出会い
この話から第一章の始まりです
この先、基本的に0時か午前一時に投稿する方針です
再び生を受けた武が意識を取り戻し、目を開けると、和室の上に敷かれた布団の上で眠っていた。先ほどまでの白い空間とは全く違う場所に武は再び混乱する。
「ここは……」
「目が覚めたかい?」
「!」
柔らかなソプラノの声が聞こえてくる。慌てて体を起こし声のした方を向くと、小柄な白髪に赤い瞳を持つ中性的な人物が正座をしてこちらを見ていた。年の頃は中学生かあるいは小学生高学年くらいに見受けられる。その後ろには二人の女性が正座をして控えていた。
「やー、驚いたよ。森の中を散歩していたら、突然君が行き倒れてるのを見つけたんだもん」
陽気なテンションで話しかけてくる人物に武は少したじろぐが、すぐに態勢を立て直す。
「あなたがここまで?」
「運んだのは僕じゃないけど、一応ここは僕の家だよ」
その言葉に武はこの人物が自分をここまで運ぶよう指示したのだと判断する。見ず知らずの相手をわざわざ家まで運んでくれるあたり、案内人よりは遥かに信用できると判断し、武は口を開く。
「それは手間をおかけしてすみませんでした」
「いいよ、別に。そんなことより見た感じ君は僕とあまり歳が変わらないんだろう? だから、敬語じゃなくても構わないよ」
「はぁ……」
煮え切らない武の返事に、その人物はふと何かを思い出したかのような顔をする。
「ああ。そういえば、まだ自己紹介してなかったね。僕は城神空我。こう見えて十七歳の男子高校生だよ」
あまりにも幼い見た目であるにもかかわらず十七歳であると言う空我という少年に武は内心驚くが、それ以上の混乱から覚めていない武は、無表情のまま淡々と自己紹介を行う。
「俺は屋敷武。誕生日を過ぎていれば十七歳だ」
「じゃあ同い年なんだね。誕生日はいつなの?」
「八月の十三日だ」
「じゃあまだまだ先なんだね」
屋内ではあるが、部屋の上の方に付けられたエアコンのようなものが動いているようにも見えないにもかかわらず、かすかに暖かさを感じることと、空我の言葉からここの現在の季節が春の可能性が高いと判断する。
「一応、今日が何日なのか聞いていいか?」
「今日は四月十八日だよ。それがどうかしたの?」
「いや。記憶があまり思い出せなくてね。せめて、今がいつなのかくらい知っておこうと思っただけだ」
さすがに謎の声によって転生させられたとは言えない武は、心苦しさを覚えながらもそれらしい嘘をつく。
「大丈夫なの? それ」
「分からない。とにかく助けてくれたことには礼を言う。すまない」
「いいよ。人として当然のことだし」
空我はそう言って首を振る。空我は武が記憶がないということ以外に問題がないと判断し、その場から立ち上がる。
「それじゃあ、僕はやることがあるからもう行くね。ちょっと、今バタバタしてるから人は残しておいてあげられないけど、何かあったら枕の側にあるインターホンを押せば、誰か来るようになってるから」
武はチラッと枕の横を見る。そこには真ん中に丸い緑色のボタンがある白い小型のトランシーバーのようなものがあった。武はそれに頷く。
「悪かったな。俺なんかのために手間をかけさせて。とりあえず、今のところは大丈夫だから、そっちのことを優先させてくれ」
「ありがとう。それじゃあ、また夕飯のときに来るからね」
空我は右手で軽く手を振って後ろの二人の女性を伴って退出する。襖が閉まり、三人の足音が遠くなったのを確認すると、小声でそっと呟く。
「いるんだろう? 案内人」
『はい』
案の定和室に機械じみた声が響く。その声の反響具合は先ほどの白い空間にいた時と全く変わらない。
「それで? 俺はこれから何をすればいい?」
『ご自由に』
「何?」
『あくまで、私は武様の支援に徹するだけでございます。全てのことは武様ご自身がお決めになること。私は忠言を申し上げることはありましても、指示を出すことはありません』
「ずいぶんと自分勝手だな。無理矢理連れてきておきながら、俺一人の判断で行動しろというのか? ここがどんな世界なのかも分かっていないというのに」
苛立ちに声量がかすかに上がる。案内人はわずかに咎めるような声で武に忠告する。
『あまり声を大きくなさらない方がよろしいかと存じます。ご心配なさらずとも、この世界については、私がきちんと説明させていただきます。それと、もう一つ申し上げますと、私に対しては声を出さずとも、心の中で念じるだけで十分会話をすることが可能です』
案内人の言葉に武の眉がかすかに動く。
「それは、俺の思考がお前に筒抜けだと言いたいのか?」
『言葉足らずで申し訳ありません。私と会話をするという意志で私と話しかけたときのみ、私はあなた様の心の声を聞くことが出来ます。平時から武様の心中が私に筒抜けということはありませんのでご安心ください』
「今ひとつ納得できないが…… まあいいだろう。では、さっそくこの世界について話してもらおうか」
『かしこまりました』
案内人はそう言ってこの世界について説明を始める。
『まず、この世界が武様が以前いらっしゃった世界と決定的に違う点は、悪霊と呼ばれるものが存在する点でございます』
「悪霊?」
『はい。彼らは人に取り憑き、その全てを奪うことを生業としております。悪霊は主に実力面から最上級・上級・中級・下級の四段階に分類され、下級はさほど力のないものでも、よほどのことがない限り問題なく倒せますが、中級は並の祓い師一人とほぼ互角の力を持ち、上級は実力者と並ぶものもいます。さらに、最上級ともなりますと実力者であっても殺される危険があります』
「…… その口ぶりからするに、その悪霊というものに対抗する人間がいるということか?」
『左様でございます。この世界では祓い師、滅兵と呼ばれる人間たちでございます。彼らは呪力と呼ばれる力を持ち、その力を持って、悪霊と戦っているのでございます』
悪霊や祓い師たちの説明にふむと頷く。そして、先ほどの話の中で、気になった疑問を遠慮なく尋ねる。
「それで? その呪力とやらは俺にもあるのか?」
『もちろんでございます。その呪力をもって、武様には事を為していただければ幸いでございます』
「呪力…… ね。あまり、怪しい相手からもらった力を振るいたくはないが、それ以外に選択肢がないようだな」
『いえ……。そのお力は、武様が元来お持ちになっておられたものでございます』
不可解な言葉に、武は怪訝そうな顔をする。
「何?」
『おっと。少々喋りすぎてしまいました。今のはお忘れください』
どういうことだと尋ね返したかったが、どうせ何も答えはしないと判断する。
「他には何かないのか?」
『不敬ながら、現段階ではおそらくここまでで十分だと判断いたします。他の情報については、必要なときにまたおいおい話していきたいと存じます。武様はまだ混乱なさっておられるようですから、今はお休みになられてはいかがでしょう?』
疲れているのは誰のせいだと思いつつも、言葉に甘えて布団に寝っ転がる。
「少し寝る。彼が来る五分前になったら起こしてくれ。もちろん、俺以外には分からないようにな」
『かしこまりました。それと、私の声につきましては、武様がそうお命じにならない限り、武様以外には聞こえませんのでご安心ください』
どうだかなと思いながら、ゆっくりと瞳を閉じる。このほんの少しの間に様々なことが起きたせいで疲れていたらしい武はすぐに眠りに落ちた。




