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豚【4】

 「おい」


 ツンデレ子との遭遇戦から数時間後。


 彼女の追撃を考慮して、舗装された道から再び鬱蒼した森への帰還を果たした我らは周囲の索敵もそこそこに相対していた。


 「おい豚よ」


 「…………なんだ」


 「俺の胸中は既に察していることだろう」


 「ああ。先程はすまなかった」


 どうやらきちんと伝わっている模様。


 「前言を撤回させてもらう。オークの中であれば上位を狙える容貌に違いない。雌オーク共も貴様に限っては存分に可愛がってくれるだろう」


 「………………」


 微塵も伝わっていなかった。いや、そちらの案件も気に掛るところではあるのだけれども。


 「舗装された道では人間や獣人に遭遇するとお前は言った。ではその後の展開は予想できなかったのか」


 「と、いうと」


 「同所で戦闘が始まるケースだ」


 「…………うむ」


 「うむ、じゃねえよくそ豚が」


 「!?」


 ここは俄然責めさせて頂く。お豚さんに一方的な非がある状況だ。


 「自身が、というかオーク族が他者から嫌悪されている事実、知らないとは言わせない」


 「いや、違うのだ。聞いてくれ」


 「お前のせいで、危うく俺もあの女魔法使いに殺されそうになった」


 「いや、それはすまないと思っている。だがな」


 「あれだろう、マッチポンプというやつ。自ら危険な状況を作り、自らその状況を打開する。そうして周囲の信頼を得ていく。その行い、浅慮が過ぎるというものだ」


 「だから我の話を聞け」


 「どうぞ」


 「うむ。普通の――」


 「しゃべんな口くせえ」


 「………………」


 豚が口元に手を当ててハァハァしてる。どうやらとっても口臭が気になる年頃のよう。


 「ごめん、言い過ぎた。臭くないから大丈夫だよ」


 知り合いに口臭のこと言われた時の絶望感ったら無いよな。教えてくれてありがとうと思う反面、俺が話すとき常に臭かったんだという二律背反の複雑な感情を持て余す。伝えた方も伝えられた方も不幸になるやつ。マイナス面の身体的特徴を話題とするのは出来るだけ避けるべきだと思う。


 「そう、か。安心していいのか分からんが、ひとまず捨て置く。我の話を聞いてくれるか」


 「ああ」


 豚がようやく話し出す。


 「一般的な人間族や獣人族であれば、我を見た瞬間逃げ出すのだ。先ほど会った女性が稀有なだけだ」


 「どうして」


 「オークは通常、集団で行動をしている。そうしなければすぐに冒険者や魔物に淘汰されてしまうから。それゆえ単体オークは魔物ヒエラルキーの低層に位置する。しかし、稀に単独で行動するオークが存在する。それがはぐれオーク。はぐれオークは、単独で動ける力を有しているため、他のオークよりも脅威だと認識されている。人間族や獣人族もよほど自分の力に自信がない限り、はぐれオークとの戦闘は回避する。つまり我を見た瞬間、逃げ出すというわけだ」


 「なるほど。つまりは女魔法使いの方が異常だったと」


 「うむ。人間族に襲われた経験は少なくないが、あそこまで好戦的なのは初めてだ。何かオークとの因縁があるやもしれん」


 ツンデレ子自身が襲われた経験おありだろうか。であれば憎悪むき出しに襲い掛かってきたのも頷ける。


 オークによる凌辱劇は既に公開終了となっていたようだ。口惜しい限りである。


 「そうか。ところで少し話を戻すが、俺と行動を共にしている時点ではぐれオークの概念から外れていないだろうか?」


 「………………」


 「………………」


 黙るなよ。おい。


 「お、同じことよ。人間族と行動しているオークなど世界を探しても我くらいであろう。周囲からは奇異に映り、それがまた忌避感を生み出すだろう」


 ああ言えばこう言うな、こいつも。


 「まぁ、いずれにしても両者ともに先程の歩道へ戻るのは避けるべきだな」


 「それは、そうだな…………両者ともに?」


 「古来より生物は己が生活に合わせて行動範囲を限定してきた。魚は海に、鳥は空に」


 「何が言いたい」


 「人は、人の手で舗装された道路を通る。魔物は獣の集う森路を通る。当然の帰結と言えよう」


 「んなっ」


 豚の背後にガガーンというテロップが流れた模様。


 「わ、ご、護衛だぞ。我は。貴様の。守る対象から離れる護衛がいるものか」


 「こちらの道路は魔物の出現率が低いと思える。万が一魔物の襲来があろうとも自衛するのは吝かでない。俺が守備に集中している間に、獣道から颯爽と躍り出て魔物を倒して頂けるとそれで事足りる」


 「な、な、な、納得いかん!」


 「こっちの台詞だわ。つーかさっきの話聞いた感じだと、人間や獣人の恐怖の対象の横にいる俺、なんだよ。どう思われるよ。オークの従者とか男娼とか人間もどきとか裏切り者とかさ。まともなのないだろ」


 「むぅ」


 「日中に限っては、ダリヤ商業国へ辿り着くまでの期間着かず離れずの距離で行こう。んで夜は合流しよう。人の目もないだろうから」


 「むぅ」


 「俺も断腸の思いで決断した。お前も分かってくれ」


 「むぅ………」


 豚が腕を組んだままうつむく。


 正直なところ、現状と変わらず2人で森ルートを踏破するのも吝かではない。お豚さんのお陰で魔物に対する脅威は低く、また道に迷う心配もない。ただ如何せん、昆虫による妨害が鬱陶しい。蜘蛛とか百足とか芋虫とか蛭とか。もううんざり。そういう系の虫嫌い。可能であれば全力で避けたい所存。


 つまりは今言った提案で回避しようという算段。豚には申し訳ないが、これを呑んでくれると非常に助かるが果たして。


 10秒。

 

 30秒。


 1分。


 顔を上げた。


 「………仕方がない。受け入れよう」


 ありがたい。


 「よし。じゃあ早速行こう」


 豚に向かって手を差し出す。


 「?なんだ、この手は」


 「夜まで合流しないから。申し訳ないが昼食と水を分けて欲しい」


 「………………」


 俺たちは、断腸の思いで別れた。




 ☆☆



 

 時たま獣人族とすれ違う以外は特に何もない時間が続く。豚と離れて正解だったようだが、少々心苦しくも思ったり。


 ただ黙々と歩く。


 歩きながら考える。


 俺は今、多数の案件を抱えている。


 優先度順に並べてみると、こんな感じだろうか。


 A セレス様にお金を返す(医療費立替、生活費諸々含めて200万ペニー程度)

 A セレス様のもとへ素敵な旦那様をお連れする

 B お嫁さんを手に入れる

 B 一軒家を手に入れる

 C 強くなる

 F ジークフリードに人間の女性を紹介する


 これら全てを一度に満たすことは不可能。1つずつクローズさせていく。そのためにも安定した地盤が必要となる。


 だからこそ人間が治める国へと向かっている。他国より人間族に対して寛容であるがゆえに動きやすいのは確かであろう。


 更には現状向かいし先は商業国。名前からして金稼ぎの手段は多岐に渡るだろう。勝手な想像ではあるけれど。


 とすれば、ダリヤ商業国へ着いて以後どのように行動するかも自ずと定まる。


 何らかの仕事に従事する。生活しながら細々とお金を貯めていく。空き時間に魅力的な男を物色する。お金貯める。独身で魅力的な男性と友人関係になる。お金200万以上貯まる。独身で魅力的な人種差別をしない格好良い男とマブダチになる。200万ペニーを左手にマブダチを右手にセレス様の待つ紅魔族領へと向かう。セレス様に200万とマブを渡す。これにて案件ランクAの2つは消化される。


 あとはランクB、Cと順番に取り掛かってゆけばよい。ただし紅魔族領への帰還道中は魔物からの襲撃に応じなければならない。往路とは異なりガーディアン系女子もいなければ自身で撃退する必要がある。位置付けはランクCだが、自己強化に対する努力は随時取り組むべきだろう。


 よし。大分甘めだが、見通しは立った。


 これより以後はひたすら邁進するのみ。



 

 ☆☆



 

 あっという間に5日が経過した。


 その間、魔物に襲われること8回。強面の牛男に恫喝されること1回。薬をヤってそうなチャらいワニ男に絡まれること1回。羊ババアに水晶の売り込みをされること1回。


 全て滞りなくジークフリードに撃退して頂いた。颯爽と獣道から登場する姿はわりと、というかかなり格好良かった。俺が雌オークであれば惚れていただろう。


 他方池田はというと、愛想笑いからの氷壁フル装備という相変わらずのヘタレっぷりを披露していた。20代半ばの成人男性としてその対応はどうなのだと思わないでもないが、怖いものは怖いのだからしょうがない。羊ババアにさえビビる始末。宗教に染まった近所の勧誘おばさんを彷彿とさせた。


 そんなこんなで旅を続けた2人は、ようやく目当ての場所へと辿り着いた。


 「あれが、ダリヤ商業国の入口か」


 少し進んだところに大きな建物が確認できる。外観から憶えるに検問所というよりは砦に近い。2階建ての石造建築。規模は計り知れないが、東京ドーム何個分かありそうである。ファンタジーきてる。


 建物の入り口には軽装の男性が2人程仁王立ちしている。それぞれ右手に槍形状の武器を装備しているあたり、彼らが検問の役目を担っていると推察。


 「さて、どうするジーク。このまま普通に行ってみようか」


 ……………………


 そうか。


 忘れていた。豚とは未だ別行動中であった。今も近隣の森に身を潜めているのだろう。


 呼ぶか。


 「おいブ―――」


 待てよ。


 池田、冷静になれ。考えろ。果たして人間の統べる国にオークの入国が許されるか。


 答えは限りなく否だ。そうだ、そうであろうよ。先日戦いを挑まれたツンデレ子があのように憎悪丸出しだった事実から察するに、人間族でオークに良い感情を抱く者など皆無であろう。


 そんな嫌われ種族と検問に挑む。もちろん門前払いだろう。


 「………………」


 だがしかし。


 豚の彼には大変お世話になっている。武力面しかり、食事面しかり。さすがに物語終盤で裏切ることなど出来ない。主人公の惚れていた女が、実は仇敵の愛人でしたとか笑えねえ裏切りだろ。衝動に任せてその漫画破いてやったわ。寝取られはクソ。


 「………………」


 いや、むしろ逆か。ミニマムな考えで己を小さくしている節があるぞ、おれ。大局的で俯瞰性のあるグローバルな視点で今一度結論を出すと、ここは一旦お豚さんと別れるのが得策だろう。


 大事の前の小事というやつ。豚を裏切るつもりはない。ひとまずここで待機していただく。他方俺は単身入国を果たし、ダリヤでお金を稼ぎ、素敵な男を見つけ、終いにオークとのランデブー願望を持つメンヘラ系女子を連れここへと戻ってくる。素晴らしい、万事解決ではないか。


 そうだ、決して見捨てる訳ではない。俺は潜入任務と勤労任務と勧誘任務。豚は待機任務。そう、これこそ適材適所。


 腹は決まった。


 行くぜダリヤ。


 決意固めて一歩足を踏み出したその時、前方から驚きの発声が聞こえた。 


 「ん?う、うわ!オーク!」


 検問の兄ちゃんが叫んだ。彼の目前には見慣れた緑色の物体が佇んでいる。


 「な、仲間は……いない!?もしかしてこいつ、はぐれオークか!」


 もう1人の兄ちゃんが動揺しつつ分析を垂れ流した。


 「つ、ついに上級魔物がここを襲撃してきたか!」


 「お、お、おい、ここは俺が食い止める。だからお前は他の奴らを呼んで来い!」


 「い、いやしかし!」


 「いいから行け!!」


 「………くそっ!」


 なにやら熱い友情を繰り広げている模様。俺の置いてけぼり感半端ない。所詮主役にはなれないと自負しているが、これはあまりにも酷い。俺の葛藤返せよ。


 と、検問の1人が背中を向け走り出そうとした瞬間。


 オークが何かを取り出し、2人へ提示した。


 「んぉ!……………ん、いや、これは」


 すわ一瞬攻撃かと思い反射的に閉眼した2人。恐る恐る目を開けたところ、何か予想外の発見をしたようだ。


 「これは……ギルドカード、か」


 「そうだ。こちらを提示すれば通行許可が下りるはずだ」


 「うわ、しゃべった」


 「た、確かにギルドカードを提示すればこの場を通すことは出来るが………」


 「なんだ、駄目なのか」


 「いや………そのギルドカード、見せてもらえるか」


 「ああ」


 豚が左側に立つ男にギルドカードを差し出す。男は恐る恐るといった様子でカードを受け取る。


 「………………間違いない。本物だ」


 「しかし、どのようにして取得したのだ」


 「紅魔族領のギルドで」


 「あ、なるほど。あそこならば、そうか」


 どうやら得心がいった模様。出来うるならば口に出して説明頂きたいが叶わぬ願いだろう。


 「どうなのだ。通っていいのか」


 「あ、ああ。問題ない、通行を許可しよう。ただ、1つだけ注意点がある。このギルドカードは他人から見える箇所で管理すべきだ。でないと、野生のオークだと判断されて襲われかねないからな」


 通っていいのかよ。この世界オークに優しすぎだろ。全人類に忌み嫌われてこその凌辱担当なのに。これでは折角のオーク強姦も少々臨場感のあるAVに早変わりではないか。まぁ、そのAV見るけどさ。


 「心得ている。以前もここを通ったことがあるゆえ」


 「そ、そうか」


 「それと。あそこで呆けている人間も連れて行くが、いいな」


 と、俺を指さすお豚さん。


 「えー。貴殿のギルドランクであれば大丈夫だ。同行を許可する」


 「うむ。イケダ、行くぞ」


 「あ、はい」


 ようやく硬直から抜け出す俺。


 なんだこの状況。結局豚に救われた形になってしまった。


 いや、いいんだけど。いいんだけどさ。今の俺、間違いなく豚に飼育される人間だよな。


 そうか、分かった。恐らく、これが豚の惑星が始まりであろう。ゆくゆくはあの豚様が多くの人間を餌付けし庇護下に置く。そうして出来上がるのがオークを主とする人間牧場。俺はその第一号なのだ。


 「おいイケダ、どうしたのだ。急に立ち止まって」


 「人間を支配した気持ちはどうだ、ジークフリード」


 「は?」


 「だが覚えておけ。やがて1人の男が宇宙船と共に現れ、この世界ごと貴様を破壊し尽くす未来が訪れるであろう」


 「お前は、絶望的に会話の出来ないときがあるな」


 「というわけで、そいつが現れるまではお前の指示に従うこととしよう」


 「はぁ………ではこの地にある商店で買い物をするから。ついてこい」


 「上からモノを言うんじゃねえよ、豚風情が」


 「…………なんで?」


 こうして商業国ダリヤへの入国を果たした。


 

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