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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第二章 救出ごっこ
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軍王文大

 美夢に婚約の件が告げられてから一晩が経った。外は五時頃からひどい雨が降っていた。こちらの世界に来てから雨足だけなら一番ひどいだろう。だが、修練をやらない理由にはならない。そう意気込んで行った朝の修練の際に武は美夢とたまたま会ったのだが、未だに機嫌は悪いままだった。それも当然のことだろうと武は思う。結局、空我と美夢の話からしか、文大という男の人となりは分からなかった。だが、どんな男だろうが、何の断りもなく突然結婚しろと言われれば、表面上はどうあれ、内心穏やかではいられないのが普通だ。もっとも、美夢は嫌気を隠そうともしていないが。


「それで、お前はどう思う?」


「いや、突然どう思うと言われてもな。この家の事情だ。俺の領分じゃねえだろ」


 自室で朝食を取っている最中に、いきなり入ってきた空我にこのようなことを聞かれ、武はなんともいえない顔でそう返す。


「というより、なぜ俺に聞く?」


 朝食の鯖の味噌煮を箸で崩し、口に入れながら、そう聞き返す。武は文大という男のことは何も知らない。そんな人間に婚約の話など聞かせてどうするのだろうかなどと思う。


「やー。なんとなく、お前にも何か思うところがあるんじゃないかなと思ってさ」


「特にない」


 空我の言葉をばっさりと切り捨て、あら汁をすする。そんな武に空我は不満げに頬を膨らませる。しかし、武がそれに何か反応を示すことはない。


「むぅ。ここまでとは思わなかったよ」


「悪いが、話が全く見えない。もっと分かりやすく言ってくれないか?」


「なんでもないよ。邪魔して悪かったね。それじゃ」


 どこか不機嫌そうな顔で空我は部屋から立ち去っていく。武はその様子に首をかしげながらも、朝食を食べる手を止めない。だが、後ろ手に扉を閉める際に、空我が小さく呟いた一言を聞き逃すことはなかった。


「想定内だけど、見込み違いだったな……」


 確かに空我はそう呟いた。しかし、その言葉の意味と真意は武に推し量ることはできなかった。






 ○○○○○


 昼前。外はさらに雨がひどくなっており、何もする気になれなかった武は何も考えずに部屋で寝そべっていた。

 思えば、この世界に来て、何も考えずにだらけるようなことなど一度もしていなかったなと思う。できなかったといった方が正確か。異世界転生などという理解不能なものに巻き込まれ、その先でも理解できないことが起き続け、武の頭はパンク寸前だった。本来、あまり考えるタイプではない武にとっては、考えずにすむこの時間はありがたかった。ゆっくりと脳を休めることができる。

 ぼんやりと虚空を見つめながら、武が何気なく縁側を見つめると、一人の男が立っていることに気付いた。


「何だ?」


 体を起こしてその男を見ると、明らかに男は武をじっと見ていた。その目には色が感じられない。何を考えているか武には全く分からなかった。

 その男は一人で立っており、他に誰も連れていない。それが、なおさら不気味さを増幅させていた。


「…… 私に何かご用ですか?」


 見られることに耐えかね、武は思わずそう尋ねる。それと同時に武は男の接近に気付かなかったことで、内心警戒を深める。武自身気配に敏感な方ではないが、さすがにここまで接近されればいくらなんでも気付く。にもかかわらず、音も気配もなく、ここまで近付いてきた。この人物が相当な実力者であることは間違いなかった。


「……」


 男は言葉を返さない。武はじっと目の前の男を見る。背丈は170半ばといったところだろうか。年齢は武とそう変わらないだろう。アシンメトリーの銀髪に左目が赤、右目が青というオッドアイの風貌の少年。いわゆるイケメンとさしつかえない容姿だった。それだけに、その無表情は冷たい印象を相手に与え、人によっては畏怖の念を抱いてもおかしくない威圧感を放っていた。


「あの……」


「お前…… 強いんだってな」


「はぁ?」


 突然の男の言葉に、武は思わずそんなことを言ってしまう。男は構わずに言葉を続ける。


「なるほど、確かに美夢やあのクウが認めただけのことはありそうだ。しかし、まだまだ足りない」


「さっきから何の話を……」


 話の流れが全くつかめず、武は尋ねる。しかし、男は瞑目し、武の予想とは全く異なる言葉を口にする。


「そういえば、名を名乗っていなかったな。俺は軍王(ぐんのう)文大(ふみだい)。此度、美夢の婚約者になった者だ」


「!」


 武は大きく目を見開く。同時に思わず男を凝視する。この男が軍王文大。六名家の一つ軍師家の次男で、美夢の婚約者。なるほど、確かに、名家の人間だけあってかなりの実力者のようだ。

 しかし、なぜ武の部屋まで来たのかが分からなかった。美夢の婚約者だというのなら、普通はこの家の当主である空次に挨拶するなり、美夢に会うなりするだろう。わざわざ、一人で武の下に来る理由はない。

 そんなことを考えながらも、とりあえず言葉だけは返すことにする。


「話は聞いています。ご婚約おめでとうございます」


「いらん世辞はやめろよ。それは、お前の本意ではないだろう?」


「と、言いますと?」


 武はそう尋ね返す。本意ではないも何も、今回の婚約について武はなんとも思っていない。確かに、婚約の祝福は本心からの言葉ではないが、どこも不自然なところのないごく普通の社交辞令だ。どこに文句があるのか武には分からなかった。


「ふん。なるほど、確かにこれは見込み違いだな」


「はい?」


「くだらない芝居はいい。わざわざ来る価値はなかったな」


 文大は邪魔したなとだけ言って、その場から立ち去ってしまう。文大の真意を全く掴むことができず、武はポカンとした顔のまま、文大のいた縁側を見ていた。






 ○○○○○


 悠然とした所作で文大は屋敷の廊下を歩いていく。ある一室の前で立ち止まると、その扉を開く。中に入ると、クラシカルなメイド服を着た茶髪の女性が文大に近付いていく。


「お待ちしていました。文大様」


「ああ、悪いな。ミュフィユ」


 文大は着ていた紺のジャケットを脱ぐと、それをミュフィユと呼ばれた女性に渡す。それから、向かい合わせに並べられた豪勢なソファに座ると、向かいに座っていた美夢がつまらなそうな顔でそっぽを向いたまま、口を開く。


「相変わらず、女癖が悪いんだね」


「おいおい。せっかく、許嫁が遠路はるばる来てやったってのに、その言いぐさはねえだろ?」


 文大は愉快げに口元を歪めながら笑う。美夢はそんな文大を鋭い目で睨みつける。


「おーおー。(こえ)え、(こえ)え。そんなに、俺と結婚すんのが嫌なのかよ?」


「嫌だね。なんで、よりによって、あんたなんかと……」


「口を慎みなさい! この方を誰と――」


 美夢の口ぶりに耐えかねたミュフィユが美夢を責めるが、その言葉は最後まで続かなかった。


「あんたこそ、誰に口聞いてんのよ?」


「ひっ!」


 凄まじい呪力とともに放たれる威圧感に気圧され、ミュフィユは小さな悲鳴を上げ、萎縮してしまう。文大は立ち上がり、そんなミュフィユを抱きしめると優しく頭を撫でる。


「あ……」


「落ち着け。俺のために怒ってくれるのはありがてえが、こいつは俺の婚約者だ。変に出張らなくていい」


「はい。申し訳ありません、文大様」


 文大はミュフィユの頭や背中を撫でながら、視線を美夢に向ける。


「あまりいじめないでやってくれよ。こいつは、俺にとって可愛い部下なんだ」


「可愛い部下? 可愛い女の間違いでしょ」


「そうとも言えるな」


 文大はクックッと喉を鳴らすように笑いながら、美夢をじっと見つめる。美夢はその視線を嫌い、体を隠すように自分の体を両腕で抱く。


「まぁいいさ。今日は本当に顔を見に来ただけだ。話が本格的に進んだらまた来るよ」


「私としては、もう二度と来てほしくないんだけどね」


「くくっ。俺も、嫌われたもんだなぁ」


 そこで、文大が何かを思い出したかのような顔になる。


「ああ。そういえば、屋敷武…… だったか? あいつに会ったぜ」


「!」


 美夢は驚いた顔で文大を見る。文大はニヤニヤと笑みを浮かべたまま、言葉を紡ぐ。


「その反応。俺の()()()()、やっぱ、あいつに相当入れ込んでんだな」


「それが何?」


「いや、一つ忠告してやろうと思ってな。あいつはやめておいた方がいいぜ」


「何? 特大のブーメランを投げてるつもり? 安心しなよ。ちゃんと額に刺さってるから」


「まぁ、話の腰を折るなよ。続きを言うぜ。あいつはダメだ。あいつは何も見えてねえ」


 美夢は何も言葉を発さず、ただゴミを見るような目で文大を見る。文大はその目を愉悦の笑みで受けながら、話し続ける。


「だが、もし、お前がどうしてもあいつがいいっていうんなら、俺も相応の対応はしとかねえとなぁ……」


 文大はそれだけ言うと、忍び笑いをしながら、ミュフィユとともに部屋から去っていく。もう美夢は文大がいた方をまるで見ていなかった。ただ目を閉じ、腕を組んだまま、何か考え事をしていた。

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