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沈黙の君【3】

 翌朝。

 

 朝食をいただいた後、早速情報収集の続きといく。


 場所はトランス家のリビング兼キッチン兼寝室。池田は木の床に正座。セレスティナは台所でカチャカチャと食器を洗っている。


 その背中へ向けて言葉を発する。


 「セレスティナさん、屋外には危険がありますでしょうか」


 まずはこの質問から。異世界(仮)と言うからには何が起こるか分からない。


 三流は何も考えず外に出る。俺は二流。


 どんな危険が待ち構えていようとも切り抜けられる。それが一流。


 一流には程遠い。


 「……………危険」


 なるほど。テンションに流るるまま外に出ず僥倖。


 余談だが、排せつは室内から行っている。仕切りで隠された空間でのおトイレタイム。


 地中にちろちろと水が流れており、そこに落とす。何をとは言わない。


 下水道、作ったのだろうか。このような小娘が。


 「危険というのは、何かが存在するのですか。それとも生き物には耐えられない自然環境なのでしょうか」


 「…………」


 「…………」


 「………………魔物がいる。襲ってくる」


 魔物ですって。漢字合ってるよな。パソコンで予測変換してもこの単語しか表示されないだろうし。


 異世界名物のため、いつかは遭遇すると思っていた。それにしたってエンカウント早すぎ。


 死ぬな。一般ピーポーの社蓄であれば、出会って4秒で合掌だろ。全力で絶望ピース決める自信あるわ。


 「……………」


 しかし悪いことばかりではない。オーク姦や触手姦が拝見できるかもしれない。これは素晴らしい。是非とも生ライブで配信して欲しいところ。


 今更だが、俺は人としてまぁまぁ終わっている気がする。


 とりあえずだ。魔物とやらの脅威を伺おう。


 「屋外に存在する魔物は、一般的な人間と比べてどの程度強いのでしょうか」


 「……………」 


 「……………」


 「……………」 


 ここは質問を変えよう。


 「一般的な人間の強さは分かりますか」


 「………知らない」


 人間との交流は皆無ということか。


 「では、セレスティナさんと比べて、野外にいる魔物は強いですか。弱いですか」


 「………………私の方が…強い」


 魔物の強さとセレスティナの強さ。どちらも定かではないが、少なくとも彼女1人で対処できるのであれば、共に行動する限り絶望ピースをかます可能性はグッと低くなるだろう。


 とはいえ、この家で2人終生暮らすというわけにもいくまい。そもそもなぜ目の前の小娘が俺を助けてくれるのか甚だ疑問。その問いを晴らさないことには話が進まない。


 加えて。俺には崇高たる目標がある。目標達成のためには、外へと踏み出す必要があるのだ。


 となれば、少々危険だがやってみる価値はある。


 「セレスティナさん。私に魔物との戦いを見せていただけませんか」


 

 ☆☆



 ところかわって外。


 異世界で初めての外出。


 鬱蒼とした森林が俺たちを囲んでいる。木々で太陽が隠れているのだろうか、かなり雰囲気は暗い。こう、ムカデとかクモとか、いわゆる日本人全般が苦手としている昆虫群がウヨウヨいそうな感じ。魔物よりもこちらの方が怖いかもしれない。


 周囲に他の家は見当たらない。これはトランス家の孤立感半端ない。よくこんなところに1人で住めるものだ。


 トランス家を振り返る。茅葺き屋根の白川郷スタイル。インフラ、建築様式諸々から察するに文明レベルは昭和以下。下手をすると中世ヨーロッパの時代まで遡るかもしれない。


 …………………


 いや、まだだ。まだ分からん。俺はドッキリの可能性を捨てない。異世界への転生なんぞ、フィクションの中だけで十分なのだ。


 「………………」


 何も言わずにスタスタと歩いて行くセレスティナ。ついて行く俺。


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 しばらく木々をかき分ける音のみが続いた後。


 「………ここ」


 少々開けたところで、女は止まった。


 池田の目には森の木々しか映らない。


 「くる」


 セレスティナが初めて…を置かずに話した。


 とか思った瞬間、彼女に向かって黒い物体が物凄い速さで接近する。なんだあれ、ゴキブリか。それにしては大きい。体長50cmくらい。


 びびる俺。動じないセレスティナ。


 今気づいたが、セレスティナは何も武器を持っていない。


 どうするの。どうするの。


 若干パニくる池田の横で、しずしずと彼女は紡ぎ出した。


 「……………出でよ炎」


 何やら怪しげな言葉を発した直後、彼女の両手に火の塊がボワっと出現した。


 「火っ!」


 こわ。トラウマきたこれ。


 「ファイヤーボール」


 己へ近づく黒い物体に火の球を2つ放る。すると着弾した瞬間に黒い物体が、爆ぜた。


 チリチリと、何かが焦げた音が耳を打つ。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「………帰る」


 「あ、はい」




 ☆☆




 家に戻りし後。水を借りて脱糞したパンツを洗い、改めてセレスティナ……もう面倒くさいからセレスで。


 セレスに話を聞く。


 「あれは魔法、ですか」


 「………うん」


 終わった。駄目だ、あんな光景を見せられては肯定せざるを得ない。


 ここ、めちゃめちゃ異世界。


 「………………」


 あー。


 「あー」


 そうですか。俺の知る世界ではありませんか。そうですか。


 幾ばくかの寂寥が胸中に流れる。残念だ。あのぬるま湯のような生活に浸る機会は一生失われたのだ。


 「…………」


 でも魔法だって。魔法。ワクワクかよ。とってもとってもとってもとってもとってもとってもふぁんたじー。すげー興奮してきた。こう見えて池田、魔法とか魔族とか大好物。26歳にして中二心を忘れないピュアな存在なのだ。ちなみに下半身もピュア。


 すっかり頭はファンタジーモードへと移行したので、気になる質問をしちゃったりしてみる。


 「火の魔法以外にも使えるのですか」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「………水と闇」


 おお、素晴らしい。3つも使えるのか。出来る女だ、セレス。


 しかも火、水、闇。中々バランス良さげな組み合わせ。


 「それぞれどのような用途があるのでしょうか」


 「……………………」

 

 「……」


 「………水は、攻撃。それと飲み水や……排水にも」


 にゃるほど。これは概ね予想通り。水魔法による攻撃とはいったいどんなものなのだろう。タイダルウェイブか。


 「……闇は、攻撃、攪乱、隠蔽、それと……モノの、収納」


 さすがの闇魔法。用途は多岐にわたるようだ。かっけー。闇魔法かっけーよ。


 攻撃と隠蔽はそのままの意味だとして。攪乱というのはゲーム等でよく見る暗闇効果だろうか。


 収納。これは素晴らしい。チートだ。恐らく亜空間みたいなところと接続して、物の出し入れが自由にできるのだろう。亜空間。


 とりあえず褒める。


 「すごいですね。3つも魔法が使えるのですね」


 「…………すごいかは、分からない」


 そうか。森深くにポツンと居座っている一軒家に1人で住んでいるような子だ。近くに比較対象がおらんのだろう。改めて思うが謎の生活してるよな、セレス。


 となると。この世界では皆が魔法を3つ以上使用できるという現実が存在しているかもしれない。めもめも。


 「魔法はど、どなたから教わったのですか」


 少しどもった。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 無言だ。ただ、無言の質が違う。


 これは駄目だ。答えてくれないパターンだ。


 「ぶしつけな質問をして申し訳ありません。では、その魔法を教えていただくことは可能ですか」


 では、ってなんだよとか思ったか気にしてないでおく。


 「……………いいよ」


 うお。


 ダメ元でお願いしたのだが、あっさりと承諾の意を示した。


 きたこれ。魔法使い池田の誕生だ。


 日本時代ではあと4年程度でクラスチェンジしたと記憶している。

 



 ☆☆




 室内では危ないというので、外出。


 比較的木々が少ない広場のようなところに到着する。


 うーん、年甲斐もなくワクワクするなぁ。


 なんと言ったって、魔法だからな。魔法。フィクションの世界ですから。


 このようなパソコンにしか能がない社畜野郎にも魔法は使えるのだろうか。甚だ疑問である。


 だが教えてくれるという。つまりセレスティナから見た池田は、可能性が感じられるということだろう。


 興味本位もそうだが、今後の事を考えると何かしら生きるすべは必要。それが魔法であれば万歳三唱。


 さぁセレスティナよ、異世界で生き抜く術を教えてたもう。


 「…………まずは」


 「はい」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「……………火の球を、手のひらに出す」


 え。


 「…………はい」


 ボワンと。


 右手に火の球を出し、ほらやってみろといった表情で池田を嘱目する。


 「え、あの」


 「………………」


 「もう少し、具体的にその、方法というか、えー、そうですね」


 なんと質問すればいいんのだ。質問さえできぬとは、どこぞのゆとりな新入社員ではないか。どんな質問をすればいいのか質問するとか。禅問答かよと思う。


 しかるに、この状況では何も進まないと判断。非常の決断を下す。


 「………すみません、1度おうちへ戻りましょう」


 「………………」


 何事も段階を踏むことが肝腎。

 


 ☆☆




 「まずお聞きします。魔法の源はなんでしょうか」


 「…………魔力」


 ふむ。鉄板だ。


 ………………


 今思ったけど、日常会話で「ふむ」とか言う奴見たことないよな。ふむ。ふむって何だよ。ふむん。これは魔王っぽい。ふみゃん。あぁ、秋葉のメイド喫茶だな。


 つまるところ、心の中で使用する分には良いが、日常会話で使うと違和感出ちゃうからやめた方がいいな。ふむ。


 「人間にも魔力はあるのでしょうか」


 「…………」


 「…………」


 「……………あると、思う。お父さんが、言ってた」


 おお、よかった。そしてここでお父さんという単語ゲット。


 「お、お父上は人と関わりがあったのですか」


 「…………レニウス帝国との、戦争に……参加した」


 レニウス帝国。今日は新種の単語が豊作だ。


 戦争が勃発したということは、この紅魔族領と隣接しているのかもしれない。


 それと参加した、と過去形で話した所以は、戦争が既に終結したか、もしくはその戦争で父親が……


 とりあえず捨て置く。もう少々仲良くなってから聞いてみよう。


 「ということは、人間にも魔法は使えるということですね。セレスティナさんはどのように魔法を習得したのでしょうか」


 少し質問を変えたが、要はどこのどいつに魔法を教わったかを聞いている。今度は答えてくれるか。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………………お父さんと、お母さんに、教わった」


 おお、答えきた。


 「具体的に、どのように教わりましたか」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「……………分かった」


 え、なにが。




 ☆☆


 セレス先導の元、再び広場に行く。


 何が分かったのだろう。早く教えてほしい。教えてを連呼する教えておじさんになりそう。教えて!教えて!……あぁ、絵面がおっさんだと思うとキモさMAXだな。


 「……………」


 「……………」


 セレスティナが立ち止まり、こちらへと振り返る。


 「…………お父さんと、お母さんに教わったように………教える」


 おお、これは大きな前進。人類にとっては小さな一歩だが、セレスにとっては偉大な飛躍であろう。


 「よろしくお願いします」


 「………うん。まずは」


 まずは。


 「…………………身体の中の、魔力を感じる」


 うん。


 「コツ等ご教授いただければ幸いです」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………………身体の中の、魔力を感じる」


 セレスにとっては偉大な飛躍だが、池田にとっては小さな一歩だった。




 ☆☆




 とりあえず言われた通り、身体の中に存在すると思われる魔力を意識してみる。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………感じた?」


 「いえ、まったく」


 「…………」


 「イメージとしては、身体のどのあたりで感じられますか」


 「………………最初は、お腹。集中すると………身体全体で」


 丹田とやらから、血管を駆け巡る感じか。それともチャクラというやつだろうか。いかんな、漫画の読み過ぎでいらぬ知識ばかり頭を駆け巡る。


 「ふっ!」


 丹田に力を込める。丹田の正確な位置なんて分からないけど。お腹あたりに意識を集中する。


 「はっ!」


 「……………」


 「せいっ!」


 「……………」


 「へあっ!」

 

 「……………」

 

 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………感じた?」


 「いえ、まったく」


 これはもう、駄目かもわからんね。




 ☆☆




 夜。


 寝床で横になりながら考える。


 この世界での目標は


 ①お嫁さんを貰う

 ②一軒家を手に入れる

 ③老衰で死ぬ

 

 とした。元の世界には戻れないという前提で。この世界に骨を埋める所存である。


 まずお嫁さんを貰う。これが俺にとっては一番難しい。なにせクソ童貞野郎。風俗でさえ未経験。ピンサロも無し。ギリキャバクラ。


 風俗はともかく、相席居酒屋程度は挑戦しておけばよかったと後悔。街コンも婚活パーティも未参加。俺は何をしていたのだろうと今更ながら思う。自分からアクションを起こすことなく、運命とやらに身を委ねていたとでもいうのか。プライドだけは一丁前だった。


 だが今の俺は違う。生まれ変わった池田マークⅡは積極的姿勢を崩さぬ構えである。なんでもやったる。客引きをしている東南アジア系熟女の足裏さえもペロペロ行ったる所存。


 この気構え、テンションで異世界婚活に勤しむ。やればできる子と昔から言われ続けて早26年。ようやく両親に良い報告が出来そうだ。もう会えないけど。


 「…………………」


 少ししんみりした。意識を切り替える。


 嫁を手に入れるには、やはり出会える場へ身を置くべきだろう。ともなるとすぐに思いつくのは街。街であれば確実に女は存在するだろうし。


 街に行く。そして出会う。軽快なトークで魅了。結婚。これだ。


 これだ。


 ……………


 とにかく街に行く方向で。


 次に一軒家を手に入れる。男に生まれたからには持ち家が欲しい。ローン上等。借金上等。俺も家族のためローンのためと、死んだ魚の眼をしながら満員電車に身を任せたいものである。


 家を自ら建造するなど荒唐無稽。つまり大工さんにお願いするか、あるいは既存の家を購入するか。2つに1つである。いずれにしろ、ある程度文明が発達した場所に行かざるを得ない。


 つまり、街。街に行く。


 すべては街に繋がっている。


 街が俺を呼んでいる。


 最後に、老衰で死ぬ。これも難しい。なにせ俺はデスクワークの申し子。休日は読書かパソコン時々映画。


 働き始めてからはほぼ運動などしていない。つまり貧弱。虚弱体質。骨粗鬆症。


 魔物の襲来や戦争が日常茶飯事の今世では、セレスがいなければ数日も持たななっただろう。


 セレスマジカンシャ。そうだ、後で手を貸して頂けている理由も聞いておこう。謎過ぎて尋ねづらい空気はある。善意であってほしい。節に。


 ということなので、今のところセレスがいるから生きていられるが、一生一緒にいてくれるはずもない。


 強くならなければならない。少なくとも、1人で魔物を撃退できるくらいには。


 ゆえにセレスから魔法を教わろうと思ったのだが。なんか無理そう。もしかすると現世と前世の人では根本的に体の構造が異なるのかもしれない。であれば、俺が魔力を感じられないのも説明がつく。しかしそうなると魔法の習得は絶望的となる。


 ともすれば、身体を鍛えて剣とかで戦う方法か。


 魔物を見ただけでビビッて汚物を垂れ流したチキン野郎が、接近戦なんて出来るとは思えないが。


 やるだけやってみよう。無理そうだったら他の方法を探す。


 よしこんな感じで。


 ・強くなる

 ・強くなって魔物を倒せるようになる

 ・魔物を倒していって、街へたどり着く

 ・街でお嫁さんを手に入れる

 ・街で一軒家を手に入れる

 ・老衰で死ぬ


 明日からも頑張ろう。


 


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