暗雲
昼食をとった後、武は城神家の車に乗せられ、『カウフハオス』というショッピングモールに連れてこられていた。遠目から見ただけでも、かなりの大きさであり、全てを見るのにどれほど時間がかかるか武には想像もつかなかった。しかし、美夢の目的地は決まっているようで、おそらく見る場所はそう少なくないだろうと武は考える。
「こんなところがあったとはな」
「少し離れてるからね。屋敷から車を使っても三十分はかかる距離だし、この辺を全く知らないあんたじゃ、存在自体知らなくても無理はないよ」
「そうか」
武は美夢とともにショッピングモールに入る。中に入ると、大勢の人で賑わっていた。若い男女が多く、服の話や、食事の話など、各々思い思いの会話をしているのが聞こえてくる。人混みに入るのは、初任務の時以来だ。あの時は、なんだかんだ緊張していたこともあり、ただ人が多いなという印象しか受けることはなかった。しかし、こうしてあらためて見てみると、なにかと感じることがある。だが、今は美夢の後を追うのが先決だ。少しでも気を抜くと見失ってしまいそうなくらい、人が多い。武は美夢の姿を極力目に放さないように気をつけながら、ショッピングモールの通路を歩いていく。
「それにしても、すごい人だな。こんなところに何しに来たんだ? 服でも見に来たのか?」
東側の広場にあるベンチに座り、どこか疲れた様子で武は美夢に尋ねる。
「それもあるんだけどね。あんたにこういう混雑した状況を慣らしておこうと思って」
「慣らす?」
美夢の言葉に武は疑問符を浮かべる。
「そう。あんたは今のところ、最初の任務を除いて、ほとんど人のいないところでばかり活動を行ってたからね。でも、実際の祓い師の任務は人の多いところで行うことが多いんだ。悪霊たちが人を餌にしていることを考えれば当然だけどね。だから、そのためにこういうところに出張ってるの。あんた、あまりこういうところ来てないでしょ?」
美夢の言葉に武は納得する。確かに、悪霊にとっては、こういう人混みは格好の狩り場だ。任務となると、こういうところに来ざるを得ない場合が多いだろう。
「だが、さっきよりはいくらかマシとはいえ、こんな人の多いところで、そんな話をしていることに不安を覚えるな。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
「そうか」
あっけらかんと大丈夫だという美夢に武はそれ以上何も言えなくなる。美夢が言うのなら、問題ないのだろうと判断し、武はベンチから立ち上がる。
「それで、これからどうする?」
「そうね。とりあえず、その辺をぶらついてみましょうか」
「…… 行くところがあると言ってなかったか?」
「うん。ここに来たかったんだよ。ここに来てからは決めてない」
美夢の言葉に武は肩を落とす。こんなごみごみとしたところで、あてもなく歩き回るのは正気の沙汰とは思えない。だからといって、武一人で帰る気にはなれなかった。
「仕方がない。とりあえず、いつまでもここに座っててもしょうがないし、行くか?」
「うん!」
武が立ち上がった途端に、美夢は無邪気な笑みで武の腕に抱きついてくる。
「…… 離れてくれないか?」
「やだ」
突然の行動に武は呆れ顔で、離れるように言うが、美夢は聞く耳を持たない。この体勢だと目立って仕方がない。実際、美夢が抱きついてから、周囲からの注目の的になっていた。もちろん、他にもいちゃついているカップルというものはおり、普通ならば、さほど注目されないのかもしれないが、美夢の容姿が極めて整っていることもあり、大きく目立つ要因となってしまっている。そのため、男からの嫉妬の視線も強く感じる。不躾な視線に晒されるのはあまり好きではない武にとっては、正直好ましくはなかった。武は大きなため息を一つついた。
言っても聞かない以上、もう諦めた武は開き直って、適当に歩きはじめようとする。そこで、声をかけられる。
「あれ? 美夢!」
空我よりもやや低めのアルトボイスが左側から聞こえてくる。そちらを向くと、二人の少女がいた。片方は腰までかかりそうな長い黒髪を美夢のようにポニーテールにまとめ、涼しげなパステルカラーのロングワンピースを着た長身の少女。もう片方は、ストレートボブの青みがかった黒髪を持ち、紺のカーディガンとクリーム色のミニスカートを着た少女。どうやら、声をかけたのはポニーテールの少女の方らしい。
「あ! 心友! 唯!」
美夢も親しげに片手を振る。どうやら、美夢の知り合いらしい。武はそれならこんなところを見られるのはまずいのではないかと思い、さりげなく腕を抜こうとするが、美夢は武の腕を放そうとしない。
「帰ってきたんだね! 向こうはどうだった?」
「どうと言われてもね。少なくとも、楽しい旅ではなかったよ」
「それもそっか」
美夢は残念そうな顔をする。どうやら、ポニーテールの少女は、どこかに遠出をしていたらしい。だが、ポニーテールの少女の表情からすると、遊びで行ったのではなくはなく、おそらくは祓い師の任務か何かだろうと武は見当をつける。
「その子は誰? 見ない顔だけど」
ポニーテールの少女が武の顔をじっと見上げてくる。武はその目を何も考えずにボーッと見る。
「この子は屋敷武。うちの期待の新人」
「…… そういえば、最上級討伐任務で生き残った新人がいると聞きましたが、彼が?」
ストレートボブの少女が無機質な目で猛を見ながらそんなことを聞く。
「そうよ。あ、武。紹介しておくね。こっちのポニーテールの大きい子が天霧心友。横のストレートボブの小さい子が七支唯」
「小さくありません。お二人が大きいだけです」
「いや。私、百六十少ししかないから」
「むぅ……」
美夢の紹介に唯は反論するが、美夢の言葉に不満げに頬を膨らませ黙る。どうやら、背が小さいことを気にしているらしい。そうは言っても、空我に比べればかなり背は高めなのだが。
「ところで、二人は何してるの? デート?」
「違う」
「そうだよ」
心友の問いに武と美夢は同じタイミングで全く違うことを言う。それに、心友はコロコロと笑う。唯もクスッと小さく笑っている。
「息ぴったりだね」
「はぁ……」
心友の言葉に武は今日何度目かも分からないため息をつく。人間諦めたときはため息をつけばなんとかなるのではないかなどと一瞬思ってしまうくらいには、武の現実逃避はひどいものとなっていた。
「私たちは散歩しに来たんだけど、結局、二人は何しに来たの?」
「私たちも似たようなものよ。強いて言うなら、武を人混みに慣らすためかな」
「ああ。確かに、実際の任務に入ると人多いところでやらせること多いからね」
「そうなのよ。だから、これから、ここで一番人の多い中央広場に行こうと思うんだけど、二人はどうする?」
美夢の言葉に親友は顔をひきつらせる。
「私たちは遠慮しておくよ。また今度ね」
「そう? 残念」
特に残念な様子も見せずにそう言う。心友と唯はそんな美夢と武に別れを告げ去っていく。
「どうだった?」
「どう…… と言われてもな。会ってすぐの人間じゃ、大したことは分からねえよ」
実際、独特の呪力を放っていた鎌瀬と違い、心友と唯からは、ごく普通の女の子ということくらいしか印象に残らなかった。
「確かに、明のようにはいかないか。でも、あの二人のことは覚えておいた方がいいよ。祓い師としては結構強いから、たまに重要な任務でいっしょにやることになるかもしれないし」
「祓い師の任務は基本単独でやるもんだって聞いてたんだがな」
「全部が全部そういうわけにはいかないでしょ」
確かにと心の中で呟く。つい最近の最上級悪霊討伐のように、単独では到底太刀打ちできない任務もある。まだ駆け出しの武ではそんな重要な任務はそうそう回ってくることはないだろうが、もし回ってきたときのために、ある程度面識を持っておいた方がいいのは間違いなかった。
「唯もかなりのものだし、心友に至っては『六本柱』の一人だからね。かなり強いよ」
「六本柱?」
「そ。祓い師の長である『龍全家』を支える六名家の中で最強と呼ばれている祓い師が名乗る二つ名みたいなものね。うちのクウもその一人よ」
「ほぅ……」
武は美夢の会話を聞きつつも、初めて聞く龍全の名に興味を示す。だが、あえて、それを聞くことはせず、素直に聞き役に回ることにする。
「彼女自身としては『剣聖』とも呼ばれている。よく覚えておいてね」
「俺としては、龍全とやらにも気になるんだがな」
「それは、また今度ね」
美夢はそう言って武の腕を引っ張り、人の多い中央広場へと向かおうとする。中央広場には人気店のフードコートが立ち並び、人気の服屋などのテナントが多く面していることから最も人が集まる。その様子を見て、武は軽く引くが、美夢に引っ張られ、抗うことなくその中へと入っていった。彼の頭には当然、龍全家に対することなど綺麗さっぱりなくなっていた。
○○○○○
中央広場で人にもみくちゃにされ、疲れきった様子の武は、隣で機嫌よく鼻歌を歌いながら満面の笑みを浮かべている美夢を見る。よく鼻歌など歌えるななどと想いながら、屋敷に入ると、空我に出迎えられる。
「どうしたの? クウ。珍しいじゃない」
「あ、うん。まあね。とりあえず、武の部屋に行こうか」
周囲の目を気にしながら、そんなことを言う空我に二人は怪訝そうな様子を見せるが、素直に従う。部屋に入っても、どこか歯切れの悪い空我に武は思いきり疑問をぶつける。
「それで? 何があったんだ?」
武の問いに、空我は少しの間逡巡する様子を見せ、口を開く。
「これは、武には関係のないことなんだけどね。美夢。落ち着いて聞いてくれないか?」
「どうしたの。あらたまって……」
「お前に……。軍王家の次男坊との婚約の話がある」
「「はぁ?」」
突然空我の口から告げられた言葉に、武と美夢は思わずそう声を上げ、顔を見合わせた。




