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沈黙の君【8】

 セレス家を出発して早7日。


 ボンヤリする頭と疲れる足に、ときたま回復魔法をかけながら旅路は続く。

 

 初めの頃よりは地面で寝ることを苦痛と感じなくなった。足も僅かながら疲れにくくなった。重畳、重畳である。やはり人間は慣れる生き物のようだ。


 「セレスティナさん、好きな人います?」


 旅路に少々の余裕が出てきたところで御茶目な質問をしてみる。丸の内のOLやクラブのねーちゃんにはこんな質問出来るはずもない。セレス様は並大抵のことでは怒らない、それを知っているゆえの英断。とことん池田はチキン野郎である。


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………お父さんと、お母さん」


 またもやディスコミュニケーション。他界した両親の事を回顧させるなど愚の骨頂。何とか方向転換を試みる。


 「えと、いや、そのですね。家族以外でいます?」


 「…………………………」


 「…………………………」


 「………………いない」


 それはそうだろう。あのような僻地で独り暮らしをしている寡黙なフツメンに男性との縁があるとは思えない。もちろん、童貞クソ坊主たる池田も同様である。


 「では、どんな男性が好みです?」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………………知らない」


 「そ、そこをなんとか」


 すごく知りたいというわけではない。ただ、会話を続けたい。沈黙も嫌いではないが、たまにはキャッキャウフフしたいじゃんよ。ガールズトークに花咲かせようよ。


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」 


 「……………………………強いて言うなら、うるさくない人」


 おうふ。それは遠まわしに池田うるさいと。そういうことでしょうか。


 「すみません、少し黙ります」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 別に。あぁ、そうだ。悪くない旅だ。本当だよ。


 若い女の子と2人きりで旅行する機会などそうそう訪れることはない。しかも三食、介護、ジト目付き。至れり尽くせりである。


 お金に換算したら月50万以上はするね。キャバクラのねーちゃんに貢いだり、都心のクソ高い介護施設に入るよりかは断然有意義だね。


 唯一不満があるとすれば、盲目であることとオナヌーができないことか。あ、唯一じゃねーわ。


 オナヌーしたい。セクロスしたい。セレス様に逆レイプされたい。盲目の池田に伸し掛かり、俺が右往左往している姿を無言で見つめながら我が愚息をその細く美しいお手手で存分に弄り倒して頂きたい所存。オプションで言葉責めも付くと尚良し。


 「…………………」


 セレス様が急に立ち止まる。


 なんだ。敵か。いや、音も気配も感じない。


 む………


 「………………」


 ま、まさか、ばれたか。俺の欲望丸出しマインドヴォイスを聞いたというのか。どうやって。


 はっ。 


 こいつもしや、人の気持ちが読めるさとり系女子か。隠蔽や収納というチート闇魔法の使い手な彼女のことだ。読心とかいうヤヴァイ魔法を秘密裏に行使しておっても不思議でない。


 まずい。これは完全に2人の関係に亀裂が走る。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 こえぇ。この沈黙怖すぎ。1週間前が期限だった見積書を課長に提出した際と同様の空気感。マジでブチギレ5秒前といったところ。


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「…………うるさいのは、嫌」


 「え、あ」


 「……………………でも、お話は、嫌じゃない」


 「あ、はい」


 なんだおい。おいおい。ビビらせるではないか。少々足がガクガクいってしまっただろうに。


 どうやら先ほどの好みのタイプ事案に補足してくれたらしい。話しかけて来てもいいと。つまりそういうことだろう。


 様々な感情が渦巻き、心臓バックンバックン状態を継続している。あぁ、小心者は直らない。


 とりあえずは心の声が漏れておらず一安心。



 ☆☆



 さらに4日後。


 今日も変わらず、セレス様に連れられ歩く。


 今どこにいるのか、あとどの程度で橋に到着するのか、まったく分からない。そう、まったくだ。


 セレス様に確認を取った。橋に近づいてはいるという。それ以外はまったく分からないとのこと。そう、まったくだ。


 襲い掛かってくる魔物は滞りなくセレス様が撃破している。その様はまるで工場におけるライン作業のよう。性格を考慮しても目茶目茶工員が似合いそう。セレスティナ工場長、アリである。一方俺は相変わらずの氷四方固め。若干柔道技っぽいのが割と気に入っている。


 ときたま、セレス様でも出会ったことが無い魔物に遭遇するらしい。とはいえそこは熟練工。難なく撃退しているようだ。


 これは魔物が弱いのか、はたまたセレス様が極強なのか。俺は絶対後者だと思う。


 途切れ途切れではあるものの会話は続いている。日本時代も含めてこれほど女性と言葉を交わしたのは母ちゃん以来である。お蔭でセレス様は池田ランキングの上位ランカーとなっている。


 池田が異性と会話した総時間ランキング 

 第1位:母ちゃん 

 第2位:セレスティナ・トランス 

 第3位:コンビニバイトの高橋さん


 池田が負い目を感じているランキング 

 第1位:セレスティナ・トランス 

 第2位:前職の先輩篠田さん 

 第3位:父ちゃん


 池田が話しやすいと思ったランキング 

 第1位:ばあちゃん 

 第2位:母ちゃん 

 第3位:セレスティナ・トランス


 この調子ではセレス様が池田ランキングの1位を総なめするのは時間の問題であろう。


 ふっ…………


 「………………」


 彼女はともかく、友達すら少なかった前世に泣いた。


 「………………止まる」


 止まった。それと同時に、何か嫌な空気を感じる。あれだ、人通りの少ない夜道を歩いている際、ずっと誰かに見られているような感じ。


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………」


 「……………囲まれた、みたい」


 「マジすか」


 声に抑揚がないため危機の度合いは不明。ただ池田でも感じるほどの嫌な圧迫感は、今までの敵とは一線を画す様相を如実に表している。


 「……………とりあえず、氷の壁……出しておいて」


 「分かりました」


 素直に氷の壁を己の四方に作る。手慣れたものだ。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 敵からの接触は未だ無し。だが徐々に包囲網が狭まっている感じがする。なんか分かる。盲目が他の五感を発達させている。気がする。


 「……………」


 「……………」


 「………くる」


 セレス様がつぶやいた瞬間、何かが物凄い速さでアイスウォールに接近。カンッ、という音を立てて弾き落とされる。


 それが何十回も連続で。何十回も。


 カンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッ。


 こわ。なにこれ。今までにない波状攻撃に心臓がびっくりしている。


 セレス様にも敵のカンカンアタックは向かっているよう。ただ時折「ファイヤーボール」や「ファイヤーボール」という寝ぼけ声を耳が拾うあたり、無難に対処しているのだろう。炎の玉でどのように敵の連続攻撃を防いでいるのか、すんごい知りたいところではある。


 何分かその連続が続いた後。ふと敵の攻撃が止まる。


 「………………」


 「………………」


 「………やるな、魔族」

 

 のっそりと、決して近くはない距離から声が発せられた。


 お、おおお。セレス様以外の人の声。久々に聞いた。


 声色から考えると年齢は15~50歳、性別は男ないし女。言葉遣いから察するに相当地位が高い人物、もしくは路上暮らし。そんなところだろう。


 「……………」


 「……………」


 「………………だれ」


 「私はシリウス。シリウス・マーキュリー。神聖レニウス帝国第3騎士団団長だ」


 レニウス帝国。たしか紅魔族領の東に位置する国。過去、もしくは現在も紅魔族と敵対している国家だと記憶している。そんな国の騎士団長様が目の前に現れた。


 どういう展開なの、これ。


 「小さな女と貧弱そうな男。見逃してやろうかと思ったが、魔族は皆平等に殺す。それが第3騎士団の使命」


 ここで「俺魔族じゃないんすよ。人間なんすよ。だから助けてください」とか言うほど性根は腐っておらず、また反論するほどの勇気は持ち合わせていない。ザ・日本人の中庸、それが池田。


 しかしなんだ。なぜ紅魔族領にレニウス帝国の輩がいる。国境なき騎士団なのだろうか。


 「…………まだ、戦うの?」


 「戦わん。蹂躙するだけだ。貴様らはただ黙って突っ立っていればいい。それだけで、事足りる」


 言動が怖い。コンビニの前でたむろしているヤンキーの兄ちゃんより数倍怖い。これが歴戦の重みか。だとすると人を殺めたか否かがこの世界のヒエラルキーに直結している可能性もある。


 「……………………そう」


 なにか、戦いが再開する予感。池田はどうすれば良いのでしょう。とりあえずアイスウォールの持続時間が切れそうなので、もう1度張り直しておきましょう。


 俺がアイスウォールを再作成した直後、敵が動いた。


 「弓構え!撃て!」


 号令の直後。ビュンビュンと矢?が再び氷の壁に直撃し、ポトンポトンと地面に落ちていく。なるほど、先ほどの攻撃は集団による弓矢だったのか。発言はシリウス団長のみだったが、その周囲には騎士団員が控えていると捉えて正解だろう。妙な圧迫感もそれで説明がつく。


 しかし芸がない。当たらなければどうということはない。


 「やはり効かんか。では、弓戻せ。魔法準備!」


 魔法だと。どんな魔法にしろ数十人はいると思われる第3騎士団の魔法を一気に食らったともなると。我が氷壁は耐え切れるのか。今張っている壁の内側にもう1枚壁作っとくか。二重構造の氷壁住宅。いや、怖いから三層でも良さげ。


 「闇よ、私に従え――――――――ダークワールド」


 と保身に走っている傍ら、セレス様の容赦ない魔法が第三騎士団へ放射されたようだ。


 出た、憎きダークワールド。ただしこれで勝つる。


 「なっ、うわぁぁぁ!」「目が!目が!」「うあ、前が、見えん」「どうなっている!これはどういうことだ!」「いやー!いやだー!」


 一斉に周囲から悲鳴が発せられる。阿鼻叫喚のオーケストラ。指揮者はセレスティナ・トランス。どうやらばっちりセレス様の魔法が決まったようだ。


 「……………」


 「き、貴様、その魔法…………まさか」


 オシリスだかプリウスだかが驚愕の声を上げる。


 「間違いない。トランス家の者だな!!」


 「……………」


 どうやらウスウスはセレス様の家に造詣が深いらしい。レニウス帝国では有名なのだろうか。それとも個人的に詳しいだけなのだろうか。兎にも角にもセレス様のご先祖もしくはご両親、あなた達はいったい何をしたのか。


 「いや、しかし、その姿は…………………成人前ということか。俺としたことが……抜かったわ」


 気になる発言。自己完結させないできちんと説明してほしい。


 「…………………まだ、やる?」


 「くっ………」


 思わず息を詰まらせるくっころ団長。当初の威勢は既に消え失せている。トランス家の名前とダークワールドが存外に影響を与えた模様。


 「………第3騎士団、撤退するぞ!目の見える者は暗闇にかかった者を連れ、退け!急げ!」


 周囲がぞろぞろと動き出す気配を感じる。団長の指示から察するに、どうやら咄嗟にダークワールドの魔法を躱した者が数名いるらしい。シリウスも回避した雰囲気。さすが騎士団長様といったところか。


 「……………」


 セレス様は沈黙を保っている。どうやら追撃する気はないようだ。唐突に何の理由も無く自身へと襲い掛かってきたというのに。優しい子だ。


 だが、しかしだ。セレスが許しても俺は許さない。


 殺しにかかってきて、負けそうだから逃げようなんてちょっと都合が良すぎやしないかい。事なかれ主義の俺でもさすがに事を起こしちゃうよ。やっちゃうよ。


 ただ、敵を攻撃しようにも所在が掴めないため暴言を浴びせる程度にする。その程度であれば、撤退している最中に足を止めてまで反撃してくることはないだろう。これがリスクマネジメント。


 さて。勢いそのまま言葉を紡ぐと十中八九噛んだりつっかえたりしてグダグダになるのは目に見えている。一度心の中で文面を考えてから言葉に乗せよう。課長や部長に話しかける時はいつもそうしている。


 ふむ。ふむ。ふむ。


 よし。


 これでいこう。


 気持ち一歩前へ踏み出す。コツンと氷壁に靴がぶつかる。


 「………………シリウス・マーキュリーといったか」


 「……あ?なんだ、貴様は」


 こちらへ振り向いた模様。一気に言葉を紡ぐ。


 「敵の力を測ることも出来ず邁進する姿、そこいらの魔物と一緒だな。勝ち目のない戦に挑み部下を危険な目に遭わせる貴様が滑稽で仕方がない。さっさと失せろ、このなんちゃって団長」


 「黙れ三下が!!!殺すぞ!」


 「ひぃっ」


 ……………………


 ……………


 ……


 ふぅ、一矢報いた。


 「………………何がしたかったの」


 聞かないで。


 その後。第3騎士団は多少もたつきながらも全員無事に撤退した。オシリスがなんか捨て台詞を吐いていた気がするが忘れた。



 ☆☆



 騎士団襲来の夜。


 なんかの肉となんかの野菜が入ったちょっと辛い系のスープをセレス様に食べさせてもらいながら、質問を投げかける。


 「あむあむ…………そういえば、襲撃してきた第3騎士団。なぜ紅魔族領にいたかご存知ですか」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………………たぶん、だけど」


 セレス様が俺の膝をトントンする。口を開けて、の合図である。素直に口を開ける。スープが入ってくる。咀嚼する。


 「……………軍事演習、だと思う。紅魔族領は……魔物が、たくさんいるから」


 「もぐもぐ………国境は無いのですか。検問のような例の」


 「……………ある。だから、分からない。…………あの人数が、どうやって………紅魔族領へ、渡ったのか」


 セレス様の言動から推測すると、現在紅魔族とレニウス帝国との間に戦は起きておらず、国境には検問が置かれ入退場は厳重に制限されている。もちろん第3騎士団は危険分子として扱われる存在であり、門所を通過できるとは思えない。そんな中紅魔族領に出没した彼らは極めて異端であると。


 特殊な魔法でも使用したのだろうか。転移とかワープとか。それか転移門とかあったりするやも。


 しかしレニウス帝国の騎士団が皆あんな感じであるとすれば、ヤバい国だな。好戦的にも程がある。しかも魔族であれば誰彼かまわず襲ってくる気配があった。魔族を敵対視し過ぎだろ。人間としては当然の反応かもしれないが、セレス様を知った俺はその当然に違和感を持たざる得ない。

 

 とりあえずは今後、神聖レニウス帝国類には近寄らないようにしよう。触らぬ神にたたりなし。


 「また襲ってくると思います?」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「…………………たぶん、大丈夫だと、思う。少なくとも、私は…………今まで、会ったことなかった。だから、今日出会ったのは……偶然。偶然は…………続かない」


 いや。俺が伝えたかったのは第3騎士団が復讐に駆られてまた襲いかかって来やしないか、という懸念なのだが。


 ただ、よくよく思い出してみると、あの騎士団の連中はほぼセレス様の魔法の被害者である。即座に永続状態異常:暗闇を回復する術などないだろう。大丈夫な気がしてきた。


 「…………おかわり、いる?」


 「いえ、大丈夫です。ご馳走さまでした。今日も美味しかったです」


 「…………うん」


 さて、ご飯も食べたし騎士団の件も片付いた。寝ようか。最近、固い地面へ背中を預けることに違和感を感じなくなってきた。快眠まであと一歩といったところ。


 「………………1つ言っておくけど」


 セレス様がぼやいた。珍しい。


 「なんでしょうか」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「…………やっぱり、言わない」


 なんだそれ。俺はズッコケればいいのか。


 「…………おやすみ」


 おい。


 いつの間に焦らしプレイなど学んだのだ。


 あと。


 そういやまだ歯を磨いてもらっていないぞ。

 


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