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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第一章 活発化する悪霊たち
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空我・美夢・茂豊vs灯

 灯が登場したとき、武は驚愕していた。この世界に来た初日の夜。なかなか寝つけずに、ようやく眠れたときに見た明晰夢に近い不思議な夢。その時に見た夢に出ていた顔の見えない女性に灯が似ていたからだ。顔を見たわけじゃないから、同一人物とは断言できない。唇も夢で見た女性は口紅を塗っていなかった。別人だとみるのが自然だろう。しかし、武は完全に別人だとも決めつけることができずにいた。どうしてなのかは武にも分からない。だが、少なくとも雰囲気は夢に出てきた女性そのものだ。

 武が自分でも気付かないうちに、灯をじっと見ていると、灯は武を妖艶な笑みを浮かべて見てくる。


「あら? 私の顔に何かついてる?」


「いや。そんなんじゃない。ただ、あんた…… 前に俺と会ったことがあるか?」


 武の言葉に灯は一瞬切れ長な目を大きく見開く。だが、すぐに元の笑みを取り戻し、顎に人差し指をやって考えるような仕草をする。


「さぁ、どうかしら? 少なくとも、私はあなたに見覚えはないわね」


 灯は肩をすくめてそう答える。だが、その額にはうっすらと汗のようなものが見える。よく見ると、その笑みもどこかぎこちない。


「そうか」


「ええ。どうして、そう思ったの?」


 どこか震えがちの声で、灯は武に尋ねる。武はそれに気付いたが、あえて指摘することなく、灯の問いに答える。


「いや。なんとなくだ」


「あら? もしかして、私の美貌にやられたの? ひょっとして、今の誘い文句だった? やだ。ここは、嘘でも会ったことがあるって言った方がよかったかしら?」


「心配しなくても、それはないから安心しろ」


 灯の軽口を受け流しつつも、武は腑に落ちないという顔をするが、彼が灯と会ったことがあるかもしれないという根拠は夢という不確かなものしかないのでそれ以上は追求をしなかった。

 それに、それなりの収穫は得られた。


「まあいいわ。とりあえず、ここからはお望み通り、私がお相手をして差し上げるわ。でも、そこの子はまだ力不足みたいだし、退屈の一因になりそうだから、引き続きボレが相手をしてあげて」


「分かりました」


 ボレは灯に深々と頭を下げた後、立ち上がり、再び武の前へと立つ。


「我々はいかがいたしましょう?」


「そうね。あなたたちは、そこで見てて。私が勝つところをね」


「「「はっ!」」」


 他の三人も了承の意を示し、再び立ち上がる。しかし、彼らは武器を構えることはせず、ひたすら静観の構えを取る。


「これは…… 僕たち三人で最上級悪霊と戦う流れ…… かな?」


 空我は人差し指と中指の二本を立てた右手を構えながら、そんなことを言う。その右手には、先ほど中村と戦ったときとは比べものにならない呪力が練り込まれていた。美夢と茂豊も空我同様、さっきとは身に纏う呪力の質も量も変わっていた。明らかな全開モードに場の空気も変わる。


「なるほどな。あれがあいつらの臨戦状態か。確かに、かなりの強者だ」


「ごめんなさいね。あなたたちが彼らの力を引き出す前に出てきて。本当はもう少し待つつもりだったんだけど、我慢できなくなっちゃって」


「構いませんよ。私たちは灯様に従うだけです。そう。灯様に従って、この場で貴様を潰す」


 後半は対峙している武に対する言葉だった。その言葉と同時に、先よりもさらに強い呪力を体から放出する。武は呪力を両腕だけでなく、全身に纏わせる。全身に呪力を纏うことで防御力を強化する『(よろい)』。これを使うことで、徐々に本気を出してくるであろうボレに対抗する算段だ。当然、打撃力を強化する『(こぶし)』だけを使っていたときよりも攻撃力は落ちるが、特に問題はない。武は武の役目を果たすだけだ。

 そう考えると同時に先ほどよりも呪力が湧き出てくるような感覚に陥る。それに伴い、鎧と拳の精度や威力も上がっていく。


「はっ。どうやら、貴様を少々甘く見ていたようだな。先刻の戦闘は全力に見せかけての様子見だったというわけか。なかなかの役者だな。だが……」


 ボレはボクシングのファイティングスタイルのような構えを取る。


「結果は変わらん。貴様がここで俺に飲まれることに変わりはない」


 刹那、武は急激な呪力増大に少し戸惑ったが、ボレの言葉を聞いて、改めて戦いに集中する。


「そいつは、やってみなきゃ分からねえだろ?」


 武も似たような構えを取る。それを見たボレは身を屈めると、猛スピードで武に接近していく。武は右ストレートでそれを迎撃するべく、構えた。






 ○○○○○


 武とボレが戦闘を繰り広げているかたわら、空我たちと灯は対峙したまま、動く気配はなかった。


「来ないの?」


「まずは様子見かな。一応、人数ではこっちが勝ってるしね」


「意外ね。あなたたち祓い師で連携を取るのは下の方だけだと思ってたわ」


 長髪ではない素直な感想を述べる灯に、空我は諦めたような笑みを浮かべて、言葉を返す。


「否定はできないな。なにしろ、たいていの祓い師はある程度実力持つと、皆一人でやっちゃうからね」


「あなたたちは違うって?」


「それは、自分で確かめてみなよ」


「それもそうね」


 灯は右手に桃色の剣を顕現化させる。空我の前まで一瞬で跳躍し、鋭い一閃で空我を襲う。空我は右手でその斬撃を受け止め、左手のパンチを灯の顔面めがけて放つ。灯は首を少しだけ動かしてそれをかわすと、刀を引いて、後ろへ一歩下がる。灯がいた場所に美夢の強力な斬撃が襲いかかる。美夢がさらに襲いかかってくるので、左に動いてかわそうとすると、足が動かないことに気付く。下を見ると、地面が灯の足に絡みついている。茂豊を見ると、呪符を用いて、灯を拘束していた。灯は小さく笑うと、美夢の斬撃を持っていた刀で受け止める。


「なかなかやるわね。ここまで見事な連携は滅兵でもそうは見れないわ」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 美夢は鍔迫り合いの状態から強引に押し切ろうとするが、灯はその力を受け流し、拘束していた土から力尽くで逃れ、一度距離を取る。灯が剣を顕現させてから、ここまで刹那の間の出来事だった。

 互角の戦いに見えるが、明らかに灯はまともに戦っていない。最上級悪霊がこの程度の実力のはずがない。空我たちは警戒心をさらに強めていた。


「まさか、ここまでとは思っていなかったわ。これなら、あなたたちを私の僕にすれば、かなりの戦力が得られそうね」


 灯はそう言って小さく舌なめずりをする。その頬はかすかに紅潮している。美夢は不愉快そうに灯を睨みつける。


「何の話をしているの?」


「ふふっ。聞かなくても、大体は想像がつくんじゃない? だって、あなたたちはそれを理由に私を討伐しに来たんでしょう?」


 灯の言葉に三人は目を細める。最近の大量悪霊出現の一件。その黒幕は間違いなく目の前の女だ。最上級悪霊は悪霊たちの中でも最上位。意志があるにせよ、ないにせよ、多くの悪霊は彼らに従わざるを得ない。当然、目の前にいる灯も多くの悪霊を従えているだろう。だが、いくら最上級悪霊とはいえ、あれだけの悪霊を手当たり次第にぶつけられるほど、手駒に余裕はないはずだ。ならば、考えられる可能性は一つしかない。


「見せてあげるわ。その力の一端を……」


 灯は左手を空我たちの方へと向ける。最初にあったときもやっていたことだ。次の瞬間、灯の全身から桃色の呪力が放出される。三人は見た瞬間にこれはまずいと判断した。茂豊はその手に持っていた棒で灯に襲いかかる。灯はそれを右手の剣で受け止める。


「いきなりひどいわね」


「やらせると思うのか? 悪いが、相手が術を発動するところを見守ってやれるほど、俺はお人好しじゃない。まして、貴様は最上級悪霊だ。そうそうにケリをつけさせてもらう」


「あら? せっかちな男は嫌われるわよ」


 灯はそう言って押し返す。続いて美夢が薙刀で襲いかかるが、灯は大きく後ろに飛んでかわすと、妖艶な笑みを浮かべる。


「残念。もう遅いわ」


「!」


 気付けば、空我、美夢、茂豊の三人に桃色の呪力が纏わり付いていた。


「くっ……」


 茂豊と美夢は呪力を振り払おうとするが、まるで離れない。逆に空我は無表情でじっと灯を見つめている。


「我が虜となりなさい。我が僕となりなさい。さぁ、我らとともに行きましょう!」


 灯が声を張ってそう言うと同時に、桃色のオーラが空我たちの体の中へと入っていく。それを見て、灯は凄絶な笑みを浮かべる。

 これこそが、灯が大量の悪霊を出没させることのできたからくりだ。灯は自らの呪力を人間の体内に入れることで、自分に忠実な悪霊にすることができる。これを使って、一条村の村人はもちろん他の地域からも人間を攫い、悪霊化することで、多数の悪霊をあちこちに大量に出現させることができた。術者である灯自身は巣となるこの洞窟から出ることなく、忠実な僕を大量に動かす様は、まるで女王蜂のようにも見えた。

 美夢と茂豊は武器をその手から放し、三人ともが脱力したかのような体勢になる。


「ふふっ。これであなたたちも立派な虜。さぁ、私のために人間たちを……」


 灯の言葉は途中で止まった。空我が手刀の突きを灯の顔面に打ってきたからだ。灯はとっさに右手でいなす。空我が大きく蹴り上げてきたので、胸を反らしてかわし、その足を掴んで、空我の顔面に剣を突き立てようとする。空我は右手で剣を受け止め、剣を軸に大きく回転して、足を掴んでいた手を振り払う。その反動を利用し、灯の顔面に蹴りを放つが、灯は大きく後ろに飛んで、かなりの距離を取る。


「…… どうして?」


 灯は冷や汗をかきながら、なぜ支配下にある空我に攻撃をできたのかを尋ねる。空我は余裕の笑みを浮かべたまま答える。


「確かに君の霊術(れいじゅつ)は厄介だ。だけど、今の状態では、僕らには効かない。その理由は君にも分かっているはずだろう?」


 冷たい声で、囁くように言う空我に灯は一瞬恐怖を覚える。だが、すぐに唇を噛み、空我を睨みつける。二人が会話している間に、美夢は薙刀を拾い、茂豊は新たな棒を作り出していた。


「さて、悪いけど、そろそろこちらも本気で行かせてもらうよ」


「見くびらないでほしいわね。これを破った程度で私を倒せると思っているの?」


 灯は桃色の剣を空我に向ける。その顔には、先ほどまでの余裕はない。空我たちも身を屈めて、灯に襲いかかろうとしたところで、激しい爆音が洞窟内に響いた。


「! なんだ?」


「あれは……」


 茂豊が爆音に驚き、空我が音をした方を見て、かすかに目を見開く。


「へぇ……。これはまた随分と面白いことになったわねぇ」


 灯は空我たちに対する警戒を解かないまま、チラリと横目でその光景を見て、そんなことを言う。美夢はその光景を見て、驚愕する。


「武!!」


「くっ……」


 美夢は思わず大声でそう叫ぶ。武は苦しそうに呻き声を上げる。明らかに、美夢に返事をする余裕はない。

 武は洞窟の壁に叩きつけられていた。そして、その状態の武をボレが無傷の状態で冷たく見下ろしていた。



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