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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第七章 ビッグバン
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何もできない

 スタトラが意識を取り戻したのは次の日の朝だった。意識を取り戻すと同時に勢いよく体を起こす。


「しまった!」


 森の広場で寝ていたスタトラは条件反射(・・・・)で慌てて立ち上がろうとするが、体に激痛が走る。スタトラは思わず顔をしかめる。


「いたた……。一体何が……」


 そこで全てを思い出す。そうだ。自分は黒能面から胸を貫かれるという致命傷レベルの攻撃を受けたのだ。

 さらに頭に手を置かれて白い呪力がその手から迸ったのを見て、スタトラは死を覚悟した。そこまでは覚えている。そのまま殺されてしまったのだと思っていた。だが、実際は今なお生きている。


「どういうことだ? なぜ、俺は生きている?」


 スタトラの困惑は自然だった。自分は心臓を貫かれたはずなのに生存している。この矛盾をすんなりと受け入れられるはずがない。

 しかし、これが現実である以上受け入れるしかなかった。どんなに信じがたくともそれ以外に選択の余地などない。


「なら、今、おれが考えるべきは、なぜおれが生きているのかということか。普通に考えて、あの黒能面の仕業なんだろうが……」


 しかし、どうしてそんなことをしたのかさっぱり見当がつかない。そもそも胸に空いていたはずの大穴がふさがっているのも不自然だ。とても、ここを黒能面に貫かれたとは思えない。

 記憶がなければ、ここで居眠りしていたのではないのかと思うほどにスタトラの体は無事だった。傷一つ見当たらない。とても、黒能面とやり合ったとは思えない。


「どっちにしても動いた方がいいな。一体、おれがどれだけ寝てたのかは分からないが結構な時間を無駄にしたことだけは確かだ。これ以上のロスはまずい」


 スタトラは一度深呼吸すると立ち上がる。再び全身に激痛が走るが精神力だけで耐える。


「差し込んでくる陽光の方角からして十中八九、朝だ。なら、多少無理を押してでも行くしかない」


 足を引きずりながらも、スタトラはその場から立ち去っていった。






 ○○○○○


 黒能面による甚大な被害が及ぼされてから三日。未だに犯人の目星すらつかない祓い師、滅兵の両陣営は殺気立っていた。

 調査部隊をどれほど派遣しても有用な情報は得られない。それどころか、送り込めば送り込んだだけ人員を失っていく。



 金も人員も余裕のあるわけではない滅兵はそうそうに犯人探しを諦めた。民衆への対応に手を焼いていたのもあるが、無駄に兵を失わせていては祓い師につけ込まれる。祓い師(連中)はこういう事態でも容赦しない。そうなれば、せっかく得た覇権が水の泡になる。

 その事態を危惧した滅兵は今回の一件から手を引き、全てを祓い師に丸投げすることにした。もちろん、隙あらば祓い師の手柄を横取りしよう程度の覇気はあるものの基本的には傍観者のポジションに落ち着いた。



 一方の祓い師は懲りずに調査部隊を送り込んでいく。こういうとき長い間培ってきた潤沢な資金と人員がものをいう。人海戦術で犯人を疲弊させ仕留めようという魂胆だ。だが、それも無駄遣いにすぎなかった。

 幾度となく祓い師を送り込んでも、すぐに連絡がつかなくなるのだ。その後に違う部隊を送り込んでみれば、前に送った部隊は全滅していたという報告が上がるだけ。そして、その者たちもすぐに音信不通となる。

 さすがにこれだけ兵が死ねば、祓師協会も手を引かざるを得ない。ただでさえ、先の歓楽戦で腕利きの祓い師を七人も失っているのだ。残弾尽きるまで兵を送り込めば、いつかは滅んでしまう。



 もはや、祓い師にも滅兵にも打つ手はなかった。祓い師はそれなりの手練れを調査部隊兼暗殺部隊として送り込んだにもかかわらず、その全てが壊滅させられた。滅兵に至っては民衆の対応でそれどころではなく、文字通り何もできなかった。

 何もかもが思うがままだった。規模にかかわらず人々が何らかの変化を起こした直後が一番危険なのだ。今回は世界全体に影響を及ぼすほどの大革命が成ってしまったため、その隙は世界規模にまで広がってしまった。

 その隙をつくのは至極当然のことだった。ここまで大きく確実な隙があれば、誰しもがつくだろう。ただし、ここまで早く行動を起こすには相応の情報収集能力と下準備が必要となる。あくまで、並の人間ならばという条件がつくが。


「とまあ、だらだらと前置きはやめてそろそろやろうか」


「一番だらけていたのはお前だろう?」


 腕を組みながらワライを責めるように見ていたのは執行者の一人・甲だった。ワライはきまりが悪そうに頭をかく。


「やぁ、ごめんごめん。でもさ、絶対成功するって分かってることをやろうと思うとどうしてもやる気が削がれちゃうんだよ」


「物事に絶対などないぞ」


「普通はね。でも、僕の場合はそれには当てはまらないんだよ」


 傲慢極まりない言葉だったが、甲は反論しなかった。覆しようのない事実だからだ。彼の思い通りにならないことなどありはしない。それがまた彼の退屈を助長しているのは皮肉な話だ。


「まぁ、何でもいいんだよ。どうせ、僕はもう何も期待していない。ただ作業的に事を運ぶだけだ」


「…… くくっ」


 ワライの言葉に甲が笑う。ワライはやっていた作業を途中で止め、甲の方へと振り返る。


「? 何がおかしいの?」


「いや、お前にもまだ嘘をつけるだけの人間味は残っていたんだなと思ってな」


「嘘?」


 ワライは訝しげな声をあげる。甲は構わずに続ける。


「ああ、そうだ。お前は先ほど何も期待していないと言っていた。だが、そいつは明らかな嘘だ」


「どうして?」


「簡単なことだ。もし、本当にお前が何も期待していないのならばわざわざ奴にあんなこと(・・・・・)をやらせる意味はなかったはずだからだ」


 ワライは沈黙する。甲は組んでいた腕をほどき、ワライに背を向ける。


「お前が何をしたいのかは私も未だによく分からんがな。ただ一つだけ言わせてもらうなら、もう少し自分に正直になったらどうだ?」


「何? 説教のつもり?」


「そんなつもりはない。ただの戯言さ。それよりももうそろそろ時間じゃないのか?」


「ん」


 ワライは懐から懐中時計を取りだして現在時刻を確認する。開始予定時刻まで十五分を切っていた。


「私は失礼する。くれぐれも失敗するなよ」


 甲はワライの背後にあるものに目を向けながら言う。ワライは小さく頷く。甲は静かにその場から立ち去っていった。



 それを見てから、ワライは行動に移る。振り返ると目の前に鎮座していた巨大な白い光球をじっと見る。


「姿を見せろ」


 ワライがそう唱えると光球は一瞬だけ著しく光り輝く。その光度は今までの比ではない。圧倒的な光度にもワライは物怖じせずに正面をじっと見ている。彼の目は常人どころか相当鍛え上げた達人の目ですら何も見えないだろうほどの光の中でも正しく周囲の状況を理解できていた。

 そして、数秒後に光は収まる。ワライは右手を突然横に振るう。その刹那にパシッと小さな音が聞こえる。

 ワライは胸の前に右手をやり、ゆっくりと閉じていた手を開く。そこには虹色に輝く玉があった。


「ふっ。お前のせいでさんざん苦労させられたんだ。今度はこっちのわがままを聞いてもらうよ」


 否。わがままを聞いてもらうのはワライではない。いつでもそうだ。人というのはどうしようもなく矮小だ。



 それを痛感しながらもワライは歩きはじめる。向かった先は明神神社の社の前だった。

 社の正面で立ち止まったワライは持っていた玉を太陽に向かって掲げる。そして、仮面の奥で口を開く。


「さぁ、祭りの始まりだ!」


 声高々にワライは叫ぶ。同時に玉は先ほどと同じくらい眩く光る。ワライは玉を見て笑う。だが、そんな彼に二人の影が襲いかかる。

 ワライは自身の顔面と手に持っている玉を狙った二人の拳を軽やかにかわし、距離を取る。


「妙な光が漏れていると来てみれば、祭りだと? まさか、貴様がこの一連の事件の黒幕か?」


「どっちでもいい。こいつが敵であることには違いねえんだろ?」


 ワライの奇襲を仕掛けたのは南条と北村だった。二人は強い敵意を込めた目でワライを睨みつける。


「はっ。誰かと思えば祓い師としても滅兵としても使い物にならなかった落ちこぼれ二人組か。君ら程度で僕をどうにかできると本気で思っているのかい?」


 ワライの言葉に二人は眉をぴくりと動かす。ワライはそれを見ておかしそうに笑う。


「本当に馬鹿だよなぁ。何も知らないで、人のちっぽけな快感を満たすためだけにのこのことやってくるとは」


「何だと?」


 二人は知らないことだが、決行予定時刻までまだ十分近く残っている。つまり、このタイミングで彼は実行するつもりはなかったということだ。

 ならば、なぜあたかも玉を掲げ実行するような素振りを見せたのか。何ということはない。ただの暇つぶし(・・・・)のためだ。


「少しは楽しませてくれよ。落ちこぼれども」


 ワライの挑発に二人は唇を噛み、そして、ワライに襲いかかった。

 同時に放たれた二人の拳は尋常ではなく速い。常人から見れば、十分超人の部類に入る。おまけに先ほどの奇襲のときよりも威力も攻撃速度も桁違いだ。二人はこの攻撃が決まると確信し笑みを浮かべる。

 しかし、二人の拳がワライの体に当たることはなかった。それどころか、ワライは何もしていないにもかかわらず二人は吹き飛ばされてしまう。


「がはっ!」


「ぐっ!」


 二人は木に強く打ちつけて呻く。激痛が二人の体を走る。もう二人に立ち上がることはできなかった。


「おいおい。たった一発で撃沈かよ。もう少し楽しませてよね」


「楽しみたいのなら、俺が相手になろう」


「!」


 ワライが振り返ると剣也の姿があった。剣也は南条たちとは比べものにならない速さで刀を抜くとワライに斬りかかる。あまりにも速すぎる斬撃にワライは反応できない――とみせかけて、その一撃を素手(・・)で受け止める者がいた。


「ナイスタイミングだよ。サケビ」


「ほざけ。俺が来ることを分かってて、あえてかわさなかったんだろ?」


「何だ、てめえは……」


 剣也の顔に警戒の色が浮かぶ。それもそのはずだ。今、助太刀に来た男は気配を全く出さずにこの場に到達した。おまけに黒いフードと不気味な仮面で顔を隠している。警戒が強まるのも不思議ではない。


「どう言えばいいんだろうな。サケビか……。それとも、こっちの方がてめえには分かりやすいか?」


「!」


 サケビは仮面を取り、コートを脱ぐ。仮面の下の顔を見て剣也は驚いた。そこには狩宮硬の顔があったからだ。


「お前は…… 歓楽戦で出てた滅兵か?」


「俺のことを知ってたか。よかった、よかった。いくら六名家といえども、歓楽戦に出てたメンバーを一人も覚えてなかったらどうしようかと思ったぜ」


 肩をすくめてそんなことを言う硬に剣也の視線は強くなる。硬は意に介さずにワライの方を向く。


「お前もいい加減素顔(かお)晒したらどうだ? 一応、ここで祓い師と滅兵(こいつら)に正体現しとく予定なんだろ?」


「そうだね。ちょうどいい機会をもらったことだし、面を取って自己紹介しようか」


 ワライもサケビ同様に仮面とコートを剥いで剣也に正体を明かす。その正体を見て、剣也はもう驚かなかった。


「狩宮硬だけじゃなく、お前までそっちに加担していたとはな。猟社堅」


 忘れるはずもない。大将戦で祓い師の中でも屈指の実力者と言われた内村鑑三を苦もなく殺した男。まさか、そのような男が人類に牙をむくとは……。


「確認するまでもねーだろうが、形式上聞いとくぜ。てめえらがこの一連の事件の黒幕か?」


 一連の事件とは黒能面が各地で引き起こした虐殺事件のことである。祓い師も滅兵も黒能面が一人で事件を起こしていたことには気付いていない。それを承知の上で二人は笑いながら頷く。


「そうか。それなら、てめえらはここでくたばれ」


 剣也が言うと同時に後ろに多くの祓い師たちが出現する。その中には幼き頃の六本柱やノーネームたちの姿も見受けられる。剣也はそれを確認して笑う。


「チェックメイトだな。まぁ、あれだけ派手な光を出して自己主張してたんだ。当然の帰結だ」


 剣也の言葉に二人は笑う。


「何がおかしい!?」


「いや。全くそのとおりだと思ってね。確かに君の言うとおり終わり(チェックメイト)だ」


 凄絶な笑みを浮かべると同時にワライは懐から玉を取り出す。同時に玉は今までとは比べものにならないほど激しく光る。ただでさえ、眩しかった光がさらに輝き、剣也たち祓い師は目を開けていることもできない。

 だが、その玉の危険さは本能で理解した。剣也は勘だけで剣を振るうが、もはや遅すぎた。光の中で堅は唱える。


「解放しろ。『ジェンマ』!」


 堅の言葉と同時にジェンマと呼ばれた玉から白い光が爆発的に放たれる。

 その様はまるで巨大な白い爆発のようだった。もう誰にもどうしようもなかった。十年後まで語り継がれていくことになるその爆発は藍岸だけでなく緑陸にまで及び、人々は今までの虐殺事件のこともあって大混乱に陥っていた。

 だが、そんなものはどうでもいい話にしかならない。何もかもがどうでもよくなるほど、彼らはどうすることもできなかった。

 爆発が収まると同時に祓い師たちの目に入ったのは安らかな顔をして倒れていた狩宮硬と猟社堅の亡骸だった……。


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