沈黙の君【12】
獣人国首都ビーストへ足を踏み入れた。ガヤガヤと都会特有の喧騒が耳を打つ。
盲目故風景は分からない。首都と言うからには恐らく都会都会しているのだろう。俺が都会だ、とでも主張するような佇まいが見れるに違いない。紅魔族領の片田舎から遥々やってきた平民風情としては緊張と高揚が入り混じった感情を抱いてしまう。進学のためド田舎から上京したあの頃の思い出が蘇る。これから素晴らしいキャンパスライフが待っていると、根拠のない自信をのぞかせていた当時の俺。まさか大したイベントも無く、何も得られぬまま卒業するとは思いもしなかっただろう。最大の敗因はヤリサーの勧誘を一蹴したことに尽きる。あそこで加入していれば、と悔やむのを何夜繰り返したものか。女の子とイチャイチャしたかった。それに尽きる。
「……………なんか、すごいね」
「あ、ええ。そうですね。都会って感じですね」
セレス様から見ても、随分と都会しているようだ。
ただ、何だろう。とてもとても、視線を集めている気がする。
小さな女の子が盲目の男を連れていることから物珍しさで見ているのであれば許容範囲。だがそれ以外となると俄然思い当たる節がない。
まぁいい。すぐに興味を無くすだろう。
「とりあえず、どうしましょうか。先に宿を探しますか?」
「……………うん。それで……宿の、人に………治療師の居場所、聞く」
「良いと思います。では宿へ………」
どのようにして行こうか。もちろんセレス様も宿の所在地を存じ上げないだろう。門兵に確認しておけばよかったか。
「その辺りの適当な人に、宿の場所を尋ねて頂いてもよろしいですか。あ、もし聞きづらければ私が請け負いますが」
「……………大丈夫。私が、聞く」
頼もしい。間違いなくセレス様はこの旅で変わったと思う。最初の頃より明らかに積極性と社交性がレベルアップしている。
「では、お任せします」
「………うん」
池田を連れながらズンズンと歩いて行く。
周囲の視線は離れない。俺はもちろんセレス様もそこまで物珍しいルックスはしていないと思うが。
まさか、人種だろうか。獣人国の首都は明らかに魔族と人間族が少ないとか。だから好奇の目で見られていると。有り得るな。
「……………ねぇ」
とか思っている間にセレス様が適当な人に話しかけた。
「ん?え、う、うわ、すげぇ」
なんだこの反応。声からすると小学生くらいのガキっぽいが。
「……宿の場所………知ってる?」
「え、えと、やど?やど、やどは、いや」
どうしたんだ少年。緊張しているのか。
いや、分かる。その気持ちは分かる。俺も小学生の頃、近所のお姉さんに話しかけられてアタフタした記憶がある。特別綺麗でもなかった。それでも、緊張した。10歳頃の少年にとって、20歳ぐらいのお姉さんはラビリンスでシークレットな存在に映るものだ。
「やど……ああ、宿ね!えと、こ、この道をまっすぐ行けば、左手にある、見えるよ」
「……………」
「え、えと、まだなんか」
「………………分かった。ありがとう」
「あ?え、あ、こちらこそ」
セレス様と少年のぎこちない会話が終わった。
「…………いこ」
「はい」
再びズンズンと歩いて行く。
背中にいくつもの視線が突き刺さる。その中には先ほどの少年のモノも含まれているのだろう。残念だったな少年、ここから恋など始まらんぞ。セレス様をゲームで例えるなら攻略難易度MAXの隠しキャラだ。どの選択肢を選んでも反応が変わらないユーザー泣かせの沈黙系ヒロイン。人生経験の未熟な少年では攻略など夢のまた夢だ。諦めて他を探すんだな。
「………………」
リアルで誰一人として攻略できていない自分の人生に泣いた。
「お!ねぇねぇお姉さん、ちょっといい?」
ガサツな声が右方から聞こえてきた。誰に話しかけたのだろうか。
「………………」
無視して歩き続けるセレス様。
「ねぇ無視しないでよ、お姉さん」
立ち止まるセレス様。自動的に俺も止まる。前に回り込まれたようだ。どうやらセレス様がターゲットらしい。新手の当たり屋だろうか。
「…………」
「ねぇ、ちょっと話聞い」
「……なに」
「お、声も可愛いねぇ。このあと暇だったらさ、ちょっと遊ばない?」
すげえなこいつ。二重の意味ですごい。
男を連れている女をナンパするのもすごいし、綺麗な部類には入らないセレス様に声をかけるのもすごい。
いや、待てよ。もしかして、俺とこの世界の住人では美的感覚が違うのか。この世界だとセレス様は超絶美しいカテゴリーに入るとか。ともすればこれ程までに視線を浴びている理由も説明がつく。
まぁ考えるのは後だ。取り急ぎこの状況を何とかしよう。幸運なことに話しかけてきた奴は声と言動からして典型的なチャラ男。それ程怖くないため俺でも話せる。
「あのー、俺見えてます?一応、コブ付きなんですけど」
「あぁ、うん、でもあんた、この娘の旦那とか彼氏っぽくないし。だったらあんたをどっかに置いて、遊びに行くのもありでしょ?」
「それは………たしかに、そうですね………うおっ」
なんだ、おい。誰かに足踏まれたぞ。盲目時の往来怖すぎだろ。
「でしょ?だからさ、お姉さん。遊びに行こうよ。美味しいお店連れてくよ」
首都の美味しいお店か。俺も行きたいなぁ。ついて行っても怒られないだろうか。さすがに嫌な顔はされそうだな。
「………………」
「ね、お姉さん。ご飯御馳走するからさ」
「…………………………いや。消えて」
一言で無下にした。
どこかでホッとしている自分がいる。これどんな感情?
「そんなこと言わずにさぁ。1回だけだからさ!1回だけ!」
1回だけとか一生のお願いとか言う奴ほど信用できないものはないよな。
しかしこいつ、粘るな。こういうところはチェリー野郎として見習うべきかもしれない。
「………………………消えないなら……消すよ」
こわ。
声に抑揚がないからこそ、冗談ぽく聞こえない。
「え、いやぁ、その…………はは、参ったな」
さすがのチャラ男もビビったようだ。
これはお互いに良かった。あと1回粘られていれば、セレス様がチャラ男に高確率でファイヤーボールをぶっ放していただろう。そうなればチャラ男は大けがを負っただろうし、俺たちは御縄にかかっていた公算が高い。
「……………消えて」
「あぁー、はい。消えます…………………そうだ、ちょっとだけ待ってくれる?」
と言った。
ちょっとだけ待たされた。
「よし……はい、これ。おれん家までの地図。気が変わったら遊びに来てよ。じゃ、またね!」
足早に去る音が聞こえた。
すごい。転んでもただでは起きない。あれは真似できない。真似できないからこそ、すごい。あんな感じで、ちょっと強引ながらも去り際に連絡先を渡してみたいものである。
びりびり。
「………………」
「……いこ」
「あ、はい」
……………………
☆☆
「ああ、それだったら教会だな。地図描いてやるよ」
宿の主人に治療師の居場所を聞くと、このような答えが返ってきた。
ちなみに宿は、昼食・朝食付いておひとり様6000ペニーだった。ベア村と比べると倍近くの値段だ。それでも日本の都会程ではない。六大都市なんて最低金額1万円とかザラだしな。
「治療費の相場はどの程度なのでしょう」
「症状の重さによるだろうな。兄さんの状態異常:暗闇程度なら、1万ペニーくらいか」
高くないか?保険制度が存在しないからだろうか。
しかも、一般的な状態異常:暗闇で1万だろう。であれば低級の回復魔法で解消できない暗闇は何万ペニー要するのか。
「ほいっと。書き上がったぜ。ほら」
「…………うん。ありがとう」
「ありがとうございます」
「お客様だからな。この程度ならいくらでもしてやるよ」
ありがたい。目が見えないことも影響しているのか、人の優しさが沁みる。
「………………じゃ、行く」
「おう、気を付けてな」
☆☆
セレス様には珍しく、スムーズに教会へ到着する。地図が分かり易かったのだろうか。だが相変わらず視線はつきまとっていた。本当に何なのだろう。
教会。外観も内観もセレス様に確認していないため不明。ただ、気のせいだろうか、建物へ入った直後、病院で嗅いだ事のある匂いが鼻孔をくすぐった。消毒液類がこの世界にも存在するのだろうか。
「はい、番号札36番でお待ちの方」
この教会というところは、まず受付窓口がありそこで自身の症状を受付の人に伝える。その後、症状の重みによって治療師のところへ案内され治療、清算という流れらしい。治療師にはAからFまでのランクがあり、最も症状が重いと判断された場合はAの治療師、最も軽いとされた場合はFの治療師から治療を受けるそうだ。入口でいらっしゃいませをしていた女性がベラベラと話してくれた。治療の流れは総合病院を彷彿とさせる。
「…………行く」
「はい」
手持ちの番号札が呼ばれたので、受付に行く。
「今回治療を受ける方は、そちらの男性でお間違いないですね」
「…………うん」
「お名前と症状を教えてください」
「えー、名前は池田貴志。症状は、暗闇です。あの、状態異常の」
受付のお姉さん、もしくはおばさんがサラサラと何かを書いている模様。
「発症したのはいつ頃ですか」
「えー、1ヶ月以上前です」
「………はい?」
まぁ、そういう反応ですよね。
「えー、確認させていただきますが、状態異常の暗闇をひと月以上前から患っているのですか」
「はい」
「物理的な接触によるものではなく、本当に状態異常なのですね?」
「はい」
「そうですか。少々お待ちください」
受付嬢の気配が去っていく。
「……………」
「……………」
「……………」
「………大丈夫ですかね」
「……………大丈夫。きっと」
その後数分待たされて、受付の人が戻ってきた。
「大変お待たせしました。左手にある扉群から、左から1番目にあるAのお部屋へどうぞ」
「はい、分かりました」
Aか。最高ランクかよ。これで治らなかったら後がないな。
「……………大丈夫」
手をギュッと握ってくれる。
そうだな。
大丈夫だ。
☆☆
部屋に入り、木製の椅子に座る。どうやらAの部屋は患者数が一番少ないらしく、すんなりと入れた。
「状態異常:暗闇、で間違いないな」
正面から話しかけられる。声からして女医だ。女医という単語を耳にしただけで少々興奮を覚える俺の性癖なんなの。
「はい、そうです」
「…………」
背後に立っているセレス様は沈黙を保っている。
「発症したのは1か月前とか」
「ええ」
「何らかの対処を試みたか?」
「はい。回復魔法を少々。ですが眼は相変わらずでして」
「そうか。回復魔法のランク不足という理由も考えられるが、そもそも暗闇効果は一定時間経過で自然治癒されるのが一般だ。余程強力な魔法を被ったのだろうな」
「えぇ、まあ」
100%本人に過失があるとは言いづらい。今思い返しても、序盤も序盤で馬鹿なミスを犯したものだ。異世界転生者ランキングの底辺を彷徨う程度の凡ミスであろう。
「分かった。では今から私が使える中で最も治療効果の期待できる魔法を唱える。これで治らなければ、少なくとも獣人国での治療は諦めるんだな」
「は、はい」
最初からクライマックスかよ。あと脅さないでよ。メンタルケアも仕事の内ではないのですか。
「では、始める。動くなよ」
「はい」
ふぅ。
ようやく、ようやくここまで来た。
決して俺は順風満帆にここまで来れたわけではなく、いくつもの困難があった。しかしそんな時、俺のことを支えてくれたのは、俺の親父でもなくそしてお袋でもなく。
そう、セレス様だった。
見ず知らずの男を拾い、どれ程の対価も期待できないというのに甲斐甲斐しくお世話してくださった。1人が寂しいという理由だけでは決して成し得ない慈悲行為、誰にでも出来ることではない。特筆すべき性格の良さは彼女の根幹が素晴らしいものであることを如実に表している。今なら断言出来よう、この世界でセレス様と出会えて良かったと。
この目が治ったら、確実に恩返しをしよう。万が一この目が治らなくても、いや今回の治療で治らなかったら、俺自身の回復魔法をあてにしてみよう。今はスキルレベル10だが、このレベルを上げてゆけばいつか治るはず。そして恩返しだ。
そうだ、悲観的になることはない。
セレス様がいる。スキルがある。
俺は。
この世界でもやっていける。
「慈愛の神よ、自然を調律しこの身に奇跡の風を届けよ――――――リキューパレイト」
そして俺は。