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沈黙の君【7】

 翌朝。


 セレス家とおさらばし、2人獣人国へ向かう。


 ザッザッザと。草木を踏む音だけが目的地へ近づくことを教えてくれる。


 そういや、獣人国ってどこにあるのだろうか。それとセレス家からどの程度時間を要するのか。初めに聞いておくべきことだった。


 「セレスティナさん、獣人国はどちらにあるのでしょうか」


 歩きながら聞いてみる。ちなみに当然の如くおててとおててを繋いで先導してもらっている。少々ドキドキ。こう、あれだ、目隠しプレイを彷彿とさせる。え、俺いまからどこに連れて行かれるの、何されちゃうの、とか。現実で見知らぬ野郎に目隠し連行されたら本気でビビる。だがプレイだと割り切ってしまえばめちゃめちゃ興奮するだろう。あぁ、目隠しされながらおちんちん弄られたい。 


 「………北」


 セレス様の言葉で我に返る。危ない妄想をしてしまったようだ。


 北、というと方角の事だろう。答えとして間違いではない。ただ期待とは異なる。


 「ちなみに東には何があります?」


 「…………レニウス帝国」


 「南は?」


 「………黒魔族領」


 「……西は?」


 「………………何もない、と思う。たぶん……海」


 なるほど。東にレニウス帝国、南に黒魔族領、北に足を向けている獣人国、西は海。それが紅魔族領の立地か。三国に挟まれているあたり、戦争もそれなりの数をこなしていそう。願わくば争いに巻き込まれないように。


 「………………」


 黒魔族ってなんだ。


 「………………獣人国に行くためには…………橋を渡る、必要が…ある」


 「紅魔族領と獣人国の間には川があるのですか」


 「………………川というよりも……海、かも。………1回しか、見たことないから…………自信ないけど」


 海、と表現する所以は対岸まで距離がある表れだろう。であれば橋の大きさも期待できる。レインボーブリッジ越え、あるかもしれない。まぁ、現状この眼で確認することは叶わんだが。


 「ここから橋までどの程度要しますか」


 「…………………」


 「………」


 「……………10日?」


 なぜ疑問形。こやつもしや。


 「セレスティナさん。橋の正確な位置、把握してます?」


 「…………………」


 「…………………」


 「……………大丈夫」


 なんだ今の間は。常時会話には間があるゆえ見過ごしそうになったが、そうはいかん。セレスマイスターの称号を持つこの俺をなめるなよ。今のはうっかりの間。セレス様のテンポとは若干ずれているのだ。分からいでか。


 つか絶対把握してないだろ。1回しか見たことないって言ってたし。


 ただあれだ。セレス様が大丈夫だとおっしゃるのであれば大丈夫だろう。最悪道に迷っても、セレス闇魔法で収納している食糧とセレス水魔法があるから当分生きられそうだし。食糧無くなっても、セレス様が狩りをして食べ物確保してくれそうだし。


 セレス様無敵かよ。サバイバル娘かよ。


 それに比べて俺の無能さ。まさか意図せずヒモに成り下がるとは。


 やれやれだぜ。



 

 ☆☆


 


 「…………1時間くらい、歩いた。………休憩、する?」


 セレス様が立ち止まり、恐らく振り向いて話しかけてきた。


 この気遣い。だれもが出来ることではありません。


 たしかに足が痛い。社内でぴこぴこパソコンをいじっていただけの運動不足な社畜の足は限界。今すぐにでもへたり込みたい。


 だがしかし。


 1時間ごとに休憩をとって、行軍の妨げをするわけにはいかない。ピクニックに来たんじゃないんだよ、俺たちは。早くセレス様から盲目童貞チキン野郎を解放するという任務が課されている。


 ということで。ここでチートの登場。


 足に手を当て、さすりながら回復魔法を意識する。すると、かすかなブォン音と共にスッと足の痛みが無くなる。おお、瞬間回復。さすがのレベル10。


 便利だね、回復魔法。本来の用途からは離れてしまったが、会得しといてよかった。


 「大丈夫です。行きましょう」


 「………………」


 なんだろう。強い視線を感じる。痛い痛い。


 「なんでしょうか」


 「………………いや。行こ」


 何だろうか。


 「………」


 「………」


 「………」


 行こうとか言ったくせに歩き出さないなと思っていると。


 腕に強い抵抗が見られた。察するにセレス様が動いていない。どうしたというのだ。


 「………………ここでジッとしてて」


 そう言うと、繋いでいた手をパッと離した。あ、寂しさ来た。舐めていた飴玉が口の中で溶けていくときのような寂寥感。口の寂しさは手のそれに通ずる所がある。


 「え、あの、どうしたのですか」


 「…………魔物きた」


 家から離れ1時間。むしろ遅かったと言えよう。エンカウントしたのはどんな奴だろうか。


 「どんな魔物です?」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 「………ファイヤーボール」


 池田の質問は炎の勢いで消されてしまったようだ。むしろ戦闘間際に話しかけてごめんなさいだろう。


 「グギャ!?」「ゴギ!?」「アギャ!?」


 数瞬後。耳障りな叫び声とともに、何かが連続で爆ぜた音がした。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………………ゴブリン」


 ゴブリン?聞いたことがあるぞ。あれだ、集団で姫を凌辱する輪姦担当の子達だ。背は小っちゃいくせにあそこがデカく書かれるのはどういうことなの。1度何らかの媒体で拝見し、自身との比較で男の尊厳ゴッソリ持っていかれたわ。


 そのゴブリンで間違いないだろう。しかしこの娘っ子は唐突に何をおっしゃるのか。


 「…………倒した……魔物の…………名前」


 あ、おお。数コマ前の質疑に堪えて戴けたのか。しかも既に戦闘が終了した模様。ゴブリンの断末魔から察するに、3匹くらい同時に倒していた気がする。


 「…………行く」


 手に暖かな感触。再びハンドトゥーハンド。


 旅行中の初戦闘はあっけなく終わりを迎えた。


 


 ☆☆




 うまうまの昼食を挟んでさらに歩く。


 セレス様が歩く場所を峻別しているからだろうか。つまずいたり転んだりすることは滅多にない。


 たまに立ち止まり、ファイヤーボールという呟きと共に何かを焼き払う音もする。障害物と認定した生い茂る草木を焼却していると思われる。


 ありがたい。何かお礼がしたい。


 なんかあるか。


 ないか。


 いや、あるな。


 「セレスティナさん。足、疲れてません?」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「……………………別に」


 ERIKA様でた。声色と会話の間から強がりだと判断。


 手を繋いでいない方の手、つまり右手をここらへんだろうと見当をつけセレス様の足へとかざす。


 回復。回復。ブォン音が聞こえたあたり、上手く発動できたようだ。


 「………………」


 「………………」


 セレス様が立ち止まる。たぶん振り向いた。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「………なんか、した?」


 「セレスティナさんの足に回復魔法をかけました」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「…………やっぱり。回復魔法……使えるなら……………先に、言って」


 何事もなかったかのように歩き出す。


 しまった。そういえば言ってなかった。先日披露したのは氷魔法のみであったために。


 これはやってしまった。


 なんかすごい好感度下がった予感。ギャルゲだったら今ので攻略不可になるわ。キャラを選択しようにも背景が灰色になって何も押せないやつ。選択肢でセーブしていなかった時の絶望感は異常。


 やはり秘密を抱え過ぎるのはよくない。話してはいけないこともあろうが、話せることは話しておいた方がいい。特に信頼できる相手には。


 秘密主義とか小説の中ではかっこよさげに見えるけど、現実ではこんなもん。百害あって一利なしですわ。


 これ、おれ途中で置き去りにされたりしないよね?


 「…………ただ」


 お、どうやら続きがあるみたいです。


 「………………」


 「………………」


 「……………………足の疲れは、無くなった。………ありがとう」


 お、おお。


 おおお。


 ありがたい。これは沁みた。心に沁みた。


 これがクーデレというやつか。盲目状態も相まって、危うく惚れるところだった。もう少しだけ池田好みの顔であれば危なかった。120%惚れていた。ここまで尽くされて惚れない奴も珍しいだろう。


 「……ん」


 三度みたびセレス様が立ち止まった。今度はなんだ。


 「………………デスクラブタートル、2匹」


 なんだ。呪文か。


 いや……あぁ、そうか。先に魔物の名前と数をご教示頂けたのだろう。俺が毎回伺っているために。


 戦闘は本日8回目。俺も大分落ち着けている。


 しかしデスクラブタートル。どんな姿をしているのだ。亀の誓いにより召喚されたのであれば強敵間違いなし。


 「……………氷の壁。作れる?」


 「え、あ、え、は、はい。作れますよ」


 戦闘において初めての要請。緊張度は一気にMAX。盲目ゆえ、1度でもセレス嬢の指示に背ければ死が待っていると思われる。


 「どこに作りましょうか」


 「…………あなたの周り、四方に。隙間なく。できる?」


 「や、やってみせましょう」


 若干どもりながらも承諾する。


 セレス様の期待を裏切るわけにはいかない。集中だ、集中しろ。目が見えないのだ。イメージを明確にしなければならない。


 四方隙間なく氷の壁を作る。俺を囲う形で。イメージは中をくりぬいた四角い箱。高さは俺の身長よりちょっと高いくらい。


 よし。いける。


 「アイスウォール!」


 叫ぶ。シュピーンという音がするや否や、周囲に何かが構築された気配を感じる。その後四方からひんやり感が身体を突き抜けた。圧迫感を強く意識させられるあたり、予想以上の高層氷壁が出来上がった模様。


 どうだろうか。


 「セレスティナさん」


 「………………」


 「………………」


 ダメ?


 「……………」

 

 「……………」


 「…………………悪くない」


 悪くない、いただきました。この子は飴と鞭を心得ている。


 「あとは………じっとしてて」


 いつも通りの指示。池田は忠実にあなたの命令に従う。目指す高見はバター犬といったところ。


 「きゅきゅきゅきゅー!」


 謎の音が前方から発せられる。なんだこの声。セレス様確変したか。


 いや、セレス様はこんな甲高い声じゃない。おそらくデスクラブタートルの声だろう。


 どっ!どっ!


 氷壁に何かぶつかった音がした。なんだ、なにが起きている。サッカー解説並みの丁寧な状況説明が欲しい。ただ喚いているだけの輩はいらん。


 どっ!どっ!


 後方にも何かがぶつかった。今のところアイスウォールの砕ける様子がないのは救い。


 敵の攻撃にさらされているのだろうか。


 「………ファイヤーブーメラン」


 セレス様が唐突につぶやく。いつものファイヤーボールではない。新種の魔法だろうか。そこはかとなくネーミングセンスにダサさを感じてしまう。ブーメランはない。


 ぶちゅ!ばちゅ!


 「きゅぁぁぁぁ!!」


 何かが引き千切られる音がした後、デスクラブタートルが絶叫する。声を耳にしただけで痛そうである。


 「………ファイヤーボール」


 御馴染みの火の球。一瞬の後、何かが破裂する音がした。


 「……………」

 

 「……………」


 「……………」

 

 「………終わった」


 だ、そうです。


 「戦闘の過程を聞いてもよろしいですか」


 正直、俺が攻撃を受けた程度しか把握していない。


 「……」


 「……」


 「…………デスクラブタートルは、自分の……大きくて硬い手を伸ばして、攻撃してくる」


 大きくて硬い。素晴らしい言葉である。男であるならば1度は言われてみたいだろう。そこに太いや長いが付加されたらもう、男冥利に尽きる。


 「……あなたの、氷の壁を………攻撃してたのは、デスクラブタートルの……手」


 なるほど。だからアイスウォールを作らせたのだろう。もしかすると、今まで出現した敵の中には遠距離攻撃の手段を用いる輩はいなかったのかもしれない。


 今回初めて現れた。そのためアイスウォール作成の指示が出された。そういうことに違いない。


 「………ファイヤーブーメランで、伸びきった手を……千切って、その後………ファイヤボールで、仕留めた」


 相変わらず手際が見事。敵の攻撃手段を潰してから仕留める。確実なやり方だ。池田の氷壁を信じて戴けたのも有難い話。戦力ではないにしろ、自衛能力は認められているということだろう。今後どしどし評価を上げてゆきたし。


 しかし、よく敵の情報がすらすらと出てくるものだ。魔物図鑑のようなものを持ち歩いているのだろうか。


 違うな。恐らく、刃を交えた経験があるのだろう。


 20年近くこの地で暮らしていると言っていた。さらにレベルは75と高ランカー。決して少なくない数の魔物を葬ってきたことが推察される。セレス討伐魔物コレクションは随分埋まっているに違いない。


 紅魔族領限定であれば、セレス様は無敵かもしれないな。


 改めてセレス様に出会えたことを神に感謝。くぅぁんしぃぁあ。


 「………………ねぇ」


 「あ、はい。なんでしょう」


 「………………」


 「………………」


 「…………いつまで、氷の中にいるの」


 そういえばアイスウォールに包まれたままであった。


 よし、解除しよう。よし。


 どうやって。


 「あの、どのようにして解除すればよろしいのでしょうか」


 「………………」


 「………………」


 「……知らない」


 ですよね。


 触ってみよう。ペタペタ。叩いてみよう。トントン。


 「……………」


 ダメだ、無理。我ながらすごく固い。割れそうにない。


 では発生方法と同様、念じてみるのは如何だろうか。氷壁よ消えろと。


 「消えろぉぉぉ!」


 氷壁に触れつつらしからぬ大声を発してみる。するとどうしたことだろうか。


 少々脈打った後、次第にお落ち着きを見せ、終いには当初の様相を取り戻した。


 つまりアイスウォール健在。なんともまぁ、肩透かしを食らったものである。ただ脈動を見せたからに、若干の可能性は感じられた。もしかすると、レベルの上昇と共にいつかは自身の氷を消失できるかもしれない。未来に期待しよう。


 ともあれ今回は潔く諦めることとして。氷が霧散するまでの約5分間、ただただ居た堪れない空気を味わっていた。




 ☆☆





 旅行初日の夜。

 

 うんまい飯を食べ終え、歯を磨き、あとは就寝するだけの状態となる。


 旅の夜といえば、魔物からの襲撃に備え、交代で夜の番をするのが定番である。しかし池田は盲目。役に立たない。どうしようかと思い悩んでいると、セレス様が魔法をかけてきた。


 闇魔法:隠蔽らしい。特定のモノを目立たなくさせる魔法。これ1つであら不思議。危険極まる森の夜も安全に過ごせちゃう。らしい。ご本人、実際に隠蔽を纏い何度か夜森を過ごした経験があるらしい。その間、1度も魔物に襲われなかったとのこと。


 もう、俺ではなくセレス様の存在自体がチートじゃないかと。神様の贈り物を上手く生かせていない池田にも問題はあろうが。


 そんなこんなで、安全に就寝できる環境となる。


 しかし池田、眠れない。地面が固くて眠れない。背中が痛くて眠れない。日本という、半ば人生イージーモードが確約された環境で育った池田は、1度も地べたで寝た経験など無し。痛恨のミスである。


 「寝れない」


 なにか、柔らかいモノを生み出す魔法はないのか。ウォーターベッド。欲しい。


 俺の持つ魔法は例のあれ。


 氷魔法。それは、固いモノしか生み出さない悲劇の魔法。痛恨のミスである。アイスベッドって、需要ゼロだろ。


 こんなところで詰むとは。お、値段以上の会社が悪い。あんな柔らかくて寝やすいベッドを販売しているのは極悪。目茶目茶愛用していたけど。池田屋大火事事件で池田と共にこの世を去ってしまったことが悔やまれる。どうせなら俺と共に異世界へ転生すればよかったものを。


 あー駄目。寝れなくてイライラする。


 食欲と性欲は能動的に行動すれば解消できるのに、睡眠欲は努力だけで解消できないのなんでなの。こういう時こそ薬の力が必要だというのに。睡眠薬などという高尚なアイテムは持ち合わせていない。


 これは、あれだな。早急に睡眠魔法:スリープを会得する必要がある。毎日の安眠を得るために。


 とか思っている間も睡魔は一向に訪れない。身体は疲労を感じているはずなのにまったく眠れないという最悪のジレンマ。


 あーもう。


 仕方がない。


 明日は頭にも回復魔法を使用しつつ歩を進めよう。

 

  


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