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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第八章 叫ぶかませ
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鎌瀬vsサケビ

 鎌瀬は先手必勝と言わんばかりに鎌を振るう。サケビは左手でそれを受け止める。

 素手で受け止められたことに鎌瀬はかすかに眉をひそめるが、すぐにもう一つの鎌を振るい、そこから連続攻撃へと派生していく。

 呪力を纏って放たれる一撃一撃は速く鋭く重い。並の祓い師ならば即座に切られて終わってしまうところだったが、サケビは危なげなく素手で捌いていく。しかし、流れは完全に鎌瀬の手にあった。サケビは防戦一方であり、反撃してくる素振りがない。



 けれど、鎌瀬は最大限に警戒していた。サケビは反撃できないのではなく、反撃していないのだ。今は様子見の段階といったところだろう。押しているように見えて、その実五分の戦いと言える。だが、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。いずれにしても、今が最大の好機(チャンス)であることに変わりはないのだ。



 ひとたび受けに回れば、一気に決められてしまう。それだけの力量差が二人の間にはあった。だからこそ、相手が受け手に回っている今が唯一最大の攻撃のチャンスなのだ。ここで攻めきれなければ九割九分九厘負ける。それが分かっているから、鎌瀬はひたすらに攻め続けている。



 つまり、この攻めが途切れたときが鎌瀬の負けるとき。そうサケビは思っていた。

 だから、彼はあえて鎌瀬に攻めさせているのだ。無駄な労力をこんなところで使う必要はない。放っておけば、勝手に自滅する。そう考えていたから。

 そして、その考えが正しかったのだと徐々に証明されていく。


「どうした? だいぶ、動きが鈍ってきたようだが?」


「くっ……」


 鎌瀬の全身からおびただしい量の汗が流れていた。どう考えてもこの短い間の攻撃でかく汗の量ではない。彼のような実力者ならなおさらだ。となれば、これは意図的に起こされたものだということだ。そして、そんなことをするのはサケビしかいない。


「貴様……」


「これでこの戦いも終わりだな」


 睨みつけてくる鎌瀬をサケビは鼻で笑う。この短い攻防で彼はただ防御していたわけではない。

 サケビがしたことは極めてシンプルだ。ただ鎌瀬が攻撃を放つ際に消費する体力を意図的(・・・)に激しくした。それだけだ。一発二発では感じない程度だが、それが何十、何百と重なっていけば話は違ってくる。

 しかも、鎌瀬に気付かれないように消耗させる度合いを徐々に大きくしていった。違和感を感じないレベルで、ごく自然に。



 並の技術では到底不可能だ。しかし、サケビはそれを可能とする。その最大の理由は彼のずば抜けた観察眼と他と一線を画す知力だ。相手を一目見て、一言二言かわすだけで相手の全てを看破できるほどの能力を持つ彼はその能力をフルに駆使して後進を育て、創神と呼ばれるほどになった。

 そう。つまり彼の正体は……。


「一応、さすがと言っておこうか。創神・森崎善也。いや、それとも先生とでも呼んだ方がいいのか?」


 鎌瀬の問いかけにサケビは答えない。その仮面をゆったりとした仕草で取る。右手で外した仮面を捨て、フードを取った彼の顔は紛れもなく善也のそれだった。


「な……」


 呆気にとられる三の声を無視して二人は会話を交わす。


「いつ気付いていた?」


「んなもん最初からに決まってんだろ。知ってるくせに聞くなよ」


「すまんな。そう機嫌を悪くするな。お前を馬鹿にする意図はない。実際、あの猛攻は素晴らしいものだったよ」


「ちっ……」


 完全に考えを読まれていることに改めて目の前の男の化物さを思い知らされる。かつて自身を打ち倒した武もこの男には勝てなかった。今、武と善也が戦えばどうなるかは分からないが、それでもまともにぶつかって勝てる相手ではないことは明らかだった。

 しかし、付け入る隙がないわけではない。それを先ほどの言動で確信した。


「かつての教え子との刃を交えての語り合い。もう少しやりたかったが、こちらもいろいろと込み入っててな。悪いがそろそろ終わらせてもらうぞ」


「はっ。まるで、もう勝利を確信したみてえな口ぶりだな」


「事実だろう?」


 その言葉で確信が間違いでなかったことを改めて認識する。これならば、まだ勝機はある。



 …… いや。ひょっとしたら、そう思わせるための演技かもしれない。だが、この一筋の可能性に賭けるより他にない。


「なぁ、先生よぉ……」


「ん?」


「あんた、昔俺に言ってたよな? 未来がどうなるかなんて分かる奴は一人もいないって」


「それがどうした?」


 わずかに目を細めて問い返してくる善也に鎌瀬は凄絶な笑みを浮かべて答える。


「それならよぉ……。どうしてあんたはまだ終わってもいねえのに、この戦いは自分が勝つって分かってるんだ?」


「!!」


 瞬間、鎌瀬の全身から呪力が消え失せる。善也は身構えるがもう遅い。


「ようやく準備は整った。さぁ、最後の賭けといかせてもらうぜ」


 鎌瀬は両手に持っていた鎌をぶつけ合う。甲高い音が鳴り響くと同時に鎌は粉々に砕け散り、代わりに鎌瀬の両手に凝縮された禍々しい黒い呪力が纏われていた。


「貴様。まさか、自分の体に直接呪力を(・・・・・)刻みつけた(・・・・・)のか(・・)…… !?」


「ご名答」


 あっけらかんと言う鎌瀬の返答にさすがの善也も言葉を失う。とても、そんなあっさりと肯定していいことではない。



 通常、呪力を使うときは何らかを媒介にする。祓い師の場合は呪符が一般的だ。滅兵も呪符なしで術を発動させているが、その実自分の精神を媒介にして発動しているにすぎない。

 祓術や滅術によって自身の肉体を強化することはよくあることだが、その前に必ず何かしらを仲介させて呪力を通す。間違っても自分の肉体に直接呪力を刻みつけることなどしない。そんなことをしていたら命がいくらあっても足りないからだ。

 呪力は意志の力であり奇跡の力。そして、忌避されるべきおぞましい力でもある。それを直接肉体に使えば、確かに通常の手段で行われるそれとは比べものにならないほどの力の増強や術の強化が見込めるが、その代償はあまりにも大きい。最悪地獄のような苦しみを味わって死に至る。



 そんなことをするような男ではないと思い込んでいた。いや、前の世界での彼を思い返せば、とてもこんなハイリスクな賭けをするような男ではない。それは事実だ。しかし、その事実が善也の目を曇らせた。

 善也がサケビとして得た力は確かに強大どころのものではないが、その分彼をもってしても手に余る。

 それゆえに元々持っていた自身の能力と併用することで有効活用してきた。だが、それでも完璧とはほど遠い。善也が鎌瀬のことをよく知っていたように鎌瀬も善也のことをよく知っていた。そのことを失念していた隙をうまくついた形だ。



 けれど、一本は取ったがまだ勝負は分からない。実力差が依然隔絶しているのは変わらない。それにいくら鎌瀬といえどもこの状態をいつまでもは保っていられない。

 つまり、この一撃で何としても決めなくてはならないということだ。


「俺も柄にもなく燃えてきたぜ。俺の技とあんたの技。どっちが強いか勝負といこうじゃねえか」


 だが、鎌瀬の顔には何の気負いもなかった。むしろ、今まで見てきた中で一、二を争うほど清々しい顔をしている。この顔を見て、善也にも自然と笑いが漏れる。


「いいだろう」


 善也も鎌瀬の呼びかけに答えるかのように右腕に一本の小枝を生み出す。それはただの小枝ではない。尋常ではないほどの呪力を込められた紛れもなく必殺の一振りだ。

 前回の歓楽戦。鎌瀬は似たような展開でスタトラに敗北した。それを承知の上であえてこの展開に持ち込んだ鎌瀬に興味が湧いたのだ。だから、今までのように小細工を使わずにあえて真っ向から勝負を挑むことにした。

 二人はその強大な武器を構える。その姿は先ほどまでとは真逆だった。武器を持っていた鎌瀬は丸腰となり、逆に丸腰だった善也は武器を持っている。先刻と対照的なその光景は結果にはまるで関係なかった。



 二人は凄まじい速度でぶつかり合い、右手の拳と枝を振るう。

 拮抗は一瞬だった。善也の枝は鎌瀬の右腕を粉々にし、心臓をたやすくつらぬく。鎌瀬は血反吐を吐いて、うつ伏せに倒れる。

 勝負を制した善也の顔には失望が浮かんでいた。


「お前は確かに変わった。だが、期待するほどの変化はなかったな」


 善也はそう言い捨てると残った三を殺すべく、彼女の方へと足を向ける。三はもはや動かなかった。

 今まで切磋琢磨してきた仲間だけでなく自身の命の恩人である鎌瀬を殺されて、完全に精神が崩壊してしまったのだ。



 鎌瀬には返しきれないほどの恩を三は持っていた。この鳥村山の麓に幼い頃に無理矢理捨てられ、死を待つのみだった彼女を鎌瀬は拾ってくれた。彼女はその恩に報いるべく、これまで必死に頑張ってきた。

 しかし、それもここまでだ。恩人を失い、絶望(サケビ)が目の前にいる状況でなお希望が持てるほど彼女は現実が見えていないわけではなかった。


「!」


 だが、突然善也は足を止める。どことなく慌てた顔で鎌瀬の方を振り向く。そこには心臓を貫かれ息絶えたはずの鎌瀬がふらつきながら立っていた。


「馬鹿な…… !」


「言ったろ。ようやく準備は整ったってな」


 とても致命傷を負わされているとは思えないほどはっきりとした声で鎌瀬は言う。さすがの善也も表情から色を無くしている。


「なに?」


 傍目から見ても分かるほどに動揺している善也は鎌瀬の言っている意味が分からずに、その意味を問う言葉が無意識に口から出ていた。

 鎌瀬の本命は先ほどの捨て身の一撃。善也はそう勘違い(・・・)していた。だが、それは致命的なまでの間違いだった。


「やっぱり思った通りだ。いくら、あんたといえどもその力をまるで使いこなせちゃいねえ。だから、二手目のフェイク(・・・・)にすら気付かなかったんだ」


「!!!」


 見えすいた一手目(呪力を纏った鎌)。二手目のフェイク。そして、真の本命である三手目で仕留める戦略。善也はそれをつい先ほど体験していた。

 そのときは一の仕掛けたそれがあまりに拙すぎたということもあるが、標的の子供たちに何の先入観もなかったこともあってその洞察力で造作もなくその罠を看破することができた。



 だが、鎌瀬は違う。善也にとって鎌瀬はよく知る男だった。そして、この仕事をよく思っていなかったこともあり、決定的な隙が生まれてしまった。

 鎌瀬が呪力を体に刻んだのは強力無比な捨て身の一撃のためではなかった。彼の狙い(本命)はこの後にあったのだ。


「まさか、貴様……」


「気付いたところでもう遅えよ」


 鎌瀬は右手を穴の空いた自身の胸に置く。善也はその右手を消し飛ばそうと枝を振るうが時すでに遅し。鎌瀬の全身が真っ黒に染まり、自身の肉体と衝突した善也の枝を消失させてしまう。


「悪いな、三。巻き込んじまって。だが、こいつで終いだ」


 鎌瀬は三に形ばかりの謝罪だけすると凄絶な笑みを浮かべる。もはや、口以外に判別不能となった鎌瀬の全身にピシピシと罅が入っていく。もはや善也に止める術はない。

 真の本命である三手目が善也に牙をむこうとしていた。


「もう逃げ場はねえ。さぁ、ともに粉々に砕け散ろうぜ!! 先生よぉ!!!」


「くっ……」


 善也は目にも止まらぬ速さでその場から離脱しようとする。だが、それよりも速く鎌瀬の攻撃が発動する。

 鎌瀬の体が爆裂し、周囲に甚大な被害以外の何物ももたらさない。攻撃自体は四のそれと似ているが、威力や規模は比べものにならない。その黒い大爆発は鳥村山の全てを吹き飛ばし消滅させる。

 こうして、鳥村山の決戦は終わりを告げた。

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