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作者: ンジャバダ・ンジャバダ

◇秋手県守鷹村公式ウェブサイトより抜粋

 

 守鷹(かみたか)村は、秋手県の北東に位置しています。人口は約1900人。村名の由来は、かつて土地の守り神として、大空を勇猛に翔ける鷹を祀っていたことから来ているといわれています。


 山あいの村で、総面積の90%以上が山林原野で占められています。また、県内でもトップクラスの豪雪地帯です。

県内の市町村の中でも特に少子高齢化や過疎化が顕著です。秋手県の少子高齢化率は全国ワーストですので、国内で最も少子高齢な地方自治体といえます。


 マタギの伝承でも知られ、伝統的に野生動物と共存を図りつつ、クマやイノシシなどの獣肉が食されてきました。近年、ジビエ料理が注目されていますが、当村ではクマ、イノシシ、シカなど村で獲れた獣肉を地域ブランド化し、全国に発信しようと取り組んでいます。




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◇4月3日付秋手新報 朝刊より抜粋


 守鷹村は1日、地域活性青年隊(※)に東京八玉市出身の菱澤修哉(ひしざわしゅうや)さん(34)を委嘱した。守鷹村の魅力発信と活性化、同村への移住促進を担う「守鷹活性コンサルタント」として活動に取り組む。菱澤さんは大学を卒業後、都内のIT企業でシステムエンジニアとして勤務。数年前から地方への移住を考えていたところ、守鷹村の青年隊員募集を知り応募した。


 菱澤さんは「父が守鷹村の隣の丹代(にしろ)市出身で縁を感じている。自然が豊かで食べ物もおいしい。全国に守鷹村の魅力を発信していきたい」と抱負を語った。村役場で行われた委嘱状交付式で、吉川譲村長は「村の活性化に貢献してくれることを期待している。村に新しい風を吹き込んでほしい」と激励した。

 

 任期は1年で、最長3年まで更新できる。守鷹村の地域活性青年隊員は菱澤さんが1人目で、同村ではこれが初の試みとなる。


※ ニュース用語解説「地域活性青年隊」

 都市地域から過疎地域などへ移住した40歳以下の若者を各地方自治体が「青年隊員」として委嘱。隊員は地域での生活・労働を通じその地域の発展・活性化に努める。取組自治体、隊員には総務省より活動内容、功績に応じて補助金が支給される。




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◇11月21日 守鷹村役場総務課企画係「守鷹活性コンサルタント」活動報告書より抜粋


 守鷹村地域活性青年隊員である菱澤修哉へは、定期的に村での生活や青年隊としての活動などについて様子を聞いている。空き家となっていた木造住宅を買い取り、改築して住居としているが、生活に不便は感じていないとのこと。


 集落の方々とも仲良くなっており、特に、隣家の曽我重雄(そがしげお)さんには大変お世話になっていると語っている。よく酒席を共にし、クマ料理をふるまってもらうなど打ち解けているようだ。休日には、町内の方から、力仕事を頼まれたり、車で丹代市の大型スーパーへ送迎するなど、頼られている様子が伺える。多少疲れはあるが、充実しているとも語っている。


 4月の移住当初は、まだ雪かきが不慣れなために残雪の処理に手間取っていた。また、先週の降雪があった際もかなり骨を折った。そのため、今冬は除雪機の購入を検討しているとのこと。県内でも特に降雪が多い地域であり、また高齢化が進んでいる地域でもある。今後、除雪はますます大変になることが予想されるので頑張ってほしいと伝えた。


総務課企画係長 津谷 隆俊 印




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◇12月17日 守鷹村在住 曽我ヨシさん(74)の話


ほれ、4月から住んでら隣の菱澤さん、丹代の菱澤さんとこの息子なの。いッつも父さんがクマの肉とか鍋とか持ッてッてらし大してめんこがッてらな。父さん、昔は菱澤さんの父さんと一緒に仕事してあッたとか言ッてらッけ。大人しそうに見えるけど、まんず、大して良い若者(わげもの)だ。背も大きくて力もあるし。最近の若者さも、あんたいい人いるんだなァーッて、(おら)んどみんな喜んでら。


 先月、初雪のころ一回ドカ雪降ッたべ?父さん、菱澤さんうちさ呼ばッて雪投げてけて、たいィーして、助がッた。その後も、父さんと他さ回ッて雪投げてけたもんな。俺んど、みんな息子方に逃げられてらべ?東京だの仙台だの行ッたッきりロクに顔も見せに来ねェで。藤盛さんの息子だッけ、アメリカさ行ッて盆も正月も帰ッて来ねェッて喋ッてら。

 

 そこさ菱澤さんが来てけで、どんだけ助かッてらか。みィーんな、自分の子供みたく思ッてら。こないだの日曜も、丹代のジャスコさ買い物行かねばねェから、菱澤さんの車さ乗ッけてもらッて、みんなしてお買い物(笑)。ほれ、何年か前まで、軽トラさ肉とか魚とか果物積んで売りに来てけでた丹代の佐藤商店も来なくなッたべ?腰悪くして店畳んだから、行商さ回らなくなッてあッたの。村の中で買い物もできねくなッてたからホント困ッてたすけ。

 

 菱澤さん、こないだ除雪機買ッたーッて家の前で雪飛ばしてらッけな。ブオンブオン、ッて音出してバババババッて雪飛んでッて。そんたハイカラな機械、(だんれ)も見たことねェからみんなして集まッて「いやァー大していい機械だなァ」ッて雪飛ばすの見てらッけ。父さん、「これで雪投げもだいぶ楽なるなァー」ッて喜んでらッけよ。

 ホント、東京から菱澤さん呼んでけで、大して()がッたなァ。




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◇12月20日付秋手新報 朝刊「わが町ヒーローインタビュー」


守鷹村初の地域活性青年隊員 菱澤修哉さん(35) 


 東京八玉市出身で、守鷹村役場に地域活性青年隊員として今春から勤務しています。地方での生活に憧れがあったこと、父が隣の丹代市出身なこともあり、守鷹村への移住を決意しました。


 職場では、事務作業等のほか、守鷹活性コンサルタントとして県外への情報発信や、地域住民との交流に力を入れて活動しております。風通しがよく、アットホームな雰囲気の中で業務に取り組んでいます。村の方々も温かく、窓口では、家族のように親身に接してくださいます。


 最近は初めての雪かきに苦心しています。秋手県は雪が多いイメージがありましたが、想像以上の積雪でした。除雪機を購入して、自宅周辺の雪を寄せながら操作の練習をしています。近所のお年寄りに除雪を頼まれることも多く、地域への貢献にやりがいを感じています。


 両親も年を重ねたせいか、生まれ故郷を懐かしんで「いつか地元に戻ってみたい」と漏らすことがあります。そのうち、こちらへ呼んでこの村で一緒に暮らしたいですね。




* * * * * * *




◇4月29日付秋手新報 朝刊より抜粋


山中に遺体 クマに襲われたか 


 28日午前8時すぎ、守鷹村窪丘の山中で同村字守鷹に住む曽我重雄さん(76)が遺体で発見された。かまれたりしたような痕があったことから、丹代署は、曽我さんがクマに襲われた可能性があるとみて死因などを調べている。

 

 同署によると、現場は曽我さんの自宅から南東約10㌔の山林。遺体は横向きに倒れている状態で見つかり、腹部を激しく損傷している。

 

 曽我さんは27日夜、近隣住民との会合に参加するために自宅を出た。同居している妻ヨシさん(74)には、「夜は帰りが遅くなる」と告げて外出していたという。28日早朝になっても帰宅しておらず、不審に思ったヨシさんが、近隣住民と手分けして捜索したところ、遺体が見つかった。

 

 現場付近では今月上旬からクマの目撃情報が相次いでおり、村役場で警戒を呼び掛けている。




* * * * * * *




◇4月28日 ある村民の話


 重雄(シゲ)さんが、クマさ喰われた?昨日の夜中? ……えッ、あんな山ん中で!? んにゃー、なしてそんたとこさ行ッたべか。町内で、みんなしてしッたけ飲んだんだや。その後にフラフラ、あんた険しい場所(とご)歩かねェべしゃ。

 

 窪丘だば、津谷さんの山の奥の方だべ?あそこは今の時期だば、近づくバガッケは(だんれ)もいね。この辺りの人間だばみんな知ッてら。冬眠終わッたクマが腹空かして(まま)()ねまねッて歩いてらもの。あちゃこちゃ木の実とか山菜ほじッくッてらんだや。


 万が一近づいたとしても、ここらのクマはしッたげ大人しいから人だッけ襲うわけねェ。人もクマの餌場さは近づかねェし、クマも(おら)んどの部落さは近づかね。クマももうわかるんだべ、こッから先は人間の部落だッて。そうやッて、何十年も、クマと一緒に山で暮らしてきたの。そんたこと、シゲさんが一番よくわがッてらはずだ。


 この部落の生まれで、役場さ勤めて、ずーッと俺んどや村のために一生懸命やッてきた人だもの。みィーんなシゲさんが好きだし、恨み買うよッたことだッけ絶対さねよ。クマだッておんなじだびょ。そら悪さするクマだば撃ッて喰うんだども、大体は俺んどの部落さは近づきもさね。ほとんどのクマもシゲさんが好きだし、シゲさんもクマが好きだッたよ。シゲさん、この村で生まれてずゥーッとクマ撃ッたり、一緒に遊んだりしてたけど1回もクマに引ッかかれたことねェんだと。そんだけが唯一の自慢だッて喋ッてらッけ。


 だがら、あんた時間にあんたとこさ、シゲさんがいたなんて信じられねェべッしゃ。




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◇4月28日 通報を受け駆け付けた守鷹駐在所 石田巡査の話


 そろそろクマが冬眠明けで餌を探し始める時期ですからね。この時期は、県内外から山菜取りで入山してクマに襲われる事故も珍しくはないです。私も何度かクマに襲われた遺体は見てきました。


 現場の山中は、山菜が例年以上の不作なんですってね。そりゃクマも必死で餌探してますから、そんな現場に出くわせば喰われるに決まってますよ。


 ですが、倒れてる被害者をパッと見たときにすぐ感づいたんですよ、アレ?これ違うなって。クマにやられた傷じゃねぇな、って。

 

 そもそも、クマが攻撃するときは後ろ足で立ちあがって前足で殴り掛かってくるんですけど、十中八九、頭を狙ってくるんですよ。どんな動物も弱点は頭だってことが本能でわかってるんでしょうか、それとも、野生のカン、ってやつですかね。

 

 だからクマに襲われた被害者は頭に切り傷ができてケガする。ひどいときには頭蓋骨を陥没骨折したり、顔半分がメチャメチャになって修復不可能になったりするんです。野生の力ってホントすごいですから、やられた人の顔なんて直視できませんよ。


 けど今度の場合、頭は綺麗なままなのにお腹だけグシャグシャにかじられてる。それに、クマの爪って大きくて鋭いですから、一見したらすぐそれとわかる傷ができますし。胸部に切り傷が1本走ってましたけど、あれはクマの爪じゃないです、絶対。細すぎます。まるで包丁とかカッターで切ったみたいでしたね。クマにやられた死体とはどうしても思えなかった。


 けど、クマじゃないって証拠も無いですし、状況考えると、ひとまずクマにやられたってことにしとくしかないんですよね。猟友会と協力して山狩りすることになるでしょうね。けど、どうもおかしい、そんな気がするんですよねぇ。




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◇5月6日付秋手新報 朝刊より抜粋


守鷹村クマ被害一転 近隣男性が殺害か


 先月28日、守鷹村の山中で遺体が見つかった曽我重雄さん(76)について、丹代署は5日、同村窪丘菱澤修哉容疑者(35)を殺人、死体遺棄の疑いで逮捕したことが捜査関係者への取材で分かった。


 逮捕容疑は、28日未明に曽我さんを刃物で殺害し遺体を山中に遺棄した疑い。丹代署の調べに対し菱澤容疑者は「間違いありません」と容疑を認めているという。




* * * * * * *




◇5月5日 AM10:23 丹代警察署にて


 はい、確かに曽我を包丁で切りつけて山中に放置しました。会館での宴会の後は大体、曽我と私が残って、酔った曽我が上機嫌で昔話をするのを聞き流しながら私が後片付けるのですが、その際に包丁で切りつけました。その後、山中まで運んで、深く腹を裂いて、グチャグチャに包丁で内臓をかき回しておきました。明け方までには、クマが血の臭いを辿って来て、食べてくれるんじゃないかと思いついたので。

 

 曽我はしょっちゅう、訊いてもいないのにクマの話をしてきました。クマと遊んだだの、本当は撃ちたくないけど農作物に手を出したクマは撃たなきゃいけないだの、撃ったクマはきちんと食べて供養するだの、本当にクマが好きみたいでした。そんなに大好きなクマに喰われて死ねたんですから、本望でしょう。


 殺意は前々からありました。半年ぐらい前からだんだんと、村での生活すべてが苦痛になってきていて、その原因だった曽我さえいなければ、多少はマシになるかと思っていました。父の昔の知り合いだか何だか知りませんけど曽我が先頭切って村人を焚きつけて、私をこき使ってきたんです。


 それに、デリカシーの欠片もない土人そのものでしたよ、この村の人間は。早朝も深夜も休日も関係なく、家に押しかけられ、連れ出され、除雪をさせられ、買い物や宴会に駆り出されるのが堪らなく不愉快でした。誰も彼も、時間など関係なくあちらこちらから好き勝手に私の家に上がり込んでくるので気が休まるときがありませんでした。私の言動、仕事、私生活、何もかもに口を出されケチをつけられ干渉されました。「気が利かないウスノロ」「嫁の一人でも連れてこい」「除雪の跡が汚い」など好き勝手ゴチャゴチャと……。大昔の黒人奴隷でも、もう少し丁寧に接するんじゃないかってくらいでした。

 

 職場もひどかったです。仕事内容については、活性コンサルタントとして村のPR活動などを、という話でしたが、実際は年寄りの話し相手やホームヘルパーのような無駄な雑用ばかり。話が違うし、村民からプライバシーの侵害をされて困っている、と上司に相談しても、「まず地域の皆さんと仲良くなってもらわないと」と全く取り合ってくれませんでした。

 

 先月の始め、もう4月なのに物凄いドカ雪が積もった日、ありましたよね。あの日、自宅前を除雪していたら「おゥ、ついでに(おら)(どこ)もやッてけれ」って曽我は当然のように僕に命令してきたんです。仕方なく曽我の家をやってたら、除雪機のエンジンがキィーキィー、と何かを引っ掻くような異音を出し始めて、すぐに止まってしまって。


 エンジンを回してみたり、ガソリンを追加してみたり、色々手を打ってもどうにも動かない。買って半年もしないうちに、酷使に耐えかねて壊れてしまったようです。11月の終わりに買ったばかりだったんですよ?ロクに使い方も覚えきらないうちから、町内中の除雪をさせられてたんだから当然ですよね。なので、曽我に「除雪機が壊れてしまったのでできません」って言ったら、いきなり怒鳴ってきたんです。


「なして大事な機械壊したのや!せばお()、手で雪寄せれ!こんたに積もってらんだば家から出らいねべッしゃ!(はえ)ぐせェッ!!」って。


  仕方なくスコップで曽我の家の前の雪を片付けました。なんでこんなことしなきゃいけないんだろう、なんでこんなことしてんだろう、って悔しくて、悔しくて泣きそうになりました。できればその場で、スコップで頭をカチ割ってやりたかった。けどできませんでした。こんな時ですら、優柔不断な自分が憎らしくなりました。


 その出来事でハッキリと決意が固まった気がします。それからずっと、曽我と二人きりになれて、殺して山に捨てられるだけの時間を確保できるようなチャンスを探っていました。


 そもそも、あんな年寄り、どうせあと数年で死ぬでしょうし多少早まった程度で何が問題なんですか?むしろ年金支給額は少なくなったんですから、皆さんのような行政から感謝されこそすれ、咎められる謂れなどないはずです。


 数少ない若者はみんな出て行くし、高齢化の進行は止まらない。村に活力が無く、財政の悪化もひどい。このままでは廃村の危機も免れない、なんて言説もよく見かけますけど当然ですよ、あんな自分勝手な老人ばかりでは。


 雪に埋もれて滅んだほうがマシです、こんな村は。


 年寄りは全員、クマの餌にでもなった方がいい。




* * * * * * *




◇5月8日 ある村民の話


 シゲさんさは、ここの部落みィーんな世話になッてあッたのに。悔しくてたまんねェ。こんたことは許されない。


 いやァー、おッかねェ。これだから都会の人間は物騒で信用ならねんだ。暗くて何考えてッかわかんねくて。


 こないだも俺ァ腰悪(わり)くてよォ、雪かき頼んだら、ふてくされたような顔してて。(わけ)ェんだからやッてけてもいいべしゃな、チョットぐらい。あんた立派な機械、自分だけで使ッてあッて、冷たくてガッカリ。


 人としての温かさ、思いやりが全く()がッた。今思えば、こんたことになるのも無理ねェんだかもしれねェ。


 せッかくわざわざ東京から来たからと、みんなで優しくして、もてなしていたのに裏切られた。本当におッかねェ。たくさんクマ肉も食べさせて、いッぺェ酒も飲ませていい思いさせてやッてたのに、恩を仇で返された。


 もう忘れたい。思い出したくない。

 

 地域活性青年隊なんて止めてしまッたほうがいい。


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