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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第二章 救出ごっこ
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軍王家調査

 一晩明け、武が向かったのは図書館だった。それまでは静観しているつもりだったが、さすがに昨日の一件を経てなお、この婚約を放っておこうと思えるほど武は腐った人間ではなかった。空我の後押しも大きい。それに、昨日の件を差し引いても昨日の美夢の様子は明らかに異常だ。どう考えても尋常ではない。放置しておけば何か悪いことが起こる可能性は極めて高い。少なくとも、美夢の身に何かしらの危険が及ぶだろう。放っておくわけにはいかない。

 どれだけやれるかは分からないが、可能な限り手を尽くすなどとは言わず、是が非でも二人の結婚を止める。たとえ、他者からどれほど間違っていると言われようが、そうすることが正しいことなのだと武は判断した。

 覚悟は決まった。だが、文大と美夢の婚約関係を壊すにあたって、まずは文大の住処を探さなくてはならない。もちろん、文大のいる軍王家の情報も必要だが、どこにいるのかが分からないのでは話しにならない。

 今回の武の一番の目当ては地図だ。前回、図書館に来たときは、祓い師に関することは一切書かれていなかった。しかし、地図ならば、文大の家の場所くらいは見当がつくのではないかと考えたのだ。もちろん、ただの地図にそんな情報が書かれているとは思っていなかった。そこで、武が目をつけたのは防災マップだ。通常の地図ではたいていの場合、地名や主要施設、道路などしか書かれていない。もちろん得られる情報は閲覧する地図次第ではあるだろうが、少なくともこの図書館にある本でそこまで詳しく載っている地図はない。しかし、防災マップならばどこに誰が住んでいるのか事細かに知ることができる。それを見つけられれば、文大の住所を突き止められる可能性は極めて高くなる。


(つっても、ない可能性の方が遥かに高いと踏んでたんだが、存外あっけなく見つかったな)


 武は前回見ることのなかった災害関係の書籍が置かれている書棚に並べられている複数の防災マップをみて驚く。だが、すぐに平静に戻り、複数にまとめられた防災マップを手に取る。言うまでもないことだが、防災マップとは災害が起こった際に、各々がどう逃げるかが記載されているものだ。通常は各家庭に置かれており、図書館で貸し出しの本としてまとめられた状態で置かれていることなどほとんどないというのが武の見解だった。あったとしても、せいぜいが、受付などに置かれている程度だろうという認識しかなかった。なので、武は防災マップが図書館に並んでいるとは考えていなかった。あれば幸運。なければ、さまざまな角度から調査していこう。そう考えていた。そんな武にとっては渡りに船だった。


(正直、かなり心配になってくるが、今回に限っていえば好都合だ。有効活用させてもらうとしよう)


 武は一枚目から順番に防災マップをめくっていく。願わくば、この中に文大の住所があればいいが。そう考えながら、武は防災マップを読みふけった。

 さすがに、この近郊にはないらしく、それらしき名の家はない。軍王なんて、普通は聞かない名字だ。つまり、かなりの大きさの敷地を持っていて軍王と書かれている家があれば十中八九それだろう。

 しかし、武は未だにこの辺りの地形が分かっていない。おそらく、本来なら軍王の家の場所など祓い師ならば知っていて当然の知識なのだろう。だが、しょせん異世界から来たよそ者にすぎない武にはそんなものが知りようがない。

 武はかなり骨が折れそうだと内心独りごちる。最悪、この防災マップの中に軍王家の家の場所が載っていない可能性も考慮すると、思わずため息をつきそうになる。仮に防災マップに載っていなかったとしても、別口から攻めればいいだけの話だが、あらゆる方面から書籍を読み漁ったところで、色よい情報が手に入るとは限らない。

 今は家から出ていていないが、夜になるのを待って空我に直接聞いた方がいいかと思い始めたころに、武の欲していた情報が目に入る。


「…… ! あった」


 武は無意識の内に口に出していた。慌てて、口を抑えるが周囲に人がいる様子はない。それに胸をなで下ろし、改めて、情報を確認する。


(…… 藍岸王臣(おうしん)地区……)


 今、武がいるのは藍岸の神殿(しんでん)地区という場所だ。神殿地区から王臣地区まではおよそ二十五キロほど。歩いていけなくはないが、正直言って気の遠くなりそうな距離だった。


(気軽に下見に行ける距離じゃない。速を使って行けば十中八九バレて面倒ごとになるのは目に見えてる。だが、無策で行ったところで、どうすることもできずに終わるのがオチだろう。そうなると……)


 武は顎に拳を当てて考え込む。だが、武に思いつく案など限られたものでしかなかった。


「仕方がない。ダメ元で今夜当たってみるか」


 武は消え入りそうな声でそう呟き、防災マップを手に取り、片付ける。まだまだ時間があるので、他にも何か有力な情報がないかと、前回は閲覧しなかった書籍に何冊か手を伸ばす。その後ろ姿をじっと見つめている者がいることに、完全に気を抜いていた武は気付くことができなかった。






 ○○○○○


 深夜。もうあと一時間ほどで日付が変わる時間。武は自室で電気もつけずに布団の上にあぐらをかき瞑想をしていた。

 小さく聞こえてくる足音を武は耳で拾うと、目を開く。その目には強い意志が込められていた。

 武がこの時間に呼び出した人物は、武の部屋の前に立つと、一声かけて扉を開けて中に入ってくる。武はその人物をじっと見つめる。


「やぁ、どうしたんだい? こんな時間に呼び出したりして。電気もつけずにさ」


 中に入ってきたのは空我だった。空我は武の正面に回ると、そこに綺麗な正座をして座る。


「悪かったな。急に呼び出して。権藤さんにお前の都合を聞いたら、今日はこの時間ぐらいしか都合がつかないって言われてな」


「いいよ。大体用件は想像がつくしね。お前が聞きたいのは軍王家のことについてでしょ?」


 案の定バレていた。いや、武の背中を押したのは他でもない空我だ。そんなことは当たり前の話でしかない。

 それよりも、武は手早く用事を済ませておきたかった。


「お前の言う通りだ。俺は軍王家について何も知らない。一応、軍王家の所在地については調べることはできたが、それ以外についてはさっぱりだ。そこで、お前に何か話を聞けたらなと思ってな」


 空我は武の話にふむと頷く。しばし、考える素振りを見せた後に、武の目をその赤い目でじっと見てくる。


「別に僕は軍王家の情報を話しても大丈夫だけど……。いいんだね?」


「何がだ?」


「聞き返さなくても分かってるでしょ? お前の進むべき道が見えてるってことでいいのかって聞いてるんだよ」


 今までになく低い声だった。真剣な顔つきでそう言う空我に武は息を飲む。おそらく、空我としてはそこまで威圧しているつもりはない。武の意志の確認をしているだけだ。だが、たったそれだけなのにもかかわらず、有無を言わさぬ圧迫感をひしひしと空我から感じる。


「…… ああ。正解かどうかは知らないが、俺がやるべきことについて見当はついてる」


「見当って……。また、いい加減だなぁ」


 空我は呆れ顔でこちらを見てくる。武は、確かにもっとはっきりと意思表示した方がいいかと思う。


「じゃあ、はっきり言った方がいいか? 俺はこの先、これ以外にやるつもりはない」


 明確な意志を持って、そう言い放つ。空我はそれに満足そうに頷く。


「うん。分かった。それなら、問題なさそうだね。じゃあ、軍王家について教えてあげよう」


 空我はそう言って、軍王家のことについて話し始める。


「君も知ってはいるとは思うけど、軍王家は龍全家を支える主要な六つの家――通称六名家の一つで、六本柱を輩出している。そして、彼らが得意としているのは精神系の祓術だ」


「精神系?」


 武は疑問符を浮かべる。確か、祓己術は個人によって違うはずだ。それなのに、家ごとに傾向があるのかと思ってしまう。

 そんな武の内心を理解したのか、空我は苦笑を浮かべる。


「まぁ、基本的に個人個人で変わってくるんだけどね。でも、お前だって聞いてるはずだよ。呪力はどんなことでもやろうと思えばできなくはない。完成度を考えなければの話だけどね。だから、その家のありようによっては、似たような力を持った祓い師を量産することは不可能ではないんだよ」


 空我の言葉を聞いて、武は美夢が言っていたことを思い出す。呪力は遺伝や資質に影響される。確か、美夢はそんなことを言っていたはずだ。もし、それが事実ならば、確かに能力に偏りができてもおかしくはない。

 しかし、一つ納得がいかない点があった。


「一つ聞いてもいいか?」


「何?」


「あの文大という男は俺に攻撃した際に幻影のような能力を使っていた。あれは、精神系の祓術なのか?」


「そうだよ」


 武の問いに空我はあっさりと答える。そのことに武は混乱する。文大の使った術は幻術系だろうと考えていたからだ。


「お前の考えていることは大体分かるよ。文大の使った祓術は幻術だと考えているんでしょ? それは正解だ。見ての通りって奴だよ」


「それじゃあ……」


 疑問を続けて口にしようとした武の言葉を空我は遮る。


「まぁ、最後まで話は聞きなよ。幻術ってのは、お前も知っての通り、相手の五感に訴えかけるものだ。そして、その術はさらに精神へと作用していく。だから、精神系を得意とする軍王家の次男である文大が幻術を愛用してもなんらおかしくはないだろう?」


 確かに表面上は納得のいく話ではあった。しかし、どこか得心のいかない点があるように武には感じられた。

 しかし、話が進まないので次の話に行くことにする。空我もそれに頷き、また軍王家の情報を話し始める。


「けしかけたのは僕だけど、お前が今回の件でとれる手段は限られてる。というより、強硬手段以外にはまずとれない。そうなると、仕掛けるのはできるだけ早い方がいい」


「どういうことだ?」


 聞き返してくる武に、空我は若干遠回しな言い方をする。


「お前は知らないと思うけど、今、六名家を中心として、祓い師の実力者たちは藍岸の外に出ている」


「……」


 空我の言葉に武は目を細める。なぜ、そんなことになっているのかと目で問いかけてくる武に、空我は苦笑しながら答える。


「あの灯とかいう最上級悪霊が起こした大量悪霊出没事件のせいだよ。祓師協会はあの事件の調査のためによその国に祓い師を派遣したんだ。まぁ、結果は知っての通り、この国に元凶がいたんだけどさ」


 空我の言葉に武は美夢とともに向かったショッピングモールで出会った天霧心友という少女のことを思い出す。美夢は彼女に向こうはどうだったのかと尋ねていた。その問いの意味は、おそらく、派遣任務のことを指していたのだろう。


「なら、なぜその祓い師たちを戻さない?」


「現地でいろいろ問題があったらしくてね。一部は戻れたけど、ほとんどはそっちに残されてるらしいよ」


 言葉を濁す空我に武はそれ以上追求しない。武が知りたいのは、その派遣任務で軍王家の戦力がどれほど削られているかだったからだ。空我もおそらく、それを教えるために派遣任務のことについて話したのだろう。ならば、無駄なことは話す気はない。


「それで、ここからが本題だ。その任務で軍王家がつぎ込んだ戦力だけど……。六本柱を含むおよそ三割近くの戦力をその任務につぎ込んでる」


「三割……」


 軍王家全体の戦力は知らないが、その三分の一をつぎ込んでいるということは、かなりの戦力を外に出していることが分かる。確かに、狙い目ではあるかもしれないが、それでも、戦力差が絶望的であることに変わりはない。なにしろ、こっちは武一人しかいないのだから。


「心配しなくても大丈夫だよ。結構な腕利きがその任務に派遣された。確かに、強いのは残ってはいるけど、大半は恐るるにたりない雑魚だよ」


「数の暴力って言葉を知ってるか?」


 確かに雑魚だけならば、どれほどいても変わらないかもしれないが、そこに強い祓い師が一人、二人加わってくるとなると話は変わってくる。ましてや、軍王家は精神系を得意とする家系だ。決して侮るわけにはいかない。


「数の暴力が生きるのは、大人数の方の個人個人の実力がある程度高いか、相当な人数がいるかのどっちかだけだよ。半端に数だけ多くたって、ただ蹴散らせばいいだけの話なんだからね。君もこの前やっていただろう」


 武はそれに下級中級合わせて百匹を祓ったときのことを思い出す。確かに、あの程度の数ならば問題はない。しかし、今の軍王家にどの程度の数がいるかは分かっていない。

 やはり、強硬手段は現実的とは思えない。正面突破は論外。奇襲もよほどよい条件が揃ったところでうまくいくかどうか。しかし、それ以外に考えつく方法はない。

 そうとなれば、腹をくくるしかない。

 だが、その前に聞いておかなくてはならないことがある。


「軍王家の連中が一番手薄な時はいつだ?」


 武の問いに空我はニヤリと笑う。どうやら、空我も武の意図が読めたようだ。

 もちろん、今の軍王家にいる祓い師の数もできれば聞いておきたい。しかし、それよりもこっちの問いを先に聞いておかなくてはならない。一番防御が弱い時を狙うのは奇襲の鉄則だ。


「そうだね。僕の知る限り、警備が手薄と思えるのは明日の正午過ぎかな」


「明日…… か」


 思ったより早いな、と武は思う。できれば、下見を含めた下準備を念入りにしておきたかったが、それは少々厳しそうだ。あまりにも時間が足りない。


「たいていは任務で多くの祓い師が出払うんだけどね。だけど、明日はどういうことか文大を除く軍王家の手練れの祓い師たちの全てが任務で出るんだ。それに追従して、普段よりも多くの祓い師たちがいなくなる。おそらく、相当大きな任務を請け負ったんだろうね。このタイミングでそんなものを受ける意図までは読めないけど……」


 確かにそれは狙い目だ。しかし、あまりにも都合がよすぎて罠を疑ってしまう。前回会ったときの文大の言動から考えれば、武のことをさほど警戒していないようにもとれるが、はたしてそれを鵜呑みにしてよいものか。


「まぁ、そういうわけだから、奇襲をかけるなら明日がいいよ。もし、僕の得た情報が確かなら、明日の昼に軍王家にいる祓い師は十人足らずだ。この機を逃す手はない」


 十人足らず。その言葉に武は疑心を抱く。いくらなんでも、状況があまりにもできすぎている。六名家と呼ばれている以上、軍王家と城神家の規模はさほど変わらないとみていいだろう。城神家に属する祓い師は武が知る限りでも三百人は優に超える。仮に軍王家に従事する祓い師が三百人だとしても、そのうちの三十分の一ほどの祓い師しか残さないなどということがあるだろうか。ただでさえ、美夢との結婚を控えているというのに。

 あまりにも不自然すぎる。しかし、たった一人で動かなくてはならない武としてはこの機を逃せない。

 顎に右手をやり考え込む武を見て、空我はクスリと笑う。


「不安?」


 首をかしげて、そう聞いてくる空我に、武は顔を上げて答える。


「…… ああ。正直、仕組まれているように思える」


「考えすぎ…… とは言えないね。だけど、これは事実だ。罠ではない」


「なぜ、そう言いきれる?」


 武は強い猜疑心を目に浮かべて、空我に尋ねる。だが、それも無理もないことだ。このできすぎた状況以上に空我の言動には不自然な点が多すぎる。事を構える気はなかったが、それでも、あまりのおかしさに思わず強い疑いを持って空我に問うてしまう。しかし、そんな武に空我は穏やかな笑みを浮かべる。少し間を置き、ともすれば聞き逃しそうな小さな声で答える。


「お前が主人公だからだよ」


「は?」


 武は思わずポカンとした顔になる。何を言っているのか心底分からないという顔だ。空我はそんな顔を見ておかしそうに笑う。


「なんてね。冗談だよ」


「……」


 明らかにはぐらかされている。本当のことなど毛ほども話していない。しかし、これ以上聞いても時間の無駄だと判断し、空我はため息をついて、話を変えることにする。


「最後に一つだけ聞いていいか?」


「何?」


「俺は大した理由もなく美夢とあの文大という男の結婚を無茶苦茶にしようとしている。なのに、なぜ実質的な当主であり、美夢の実兄でもあるお前が俺に協力するんだ?」


 武の問いに空我はすぐには答えない。ただ、何も感情を感じさせない目で武をじっと見る。武はその目にかすかな恐怖を覚え、ほんのわずかに身じろぎをするものの、空我はやがてイタズラっぽい笑みを浮かべて言う。


「内緒」


 空我はウインクをする。空我が男であることを考えなければ、たいそう可愛らしい仕草だった。


「まぁ、せいぜい頑張ってよ。僕は手を貸してあげられないけど、応援してるからさ」


 空我はそう言って、その場を立ち上がる。そのまま悠然とした足取りで部屋を出ていく。武は空我の足音が聞こえなくなったことを確認し、縁側へと出る。



 武の腹は決まった。これ以上はもはや何も必要ない。あとはやるだけだ。武は大きく深呼吸をし、強い意志を込めた目で雲に下半分を隠された月を見た。




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