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沈黙の君【2】

 その後、数時間かけて現状把握に努めた。


 目の前の女の子から聞きだした内容を羅列すると………


 ①ここは紅魔族領である 

 ②紅魔族領はこの大陸の南西に位置している

 ③大陸の名前は知らない

 ④目の前の女の子は紅魔族である

 ⑤紅魔族とは魔族である

 ⑥魔族とは人と似て非なる生き物である

 ⑦この家には女の子1人で住んでいる

 ⑧家を出て数分歩いた森で倒れていた俺を自宅へ連れ帰った


 とりあえずこんなところ。


 「…………………」


 なんだろうか。展開が謎過ぎて逆に笑けてきた。


 十中八九、日本ではない。あの平和ボケした幸福過剰民族がひしめき合う我が祖国ではない、決して。かといって外国かと問われると、それもまた否。そもそも知らぬ土地で紅魔族と耳慣れぬ言葉を聞いた影響か、俺の知る世界という認識は消え去った。


 序盤から嫌な予感はしていたが、かなり確信へと近づいている。


 たぶん、恐らく、きっと、この世界は。


 異世界。




 ☆☆




 頭の中は絶賛混乱中ではありますが、まずは目の前の女の子に感謝の意を示す。


 「見ず知らずの私などを助けていただきありがとうございます」


 「………………」


 だいぶこの無言にも慣れてきた。


 「順序が逆で申し訳ありませんが、名前を教えていただけますか」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………セレスティナ。セレスティナ・トランス」


 外人だ。確かに、顔の造りも日本のそれではない。


 「セレスティナさん、ですね。私は、池田貴志です。よろしくお願いします」


 「………………うん」


 「………………」


 「………………」


 口下手同士の会話だとこうなる。


 「えーと、そのですね、この後はどうしましょうか」


 「………………」


 「………………」


 「………ごはん、たべる?」


 「お、あ、はい。ご相伴にあずかります」



 ☆☆



 肉らしきものとごった煮をご賞味した。謎の食べ物だったが、セレスティナが黙々と食べているのを見て、意を決して池田も実食。するとどうだろう。なかなかどうして、これが美味いではないか。うまうまと、綺麗に完食。


 その後敷布団を借り、早々横になる。


 先ほどまでランプの光が煌々と室内を照らしていた。今は真っ暗闇の中、天井に目を向けている。


 少し離れたところで同じような布団にセレスティナも横になっている。


 「………………」


 異世界。異世界なのか。異世界なのだろうか。


 漫画や小説の読み過ぎ感はある。重々承知している。だがね。うん、だがなのだ。


 まだ1ミリくらいドッキリという可能性もあるが、この際バッサリ捨てる。一般ピーポーの社蓄をドッキリにかける意味が分からない。でもドッキリであってほしい。こう、あれだ、一般人から無差別に選ぶ形式の新型ドッキリ企画(異世界編)みたいな。こういう斬新な企画、水曜日のバラエティ番組でやっていてもおかしくはない。そうであれ。


 ………………


 そうだよね。そんなわけないよね。下手な希望だ。


 ただ、異世界なのだとしたら、普通最初は神様との御対面だろう。


 そこで白いひげを蓄えたツルッパゲのじじいから、チート能力をもらって異世界ハーレムを目指すのでは?


 赤ちゃんに転生して、「こいつ……しゃべるぞ!?」的な展開は?わずか1歳で魔法が使えてチヤホヤされたかったんだけど?


 何もないよ。おかしいな。いや、おかしくはない、本当は。


 俺はアパートの火事で死んだ。そんでなんやかんやあって、異世界に転生した。


 そうだろ。


 「………………」


 なんやかんやってなんだ。俺の身に何が起きたのだ。なぜ俺が知らないのだ。誰か教えてくれ。未だに、奇跡の生還を喜んでいいのか、それさえも分からぬ。ここは天国だと言われた方がまだ納得できる。


 まぁいい。とりあえず過去は捨て置く。思い悩んでも答えなど見つからぬゆえ。


 とりあえずここを異世界だと仮定して。今後のことを考えよう。


 わりと本好きの池田は、もちろん異世界転生物にも触手を伸ばしている。しかし、こうして我が身に降りかかってくるとどうしていいか皆目見当もつかない。


 神の啓示はない。チートも今のところ……感じられない。


 どうすりゃあいい。何をすればいい。何が正解なんだ。つーか1度我が身が焼失した手前、生きて日本へ帰還できるとは思えない。どこぞの勇者よろしくなんやかんや奮闘して、この世界を救ったとて。とてよ。


 つまるところ、一生この謎世界に骨を埋める可能性大。気分はそう、初めは半年の約束だった海外赴任、気が付けば現地で妻子もできとうとう赴任20年目を迎えた東南アジアの工場長。幾ばくかの諦念を覚えている。


 「………………」


 いや、待てよと。今こそ逆転の発想だろ。


 もしも火事など起きず、あのまま日本で過ごしていたら。ある程度を維持し、特に不満もなく一定の年齢で生涯を終えていただろう。


 それはそれで悪くない。普通が一番ゆえに。だが1つ、そう見過ごしてはならぬ懸念事項が存在する。



 絶対おれ、独り身だろ。


 

 今の今まで彼女のかの字も無かった本人が言うのだから間違いない。必ず俺は孤独死をしていただろう。


 つーか、あれだ、童貞だしな、ワイ。素人も付かないやつ。むしろ玄人童貞。


 15で夢を描き、18で高望みし、22でハードルを下げ、26で無念の童貞焼失をかました俺がここにいる。そういえばあの火事はニュースになったりしたのだろうか。26歳の童貞社畜が死亡とか朝のニュースで流されたら嫌だなぁ。お父さん、お母さん、童貞のまま死んでごめんなさい。


 とはいえそう、異なる地であれど俺はこうして生きている。一度も使われず埃まみれとなった我が愚息と共に奇跡のリビングデッドを果たしたのだ。


 この機会を逃さずにはいられない。


 右手が恋人も悪くはないが、生身のおなごと幸せな家庭を築くことこそが日本男児の到達点と言えよう。


 ゆえに決めた。


 右も左もわからぬ世界。自分の命さえ信じられぬこの現状。そんな悩み全部取ってえい、背負い投げである。


 知らねえ知らねえ。もう、ごちゃごちゃと考えるのはやめにしようではないか。


 今の俺、ネオ池田の胸中を占める思いはただ1つ。



 この世界でお嫁さんを貰い一軒家で暮らす。これで決まりだろ。


 

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