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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第一章 活発化する悪霊たち
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元凶に向けて

 散歩から帰ってきた後、あまりの顔色の悪さに、美夢から休んでいるよう言われた。自分が連れ回したせいで疲れたのだと思ったのか、部屋についた後に、美夢に謝られたが、武は気にするなとしか言えなかった。おそらく、美夢は関係ない。これは疲労とは別の感覚だ。

 不思議なことに、翌日には、武の違和感は綺麗さっぱり消えていた。アレは幻だったのではないかと錯覚するほどだ。しかし、違和感に苦しんだことは、紛れもない現実であることは間違いなかった。


「…… なんだったんだ? あれは……」


 一度も来たことがないはずの神社に、なぜあそこまで過剰な反応を示したのか。そして、あの既視感から違和感に変わっていった奇妙な感覚は何だったのか。考えても何も分からない。


「体も全く問題がない。正直、ここまで体の調子がいいと、逆に別の違和感を覚えちまうぜ」


 薄く笑いながら、軽口のようなひとりごとを言うが、すぐに顔が険しくなる。


「今度は何だ?」


 また武に妙な感覚が襲いかかる。今度は既視感でも違和感でもない。小さな胸騒ぎが武の意識に訴えかけていた。この数日で、理由が全く分からない感覚が連続して襲いかかってくることに、武は思わず大きなため息をついてしまう。


「…… とにかく、あと四日あるんだ。残りの休暇は素直に休んでおいた方がいいか」


 武は布団に潜り込み、ゆっくりと休むことにする。当然、この日の修練も行うことはしなかった。






 ○○○○○


 休暇明けの日の朝。修練を終え、シャワーを浴びた武は、朝食を取るべく、自室へと向かっていた。ここに来てから、ずっと食事は自室で取り続けている。他の人間と接触するには、自室以外で食事を取った方がいいということは分かっているものの、武は城神家の屋敷についてごく一部しか把握していないため、現状自室で取るほかなかった。皆で食事を取る場所である食堂などがあるのかもしれないが、存在しているかどうかすら知らない状態ではどうしようもない。他の祓い師たちも自室で食べているのなら、他で食事を取っても時間の無駄だ。

 そんなことを考えていると、自室に到着する。武は、自室に入ると、用意されていた朝食を手早く食べる。食べ終え、修練用の服から任務用の装束に素早く着替えると、襖の外から二人分の足音が聞こえてくる。武には訪問者の正体が分かっており、部屋の前に来た段階で声をかける。


「おはよう。もう準備はできてるから入ってきていいぞ」


 武がそう言うと、訪問者たちが襖を開けて中に入ってくる。任務用の装束を着た空我と美夢だ。


「おはよう、武。休暇初日で具合が悪くなったって聞いたけど、大丈夫だった?」


「ああ。問題ない。もうすでに体力気力ともに全快している」


「それは何より。やー。この数日忙しくて、お見舞いに行けてなかったから心配してたんだ。顔を見せられなくて、ごめんね」


「いや、多忙なのに気を遣わせたんだ。こちらこそ、すまなかった」


「そう言ってくれると嬉しいよ」


 空我は愉快そうに口元を歪める。武は小さくため息をつく。もう違和感は感じない。しかし、胸騒ぎは止むどころか、むしろ大きくなっていた。この五日間ずっと感じ続けてる不快な感覚だ。だが、五日前のような体に変調をきたすほどではない。


「じゃあ、とりあえず行こうか…… と言いたいところだけど、少し座ってもいいかな? 説明したいことがある」


「何だ?」


 武はすっと目を細める。また一段と胸騒ぎが大きくなる。どうやら、胸騒ぎの正体はこれから始まる任務のことらしいと武はあたりをつける。

 武が座ることを促すと、二人は畳に正座する。武も正座して座ると、空我が口を開く。


「前にも言ったと思うが、最近悪霊が出没することが多発している。権藤からも聞かされているだろうけど、通常、悪霊はある一定の周期で出没する。こう連続で出没することは滅多にないことだ。そして、この大量の悪霊出没に関して、何者かが糸を引いていることが判明した」


「そういうってことは、そいつの正体が分かったのか?」


「ああ。今回の件の首謀者は最上級悪霊の一匹がであることが判明した」


「!」


 武は驚く。最上級悪霊とは悪霊の中でも最上位の存在だ。その実力は、熟練の祓い師でも祓うことが難しいとされている。少なくとも、過去三回で武が経験した任務で祓った悪霊とは比べものにならない連中だ。そんなものが関わっているということに、武の背中に冷や汗が流れる。


「あくまで可能性の段階だけどね。ただ、今回の一件の元凶とみられる者の居所と思われる場所が分かった。今回、僕たちが請け負う任務は、その場所に行って元凶を叩くことだ」


 空我のその言葉だけで、武は胸騒ぎの正体が分かった。まだ確定したわけではないとはいえ、悪霊の中でもトップクラスと呼べるものとの戦闘。それが近々起こると、武に警告していたのだ。


「まさか三人だけってことはないよな?」


「一応、あと一人追加で来ることにはなってる。でも、基本的に四人でやることになるから、そのつもりでね」


「大丈夫なのか? それで」


 武は不安そうな顔でそう尋ねる。彼にとって、最上級は未知の領域だ。その手前の上級すら戦ったことのない武が不安になるのは無理もない。


「問題ない。なにも今までみたいに君一人でやらせようってわけじゃないんだ。今回は僕らも手を貸す。それに、昨日あたりから、また悪霊たちが活発化してきたからね。人手が足りてないのさ」


 空我はそう言って肩をすくめる。どうやら、空我にとっても苦渋の決断だったらしい。最上級相手に四人で挑むのは不安以外の何物でもない。だが、いるかどうかも分からない最上級に戦力を割きすぎて、他が手薄になり、思いもよらない大被害を被っては目も当てられない。だからこそ、祓い師の中でもトップクラスの実力を持つ空我がこの任務に参加したのだ。


「とにかく、そういうわけだから、いきなりで悪いけど、かなり危険な任務になる。僕らがついているとはいえ、気を引き締めてかかってくれ」


「分かってる」


 武は強く頷く。最初は最上級の単語に気圧されたが、逆に考えればこれはチャンスだ。悪霊の最上位との戦闘。今までの雑魚悪霊と違い、かなり厳しい戦いになるのは間違いない。死ぬ可能性も決して低くはないだろう。だが、だからこそ、重要な情報を得るチャンスが増える。

 何でもいい。記憶が戻る気配がない以上、とにかく情報が欲しかった。虎穴に入らずんば虎子を得ず。行くしかない。


「心の準備はできた? なら、行くよ。現地の少し離れたところで、もう一人と合流することになってる」


「分かった」


 武の返事を聞くと、空我と美夢は立ち上がり、部屋から出ていく。武もその後をついていく。最後に出て、襖を閉じようとしたところで、ふと体が止まる。


 最上級悪霊。


 その単語を頭の中で反芻すると同時に、体がぶるりと震える。恐怖から来るものなのか、武者震いなのかは武にも分からなかった。最上級が、どの程度の力を持っているのかは分からない。案外大したことがないのか、それとも想像を絶する強さなのか。だが、おそらく前者はないだろうなと武は思う。


「どうしたの?」


 戸に手をかけたまま、立ち止まっている武に、空我は不思議そうな顔で尋ねてくる。どうやら、少々長く考え事をしてしまったらしい。


「いや、なんでもない」


 武は手早く襖を閉める。これから先、武に待ち受けているものは何なのか。それは、この状況では分からなかった。



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