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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第二章 救出ごっこ
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相談

 夕方。未だに雨は降り続けている。雲に覆われ周囲は暗い。時折、雷も鳴っていた。武は部屋から動こうとしない。彼の頭の中にあるのは、昼頃に会った美夢の許嫁だという文大という男のことだった。


「見込み違い…… か」


 それと同じ言葉を今日の朝にも聞いた。確か、その言葉を発したのは空我だ。


『想定内だけど、見込み違いだったな……』


 あの言葉の意味は何だったのか。そもそも、空我はわざわざ武の部屋に来てまで何をしたかったのか、さっぱり分からない。それは、文大も同様だ。

 いくら考えたところで、状況も読めず、情報も全くないこの状況じゃ何も分かりはしない。だからといって、何も心配する必要はないなどといえるほど楽観できることではないのも確かだ。この際、初対面の文大という男の真意に関しては後回しにしよう。情報があまりに少なすぎる。まずは、空我からだ。


(とはいえ、あいつは本当に何を考えているのか理解ができない。考えるだけ時間の無駄だと断じた方がはるかに楽な気がする。だけど、このまま放っておくと、何かまずい気もする)


 根拠はないが、胸の中でずっと嫌なざわめきが起こり続けている。この世界に来てから、何度も起きたことだ。しかし、違和感というわけではない。ただ、この件にはなんとしても関われと、武の本能が警告しているのだ。武は、それを直感的に理解していた。


(しかし、関われといわれても、どうしろというんだ)


 名家同士の婚約。少々古くさいような感じもするが、よくある話ではある。そんなものに、城神家に居候している身である武が、どうあがいても関われる未来が見えなかった。このざわめきがなければ、不慣れながらも祝福してやろうとさえ思っていたくらいだ。仮に不満があったところで、普通ならば、まず武がどうこうできる問題ではない。


(あの文大とかいう男。おそらくは、この前やり合ったボレという男に匹敵するか、それ以上の実力はあるだろう。確かに、奴とやり合えれば、なんらかの収穫はあるかもしれない。だが、それだけの理由で婚約話をどうこうしようなどとは思わない)


 つまり、何かがあるのだ。武には理解できない、知らない何かが。それが、武に強い警告をしている。


「さて、どうしたものやら……」


 武が軽く伸びをしていると、不意に足音が聞こえてくる。今度は、先ほどの文大のように気配を断って近付いてくる気はないようだ。襖の奥で影しか見えなかったその人物の正体は、縁側まで出てくると同時に明らかになる。


「…… 美夢?」


 いつもの覇気がなく、どこかしょぼくれた様子で美夢は空我をじっと見ていた。


「…… どうした?」


 武はわずかに身じろぎをしながら、己を見てくる美夢に尋ねる。


「少しだけいい?」


 抑揚の全く感じさせない声で囁くようにそう言う。武は眉をひそめながらも、断る理由がないということで、美夢の話を聞くことにする。


「ああ。構わない」


 美夢は武の前に立つと、綺麗な正座で武の正面に座る。その顔立ちには少しばかり緊張も見受けられる。額にはかすかに汗も見える。


「どうしたんだ?」


 遠慮がちに、武がそう尋ねると、美夢は一度深く深呼吸をする。それから、一呼吸置いて口を開く。


「武は今日の晩御飯何がいい?」


「はぁ?」


 武は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。予想していた質問と全く違う質問が飛んできたからだ。少なくとも、あんな表情(かお)でする質問ではない。


「そんなもの……。俺は何でもいいぞ。ていうか、そもそも作ってるのお前じゃないだろ」


「うん。そうだね。作ってるのは、ウチの専属の料理人だ」


 専属料理人。その言葉だけで、城神家って本当に金持ちだよな、などとどうでもいいことを思ってしまう。同時に、美夢がしたい質問はそれではないだろうとも思う。

 だが、このままではおそらく埒が明かないだろうと判断した武は、単刀直入に聞いてみることにする。


「なぁ、わざわざここに来たのは、そんなどうでもいい質問するためじゃないだろう?」


 武の返答に、美夢はむっとした顔になる。


「どうでもいい質問って何よ。これは将来大事になってくることよ?」


「どうして大事になるのかは知らないが、少なくとも、今、聞きたいのはそれじゃないだろ」


 武の言葉に、美夢は言葉を詰まらせる。ほんの少しの間、逡巡する仕草を見せ、やがて覚悟を決めたかのように口を開く。


「ねぇ、武。あなたはどう思っているの?」


 今度こそ予想通りの質問だった。だから、またその質問かなどという無粋な問いは返さない。美夢は本気で困っているのは容易に理解できるからだ。しかし、この問いに対して、納得のいくであろう答えを武は持ち合わせていなかった。それゆえに、逆に武は美夢の答えを聞くことにした。


「逆にお前はどう思っているんだ?」


 武の言葉に、美夢は一瞬動きを止める。美夢はゆっくりと目を閉じ、何かを考え込んでいる。武は何も言わず、美夢の言葉を待つ。その間にできるだけ、うまい言葉を探そうとする。

 五分ほど経って、美夢は躊躇しながらも、ゆっくりとした口調で話し始める。


「私は…… 結婚したくない。もちろん、私のわがままだっていうのは分かっているけど、それでも、私に何の相談もなく、いきなりあんな奴と結婚しろと言われたって納得行くわけがない」


 そうだろうなと武は思う。思っていた通りだ。だが、それだけだ。武の予想を越えなかっただけで、結局は何も変わらない。


「ねぇ、武。私はどうすればいいと思う?」


 どうすることもできない。少なくとも、武にはどうすることもできない。今の段階では何も思いつかない。もちろん、美夢がどうすればいいのかについても全く分からない。


「……」


 武は何も答えない。いや、何も答えられないのだ。しょせん、武は勢いだけの人間だ。それゆえに、どうしようもなく救いようがない。そんな人間に、まともに相談に乗ってやることなどできっこない。

 ここで、それっぽいことを言って、美夢の相談を表面上はうまく乗ったように見せることは簡単だ。今の美夢ならば、それでも、十分満足するだろう。だが、そんなことに何の意味がある? 武自身の言葉でなければ何の意味もない。

 しかし、何も言葉に出てこない。自分の言葉というものをはっきりと口にできない。だから、武はつい言葉の選択を誤ってしまう。


「素直に受け入れるしかないんじゃないか? 少なくとも、俺は祝福すべきことだと思うけどな」


 武の言葉に美夢は大きく目を見開く。同時に、雷が屋敷の近くに落ち、雷光が二人を映し出す。無表情と驚愕。稲光はそんな二人の表情を克明に映し出していた。


「そっか……」


 美夢は立ち上がり、走り出すように部屋から去っていく。武はその後ろ姿を見て、かすかな感慨を覚える。なぜ、そんなものを覚えたのかは分からない。そもそも、武は自分のことすら全く理解できていないのだ。そんな状態で、他人に道を示してやることなどできるはずがない。


『道に生き、道に死ぬ』


 思考停止を咎める言葉と全く同じ声で、そんな言葉が脳内に再生される。確実にどこかで聞いた声。しかし、その正体が分からないまま、武を強い睡魔が襲う。

 突然の睡魔に武は抗うことなく、布団に横になり、そのまま眠りに落ちた。




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