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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第八章 叫ぶかませ
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予想外の展開

 鎌瀬の店を出た二人が次に向かったのは公園だった。

 二人が初めて共に出かけた時に訪れた場所。そして、ここで応蛇と出会い、武は滅兵のことを知った。

 その後に行った明神神社の印象があまりに強すぎるから忘れがちになるが、この場所も武にとっては十分重要な場所だ。休養地としてはもってこいのこの地は来ておいて損はない。

 結局、あの後一度も来てはいないが。



 二人は公園のベンチに腰かけて一息つく。そして、武はキョロキョロとしながら口を開く。


「前以上に静かになってるな」


「当たり前でしょ。ほとんどの人間が死んじゃったんだから」


「まあな」


「それに加えて、いろいろと気を利かせてくれたみたいだしね」


 美夢の言う通り見渡す限り人はいない。よほど重要な用がない限り好き好んで二人の前に姿を現すことはそうはないだろう。

 鎌瀬の時のように二人から会いに行く場合は話は別だろうが、そうでない限りこの時間だけは二人だけの時間を楽しむことができる。


「とはいっても、やはり行動が制限されるな。店は一部を除いて全てが閉まっているしよ」


「別にお店なんか行かなくたっていいでしょ。こうやって、ぶらっとあちこち回るだけでも十分楽しいよ」


「そいつもそうだな」


 武は背もたれに体重を預けて完全にだらけモードに入る。美夢はそんな武の肩によりかかって、目を閉じる。

 無言ながら二人にとって心地のよい空気になる。武は美夢の頭を肩に乗せながら、再び周囲を見渡す。

 大した意味のある行動ではなかった。ただ、何となくやっただけだ。しかし、武の視界にありえないはずの光景が映り込む。


「!?」


 武はそれを視界に入れた途端に目を大きく見開く。


「どうしたの?」


 美夢は首を起こして武の方を見る。


「あれ、見てみろ」


 武が指を指した方向を見ると、一人の幼い少女がいた。白いワンピースを着たツインテールの少女。その姿を見て、美夢も眼をすっと細める。

 昨日までのワライの謀略によりほとんどの人間は死んだはずだ。そして、生き残っている人間に関しては武は全てを頭に叩き込んでいる。いや、忘れるはずがない。

 だが、目の前の少女は全く知らない少女だった。つまり、彼女は武の知らない生き残りということになる。

 少女は木陰からじっと二人を見つめていた。だが、武が立ち上がると同時に木陰に隠れてしまう。


「逃がすか」


 武は凄まじい速度で少女が消えた木陰まで移動する。だが、木陰を覗き込むとすでに少女の姿はなかった。それどころか武の目が届く範囲のどこにも少女はいなかった。


「あの一瞬でここから抜け出したっていうのか?」


 そんなことはありえない。少女が姿を消してから武がここに来るまでコンマ数秒ほどしかかかっていないはずだ。そんな短時間でここから消え去れるほどの実力者を武が知らないはずがない。



 否。それほどの実力を武の知らない者が持てるはずがない(・・・・・・・・)


「どうだった?」


 美夢が今になってようやくやってきた。どうやら、彼女はゆっくりと歩いてきたようだ。

 武は彼女に首を横に振る。


「逃がした。とんでもない逃げ足の速さだ」


「そっか」


 美夢は寂しそうに言う。武はそれを見て視線を鋭くする。


「美夢。お前、あれが何なのか知ってるのか?」


「どういうこと?」


「俺がこの世界で持っている記憶は今年の四月からだ。逆に言えば、記憶が飛んでから今年の四月までの間に何が起きたのか知らない」


 武の言葉に美夢は答えない。武はさらに言葉を続ける。


「そもそも、俺は前の世界での記憶とこの世界で得たわずかな知識を元に推測して動いているだけだ。だから、俺はそもそも現状の詳細をほとんど何も知らないと言っていい。だから、ひょっとしたら俺が勘違いしてるだけで、他に何か重要なことがあるんじゃないのか?」


 緑陸で案内人(ガイド)やクルイと再会を果たした時点で武は前の世界での記憶を全て取り戻した。しかし、武は未だにこの世界についてほとんど何も分かっていない。祓い師も滅兵も悪霊も前の世界では存在していなかった職業だ。そして、前の世界も大概だったがこの世界ほど破綻はしていなかった。

 今まで、武は大した情報も得ずに動いてきた。情報収集する機会がないほどめまぐるしく状況が変わっていたこともあるが、心のどこかでそれで大丈夫だと根拠のない自信をもっていたことが一番の原因だ。だが、先ほどの少女を見て、引っかかりを覚えた。

 このまま何も知らずに思い込みだけで動いたら何かまずいことが起きるのではないのかと武は思ったのだ。



 美夢は小さくため息をつくと、その重い口を開く。


「確かにあんたが知らないことがあるのは事実だ。その中には大事なこともないわけではない。でも、大筋はあんたが考えているのとなんら変わりない。あんたの信念を証明し、あいつを討つ。それだけがあんたのやるべきことだよ」


「……」


 武はもうそれ以上何も言うことはなかった。聞きたいことを全て聞けたからではない。まだまだ聞きたいことは残っている。

 しかし、それでも確信するには十分だった。だから、これ以上聞く意味はない。それにあまり問い詰めすぎてせっかくの空気を悪くするのも後味が悪い。


「ちょっと湿っぽくなっちゃったね。場所を移そうか」


「ああ」


 異論のなかった武は背を向けて歩き出す美夢の後に続く。次の目的地は聞かされていない。だが、聞かなくても予想はつく。

 だから、覚悟を決めなくてはならないだろう。なにしろそこは全ての原因で、全てが始まった場所なのだから。






 ○○○○○


 二人が来たのは明神神社だった。一番最初に二人で訪れた時は武は急に気分が悪くなり、そこでデートをやめるきっかけとなった場所。だが、今はあの時のようなことにはならない。

 それどころか不思議と清々しい気分だった。最初に来た時は何も分からなかった。しかし、分かってさえしまえば心づもりができるというものだ。

 忘れてはいけない。ここで全てが始まったのだ。



 ここが大事な場所なのは何も祓い師や滅兵だけではない。むしろ、彼らは副作用のようなものだ。

 本来はごく一部の限られた人間だけが聖地とすることを許される場所。選民思想にどっぷりとつかった考え方だがこれは紛れもない真実だ。

 何も知らない汚らわしい豚が勝手にどうこうしていい場所では断じてない。



 しかし、そんなことと関係なくこの場所に来ると何となく胸に来るものがある。


「変わらないな、ここも……」


「まあね。変わらないってより、変えられないって言った方が正しいかもだけど」


「そうだな。ここはさすがに変えられないか」


 武は小さく笑う。この場所は彼らにとっては何よりも大切な場所だ。たとえ変えられたとしても、ここを変えるような無粋な真似はしないだろう

 それは過去からの逃走を意味する。どんな逃げ腰のヘタレでもさすがにそれだけはするわけにはいかないだろう。

 少なくとも彼はそう捉えている。


「だけど、よかった」


「あ? 何がだよ?」


 ほっとしたように言う美夢に武は怪訝そうな目を向ける。その視線を受けて美夢はおかしそうに笑いながら言う。


「だって、前回はここにちょっと来ただけなのにかなり顔色が悪かったからさ」


「まぁ、迷惑をかけたことは悪かったとは思ってるけどよ。でも、あれは仕方ねえだろ。何も知らねえ状態でここに来たら誰でもああなる。ここはそれだけ特別な場所なんだ」


 武は目の前にそびえ立つ決して大きいとはいえない社を見る。記憶にある姿と微塵も変わらない。ちょっとした山の上にある古ぼけた神社。どこも変わったところはない。どこにでもある、ありふれたものだ。

 誰も思いもしないだろう。ここが世界の全てを握る重大な場所なのだと。全てはここで終わり、全てがここで始まった。まさしく、こここそが全てなのだ。



 武はしばらくの間参道に立って社を見上げていた。美夢は何も言わない。ただそんな武の横顔を見る。

 ふいに武は目を閉じて両手を合わせて社に一礼する。美夢もそれに倣う。



 二人は神社を後にする。神社の階段を下りる二人の目には強い決意が込められていた。


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