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沈黙の君【4】

 日はまた昇る。


 本日もうまうまの朝食を頂いた後。2人して部屋を掃除しながらセレスに話しかける。


 「セレスティナさん、ここから一番近い街までどの程度の距離があるでしょうか」


 「………………歩いて、7日くらい」


 1週間か。この国延いてはこの大陸がどの程度の大きさを有するか定かではない。自分の感覚では、街まで7日要する現実は信じられない。1週間歩き通しとか何の苦行だよと思う。だがしかし。街から街まで1週間、もしくはそれ以上の時間を見込まれることがこの世界と常識だとすれば、早めに慣れる必要はあるだろう。徒歩という移動手段に。郷に入っては郷に従えだ。


 野宿はツラいだろうが、頑張るぞい。


 「……ただ」


 「ただ?」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………魔物が、たくさんいる。……戦う力が無いと………辿り着けない」


 Oh、そりゃそうか。外には魔物がいると言っていた。この目で確認もした。


 強くなる必要がある。最低限自分の身を守れる程度には。


 しかし、今のところ魔法は使えない。


 身体も貧弱。


 得意スポーツは卓球とテニス。


 どうしろと?


 「………つかぬことをお聞きしますが、セレスティナさんは武器を用いて戦った経験はおありでしょうか」


 「…………」


 「…………」


 「………………ある。お父さんが……教えてくれたから」


 きた。チートの提供がない現状、地道にコツコツと出来ることを増やすしかない。その先駆けとなるのが武器を用いた戦い。


 セレスティナに武器戦闘の経験がある事実は極めて僥倖。早速ご教授いただこう。


 「こうして助けていただいている身でお願いごとをするのが失礼な行為であることは重々承知しているのですが、私に武器を使った戦い方をご教授頂けないでしょうか」

 

 すんごい低姿勢でお願いする。立場上当たり前なのだけれども。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…いいよ」


 「ありがとうございます!」

 

 今回は沈黙が長いゆえ駄目かと思った。




 ☆☆




 ところ変わって森の広場。


 セレスが家の裏手から持ってきた武器群がずらりと並べられている。総数30にも上るだろうか。


 「………………」


 いや、武器あり過ぎ。お父さんの趣味か。トランス家がどこぞの島津家よろしく戦闘民族である可能性が急浮上してきた。だからといってどうということはないが。


 「……………近距離と、遠距離。……どっちがいい?」


 セレスティナが問う。


 そうか。武器といえば剣、斧、槍等々近接武器を想像したが、遠距離の武器もあるのか。


 だったら迷わず遠距離だな。近距離だと絶対死ぬ。主に心と体の貧弱さが理由で。


 「遠距離で」


 「………分かった」


 スタスタと、武器群の右側へ歩いて行く。


 立ち止まり、ジッと武器を見つめる。約3分後。手を伸ばし、一つの武器を取った。


 「…………これ」


 「これは……」


 弓。


 王道であり、正道。


 「………弱い魔物なら……これで倒せる」


 ほう、やはりどの世界でも弓は有効な武器であるのか。文明の発展により様々な遠距離武器が開発される中、結局今でも愛され続けている所以はその生産性、使用性、柔軟性に帰するところが大きいのだろう。戦闘とーしろーである池田の初武器には最適かもしれない。


 ただし。もちろん弱点も存在する。


 「強い魔物は?」


 「……倒せない」


 そうだろうとも。プレートアーマーでガチガチに固められた人間にさえ通用しないのだ。肌にかすり傷1つつかぬ魔物も存在するだろう。


 「この森に、強い魔物は存在しますか」


 「………」


 「………」


 「………いる」


 積んだ。池田の街で結婚、いわゆる街婚終了。


 「……………けど、それを知って……どうするの」


 「ええとですね。一度その、街というものを見てみたくて。ええ。ですが今の話では、その地まで辿り着くことさえも困難のようですね」


 「………」


 「………」


 「………………今度、一緒に行く?」


 うお。


 きたきたきた。現状で最強の戦力が手を差し伸べてくれた。


 正直、これ以上お世話になることに関しては心に激痛が走る。だが自分で如何にかできる見通しが立たない以上、この提案を断るはずもなく。


 いったい何をどんな形でお渡しすれば今までの総負債を返せるのか想像もできない。が、必ず、必ずセレス様には何らかの形で恩返しをしようと心に刻む。


 そう、俺は借りを作らない男。万が一何かしら借りた場合は、常に相応以上のものを返してきた。その信条は異世界でも守られるべきであろう。


 「ありがとうございます。頼らせていただきます。ちなみに、街に魔物が襲来するなんてことありますか」


 「…………」


 「………………」


 「…………」


 「…………」


 「………お父さんは、ほとんどないって……言ってた。あっても………冒険者が、撃退するって」


 おお、冒険者。冒険者がいるのか。


 ということは、ギルドもありそうだな。冒険者ギルド。夢が膨らむ。ファンタジーしてる。


 つまり、つまりだ。セレス家→街は、俺が雑魚を撃退、強敵はセレスが撃退。


 街では冒険者が魔物を撃退。俺は安全な仕事でコツコツお金を稼ぎながら嫁と家をゲット。


 「………………」


 これは、人生設計ばっちりだな。ファイナンシャルプランナーも夢ではない。


 もうここまできたら、セレス家→街もセレスに全部任せて、池田お前セレスの背中に隠れてろよとも思ったが。


 やはりいつ何時危険があるかは分からない。加えてセレスにおんぶにだっこでは、彼女に申し訳ない。


 最低限の武力は手に入れよう。ということで弓を取る。


 「よろしくお願いします。先生」


 「…………」


 修行開始。


 



 ☆☆


 セレスの後を黙ってついて行く。恐らくこの池田を指導する場所へ向かっているのだろう。


 ざっざっざ。彼女の背中をぼんやりと見つめながら歩く。


 身長、150センチ台の半ばくらい。年齢は、16歳~20歳といったところか。


 魔族と言っても、見た目は人間の女性そのものである。出会った当初、ここが異世界だと信じられなかった理由はそこにある。人間の見た目をした女性が自分は魔族だとのたまったところで誰が信用できようか。結果的に魔法を見せられたことで反異世界の旗を降ろしたのだが。

 

 人間のおなご、つまりは池田の嫁候補に挙がってもおかしくはない。


 だが俺はそれを良しとしなかった。


 何故か。


 命の恩人だからか。


 違う。そんなことは気にしない。


 年齢的な問題か。


 違う。俺はロリコンではないが、10代前半でもいける。


 では何故か。



 ―――――腰まで伸ばした灰髪は紐状のモノで縛りなんちゃってポニーテールを形容している。服装は漆黒のゴスロリ服をきゅっと絞って少しぼろくしたような感じのものをまとっている。スタイルは良くもなければ悪くもない。顔は、眉毛は横一文字、目はつぶら、鼻は低く、唇は小さく薄い。


 要するに、少々見栄えがよろしくない。


 小説などでよく、異世界で初めてであった異性とそのままくっつくという展開があるが、今回に限ってはないだろう。


 ブスとは言わない。ただ、俺の好みとは違っただけ。


 とはいえ、長年連れ添った熟年夫婦よろしく、このまま共同生活を続けてしまえばどうなるか分からない。池田はほぼ女性に免疫がないチェリーボーヤ。雰囲気とやらにやられコロッといってしまう恐れがある。それにセレスは、俺からしてみればかなり性格が良い。沈黙の君ではあるが、話していて疲れない。さながら外見は築何十年だが内装はリフォーム済みのデザイナーズマンションといったところか。


 まぁ、今後のことはひとまず置いておき。


 池田の好みとお世話になったことは別の話である。


 今は何も返せるものはないが、いずれお金か物で、きっちり恩を返す。ここで恩の借り逃げなどすれば、人として何かが終わる。アラサーの童貞野郎でもそのくらいは分かる。


 現状1人の女性として接することは難しいが、命の恩人という位置づけは変わらない。


 あれやな、今度から心の中ではセレス様と呼ぼう。敬意を込めて。



 とか思っていると、セレス様の歩みが止まった。

 

 彼女が右に首を傾けた。俺も同じ動作をする。



 なんかいる。



 「あの」


 セレス様に話しかける。


 「……………」


 「いきなり実践ですか」


 20メートルくらい先に緑色の肌をしたオークっぽい生き物が一匹、木々の間からこちらをにらんでいる。


 体長は2メートルくらい。結構怖い。いやあれ絶対オークだって。だって稀に見る豚面晒してるし。


 「………実践が、全て」


 「そ、そういう考え方もあるでしょうが」


 スパルタ過ぎだろ。練習無しでしかも初戦が自分よりも体躯があるオークとか。死んだら元も子もないんですよ。


 「…………大丈夫。危なくなったら……………助ける」


 だったら大丈夫か。


 いつの間にか、セレス様に謎の信頼を置いている俺。


 実際に戦った姿は1度しか見ていないが、なんか、安心できる。不安をおくびにも出さないからだろうか。


 「分かりました。では……やります」


 弓を構え、矢をつがえる。


 オークが右手で剣をぶら下げ、左手で盾を構えながらこちらにノソノソと近づいてくる。それほど動きは速くない。


 なんか、こんな感じだろうと、テレビの見よう見まねでグググっと弦をしならせる。


 オークが近づく。


 残り距離、15mくらい。


 もう我慢できない。


 矢を放つ。


 「ムッ!」


 放った矢は、ドスンと。


 見事、盾に吸い込まれた。


 「……………」


 「……………」


 当たった。嘘だろ。


 「………初めてにしては……………上出来」


 「ありがとうございます」


 お褒めの言葉を頂いた。感謝。ただ豪快に外すと想定していたので妙な気持ちが胸中を渦巻く。弓矢ってこんな簡単に扱える武器ではないだろ。


 とはいえオークは傷一つ負っていない。ピンピンしている。怒りや驚きといった表情が見えないところは不気味。何を考えているのだろうか。


 とりあえず池田の打つ手は無くなったため、後は先生にお願いしよう。


 「先生、後はお任せしてよろしいでしょうか」


 「………うん」


 ぼそぼそとつぶやいた後、先生の両手に火の球が浮かび上がる。


 「ファイヤーボール」


 オークに向かって2つの火球が飛んでいく。


 豚面はその場から動かず、盾を構えた。


 火球の1つが盾にぶつかり、突き刺さった矢ごとボッと燃え上がる。どうやら木製の盾っぽい。それにしても、未だに火は怖い。目にしただけで鳥肌。


 オークは咄嗟に盾を放り投げるが、もう1つの火球が顔めがけて飛んでいく。


 ここで豚野郎、右手に持っていた剣を異常な速さで振りおろす。


 火球がオークの目の前で真っ二つに切り裂かれる。


 「………………」


 うそでしょ。どんな剣捌きだよ。こわ。


 動揺を抱えた状態でセレス様を見やる。まったく動じていない。


 鉄や。鉄の女や。アイアンメイデンや。


 「……ヤルナ、コムスメ」


 普通に話し出すオーク。少々声が籠っているが明らかに言語を紡いでいる。あれ、オークってこんな感じだったっけ。


 「……………」


 「ワレハジークフリード。コムスメ、ナヲキカセロ」


 オークのくせに無駄にかっこいい名前。竜とか倒しちゃいそう。


 「…………………」


 無言を貫き、右手に火球を現出させる小娘。先ほどのより大きい。倍くらい。


 「ファイヤーボール」


 オークに向かって放たれる。


 「フン!」


 危なげなく、再び剣で切り裂く。


 しかし、切り裂かれた火がオークに向かっていく。火球版自動追跡機能か。かっけぇ。


「ムッ!」


 ブォン!


 オークの両脇腹に火の粒が当たり、爆ぜる。


 オークは………



 平然と立っている。


 

 「ククク、カユイゾ。コムスメヨ」


 えー、なにあのオーク。セレス様のファイヤーなボールが効かないとか。まさか初陣にして後半出てくる予定の魔物と遭遇するというバグが発生してしまったのだろうか。ほんと、単体テストが一番大事だというのに。


 ビビりながらセレス様を見る。


 「…………………」


 これまた微塵も動じていない。やるな小娘。


 「サテコムスメヨ、ソロソロホンキヲダシタラドウダ」


 「………………………」


 「ワレハキサマノホンキガ……ム、ソウカ」


 なにか得心した模様。


 オークが池田をじろりとにらむ。え、なに。こ、こ、こ、怖いんですけど。


 「キサマノソンザイガアシカセトナッテイルヨウダ、タンショウヤロウ」


 いまこいつ短小野郎って言った?


 「コロス!」


 と言い放ち、今度は決して遅くない速度で俺に向かってきた。


 戦闘能力ほぼゼロの池田はその場から動かない。いや、動けない。


 足が震えている。


 やばい。


 死ぬ。


 走馬灯。


 来ない。


 「目をつぶって」


 ええいままよと声に従い反射的に目をつぶる。



 「………闇よ、私に従え――――――ダークワールド」


 ブュアーンという聞き慣れない擬音の直後。


 「ン?……ヌオッ!コ、コレハ!」


 突如として豚野郎が喚き出す。なんだ、どうなっている。


 「コムスメェェェェェ!!」


 「…………………」


 「ヌォォォォ!!」


 「…………………」


 「ドコダァァァァ!!」


 「…………………」


 何が起こっているのか。すごい気になる。今のところ俺に被害が無いゆえ猶更。


 まさか、セレス様が変身でもしたのか。闇の女王とかに。セレスワールドに迷い込んだオークは自我を失い狂ってしまったと。つまりそういうことなのだろうか。


 ………………


 見たい。切実に。


 いや、だが。目をつぶっていろと言われた。


 でも見たい。


 いや、でも。セレス様の信頼を裏切るわけには。


 ただ見たい。


 ……………………




 見るか。


 あとで謝る。よし。許してくれるはずだ。優しいから。


 豚の喚き声を右から左へと流しながら、1度大きく深呼吸をする。


 すぅーはぁー。


 心の中でセレス様に謝罪をしながら、これくらいならいいだろうとちょびっとだけ薄目を。


 開けた。



 















 「……………………」


 あれ。


 見えない。眼は、開いている。開いている?



 「クソッ!ココハヒク!オボエテイロ、コムスメ!!」


 捨て台詞を吐きながら、恐らく、オークが離れていく。しかし木々の折れる音が聞こえるあたり、獣道を選択した模様。なぜそちらを逃亡経路に選択したのか。


 魔法が放たれる様子がないあたり、追撃はしない模様。


 とにかく、現状把握。


 「せ、セレスティナさん?」

 

 「………………………」


 なんだろう。いつもの沈黙とは少し違う気がする。


 なぜか、少し、動揺している様相が感じられた。


 「あ、あの」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「……………………………………………………ごめん」


 いきなりの謝罪。池田の心拍数はグングン上昇。


 「ごめん」


 「えーと」


 「…………目、見える?」


 「見えません」


 「…………」


 「…………」 


 「……………私の、魔法にかかったから」


 「恋の魔法では、ないですよね」


 「…………」


 「…………」 


 「…………」


 「…………」 


 「……………ダークワールド。闇の魔法。効果は…………相手を、暗闇状態に、する」


 暗闇状態?というと、恐らく状態異常になるということか。


 なるほど。今の俺は状態異常:暗闇となっているのね。指示を無視して目を開けてしまったことが原因だろう。好奇心に負けてやってしまったようだ。反省。


 ただ、失明したわけではないことが分かって一安心。


 「そうですか。それでしたら謝罪するのはこちらの方です。約束を破り眼を開けてしまい申し訳ございません。つきましては、ダークワールドの持続時間はどの程度なのでしょう」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 ん?


 「…………」


 「…………」 


 「…………」


 「…………」 


 「……………永続」





 え?

  


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