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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第一章 活発化する悪霊たち
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休息2

 草木も眠る、丑三つ時。武は布団にも入らずに、壁に寄りかかるように座り込んで、考え事をしていた。

 この世界に来てから、もうずっと考え事ばかりをしている気がする。本来、頭を使うことを不得手としている武にとっては、本音を言えば、何も考えずに本能に身を任せて行動をしていたかったが、この状況ではそうはいかない。


『思考を止めることは、死ぬことと同義だよ』


 武のおぼろげな記憶の中にある数少ない言葉の一つだ。どこで言われたのかも、誰に言われたのかも分からないが、間違いなく今の状況を適切に表した言葉だった。


(とはいえ、未だに情報がまともに集まっていない――いや、情報自体は、どうでもいいものを含めて、それなりに集まってはきているが、肝心の情報が全く手に入っていないこの状況では大した考察もできない。フラッシュバックのようなものも、あの試練以来一切起きていない。焦りは禁物だが、ここまで何もないと、どうしても逸ってしまう)


 武は右手の拳を強く握る。しかし、焦燥を抑えることはできない。案内人(ガイド)はこの世界の働き次第では元の世界に戻すと言っていた。だが、具体的に何をすればいいのかについては一言も言わなかった。つまり、主導権は完全に案内人(ガイド)に握られている形になる。それに、そもそも元の世界に戻す気があるのかどうかが分からなかった。

 だが、そんなことは最初から分かっていたことだ。それよりも、考えるべき事は他にある。


(なにより、一番分からないのは、どうして俺がここまで元の世(・・・)界に戻りたがってる(・・・・・・・・・)かということだ。俺は奴に会うより前のことについて、明瞭な記憶を持ち合わせていない。俺が元の世界に戻りたいと思う理由も正直なところ分からない。なのに、なぜ俺はここまで元の世界に戻りたがっているんだ?)


 案内人(ガイド)がそういう風に考えるように仕向けたと考えるのが一番簡単だ。だが、そんなことをして、案内人(ガイド)に何のメリットがあるのかが分からなかった。あの記憶の断片と思われる映像を見せたことも同様だ。

 武は頭を抱えたくなった。この世界に来てから、まだ一月も経っていないというのに、理解不能なことが起こりすぎて、つい頭が思考することをやめようとしてしまう。

 武はいったん頭の中をリセットし、別のことを考えることにする。


(次に気になるのは、空我と美夢の二人だ。あの二人については、全くといっていいほど、何も分からない。だが、あのときどき感じる違和感は紛い物じゃない。だけど、なんなんだ。この違和感は……)


 確かに城神家――特に空我には恩がある。そのことには感謝している。しかし、だからといって、全面的に信用することは難しい。美夢も同様だ。

 空我については疑問点はいくつかある。二日目の夜に見せたあの異常な呪力は言うまでもないが、呪力がやや多めなだけで、しょせんは行き倒れていたにすぎない武に対し、優れた祓い師になると確信に近い発言をしたこと。次期当主候補として、かなり忙しいはずなのに、部下に任せずに、自ら見習いの祓い師である武のお目付役を行っていたこと。なにより、初対面に近く得体の知れないはずの武に対し、あっさりと心を開くような素振りを見せたことが武の目には異様に映った。

 心を開いているような態度は演技の可能性も高いだろうが、それを武にやる理由は普通はないはずだ。もちろん、空我自身がただのお人好しという線もあるが、それだけでは理由としては弱いように感じた。そして、それは美夢に対しても言えることだ。いや、美夢の方が違和感が強い。武がこの屋敷に来た後も、何度か接触した空我はともかく、美夢とは、ここまで任務以外では、全くといっていいほど接点がなかったはずだ。つまり、ほぼ初対面だ。なのに、美夢はあっさりと心を開き、先ほどまで武と二人きりでずっと話していた。人懐っこいだけで、ここまでになるものなのか? 空我の言葉を借りるならば、祓い師になるために共感能力をなくしているはずなのにもかかわらずだ。

 心の中にしこりはあるが、居候させてもらっている身で、空我たちに疑惑をぶつけるわけにはいかない。怒りを買って、追い出されれば、他に行く当てのない武にはどうにもならない。結局のところ様子を見るしかないのは変わらない。それ以前に、空我たちと事を荒立てる気など毛頭ない。

 そこまで考えていると、ふと武の頭の中に、いくつかの仮説が浮かぶ。その中のいくつかはあまりにも突拍子もなさすぎて、思わず鼻で笑ってしまう。しかし、残された仮説については、ありえないと切り捨てることができずにいた。


「…… もう、三時か」


 何気なく時計を見上げると、もう三時になっていた。修練を始めてから、三時半頃に起きて、修練を行うという習慣が身についてしまっているので、もう寝る時間はほとんどなかった。


「まあいい。とりあえず、思案はここまでにして、少しでも休んでおくか。幸い今日から五日ほど休みだ。体内時計が狂わない程度に今日は休むとしよう」


 思考を止めることはよくないことだとは言っても、人間休まなくては話にならない。いくら頭の中で考えがまとまっていても、体がついていけなくては意味がない。体は資本だ。ましてや、祓い師のような厳しい仕事ならば、体調管理はきちんとしなくてはならない。そもそも疲労していては、まともな思考など無理だ。

 そう考え、武は布団に潜り、ほんの少しだけ仮眠をとることにした。






 ○○○○○


 朝の修練、朝食を終え、一段落ついた武だったが、その顔の色には少し不機嫌さが浮かんでいた。今、武は屋敷からほど近い市街地にいた。


「…… 俺はどうしてここにいるんだ?」


「何をブツブツ言ってるの?」


 武は左側から聞こえてくる声の方を向く。そこには、武をここまで連れてきた元凶がいた。その元凶はニコニコと屈託のない笑みで武を見てくる。


「なぁ、一つ聞いていいか?」


「何?」


「ここで一体何をする気なんだ?」


「あなたが、このあたりのことがよく分からないって言ったからじゃない。屋敷の近くくらいは覚えておきなさい。気晴らしに外に出たときに迷わずにすむから。任務以外で屋敷にこもってるのはよくないよ」


「それはそうかもしれないが……」


 武は元凶――美夢の言葉を否定できなかった。ずっと修練ばかりしているわけにはいかない。かといって、部屋の中にずっとこもっているだけでは、精神衛生上あまりよろしくない。なら、気分転換に出かける場所くらい見つけておいた方がいいだろう。そのために案内してくれるというのは、武にとってはありがたい提案であることは間違いない。

 しかし、正直、空我ほどではないにしても、美夢もほんのわずかだが怪しい点がある。ある程度確信を持つまでは、できるだけ距離をとっておきたかったが、ここは素直に受け入れるしかない。武が無表情のまま、そんなことを考えていると、腕を引っ張られる。


「ほら、何ボーッとしてるの? 行くよ」


「ああ」


 武は手を引かれるがまま、美夢についていく。しばらく歩いていくと、一つの店に着いた。


「ここは?」


「祓い師専門の武器屋さん。刀とか、槍とか、銃とか、弓とか……。そういう武器を使う祓い師さんたちが使う店だよ。武はもう素手と呪符だけで祓うのが習慣になってしまってるみたいだけどね」


 美夢の言葉に、武は権藤に教わったことを思い出す。祓い師は呪符を用いて、呪力を武器に纏わせることでも悪霊を祓うことができる。当然、素手よりも直接攻撃面での射程(リーチ)が稼げるので、武器を用いている祓い師は多い。武は一刻も早く祓い師になりたかったこともあり、武器の調達面や個別の鍛錬による時間のロスを嫌って、近中距離主体の祓術と素手のみで戦うことを選択したが、それは早まった選択だったかもしれないなと武は思う。現状では何も問題はないが、だからといって、これから先も何も問題が起こらないとも限らないからだ。


「基本的にここで武器を調達するのか?」


「いや、この辺一帯が祓い師専門の店で固められてるから、すぐ近くにも何個か武器屋さんはあるよ。ただ、私はここで武器を調達しているってだけの話」


 その言葉に、武は美夢がいつも背中に黒い袋に入れた長物らしきものを担いでいたことを思い出す。


「そういえば、お前、何か担いでたな。アレもここで買ったものか?」


「そうだよ。私は薙刀に呪力を纏って、悪霊を祓うことを得意としているの」


 薙刀。女の武器だと馬鹿にする者もいるが、それは逆に言えば、非力な女性が使ってもかなりの強さを誇るほど優秀な武器だということだ。まだ腕前を垣間見たことはないが、おそらくは美夢自身も相当な手練れに違いない。


「今のところは素手と祓術だけで十分かもしれないけど、そのうち必要になるかもしれないし、見ておいて損はないでしょ?」


「それもそうだな」


 武は素直に肯定する。実際、まだまだ任務を三回こなした程度だ。しかも、相手は基本的に雑魚ばかり。いつまでも今のスタイルが通用するとは限らない。そういう意味では、この辺り一帯の場所を教えてもらっただけでも、十分価値はあった。


「何か買いたいのなら待つけど、ないなら次のところ行ってもいい?」


「ああ。構わない」


 武の返事を聞くと美夢はそのまますたすたと歩いていく。

 そこでふと、武はポケットの中にある財布の中身を確認する。三回の任務に加え、もともと案内人(ガイド)が用意していた分もあって、それなりに懐は暖かかった。もちろん全ては持ってこずに、残りは違うところに保管してある。どうやら、案内人(ガイド)は情報に関しては何も話してくれないが、金銭面やそれを保管する場所に関しては、きちんと支援してくれていたらしい。それに気付いたのが、今朝というのが情けない話であるが。

 次に来たのは、服屋だった。最初は美夢が服を見たいんだななどと思っていたが、店の近くまで来てみると、メンズ服を取り扱っている店らしく、とても、美夢自身の服を見る気があるとは思えなかった。


「武。あんた、私服、いつも同じ服じゃない。たまには、違う服も着てみなさいよ」


 そう言われてみると、武はほとんど同じ服ばかりを着ていた。城神家に連れて行かれたときに着ていた服と、空我が用意してくれたらしき服が二、三着。今日着ているのもそのうちの一つだ。

 部屋のすぐ側にある浴室に洗濯機は備えつけられているので、洗濯して着回せば、普段は十分問題ないのだが、もう少し服を持っていても損はないのは確かだった。


「そうだな。確かに、あと一着か二着くらいは買ってもいいかもな」


「そう来ないとね」


 それから、武は美夢に半ば着せ替え人形のような扱いを受けた。一時間ほど、服を見て回った結果、武はシャツとパーカーを一着ずつと、ジーンズ二着を購入した。


「…… 結構買ったな」


「今日はセールをやってたからね。かなり安く買えたし、問題ないでしょ」


「まあな」


 武は両手に袋を持ちながら、肯定する。美夢の言う通り、武が考えていたほどの出費はなかった。ただ、荷物が少しかさばるのが気になるが、そこは目をつぶるしかない。


「そろそろ昼飯時だし、どこかで食べに行く?」


「任せる。昨日も言ったが、俺には何があるのかさっぱり分からん」


「じゃあ、ついてきて」


 美夢はそう言って、服屋の横の脇道に入る。少し進むと、飲食店が立ち並んでいた。


「しかし、こうしてみると、デートみたいだね」


 美夢がイタズラっぽい笑みで、そんなことを聞いてくる。


「ああ、そうだな」


 両側の飲食店に意識を割いていた武は、生返事で返してしまう。美夢は不満そうに頬を膨らませる。


「どうした?」


「別に」


 不機嫌そうにしている美夢に武は不思議そうな顔で尋ねる。だが、美夢はそっぽを向いてしまう。武はきょとんとした顔で首を傾げるが、美夢は気にせずに目的地まで黙々と歩いていく。


「どうしたんだ?」


 心底分からないという顔をするが、美夢は無視して歩く。五分ほど歩くと目的地に到着する。


「ここだよ」


 この五分ほどで機嫌が直ったのか、屈託のない笑みで店を指さす。黒地に白い文字で『京生(きょうしょう)』と看板には書かれており、上に『cafe』と書かれていることから、おそらくは喫茶店なのだろう。

 美夢に連れられて中に入ると、茶を基調にしたシックな内装をしており、なかなかおしゃれな店だった。


「いらっしゃいませー。あ、美夢ちゃん」


「こんにちは、久子(ひさこ)さん。二人だけで席空いてる?」


「ええ、空いてるわよ。こっちへどうぞ」


 二人を迎えたのは、黒い蝶ネクタイを着けた女性だった。見た目は二十代後半から三十代前半くらいに見える。どうやら、美夢とは親しい間柄らしい。女性に案内されたのは、窓側のテーブルだった。外の景色がよく見える。


「さっきの人は、権藤久子さんって言ってね。うちの使用人の権藤さんの奥さんなんだよ」


 美夢の言葉に武は目を丸くする。権藤は武に祓術を教えてくれた祓い師の師匠だ。その権藤の妻がやっている店なのかと、キョロキョロと店を見渡してしまう。


「ふふっ。そんなに驚かなくてもいいのに」


「いや、突然そんなことを言われれば、この程度は当たり前だと思うが……」


 適当に返答をしつつも、武はあることが気になった。しかし、それほど気にすることでもないので、この店に何があるのかを見るために、メニューを手に取った。その後、久子が注文を取りに来たので、武はたらこスパゲティとオレンジジュースを頼んだ。十五分ほどで運ばれたそれは、見た目がよく、味も文句なしに美味しかった。満腹になったところで、会計を済ませて次の目的地へと向かった。

 二人の散歩はまだまだ続く。

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