沈黙の君【1】
気が付くと、白い部屋に立っていた。
ということもなく。
☆☆
パチッと。
目を覚まし。
ゆっくりと身を起こす。
「火っ!」
目覚め一発、脳裏に浮かぶは全身が燃え上がるのをまざまざと見せつけられたハードなナイトメア。こわ。今更だが、怖すぎ。一番最初に火刑を考え奴は気が狂っていたに違いない。あんなもん、正気の沙汰ではない。
とりあえず火達磨地獄からの脱却に一安心。次に去来するのはなぜ?という思い。
なぜ俺は5体満足で生存しているのだろう。
はてなである。先ほどのアパート心中が夢だとは思えない。とにかく痛かったゆえに。もうあれ、この世で感じた中で一番の激痛であった。よく耐えられたと思う。いや耐えたとは言えないか。
とりあえず、よく分からないので周囲を見渡してみる。こじんまりとした室内に調理場らしきスペースとタンスらしきもの、それと謎の仕切りがある。全体で15畳程度だろうか。
それ以外は何もない。
いや、語弊がある。物はないが、何かがいる。
徐々に目がはっきりとしてくる。
そして、目の前の何かと焦点が合う。
女の子が立っていた。
「……………」
「……………」
双方無言。なんだこやつは。まさか、ご待望の座敷わらし登場か。なんということだろう。我が家が燃え尽きし後、知らねえ家の中でわらしっ娘に出会えるとは。これが小説だとしたら。展開が急すぎて著者のオナニー作品と酷評され、某アメリカの通販サイトで☆1つの嵐となること間違いなしだろう。むしろレビューを頂けただけ有難いとも言える。
と現実逃避はここまでにして。状況から察するに、目の前の娘はこの家の住人っぽい。見た目は普通の人間。色々とお話したいところであるが。
これは、こちらから話しかけた方がいいのだろうか。口下手なのだが。
思い出す。暗い中学生活からおさらばするため高校デビューを飾った初日、隣の席の雨宮さんに「これからよろしくね」とスキンシップジャブを放ってみたところ、「え、きもっ(笑)」と一蹴されたあの苦い思い出を。思えば口下手になったのはあの出来事がキッカケだったのかもしれん。もちろん高校生活も無事に黒歴史と成り果てた。
あぁ、やはり話しかけるのは待とう。
急いては事を仕損じるというし。少し意味が違うかもしれない。
「……………」
「……………」
☆☆
3分後。
無言が続く。娘っ子から話しかけてくる気はないと判断。しかし視線はぶつかり合っている。バチバチである。めちゃめちゃジト目である。
これ以上待っているのも無駄だろう。こちらから話しかけよう。
俺も20代半ばの社会人。プライベートはズタボロだが、業務上の対人スキルはそこそこある。
目の前の小娘に話しかけることなど、取引先の部長へ謝罪に行くことと比べたら造作もないのだ。ああ、まったく問題ない。
「えー、あ、あの」
「……………」
「ここは、いや、あなたは」
「……………」
造作もあった。落ち着こう。1つ1つ、順番に行こう。
「こ、ここはどこでしょうか」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
全然返信ありません。Mail Delivery Subsystem状態。久しぶりに学生時代の友人にメール送ってこの英文見たら、微妙にショック受けるよな。俺は3日引きずったわ。そもそもつい数年前までガラケーを主武器としていた池田に問題がないこともない。
いや、待てよと。もしや言葉が通じないという可能性浮上。髪の色とか灰色っぽいし、有り得るな。
となると、必然的にここが日本ではないということになるが、それはともかく試してみましょう。
「Where is―――」
「……私の家」
返事があった。それも日本語で。
「私の家というのは、都道府県で言うとどのあたりでしょうか」
微妙に日本語がおかしい気がするが、言いたいことは通じるだろう。まさか島っ子でもあるまい。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
ふっ。
我慢比べ上等。
☆☆
5分後。
恐らく、質問の意図が相手に伝わっていない、ということに気づいた。気づくの遅すぎとか思わないまでもない。
ということで少しニュアンスを変えてみる。
「あの、私の家というのは、地図上ではどのあたりに位置するのでしょうか」
これならばと、熱い想いを込めて相手の目を見つめる。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
だ、駄目か。
「………紅魔族領」
きた。
いや、きてない。
そんな答えは望んでいない。
「こうまぞくりょう………?」
何言ってんだこいつ。