昨日空我は手練れの祓い師は全て出払っており、十人足らずしかいないと言っていた。そして、今、武が倒したのが門番を合わせて五人。つまり多くてもあと四、五人程度しかいないことになる。仮に城外の敵がこれで全てだとしても、城内に警備を城外と同程度しか置かないということがあるだろうか? 確かに狭い城内では一度に多人数を展開することは難しいかもしれない。しかし、それだけでは城内の警備が手薄な理由にはならない気がした。何しろ、軍王家の直系の文大がこの城に残されているのだ。その周囲はもっと警備が厳重になっていてしかるべしだろう。

 そうなると、考えられる可能性は大きく分けて三つ。一つ目が情報に嘘偽りはなく、城内の警備が手薄にもほどがある状態になっている可能性。二つ目が空我の告げた情報に単純に嘘があった可能性。そして、三つ目が祓い師以外(・・・・・)の手練れが待ち構えている可能性だ。考えたくはないが、この三つ目の可能性が一番ありえる。

 空我は手練れの祓い師は全て出払っているとは言っていたが、手練れが全て出払っているとは言っていない。祓い師以外にも使用人や、文大の女癖が悪いという情報から、囲っている女の中に強者がいる可能性は十分に考えられる。もし、これが事実ならば、どこかで腕利きの実力者が出てくるだろう。


「油断はできねえな。だが、そいつらとの戦いは必須だ」


 現状、祓己術を会得できていない武では文大に勝利できる確率は極めて低い。祓己術を会得する条件は人によって違う。しかし、いずれにしても戦いなしには祓己術を得ることはできない。ならば、実戦で身につけるしかない。それには、実力者との戦闘は最低条件だ。

 武は襲いかかってくる刺客を拳で粉砕しながら、城の中へと飛び込んでいく。だが、城に入った途端に襲撃が途絶えた。

 いくら人が多く出払っているこの時間を狙ったとはいえ、城内部に人員がゼロということはありえない。どこかで待ち伏せしているか、待ち構えているかのどちらかだろう。どちらにしろ気は抜けない。武は息を殺し、できるだけ音を立てないようにしながら素早く移動する。階段を上がり、廊下に出ると武の読み通り刺客が待ち構えていた。

 クラシカルなメイド服を着た茶髪の女性。その右手には料理包丁が握られている。文大の専属メイド・ミュフィユだ。


「思った通り、手練れがいたか」


 武は苦笑いをしながら、ミュフィユを見る。ミュフィユは料理包丁を武に向けて言う。


「あなたの狼藉もここまでです」


「はっ……。そいつはどうかな?」


 武は軍王家に来て初めて拳を構える。同時に二人の体から強い呪力が放出される。二人は呪符でそれぞれの武器を強化し、勢いよく距離を詰めていった。

これで書きためはつきました

次から不定期更新になると思います

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