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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第十章 狂いきったフィナーレ
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空神と剣聖

 天霧心友は懐に愛剣を携え、七支唯とともに山道を歩いていた。その空気は重い。

 理由は心友にあった。彼女の雰囲気が明らかに尋常ではない。ピリピリしているというわけではなかったし、張りつめているというわけでもなかった。傍から見ればいたって静かで仕草も表情もどこも不自然さはなかった。

 そう何もない。何も変わったことなどありはしない。ただ重かった。

 たとえ表に出さずとも、どんなに隠そうとしたとしても、彼女の心中が穏やかでないことは明らかだった。



 その理由を察している唯はあえて何も言わずに心友の後ろに付き従っている。だが、彼女の表情は心友と違って硬い。これから会う相手のことを考えれば当然のことだろう。

 まず間違いなくこの世界でも屈指の実力者。それに加えて、唯はその相手のことを知っている。

 常軌を逸した異常者。唯はその男のことをそう評している。

 もちろん、他にもそう呼ぶべきものは山ほどいる。そんなことは分かっている。だが、唯は彼ほどその言葉がぴったりあう者がいないとも思っていた。

 他と一線を画す実力を持つ人形。従わざるを得ない者の命とあらば、どんなことでも何のためらいもなくやってのける彼を唯は心底恐れていた。

 だけど、同時に逃げるわけにはいかないこともまた理解していた。逃げたところで、心友は彼の下へ向かうことをやめない。そして、彼女一人ではただでさえ低い勝率がさらに下がってしまう。

 それだけではない。ここで逃げるということは(自分)が立てた誓いをも踏みにじるということでもある。それにどのみち逃げたところでどうにもならない。ならば、腹をくくってしまうより他ない。

 唯は今まで揺らいでいた覚悟をようやく固めた。何があっても心友の側にいよう。それが彼女とのかけがえのない約束なのだから。






 ○○○○○


 藍岸神殿地区の外れにある湖畔。空我はベンチに座りながら、目の前の湖を見ていた。

 湖の名を『神殿(しんでん)()』といい、神殿地区の水資源確保に大いに貢献してきたそこそこの大きさを持つ湖だ。

 そして、同時に彼にとってもっとも思い入れのある土地でもある。この世界に生まれてからこれまで彼は一度もこの地を訪れなかった。

 今日この時までここに来るなと命令されていたからだ。仮に命令されていなくとも、彼がここに訪れることはなかったと思われるが。



 いずれにしても、因縁深い土地であることに変わりない。予想していたとはいえ、こんな場所でことに及ぶことになるとは因果なものだと空我は思う。


「ここで決着をつけさせるとはね。つくづくあいつも性格が悪いよなぁ。お前もそう思うだろ? 心友」


 空我は自信に近付いてくる心友と唯に視線を向けて話しかける。心友は目を細めて、不快そうな表情になる。


「心友…… か。前から何も変わってないみたいで何よりだよ」


「何か問題でもあるの? 心友って結構いい名前だと思うけど?」


「お前がそう思うんなら、そうなんじゃない? ボクの知ったことじゃないけどさ」


 どこか喧嘩腰にも思える二人の間には冷たい空気が流れる。何かきっかけがあれば、今すぐにでも戦いを始めてしまいそうなくらいには不穏な空気だ。


「ふふっ。相変わらず余裕がないなぁ。そんなに怒ってるの? 前の世界でお前の父親を殺したこと」


 空我の言葉に心友は目を大きく見開く。刹那、心友は空我を強い目で睨みつける。


「おっと。怖い怖い。そんな怖い顔しないでよ。哀れになっちゃうからさ」


 そこで心友の我慢の限界は越えた。鞘から剣を抜くと空我に斬りかかる。だが、空我は回避や防御の動作を取ろうとしなかった。心友の剣は空我の身に届く前に空中で止まる。


「!」


「ほら。言わんこっちゃない。冷静さを欠いてるからだよ」


 空我は右ストレートを心友の腹に叩き込もうとする。心友はそれを咄嗟に左手で受け止め、数歩下がる。


空間(・・)を盾にしたのか」


「ご明察」


 空我が答えると同時に彼の周囲の空間がねじ曲がっていく。しばらくすると、空我の周囲に透明な結界のようなものが形成される。


「僕は全祓い師の中でも最強の防御力を持つ空間使いだ。お前では僕に傷一つつけられない」


 余裕の笑みを浮かべながら、空我はそう言い放つ。心友は肩で息をしながらその言葉を黙って聞く。数秒ほどで乱れた息を整えると心友は不敵な笑みを浮かべる。空我はそれに怪訝そうな表情を浮かべる。


「確かにボクではお前には傷一つつけられないかもしれない。でも、二人ならどうだ?」


「!」


 空我の頭上には空中で上下逆さまの体勢になったまま十字槍を振りかざす唯の姿があった。唯は空我の脳天めがけて十字槍を突き出す。空我は自身の頭上に空間の盾を張って防御する。

 その際に空我の前後左右の盾が消える。心友はその隙をついて強烈な片手突きを放つ。空我は間一髪でかわし、その場から飛び退く。

 唯は体勢を立て直して着地し、心友とともに空我を見据える。


「ちっ。やっぱり、この程度じゃダメか」


「死角からの連続攻撃か。やってくれるじゃないか」


 空我の頬には冷や汗が流れていた。いくら彼でも意識の外からの攻撃は防げない。もちろん、自身への攻撃を自動的に防御するように設定することも可能だが、そんなことをすれば計画に支障が出かねない。

 空間を統べて、その性質を変え利用する。確かに凄まじい能力だが、それゆえにむやみやたらには使えない。何せ、一歩間違えれば世界を崩壊させかねない。それほどにこの力は強大だ。

 逆に言えばそこに付け入る隙があると二人は考えていた。まともに戦えば勝利はまず無理だ。けれど、連携攻撃によって彼を攪乱すれば勝機は充分にある。それが二人が事前に立てていた策だ。



 思えばこの時のために心友はこの世界を生き抜いてきた。正直、それ以外のことはどうでもよかった。だからだろう。殺したくて殺したくて仕方がないほど憎んでいた相手をあそこまで可愛がれたのは。

 最初は憎悪しかなかった。けれど、彼を殺す(本懐を遂げる)にはあまりにも実力差が隔離していることを一目で理解した。してしまった。そして、同時に認めざるを得なかった。前の世界から彼は途方もなく遠くに行ってしまったのだと。



 いまさらだが、彼ら三人も転生者だ。全員が同じ世界からこの世界に生まれ変わった。

 転生したということに心友と唯は当初錯乱寸前のところまで混乱していた。とくにそのときの心友の心中は察するにあまりある。何しろ、前世と性別(・・)が違っていたのだから。

 些細なことと切り捨てることなどできなかった。男と女では体も思考も生き方も何もかもが違う。他も大概だったが、一番辛かったのは体の違いだ。頭と体の性別が違うというのは想像を絶する苦しみを人に与える。

 まして、彼はこの世界に来るまではずっと男だったのだ。その経験を完膚なきまでに否定する、今までとまるで勝手の違う体。よくも耐え抜いたものだ。



 確かにこの世界に生まれ落ちてからずっと苦しんでいた。だが、それ以上に成し遂げたいことがあったのだ。それを達成するチャンスがあると知ってから、心友は奮起した。違う性別でも必死に適合しようと努力した。

 彼は――いや、彼女は適合した。多少、言葉遣いに難があったが、それも許容範囲。そして、彼女は実行するべく準備に入った。

 まず、空我の情報を得るために彼にべたつき距離を徹底的に詰めた。多少嫌がる素振りを見せたが、最初から空っぽの彼なら本気で嫌がることはないだろうという算段から来る策だった。

 結果として作戦はそこそこ上手くいった。空我の情報をある程度引き出すことはできた。しかし、決定的とはほど遠かった。けれど、もうここまで来てしまった。引き返す選択肢などとうの昔に消え失せている。



 ならばやるしかない。今、やらねば永遠に機会を失ってしまう。心友は賭けることにした。唯と二人でなら必ず空我を討つことができるという可能性に。

 心友と唯はそれぞれ武器を構える。二人の肉体から殺気が漏れ出る。


「来るか」


 攻撃が来ることを悟った空我は口元を歪める。その表情には先ほどまでの焦りは見られない。ただ二人をじっと見ている。


「先手を譲るか。それが命取りにならないといいけど」


 心友は言い終わると同時に洗練された動きで袈裟斬りを仕掛ける。空我がそれを身を反らしてかわすと、今度は唯の刺突が襲いかかる。

 突き出される槍を右手でそらすと、唯は右手を槍から離して空我の顔面めがけてパンチを放ってくる。その一撃は拳で強化されており、常人ならばまともに食らえば肉片になるだろう。空我はそれを左手で受け止めると、唯を遠くへ投げ飛ばす。投げ飛ばした後の隙を狙って心友が斬撃を放ってくるが、それは空間の盾で防がれる。だが、いち早く復帰していた唯は空我の背中に渾身の突きを放つ。


「ほんと、ワンパターンだね。お前ら」


 空我はため息をつくと心友の腕を掴み、唯の方へと投げる。唯はそのまま突けば心友の体を刺してしまうと判断し、咄嗟に刺突を止めて槍をそらすが、空我はその隙を見逃さずに二人まとめて殴り飛ばす。


「ぐはっ!」


「ぐっ!」


 二人は地面に叩きつけられて血反吐を吐く。地に倒れた心友と唯は内心焦燥に駆られていた。同時に二人の頭の中を一つの疑問が支配する。今の唯の刺突は空我からは見えなかったはずだ。なのに、なぜ心友を的確に唯の方角に投げることができたのかと。

 息も絶え絶えといった様子で混乱している二人を空我は呆れた表情で見下ろす。


「無様だなぁ。こんなんで、よく命取りになるとか言えたもんだね」


 心友も唯も何も言い返せない。二人が空我に歯が立たないのはれっきとした事実。目のつけどころはよかったが、二人がかりで隙を作ろうとしたところで意味などありはしない。


「確かに僕の力は使いにくい。自分でしっかりと意識して使わないととんでもないことになる。だから、僕の意識を分散するために二人がかりで攻めるのは悪くないとは思うよ。普通ならね(・・・・・)。けど、そんなんじゃダメなんだよ。理由があるんだ。お前らでは僕を倒せない明確な理由ってのがね」


「理由?」


「そうだ。僕はこの強大な力を与えられると同時にもう一つもらい受けた物があるんだ。それが空間認識能力」


「「!」」


「何をそんなに驚くことがある? 普通に考えれば分かることだろう? 空間を統べるのなら、それを認識できなければ話にならない。要はどれだけ拍子を外すために死角から攻撃しようが、僕には全て見えてるんだよ。それこそ、手に取るようにね」


 空我の言葉に心友は歯噛みする。空我の言う通りだ。何かを操ろうと思えばそれを認識する必要がある。空我のあまりにも絶大な力に気を取られすぎてそんな基本的なことすら忘れていた。

 いや、空我も意図してそれを行っていた節がある。この世界に生まれてから、空我が実戦でその力を使う機会を見たのはわずか二回だけだ。一度目は過去に複数の上級悪霊討伐任務を共に行ったとき。そして、もう一度は虎善恭司を惨殺して勝利した第三回歓楽戦の大将戦だけだ。それ以外は空我自身の口から聞いたわずかな情報でしか知らない。

 つくづく自分の準備不足が恨めしい。おそらく、意図的なものなのだろうがそれでも自分の不甲斐なさに怒りを覚えてしまうのは仕方のないことだった。



 自分の無力さに歯噛みする心友に空我は悪辣な笑みを浮かべて、右手を振り上げる。


「僕もそう暇じゃないんでね。そろそろ終いにしようか」


「くそっ……」


 もはや心友に勝ち目はない。せめて唯だけでも助けようと彼女を突き飛ばそうとしたときだった。横からよく透き通る声が響く。


「待ちなさい」


 空我は声がした方向をゆっくりと向く。そこには鋭い目で空我を睨みつける織珠の姿があった。


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