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南の王【13】

 もちろん。


 小心者の俺が何の対策も無く敵の親玉と会う訳がない。3人を包む形で無色透明氷壁を構築していたのだ。


 つまるところ先程のパリ―ン!は氷壁が破られた音ということになり。


 右腕に痛みが走ったのは。


 「っっあ!?」


 何かが宙を舞う。間違いなくそれは見慣れたもので。


 「池田!!!!」


 誰の声か。分からないが呆けている場合ではない。


 とてつもなく痛い。血もどくどく噴き出ている。いっそのこと死にたいと思う程だ。ただ、ここにいるのは俺だけじゃない。セレス様とルシアもいる。


 死なせてはならない。絶対に。


 でも痛い。ひぃぃ。


 駄目だ、痛みで何も考えられん。こんな状態で反撃など出来ない。とにかく一刻も早くこの場を離脱しなければ。


 痛すぎる。


 しかし転移魔法で運べるのは俺を含めて2人まで。つまり1人を置き去りにしなければならない。


 ああ、くそ、痛いな。悩んでいる暇はない。


 セレス様か金髪女騎士か。


 答えは明白だ。


 「っ」


 声が出ない。もう1度挑戦する。


 「せ、セレス!!10秒だ!」


 「!!」


 言葉足らずだが伝わったようだ。これがつーかーの仲か。


 「なにを―――」


 右腕だけで済んだのはこの人が咄嗟に引っ張ってくれたからだろう。真横にいたルシアの上着を左で掴み、強く念じる。


 「はっ!!」


 そして一瞬の暗転後、目的地へ到着したことを確認する。


 正面には驚きで両眼を見開くヒルデさんがいた。


 よくよく見るとこの人も美人だな。本当に俺の周りはより取り見取りではないか。好感度上昇イベントはまだか。


 「い、イケダさん……?」


 恐る恐る話す彼女の顔には多少の恐怖が表われている。自分では気づかないが必死の形相なのだろう。


 ヒルデさんの問いには答えず、魔法を行使するため再び強く念じる。


 「はっ!!」


 そして一瞬の暗転後。


 とてつもない嫌な予感と共に氷壁を3枚構築する。無色透明に比べると厚さも倍だ。


 それがパリーン!パリーン!と2枚まで突破された。正面ではブサイクな男が剣を振り下ろした状態で止まっている。


 こいつか。


 復讐心が沸々とわく中で、唐突に背中をくいっと引っ張られた。


 この感触、間違いない。深い安心と共に怒りを抑え込む。少なくとも今は逃げるのが先決。


 本日3度目。フィモーシスを強く念じる。


 ブサイクが物凄い速さで最後の氷壁を破壊し、こちらへ剣を振り下ろしたのが最後の光景となった。




 ☆☆

 


 

 <ジークフリード視点>


 領主邸に入った直後のことです。


 何故ルシアさんがここに?と思う間もなく居間の中央に光の靄が現れ、次の瞬間にはイケダさんとトランスさんが姿を現しました。


 「え?あ?」


 私は驚くばかりです。イケダさんに問いかけようとしたところ、彼の顔色が悪い事に気づきました。今までに見た事の無い表情をしています。


 そして全身を視界に収めることで発見しました。


 なんと右腕を欠損しているではありませんか。肘の先が見当たりません。欠損部分からは血がどくどくと流れ出ています。


 一大事です。


 「い、イケダ!これはどういう―――」


 話し掛けます。しかし私の言葉を遮る形でトランス氏が声を荒げました。


 「水と清潔な布を用意して!布は出来るだけ大量に!早く!!」


 とても興奮されております。今までに見た事の無い彼女です。それだけ緊迫した状況と言えるでしょう。


 トランス氏の言葉を聞いたルシア・マーガレットさんが外へ飛び出そうとします。とここでどこからともなく左腕が現れルシアさんの行く手を阻みました。


 イケダさんです。


 「待て……………あ、いや、お待ちください………大丈夫です……大丈夫」


 今にも倒れそうな様子なのに何が大丈夫なのか。問い詰めたい気持ちに駆られましたが彼は病人です。刺激を与えるわけにはいきません。


 他の3人も訝しげな視線を向ける中、突然イケダさんの足元に魔法陣が現れました。色は緑。つまり風系統、もしくは……。


 イケダさんの右腕が光に包まれました。この時になってようやく彼の行動に合点がいきました。


 そういえば回復魔法を使えるのだったと。自分も大きな傷を治療いただいた経験があります。


 右腕の光が徐々に薄くなっていきます。どうやら血は止まったようで、床にたまった血溜まりが増えることはありません。


 しかし欠損はそのままです。右腕の先端が脈動を繰り返すあたり、回復しようとしているが何か足りないと言ったところでしょうか。もどかしげな様子です。


 思わず顔をしかめるイケダさんですが、ここで表情が一変します。一言ぽつり「9ポイントあるな……」と呟き眼を閉じました。


 いったい何をするつもりでしょう。他の3人も黙って見つめています。


 待つこと30秒。


 再びイケダさんの足元に緑色の魔法陣が出現します。先程よりも輝きが増しているような、そんな気がしないでもありません。


 そして彼の右腕は光の中に消え、次は1分ほど経過したのち。


 光が徐々に薄くなるその先に見えたのはなんと。


 「……………治ってる」


 右手でした。何事も無かったかのようにそこにあります。ゆっくりと開いたり閉じたりして感触を確かめています。


 「イケダ、お前……」


 「何とかなりました。良かったです」


 良かったですって。欠損まで治療できる氷魔法使いがどこにいるでしょうか。それも縫合ではなく無くした部分を新たに生み出したのです。常識ならあり得ません。教会でも出来るかどうか。


 「イケダさんは、回復魔法も使えるのですか?」


 「ええ、まぁ。ほんの少しですが」


 どの口が言っているのでしょう。氷魔法に比べたらそうかもしれませんが一般レベルは超越しています。


 「あ、床が。どうしよう…」


 イケダさんの視線の先には血だまりが出来ています。いきなり小さい事を気にし始めるあたり、右腕は完治したと考えて良いでしょう。周囲を確認する余裕が生まれた証拠ですから。


 「イケダさん。察するところ様々な困難が重なり疲労も蓄積されているかと思います。今すぐにでもお休みいただきたいのですがその前に。この場に現れた経緯を教えて頂けますでしょうか?」


 「そうですね。では………ルシアさん、お願いできますか?」


 何故かマーガレット氏に委ねました。説明に自信が無いのでしょうか。


 「ではサウスゲートへ到着したところから。我々は真っ先に市長邸宅へ向かい―――」


 ルシアさんが話し始めました。


 恐らく説明慣れしているのでしょう。要点がしっかりまとめられていて、とても聞きやすいです。「あー」や「えー」を随所に入れるイケダさんでは勝ち目がありません。譲って正解です。


 「―――そこでスタークの刺客によりイケダの右腕が斬りおとされた。形勢不利だと感じた彼は転移魔法……による緊急離脱を決行した。で、合っているだろうか?」


 「ええ。間違いありません。ありがとうございます」


 「そうか………しかし本当に転移魔法だったのか。あの距離を一瞬で飛んだのか。なるほど……」


 ルシアさんがブツブツ呟いています。余程驚いたのでしょう。私自身見た事はありますが未体験なので、1度でいいから転移してみたいです。


 「ルシアさんとトランスさんの帰還にズレが生じていましたが、順番に転移させたということでしょうか?」


 「そうですね。転移魔法で同伴できるのは1人までなので、刺客を相手取っても問題なさそうなセレスティナさんを後回しとさせていただきました」


 これには私もビックリです。イケダさんがフィモーシスの中で一番大切にしているヒトはトランス氏だと思っていました。いえ、今もそう思っています。そんな彼女を自分に重傷を負わせた相手の前に置き去りにするとは、深い信頼が無ければ実行できません。


 そんな信頼、いつ生まれたのでしょう。


 「私からも1ついいだろうか。イケダの背後に立つ女性は、ティナ……セレスティナで間違いないだろうか?」


 ルシアさんを除く全員が首をかしげます。彼女は何をおっしゃっているのでしょうか。


 「ええ、そうですが」


 「なるほど。いや、あまりにも姿が変わっていたので驚いてしまった。もう大丈夫だ」


 こちらも合点がいきました。今のトランス氏はお美しい姿をされています。恐らく戦闘に魔力を集中させるために変身を解除したのでしょう。そしてルシアさんは変身前の姿を拝見していた。驚くのも無理はありません。


 「…………よろしく」


 トランス氏が手を差し出しました。ルシアさんが力強く握ります。


 友情再び、といったところでしょうか。それにしてもルシアさんの順応力には頭が下がります。変身能力を持つ女性を即座に受け入れるなど普通じゃないです。騎士団の団長を務めただけあります。


 「ルシアさんのお話を聞いた限りでは、スタークはこちらの動きを読んでいたようですね。イケダさんを襲ったのはどんな男でしたか」


 イケダさんはうーんと悩むしぐさを見せつつ、ルシアさんに視線をやりました。


 「バンディ・ボッチ。元殺し屋のSSランク冒険者だ。冒険者ギルドで数回見かけたことがある。ある時期から姿が消えたと思っていたら、まさかスターク家の用心棒になっていたとは思わなかった」


 


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