終焉へ
二人が向き合うと観客は大歓声を上げる。もちろん、すでに三敗していて崖っぷちの草村を応援しているわけではない。この試合に勝てば滅兵の勝利が決まる波一を応援しているのだ。この試合で勝利すれば、今までの地獄のような日々が終わる。人々の期待とボルテージは最大にまで膨れ上がっていた。
「大した声援だなぁ」
「そんだけあんたらが嫌われてたっちゅー事やろ」
「そんなはずはないと思うんだがね。我々は人々のために日夜戦い続けている。慕われこそすれ、嫌われる道理はない」
「アホ抜かせ。冗談にしては寒すぎるわ。ほんま、この試合で勝った後、あんたら祓い師がどうなるか今から楽しみでしょうがないわ」
「もう勝ったつもりなのかい? それなら、この試合もらったな」
「さっきも思ったけど、あんたほんまにブーメランが上手いなぁ。一言の中で自分の言葉額にぶっ刺すなんて、そうそうお目にかかれるもんやないで」
「ふん。君こそ随分と口が達者なようだ。力がその口に追いついているといいがな」
二人は一歩も退かない。そして、モニターに試合開始の文字が表示される。二人は同時に動き出し、左腕を前に突き出してぶつけ合う。両者の左手がぶつかると同時に凄まじい衝撃が起きる。
「ほぅ。小さい手のわりに随分と力があるじゃないか」
「そういうあんたは随分と貧弱やな。飯食ってへんのか?」
「ほざけ!」
草村は空いた右手を波一の頭蓋めがけて突く。波一はその右手を難なく掴むと、小さな体からは想像できないほどの力を発揮して、草村の体を振り回し投げ飛ばす。草村は驚愕しながらも、かろうじて着地する。しかし、着地後の隙を狙い波一は次の手を打つ。
「ぐっ!」
草村は不自然に足下が取られることに気付き、下を向く。そこには水でできた手のようなものが草村の足に巻き付いていた。草村は祓術で足の筋力を強化し、振りほどこうとするがその決定的な隙を見て波一は舌舐めずりをした。
波一の脳に容赦の言葉はなかった。左手を鋭利なカッターのようにした水で纏うとものすごいスピードで草村へと接近していく。足下に気が取られている草村は一瞬気付くのが遅れ、為す術もなく胸を貫かれてしまう。
「かはっ!」
草村は血反吐を吐く。全身の力が抜けていき、貫いた波一の小さな左腕へともたれかかろうとする。波一は無情にも左腕を胸から引き抜き、草村の体を突き飛ばす。草村の体は抵抗することなく後ろへと倒れていく。静かに草村は地面に倒れ、同時に波一の勝利がモニターに表示される。その瞬間今までで一番の大歓声が沸く。
波一はうっとうしそうにしながらも、草村の死に顔を見る。その瞳に既に光はない。舌はどろりとはみ出しており、なかなかに醜い死に顔だった。
「はっ。祓い師にお似合いの死に顔やな」
波一はそれだけ吐き捨てると会場を後にした。この時、すでに波一から草村に対する興味は失せていた。
○○○○○
波一が草村を殺したことにより滅兵の勝利が決定した。まさかの事態に祓師協会上層部は混迷を極めていた。龍全の者たちに全任され臨んだ此度の歓楽戦。負けることなど万に一つもありえないと祓い師たちの誰もが考えていた。
だが、結果はどうだ? 四戦終わって全戦全敗。まさかの最短ルートでの敗北。しかも、それだけじゃない。龍全家の人間や六名家直系の人間を除けば最強とさえ呼ばれていた祓い師たちは滅兵のまだ幼い子供たちに傷一つ負わせることすらできずに敗死した。これ以上ないほどの屈辱に龍全と六名家の当主たちは怒り狂い、彼らを窘めるために幹部たちは四苦八苦していた。
こうなれば、彼らを納得させるには残りの三戦で向こうの滅兵を残虐極まりない方法で殺すより他にあるまい。けれど、今までの敵の戦力を慮ればそれは不可能なように見える。だが、祓師協会も何の勝算もないわけではない。
念のために最後の三戦は祓い師の中でも特に腕利きの者を当てておいたのだ。野洲や草村が敗れたのは想定外だったが羽場と内村はその二人をしのぐ。西森も野洲や草村にはやや劣るが兵藤や八代を凌駕する実力を持つ傑物だ。もちろん、不安は残るがそれでも彼ら三人に賭けるしかない。
だが、それでも勝ち目が薄いことに変わりはない。やはり、野洲や草村が破れたのがあまりにも痛い。歓楽戦の要になるだろう先鋒と中堅に二人を入れたというのに手も足も出ずに敗れ去ったのは誤算だった。
おそらくは高い確率で龍全や当主を必死に説得せねばならないだろう。これから訪れるであろう惨事に木下は誰もいない会議室の中で一人天を仰いだ。
○○○○○
三将戦。既に団体戦の勝敗は決してしまったが羽場の士気が下がることはなかった。
「おらおら、どうしたぁ!!」
「……」
羽場は捨て身とも呼べる連打で硬を攻め立てる。硬は防戦一方となっていた。今までとうってかわって祓い師が優勢になったことに観客たちはざわつく。
「草村と野洲の仇敵だ。てめえに恨みはねえが、ここで消えてもらうぜ」
先鋒戦と中堅戦で野洲と草村を殺された羽場は燃えていた。羽場、草村、野洲の三人は幼い頃から互いに研鑽しあった仲だ。その関係は自己中心的な祓い師の中で極めて稀有と呼べるほど良好だった。
それゆえか彼は表情には出さないものの怒りに燃えていた。もうすでに祓い師の敗北は確定した。だが、目の前の幼子を殺し、草村と野洲を殺したスタトラと波一を殺す。それしか羽場の頭にはなかった。
羽場は一方的に打撃を与えていく。観客たちは嘆き、祓い師たちは嬉々の表情を浮かべた。羽場もかすかに笑みを浮かべる。だが、徐々に言い知れない違和感を感じはじめる。
(何だ? こいつ……。さっきから、俺の攻撃が効いていない? いや、そもそも何かを待っているような……)
羽場の攻撃は硬にしっかりと当たっている。急所にも何発か入っている。しかし、硬に堪えている様子はない。それどころか、薄ら笑いを浮かべる余裕すら見せている。
やせ我慢をしていて実は効いているという線はある。だが、羽場にはなぜかそんな希望的観測を持つことができなかった。
だが、そんな不安を振り払って羽場は硬の顔面めがけて強力な右ストレートを放とうとする。左手の呪符で拳を発動し、ほんのわずかな予備動作から放たれる一撃。常人では目で追うことすらできないその一撃を硬は左手一本でたやすく受け止める。
「待たせたな。ようやく、こっちの準備が整った」
「何?」
笑みとともに放たれた言葉に羽場は警戒心を強める。それと同時に掴まれている右手が外れないことに気付く。
「ちぃっ!」
羽場は左手で硬の鳩尾に一撃を食らわせ無理矢理にでも振りほどこうとするが、痛打を受けたのは羽場の左拳の方だった。
「なっ!」
指があらぬ方向に折れ曲がっている左手を見て羽場は驚愕する。そして、羽場の目に凄まじい呪力が纏われた硬の右腕が目に入る。
「こいつは呪力を集めるのに相当時間かかってなぁ。わりと攻撃もらっちまったが、こいつでその全てを返せるだろ」
「くっ!!」
「じゃあな。あんたの攻撃、結構効いたぜ」
硬は強力無比のパンチを放つ。羽場の顔面を捉えたその一撃はその顔面をたやすく砕き、周囲に凄まじい衝撃波を巻き起こす。
観客たちはあまりの衝撃に悲鳴を上げる。その衝撃は数秒続き、視界を煙が覆う。誰も現場で何が起こっているのか理解できなかった。やがて、ゆっくりと煙が晴れていく。
「あっ! あれは!」
観客の一人が宴場を見て大声を上げる。そこには全身返り血を浴びながら平然と立っている硬の姿があった。羽場の亡骸は先ほどの一撃で粉々になっており、その面影はどこにも見当たらない。
そして、一足遅れてモニターに硬の勝利が表示された。
○○○○○
続く副将戦。善也と西森の試合は例によってあっけなく終わった。もちろん、善也の勝利だ。
二人の戦いをダイジェストで振り返る。善也と対峙する西森は怒りで体を震わせていた。今まで苦楽をともにしてきた仲間を殺されたことによる怒りから来るものだ。
…… という風に見せかけていた。だが、実際はまるで違う。その震えは喜びから来るものだった。
彼自身他の祓い師同様決してろくな人間ではない。前の戦いまでで五人の祓い師が殺されたことに内心喜んでいた。特に野洲、草村、羽場の三人が殺されたことは大変喜ばしいことだった。なぜなら、その三人は彼にとって目の上のたんこぶだったからだ。
「てめえらには感謝してるぜ。滅兵。あの図に乗ってるガキどもを始末してくれてよ」
醜悪な笑みを浮かべながら西森は善也にそう問いかける。善也は何も答えず、無表情のまま西森を見つめ返す。
西森は観客たちが引いているのも構わずに続ける。
「二十歳にもなってねえくせにあいつら少しちやほやされたくらいでいい気になりやがってよ。おかげでこっちは仕事を奪われるし散々だったんだ。だが、それももう終わりだ。俺はてめえを殺して祓い師として名を上げてやる! 覚悟しろやぁ!!」
西森は呪符で拳と速を発動し、最速最大威力の一撃で善也に殴りかかる。その動きだけで八代や兵藤よりも強いと分かる。その拳が善也の顔面を捉えようとした次の瞬間、西森は全身から血を噴き出す。
「は?」
西森は何が起こったか理解できずに倒れる。善也は冷めた目でその様子を見ていた。その右手には枝に似た刀が握られていた。
善也は直前まで動かずに、拳が当たる寸前で刀を右手に出現させ、無数の斬撃を西森に浴びせたのだ。あまりの速さに彼は何が起きたか理解できなかっただろう。
理解できるはずがないのだ。羽場たちは彼よりもはるかに強い。そんな彼らが歯が立たない時点で西森に勝機がないと言うことに気付くべきだった。そんなことにすら気付けないほど、彼はどうしようもなく頭が悪く愚かだった。
だから、善也は呆れ果てた。彼は最初から西森のことなど眼中にもなかった。こんな弱く救いようもない愚物などに彼は大した思い入れを持たない。持った時点でこの世界にとって多大な損害になるだろう。それだけの差がこの二人にはあった。
「さて、次は大将戦か。さっさと終わらせてくれよ。堅」
善也はそう呟くと、静かに会場を後にした。その後ろ姿を剣也は感情の読めない目で見つめていた……。




