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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第八章 叫ぶかませ
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執行者育成の山

 

「率直に言おう。サケビがここに来るらしい」


 鎌瀬の言葉に三人は一瞬固まる。だが、すぐに驚愕の声をあげる。


「サケビって、あの…… !?」


「ああ、そうだ。十年前の大爆発の首謀者の片割れといわれている人物だ」


 鎌瀬がはっきりと断言したことで三人の顔色は悪くなる。鎌瀬はそんな三人を見て、気付かれないように小さく息を吐いた。



 ここは鳥村(とりむら)山。

 一見何の変哲もない山だが、その実執行者を育てる山なのだ。執行者は祓い師にとって必要不可欠な存在だ。つまり、彼らは未来のエリートと呼んでもいい。

 祓い師はその特性上、自分たちの罪を別段隠す必要はない。むしろ、堂々とそれを威嚇として使う者すらいるくらいだ。それに関して祓師協会もとくに口うるさく言うことはない。だが、祓い師が悪霊を祓った後に残る残骸(死体)に関しては看過することができない。死体などを残せば衛生上などの観点から人々がうるさいし、何より悪霊や祓い師の秘密を調べ上げられてしまう危険もある。



 それ自体も十分すぎるほどに重要な任務だが、他にも彼らにはやるべき業務がある。それこそが祓い師に仇なす裏切り者や敵対者の処分だ。これは場合によっては悪霊の後始末以上に重要となる。

 祓い師は敵が多い。当然のことだ。力があることをひけらかし、力なき者を虐げる。些細なことでいちゃもんをつけ、再起不能にしたり最悪殺すこともある。普通ならばそんな者たちを歓迎する者などいない。

 祓い師が人々に反感を持たれながらもこれまでやってこられたのはその圧倒的な暴力(ちから)によるものが大きい。その力を振るってこの星を表裏両方から支配し、権力と暴力の両方の力を使って人々を従えてきた。



 だが、それでも刃向かう者たちはいる。それは昨今どちらも変わらない。もちろん、そのほとんどが祓い師たちには何の問題もなく対応できるものだったが、使う労力がもったいない。そこで執行者たちが代わりに彼らを処理していたのだ。



 けれど、それも十年前から事情が変わってきた。それが滅兵の台頭だ。

 彼らは今まで祓い師以外に扱えなかった呪力を使って祓い師に牙をむいてきた。将来有望な祓い師が何人か滅兵側についたとはいえ、祓い師にとって史上最大の脅威であったことは間違いない。



 執行者の役割の重要性は急激に上昇した。これまでは人知れず悪霊の死体や祓い師に害なす者たちを処分するだけでよかったが、祓い師(自分たち)と同等以上の敵に対する尖兵として動かなくてはならなくなったのだ。危険度はこれまでの比にならない。それどころか、公にはされていないが滅兵に対する諜報、内部工作などの任務まで請け負わされることになった。

 しかし、彼らは文句を言うことなどなかった。これまで執行者は悪霊を倒せない弱者と臆病者の集まりだ、などと陰口を叩かれていたのだ。

 もちろん、それは大きな間違いだ。むしろ、圧倒的な才と度胸があるからこそ、執行者の役目を全うできるのだ。その力は並の祓い師など比べては失礼なほどだ。



 悪霊の残骸と銘打ったところで人間の死体であることに変わりはない。それに祓い師に害なす者たちも人間だ。それを処理することの面倒さを彼らは知らない。



 別に人を殺すことが大変だ、といまさらとんちんかんなことは言わない。人の命を奪うなど祓い師なら飽きるほどやってきたことだ。人の命など呆れるほどに軽い。だからこそ、人の死体や命を扱うのは面倒なのだ。

 祓い師たちは悪霊を殺すことには文句を言わない。今となっては何の意味もないが、悪霊を大量に殺すことで龍全や祓師協会からの評判が上がり、収入や名誉を上げることができる。

 しかし、その後始末や反乱分子の始末となると途端に嫌がる。そんなことをしても何の得にもならないからだ。反乱分子に関しては滅兵の時のような例外があれば動くが、悪霊の後始末など絶対にしない。反乱分子も基本的にはただの人間の場合が多い。というより、滅兵以外は呪力のじゅの字も知らないど素人しかいなかった。そんなものを殺したところで評価が上がるはずもない。



 それゆえに、執行者がやっているのだ。そして、彼らが密かに任務を遂行することで評価を上げてきた。

 表の任務と違い、悪霊の始末はともかく反乱分子殺しは絶対に表に出してはいけない。出せば、連鎖的に反乱が起こる可能性があるから。だから、痕跡も目撃証言も極力残さないようにして反乱分子を始末する必要がある。そのため、相当な実力がなければ執行者は務まらない。



 彼らは孤高で気高い。他の執行者ですら仲間とは思っていても信頼などしない。そうしなければ、いざ執行者が反乱分子になったときに処理できないからだ。

 そんな誇り高い彼らが圧倒的に実力の劣る愚図どもに陰口を叩かれて黙っていられるはずがない。



 だから、滅兵との戦いの最前線に出れることは彼らにとっては青天の霹靂だった。同時に歓喜した。これで自分たちの力を示し、馬鹿どもを黙らせられると。

 彼らの本来の役目は影役であるにもかかわらず、光に出れると知って彼らは喜んだ。傍目から見れば、彼らの侮蔑対象と大差のない行動をしていることにも気付かずに。



 そして、そのツケが、今、回ってきたというわけだ。いや、どうあがいてもこれは避けられない運命だったのかもしれない。ワライたちにとってここを潰すことは決定事項だ。しかし、それを彼らが知ることはない。


「お前らの頭ん中じゃいろんなことが巡ってると思う。当然、不安や恐怖もあるだろう。だが、逃げるわけにはいかない。逃げたところで、どうせいつかは潰される。ならば、地の利があるこの場所で逆に奴を殺すしかない」


「勝算はあるのですか?」


 三は不安げな顔で聞く。鎌瀬はその言葉に強く頷く。


「無論だ。奴がこちらの手の内を知り尽くしているように、こちらも奴の手の内を知り尽くしている。それに一も裏工作に走ってくれている。先ほど言ったように地の利もこちらにある。万全の状態で臨めば叶わない相手じゃねえ」


 鎌瀬の力強い言葉に三人の子供たちの顔に希望の色が浮かぶ。

 そうだ。怖じ気づいている場合ではない。何としても、この場所を守らなくては。子供たちに強い連帯感のようなものが生まれた。


「確かにもう世界は滅兵、悪霊、そして他でもない祓い師のせいで崩壊寸前にまでいってる。生き残ってる人間なんざ三桁はいってないだろう。そんな世界で生存することに意味があるのかどうかは知らねえ。だが、負けるわけにはいかない」


 無意味だろうが無価値だろうが、人にはやらねばならぬことがある。今は彼らにとってまさにその時だ。


「困難な闘いになるだろう。怖いというのなら逃げても構わない。意味があるかどうかはともかく、多少は生き延びることができるはずだ。それを前提としてお前らに問おう。俺についてきてくれるか?」


 鎌瀬の問いに対する答えなど分かりきっていた。三人は無言で肯定の意を示す。彼らは鎌瀬に多大な恩がある。それを返すとしたら今しかない。

 鎌瀬は彼らの反応を見て小さく笑い、椅子から立ち上がった。



 そして、そんな彼らを建物の外から見ている者たちが二名。


「あはっ。やっぱり、鎌瀬は人を鼓舞するのが上手いなぁ」


 木の枝に腰かけながらワライはそんなことを言う。


「ふん。どんなに鼓舞しようが虚しいだけだ。奴らはこれから俺に蹂躙されるだけなんだからな」


 サケビは木に背中を預け、腕を組みながら言う。ワライはそんなサケビを見て、頬を右手の人差し指でかく。


「んー。そうかなぁ。油断していると足下掬われると思うよ?」


「どの口が言ってる。結果など最初から決まっていることだろう?」


「あはは」


 ばっさりと切り捨てるサケビにワライは苦笑いをする。実際その通りなのだから反論できない。

 サケビは建物と逆方向へと歩きはじめる。歩きながら一言。


「だがまあ、私にも情がないわけではない。仮にも過去の教え子だからな。この手ではっきりと引導を渡してやるさ」


 サケビは後半を言いながら、左手をぎゅっと握る。ワライはその様子を無言で見ていた。そして、二人は姿を消す。

 鎌瀬は二人がいた方向を一瞬だけ見る。だが、すぐに視線を三人に戻した。

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