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南の王【14】

 ☆ジークフリード視点☆


 何故かヒルデさんではなくイケダさんが驚いています。期待以上のご回答だったようですね。第一騎士団としてダリヤ商業国の冒険者ギルドで活動していた彼女だからこそ知っていたのでしょう。


 「SSランク、ですか。イケダさんが後れを取るとは思えないのですが」


 「SSの中でも特殊な部類だからかもしれん。ボッチの特徴は大きく分けて2つある。類いまれない隠密性と一撃必殺の俊敏性だ。おおよそ冒険者らしからぬ男だが、その特徴ゆえ魔法使いには天敵となり得る」


 「なるほど。厄介な存在ですね。逃れられただけ幸運かもしれません」


 「だろうな。奴は我らを皆殺しにするつもりだった。実際、イケダがいなければ死んでいた、かもしれん」


 サラリと言いますがとんでもないことですね。イケダさん、トランス氏、ルシアさんが亡くなればフィモーシスも終わります。紙一重とはこのことでしょう。


 「フィモーシスはどうでしたか?スタークは何か仕掛けたような口ぶりでしたが」


 今度はイケダさんからの質問です。先ほどまで真っ青だったお顔がすっかり元通りになっています。回復魔法は偉大ですね。


 「ええ。羽虫が何匹かフィモーシスの周囲を飛んでいたようですが、数日もすれば静かになりましたよ。若干1名、警備隊長が不注意で都市の外へ出てしまい傷を負いましたが大勢には影響しません」


 リザードマン族のリザードンです。先日セリーヌさんの刃に倒れたばかりだというのに再び重傷を負いました。門を必死に攻撃する冒険者たちを壁上から見下ろしていたら誤って落ちてしまったというのだから自業自得です。気まぐれでセリーヌさんが助けてくれたからよいものを、あのまま放っておいたら冒険者たちに殺されていたでしょう。


 この事件によってセリーヌさんに対する住民の好感度が上がったのは言うまでもありません。


 「さて………イケダさん、もう少し続けても大丈夫でしょうか?無理そうであれば1度休憩を挟むか、明日にしようと思います」


 「大丈夫です。続けてください」


 本当に大丈夫そうです。むしろ普段より血色がよい程です。つい先ほどまで腕を失っていた男とは思えません。


 「本当に?」


 「え、ええ。問題ないです」


 「そうですか。では続けますね。フィモーシスとサウスゲートは互いに攻撃の意思を示したため敵対関係となりました。本来は初手で決めたかったのですがイケダさんで無理なら仕方ありません。少々時間を要しますが別の方法で追い詰めます。まずは――――――」


 「お待ちください」


 待ったがかかりました。どうしたのでしょうか。問題ないと言っておきながら、やはり体調が芳しくないとか。あり得ますね。


 皆の視線が彼に集中します。


 そして一言。


 「わ、わらしが、あ」


 『……………………』


 なんということでしょう。何やら重要なことを言いそうな場面で噛んでしまいました。しかも甘噛みです。壮大に噛むより恥ずかしいです。


 白けた視線がイケダさんに集まります。当の本人はコホンと咳払いした後、キリっとした表情を浮かべました。どうやら強引に進めるようです。


 そして一言。

 

 「私がボッチを無力化してスターク家を攻略します。今すぐに。今度こそ」


 言ってのけました。


 「正気か?ついさっき右腕を失ったばかりなんだぞ。少し休んだほうがいいだろう。それに相手は魔法使いキラーだ。死にに行くようなものだ」


 慌てて止めに入ります。何をばかなことを、です。


 しかし他の3名は静かにイケダさんを見つめています。いったいどうしたのでしょう。未だに白けているのでしょうか。


 「…………できるの?」


 「できます」


 断言しました。イケダさんらしからぬです。そういえばいつもと雰囲気が違います。


 まさかボッチは、眠れる獅子を起こしてしまったのでしょうか。


 「慢心は消えました。次は本気で行きます。確実に仕留めて見せましょう」


 どうやらそのようですね。


 最大の強敵と言ってよいあの怖い女性を自陣に加えた今、イケダさんと対等に渡り合える敵はいなくなりました。必然的に力をセーブしていたのでしょう。


 それが思わぬ形で解き放たれようとしています。敵ながらボッチには同情を覚えますね。


 「あぁ」


 なるほど。他の3人がイケダさんを止めないのはそういうことでしたか。全てはブリュンヒルデさんの言葉に集約されていました。


 イケダさんがSSランク程度の冒険者に負けるはずがない。


 私自身、イケダさんの本気宣言を聞いて、いの一番に相手の心配をしてしまいました。トランス氏たちの表情は彼に対する信頼の表れだったのでしょう。


 「………仕留めて、いいの?」


 「ボッチに関しては殺してしまっても構いません。スターク一族は駄目です」


 構わないのですね。サウスゲートの都市法にもよりますが、基本的に殺人は罪です。まぁ、"戦争"となれば話は変わってきますが。


 「あ、いえ、仕留めるとは言いましたが殺すつもりはありません。腕の1本、2本で妥協しようかと」


 「賢明だな」


 「………後々の脅威となり得る存在は排除すべき…………かも」


 「脅威を取り除くために腕を頂くのです。さすがのSSランクでも隻腕では十分な力が発揮できないでしょう。それに、極力ヒトを殺したくはありません」


 「…………そう」


 どうやら殺しはしないようです。私も生かしたほうが良いと思います。スターク家と今後も交流を続けるつもりならば遺恨は残さぬほうが吉です。


 「さて」


 イケダさんが立ち上がり、腕や足をぐるぐる回し始めました。身体をほぐしているのでしょうか。


 足を延ばしたり背中をそったりと一通り動かした後、何でもないことのように言い放ちました。


 「では、もう1度スタークのもとへ行って参ります。1時間以内に戻らなかった場合は何かあったと思ってください。付き添いは不要です。私1人ですべてを終わらせます」


 「ちょ」


 どなたかが止めようとしました。しかしそれよりも早くイケダさんがこの場から消失しました。恐らく転移魔法を使用したのでしょう。行先は一つしかありません。


 『………………』


 一同沈黙です。


 本当に。いざという時の行動力はずば抜けています。普段も同じように動けていれば、美女に囲まれているにもかかわらず一向に進展がない状況などあり得ないのですが。


 ままならないですね。


 「……………畑、見に行ってくる」


 「私は母たちに会いに行く」


 トランス氏とルシアさんは何事もなかったかのように日常へ戻るようです。1度腕を失ってなお、イケダさんへの信頼は厚いようですね。かくいう私も心配しておりませんが。


 さて、私も平凡へ戻りましょうか。




 ☆☆


 


 ふっと体が軽くなり、次の瞬間には景色が変わっていた。


 どうやら問題なくスターク邸ラスボス部屋に転移できたようだ。


 誰が室内にいるか、そんなことを確認する前にまずは自身の周囲に氷壁5枚張りを構築する。先ほど腕をぶった切られた時は無色透明氷壁が1枚、今度は丹精込めて造った分厚い壁が5枚。過剰防衛かもしれないが念には念をだ。前回は奇跡的に回復したからよいものをもう2度と腕を失いたくない。あの喪失感と痛みは死に値する。


 「よし」


 つぶやいた直後。


 パリン!ガキッ!の音とともに目の前に男が出現した。


 見覚えがある。ボッチとかいう酷いファミリーネームの冒険者だ。俺のリポップを予測していたのだろうか、またもや奇襲を仕掛けてきたようだ。


 だが残念。今度は氷壁5枚。どうやら1枚しか破られなかったらしい。


 「なにっ!?」


 驚いておる。驚いておる。


 ブサイクが。調子に乗るなよ。


 「はっ」


 一瞬の集中。そして魔法を発動させる。


 「……あ?んなっ、うお!!」


 キンと。


 いくらすばしっこいボッチ君でも俺の魔法からは逃げられなかったようだ。剣ごと凍らされた右腕を見て驚いている。


 「くっ………ぬぅ………ちっ!!」


 降参するか退散するかなと思いきや。なんと腰あたりに隠していた短剣を左手に持ち襲い掛かってきたではないか。


 しかし当然のごとく氷壁に阻まれる。武器、腕力共に右腕に劣るのか、氷の壁は1枚も破壊されていない。何度も何度も氷にチャレンジするが表面がちょびっと削れる程度だ。


 さて。


 どうしよう。


 1度殺されかけたとはいえ。さすがに両腕をもぎ取るのは可哀そうだ。彼の日常生活に多大な影響を及ぼす。


 かといって手癖の悪い左手を放置するのはどうなのか。何かしらの制裁は必要かもしれない。


 ううむ。


 仕方がない。


 指を潰そう。


 未だ剣を振り回しているボッチの左手に狙いを定める。


 慎重に。慎重に。ほい。


 「ちっ!くそ!……ぬっ、あ!!!」


 左手から短剣がこぼれた。地面に落ちた短剣の近くには凍った指が数本転がっている。


 あぁ。片腕と数本の指を無くして今後の生活は大丈夫だろうか。敵ながら非常に心配だ。


 さぁ、両腕の機能を失った今どう動いてくるか。ボッチの動向を見つめる。


 「く、ぬぁ、くそが!!!貴様は、いつか絶対に殺してやる!!絶対にだ!」


 次の瞬間。


 なんと捨て台詞をはいてその場から消え失せたではないか。


 「消えた?」


 どういうことだ。奴も転移魔法を使えたのか。いや、目にも止まらぬ速さで離脱したのだろう。


 「忍者か……」


 絶対そうに違いない。ルシアも驚く瞬間移動だった。


 不細工の癖に見せるではないか。


 「えーと………」


 存外あっさり終わってしまった。こういう場合どうすればいいのだろう。


 スタークは未だに姿を現さない。何をやっているんだあいつは。


 「うーむ」


 手持ち無沙汰になってしまった。


 スタークを探しに行くか。


 「………………いや」


 1度フィモーシスに戻ろう。そんでヒルデさんをこの部屋に連れてくる。憂いは絶った、後の交渉事は彼女に任す。というか放り投げる。俺の数倍スムーズに進めてくれるに違いない。


 ああ。かっちょよくネゴシエーション出来る男になりたかった。


 


 ☆☆




 ということで。


 ヒルデさんに任せた途端、あれよあれよと話は進み、1日足らずで全ての交渉を終えてしまった。


 結果はご察しの通り。フィモーシスにとても有利な条件が多数含まれる決定となった。代表的なもので言えばスターク経済圏への無条件参画。ダリヤ南地区における自由貿易の保障。商人の誘致斡旋、相互武力行使禁止、非常時における軍隊の提供などなど。


 正直に申してフィモーシスにほぼデメリットなし。最高の結果と言ってよい。もちろん俺やセレス様、ルシアの働きあってこその成果だが、スターク相手にここまで引き出せたのはヒルデさんの交渉術のお陰である。お豚さんやセレス様にも見せたかったなぁ、ヒルデさんの雄姿。ちなみに俺はときたまヒルデさんに「よろしいですか?」と問われ、「はい」と答えるだけのロボットに過ぎなかった。お飾り市長万歳。


 当初の威勢はどこへやら、交渉中スタークが饒舌になることはなかった。借りてきた猫、は言い過ぎかもしれないが居丈高な態度は消え失せ淡々と話すのみだった。


 土壁構築に加え、側近の腕と指を切断したのはやりすぎだったかもしれん。


 

 そんなこんなで激動の1日を終えたフィモーシス陣営は領主館にて一堂に会した。


 「さて。皆々様、本日はお疲れさまでした。紆余曲折ありながら当初の予定通り、スターク経済圏への参画を果たしました。これにてやっとスタート地点に立ったと言えるでしょう。ここからよりいっそう働いていただくことになりますが、まずは今日という日を祝い喜びましょう。では乾杯」


 『かんぱい!』

 「かんぱいぁぁあああ!!!」

 「うおおおお!今日は歌って踊りまくるニャよ!」


 宴が始まった。テーブルの上にはセレス様お手製の料理が所狭しと置かれている。どれもこれも美味しそうだ。


 「…………………」


 とりあえずお腹空いたし食うか。


 シーザーサラダっぽい皿に手を伸ばす。やっぱり一番最初は野菜だよね。


 だがしかし。


 俺の手がシーザーサラダに届くことはなかった。右肩をギュッと掴まれたからだ。


 恐る恐る振り返る。


 「おっつーイケダちゃ~ん」


 デブスだ。


 背後には母親を従えている。三者面談でもするつもりか?


 「お嬢様、お疲れ様です。サラダ食べますか?サラダ」


 「そんなんだから虚弱体質なんだよ。肉食えにく」


 「そんなことを言わず。ほれほれ」


 半ば強引にデブスの皿を手に取りサラダを盛りつける。デブスは「いやいらんて」とか言いながら皿を受け取りサラダをむしゃむしゃ食べた。


 「は?うまっ!え、うまっ!ちょ、ちょちょうまっ!うますぎしんさくだろこれ。葉っぱの集まりどころの話じゃねーな」


 ご満悦である。母親も「あら美味しい」と言いながらサラダを食している。


 料理を美味しいと言ってもらえるのは自分のことのように嬉しいなぁ。


 「いや、違うし。サラダはひとまず置いておいて………………イケダちゃんさぁ、なんであーしらを置いていったん?」


 再び右肩を掴まれた。しかも強い。なんなんだこいつ、握力100キロかよ。


 「ルシアさんから何か聞いていませんか?」


 「聞いた。けど納得できん。だれが足手まといの役立たずだって?ああん!?こちとら内紛上等だっつーの」


 えぇ。ルシアはデブスになんと言ったのだ。しかも矛先が俺に向かうってどういうこと?


 「まぁまぁ。サラダでもどうです?サラダ」


 「そんなんとっくに完食したっつーの!んなことより謝れや、頭下げて詫びろ童貞」


 「………………」


 酷い暴言である。仮にも20そこそこの小娘が27の大人に向けて放ってよい言葉ではない。我ながらよく我慢しているものだ。


 とはいえ公衆の面前で童貞童貞連呼するのだけは控えてほしい。


 「お嬢様。改めて訂正させて頂きますが、私は童貞ではありません。確かに経験がある、と言えば嘘になりますが、未経験だと証明することもできないでしょう。つまり私は、童貞ではないのです」


 「は?ちょっと何言ってるか分かんないんですけど。え、つまり童貞だろ?」


 「いえ。厳密には"童貞かもしれないが断定はできない"です。根拠のない妄言を流布させるのはやめていただきたい」


 これにはデブスも唖然顔である。まさか言い返されるとは思わなかったのだろう。


 今夜だけは従順な皮を脱がせてもらったぜ。

 

 「イケダさん、もしお店に行くのが恥ずかしいなら私がお相手を斡旋しましょうか?性行為が初めての相手でも優しく接してくれる経験豊富な女性、紹介しますよ」


 「え」


 デブスに一矢報いてホクホクしていたところに保護者から筆おろしのご提案を受けた。


 なにこれ。どういう状況?


 「経験豊富な女性って。どうせ母ちゃんのことだろ」


 「あ、分かっちゃう?やっぱり初物っていいわよね」


 「それにしたってイケダですよ?いい年こいて大人の皮をかぶった万年思春期野郎ですよ。もはやゲテモノやろがい」


 「………………」


 なにこれ。どういう状況?

 

 「……母上。そろそろやめてやってくれないか」


 「あらルシアちゃん」


 グッドタイミング。マーガレット第三の女が現れた。


 サキュバス母娘に圧倒される童貞ボーイを見かねて駆けつけてくれたよう。やはりマーガレットの中で信じられるのはルシアしかいない。


 「ルシアさん、聞いてください。セリーヌさんとお母さんが私を童貞包茎短小ゲロクソしょんべん扱いするんです」


 「滅茶苦茶盛ってんじゃん」


 「え、イケダさんて包茎短小なの……?」


 「母上、セリーヌ。それは言い過ぎだと思う」


 三者三様の反応である。


 もはや自分でも何を言っているか分からないが、デブスに勝てればそれでよい。


 いつまでも下僕扱いできると思うなよ。


 「あー、こうなったらしゃあない。仕方がなかろうて。バトるしかないな。決闘で白黒つけようじゃねーの!!」


 「決闘、ですか」


 と思っていたら突然の決闘宣言である。相変わらず思考回路がバグっている。


 「つっても単純な腕力勝負じゃ芸がないから、フィモーシスの住民による人気投票なんてどうよ」


 「人気投票、でいいのですか?」


 正直に申して、急に何言ってんのこいつ状態である。


 もちろん力勝負で引けを取るつもりはないが、住民の人気投票なんぞ既に勝敗が見えている。市長がポット出のデブスに負けるわけがない。


 はい勝ちました。


 「では敗者が勝者の命令に従うということで」


 「上等。じゃあ明日の朝、さっそくやんべ」


 こうして何故か人気勝負を行うことに。


 全住民を大広場に集めることについてはヒルデさんに渋い顔をされたが、ごり押しで何とかおkを貰えた。


 そして当日。


 好きな人の方に移動してねの号令で行われた人気投票は。


 住民全体のうち8割の支持を得たデブスの勝利に終わった。


 「…………………」


 こうして俺は下僕に逆戻りとなった。

 


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