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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第九章 笑わせる正義
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兄弟対決

 いよいよ燃と対決に入ろうとしたところで、武は織珠の方に視線をやる。


「人魅。てめえは逃げてろ」


「え?」


 突然の指示に織珠は言葉を失う。二人の因縁は織珠も知っている。けれど、目の前の少年は父親の敵だ。みすみす見逃すことは感情的に不可能だった。

 そんな心情を察してか武は多少申し訳なさげな顔をして言う。


「親父の仇を討てないのは悔しいだろうが、悪いがこいつとの戦闘でお前を巻き込まねえ保証はできねえんでな。もっとも、巻き込まれたところでどうとでもなるようにセッティングされてる可能性もあるが……」


 お構いなしにまくし立てられる武の言葉に織珠は戸惑う。


「何の話を……」


「いや、何でもねえ。とりあえず、てめえは逃げてろ」


 静かながらも有無をいわさない武の言葉に織珠はしぶしぶながらも文大の亡骸を抱えてその場から離脱する。


「逃がすと思うのか? てめえらまとめてこの場で……」


「うるせえな。てめえの相手は俺だ」


 織珠を追おうとした燃を殴り飛ばす。燃はとっさに左腕で防御するが武の強力な一撃に左腕が痺れてしまう。


「手ごたえありだな」


 武はニッと笑う。燃は舌打ちをして痰を吐く。


「ほざけ。いい気になってんなよ」


「いい気になってるのはあんただろ? にしても、まだそんなちぐはぐな正義(モノ)にすがりついてるとはさすがに予想外だったぜ」


 武の言葉に燃は一瞬だけ黙る。だが、小さく笑うとすぐにその口を開く。


「言ってくれるじゃねえか。俺の正義がちぐはぐだと?」


「事実だ。実際、あんたの行動や言葉に一貫性がまるでない。まぁ、あったらあったでひくがな」


「はっ。偉そうに言ってんじゃねえよ。てめえだって、どう言いつくろったところで掲げてる信条(モン)は俺と同じだろ?」


「違えよ」


「そうかい。なら、それを証明してみろ!」


 燃は再び武に襲いかかる。武は燃の攻撃をかわし、白い炎を飛ばす。燃はそれを赤い炎で迎撃する。

 だが、わずかに白い炎の方が強く赤い炎を飲み込んで燃を覆う。燃は赤い炎を全身に纏いながらその場から退避する。どうにか逃げ切れた燃の体にはあちこち火傷の跡があった。

 しかし、燃は構わずに赤い炎を四肢に纏って拳と蹴りの連続攻撃を武に仕掛ける。武は悠々とその攻撃をかわしながら、武の腹に蹴りを入れる。燃はその足を掴もうとするが、その前に武は足を引き、空いた顔面に張り手を叩き込んで距離を取る。



 今の一撃で口の中が切れたのか再度燃の口から血が流れてくる。燃は右手で乱暴にその血を拭いながら武に尋ねる。


「さっきお前は違うと言っていたが、結局同じだろ? 俺もお前も自分の正義のために戦う。それだけのことじゃねえか。何が違うってんだよ」


「何もかもだ。俺の信念をお前の掲げる下らない正義などと同じにすんなよ」


 燃は小さくため息をつく。小さく笑みを浮かべて、先ほどとは打って変わった優しい声で、武に尋ねる。


「……なぁ、武。どうして、お前はそこまで正義を否定する? 俺は早々にリタイアしちまったから、あの後何が起こったのかについては知らない。だけど、お前のおかげで、少なくとも、俺たちは救われたと聞いた。なぁ、武。あの後、お前に何があったんだ?」


 不躾な問いだった。答える必要は全くない。けれど、思い返す意味はある。



 悔いはない。あの状況であの選択をしたことは何度思い返したところで間違っていなかったのだと自信を持って言える。だが、その一件のせいで正義というものが信じられなくなった。

 武の信念が揺らぐことはない。しかし、その方向性が大幅に変わってしまった。そのきっかけとなった事象を極力思い出したくないと心のどこかで思っているのも事実だ。それに加えて、今、無理矢理にでも思い出さなくてはならないというわけではない。

 意味はあるが必須ではない。ならば、今すぐにでもやるべきことではない。優先順位を見誤ってはならない。今、やるべきなのは目の前の男の始末だ。

 でも、過去の記憶を断片的にでも思い出したことで言えることはあった。


「正義っていうのは他人のために何かを為すことを指すわけじゃない。ただの利己的な自己満足にすぎないんだよ」


「何?」


「ふん。理解できなきゃ理解できないで構わねえ。でもな。正義とか清廉潔白っていう言葉は言うほど綺麗なもんじゃねえぞ」


「知ったような口聞いてんじゃねえか。てめえ、自分が何言ってんのか分かってんのか?」


「分かってるに決まってる―― というより、あんただって分かってんだろ。それを認めたくなくて必死に事実から逃げ続けてる。結局あんたも俺もその他大勢もあいつの言う通り、等しく平等に同じなんだよ」


 残酷な言葉だった。今まで、それ以外に寄る辺のなかった燃にとっては死刑宣告にも等しい言葉だった。燃は思わず我を失い叫ぶ。


「違う!」


「何が違う? いい加減に気付けよ。あんたがやってるのは、ただの独善的な行動にすぎねえってことをよ!」


 武の言葉に燃は呆然と立ち尽くす。返す言葉はなかった。どこを探しても見つからなかった。見つかるはずもない。この世に絶対的な善などどこにも存在しやしないのだから。

 思わず脳内に『自分は正義などではない』という言葉が浮かび上がってくる。燃は頭を大きく振ってそれを否定し吠える。


「もういい! てめえの戯れ言はもう聞き飽きたぜ! てめえはこの場で殺す! もう殺す! さっさと殺す!!」


「どんどん発言が支離滅裂になってきてるぜ? 動揺しすぎだろ」


「うるせえって言ってんだ!!!」


 燃は両手に大量の呪符を取り出す。燃がその呪符に大量の呪力を込めると、燃え盛るような赤い炎が燃の体を包む。

 炎は収束し、燃は膨大な熱量を全身に纏った状態になる。その火力は常軌を逸するなどというものではない。鉄の融点をも軽々と上回る高温の炎を前に武は白い炎を纏いながら呆けていた。

 別に燃のあまりにも圧倒的な炎に諦めたというわけではない。ただこの世界で燃と出会ったときのことを何となく思い出しただけだ。



 燃とこの世界で初めて出会ったのは歓楽戦の合宿の時だった。半ば空我に脅されて参加させられた歓楽戦に備えるという名目で同様に強制的に参加させられた合宿の風呂場で彼と会ったのだ。

 その時は記憶が戻っていなかったこともあり少々親切な男だとしか思っていなかった。



 彼の実力を見たのはその次の日のことだった。

 レナを難なくあしらった武を見て、燃は手合いを持ちかけてきたのだ。断る理由がなかった武はそれを受け、そして、すぐに六本柱の力を思い知らされることになった。



 変われば変わるものだ。その時は燃のあまりの火力に圧倒された。けれど、その時よりはるかに凄まじい火力を放っている今の燃にまるで畏怖を感じない。驚嘆こそするがそれだけだ。あの時との差は何なんだと武は思わず笑ってしまう。

 いや、実のところは何も変わっていない。戻った(・・・)だけだ。そして、燃は本来力の戻った武の敵ではない。

 ならば、これ以上続けるのは無意味で無価値だ。終わらせよう。


「最後の最後で白けちまったのは残念だが、ここまでだな」


「あ?」


「これ以上やっても仕方がねえって意味だよ。いつまでもあんたに付き合っているわけにはいかない」


 忘れてはいけない。彼にはまだやるべき事がある。名残惜しいが、これ以上の引き延ばしはナンセンスだ。


「じゃあな、兄貴。また機会があったらじっくりと語り合おうぜ」


 武が言い終えると同時に白い炎が武の右腕に集中する。燃は何かを言おうとするがその喉と胸を武の一撃は粉砕した。



 燃の奥の手とも呼べる高温高熱の赤い炎をものともしない強力無比な破壊力。

 その一撃の前に燃は為す術もなく倒れた――。






 ○○○○○


 藍岸某地区。そこに一人の最上級悪霊がいた。灯だ。灯はかつての幹線道路の歩道に設置されたベンチで一人座っていた。

 灯に近付く一人の影がいた。灯は何も言わずにその影の方に振り向く。


「よぅ。こんなところに呼び出して何のつもりだ?」


 灯に呼び出されたのは座子だった。座子は灯の隣に腰かけ、手に持っていた缶コーヒーを一口飲む。


「言わなくても分かるでしょ?」


「ケリつけるってことか?」


「ええ。これ以上あの子に負担はかけられないもの」


 二人の発言に敵意は見られない。親しげに二人は話している。

 祓い師と悪霊。敵同士が互いに警戒することなく接触しているという異様な光景だったが、もういまさらのことだ。この世界の見せかけ(・・・・)の勢力図などとうの昔に崩壊している。

 だから、遠慮なく座子は口を開く。


「負担…… ねぇ」


「何? 言いたいことがあるならはっきり言って」


「いや。いまさらだと思ってな。あいつのためを思うなら動くのがいくらなんでも遅すぎるんじゃねえのか?」


「仕方ないじゃない。今まではあいつの監視が厳しすぎたんだから」


「確かにな」


 座子は小さく頷くと、再び缶コーヒーを飲む。そんな座子を尻目に灯は続ける。


「とにかく、これ以上あいつの好きにさせるわけにはいかない。だから、私たちの手で全てを終わらせる」


「ふん。癪だが同意見だ。つーより、もうそれ以外に手はねえ」


 座子にはもはや手駒はない。対祓滅女も座子家の部下も全部失っている。残されたのは自分自身だけだ。

 だが、一人で戦うにはあまりにも分が悪い。それならば、誰かの手を借りるしかない。


「いいだろう。あんたの提案飲むぜ。ただし、条件がある」


「何?」


「それは奴を倒した後で言うよ。今、言ったところで捕らぬ狸の皮算用にしかならねえからな」


 座子は立ち上がると飲みきった缶コーヒーを素手で握り潰し適当にその場にポイ捨てする。本来ならば褒められた行為ではないが、咎める者も捨てる場所もないため灯も何も言わない。


「話はそれだけか? それなら、俺は行くぜ。まだやらないといけないことがあるんでな。どうせ、今すぐに奴を討ちに行くってわけじゃねえだろ?」


「ええ。でも早い方がいい。あまりモタモタしていると『約束の時』が来てしまう」


「わーってるよ。すぐに用事は済ませる。終わったら連絡する。それでいいだろ?」


「それでいい。でも、できるだけ早く終わらせてね」


「言われなくてもそうしますよ。それじゃ、また後でな」


 座子はそれだけ言うとその場を立ち去ってしまう。灯はベンチに座りながら、その後ろ姿をじっと見つめていた。

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