南の王【12】
「これは…………」
いわゆる前門の虎後門の狼というやつか。
どうやらいつの間にか敵の術中にはまっていたようだ。
「オペレーションデルタ、と言えば分かるだろうか」
「…………なにそれ」
したり顔のダンディに対しセレス様がツッコミを入れた。
「1つ目の門が強行突破された時点で自動的に発動される作戦よ。いわゆる強者には兵士単体で向かっても意味がない。ではどうするか。質が無ければ量で補えばよい。そこに質を備えた者も数名投入し包囲殲滅する。至極単純だが至って効果的なオペレーションデルタの完成だ」
上手く侵入したつもりだったが最初から気づかれていたらしい。
背後を見渡す。兵士の恰好をしたものが250弱、冒険者風情が30弱、合わせて280といったところ。中々の陣容である。
常にこれだけの私兵を抱えているとしたら維持費だけでも馬鹿にならない。もしかするとフィモーシス陣営の襲撃に備えて新たに雇い入れたのかもしれん。
気づかれていたのだろうか。だとしても相手が気づくことをヒルデさんが気づかないわけがない。帝国元ナンバー2がたかがいち市長に心理戦や謀略戦で後塵を拝するわけがないのだ。そんな彼女が快く送り出してくれた即ち、スタークがいくら備えても問題ないと判断したのだろう。
離れて気づくヒルデさんの大きさ。フランチェスカの助言に従って彼女を抱え込んでおいてよかった。でなければ今頃年齢不詳かスターク候に、戦い以外の部分でケチョンケチョンにやられていたことだろう。
今孔明ブリュンヒルデ。カッコいいじゃん。
「イケダ、どうする」
金髪女騎士の美フェイスに不安が表われている。
ああ、俺こいつの顔ずっと見ていられるな。
「大丈夫です。ここは私とセレスティナさんにお任せください」
何か言おうとするルシアを手で制しセレス様へ呼びかける。
「セレスティナさん、前の2人はお願いできますでしょうか。後ろは私が何とかするので」
「……………うけたまわった」
背後に向き直る。
さて。チャチャっとやっちゃいますか。
俺が使用できるスキルはと言うと。
【スキル】
ステータス:4
回復魔法:10
MP吸収:54
氷魔法:55
解読魔法:1
土石魔法:21
転移魔法:10
スキルポイント:9
この中で効果的なのは氷魔法と土石魔法のみ。しかしどちらも殺害向けで無力化は難しい。今後ともスターク家とお付き合いするためには死者少数の事実が必要となる。ゆえに殺しは控えたい。ノミの心臓と名高い池田にしても大量殺人は御免被る。
ではどうやって無力化するか。
1つ簡単な方法がある。
「何をする気だ?」
怪しむ金髪女騎士には微笑みを返す。これは好感度アップしたのではなかろうか。逆に「急に何こいつ。キモ」と思われている可能性もあるか。微笑みの使いどころが難しい。
兵士たちへ視線を向ける。輪を作ってじわじわと近づく彼らに慢心や油断は見られない。
実力は把握されていると思っていい。
だがそれは金髪女騎士の力だ。俺は彼らになにも見せていない。
実は横にいる男も結構デキるんだぜという事を思い知らせてやろう。そして金髪女騎士とルシアの好感度もアップだ。
徐に右手を水平に持ち上げ、何でもない事のようにポツリと一言洩らす。
「ストーンウォール」
その言葉がトリガーとなった。地面がゴゴゴゴゴ唸りだす。
「なっ、い、いけだん」
大きな揺れに思わず膝をつくルシア。動揺からか俺の名前もイケダンになっている。
イケダン=タカシーノ(27)。
悪くないな。
「な、なんだ急に!?」
「地面が…」
「す、進めん」
「揺れが止まるまでその場で待機!絶対に動くな!」
兵士や冒険者連中にも動揺が見られた。全員がその場にしゃがみ込む。
もしかするとこの人達を見るのはこれが最後になるかもしれないな。殺すとかそういうのではないけど。
揺れが震度6か7程度にまで発展するや否や次の展開が訪れる。
広範囲の地面から石壁がズゾゾゾゾとせり上がってきた。初めは膝あたりだったのが自分の身長を超え、更には角度によって太陽を隠すほどの高さとなったところで石壁の成長は止まった。
『…………………』
1つ残念なことは彼らの様子が見られないことだ。とても、とても驚いている事だろう。
仕方がない。
彼らの姿が見えないという事は自分の目論見が成功したと同義だからだ。
「これは……」
ポカン顔を晒すルシアちゃん。なぜ彼女が驚いているのだろう。1度見せたはずだが。
「ブラックアイズブラックドラゴンとの戦いの際に自分の魔法はお見せしたはずですが」
するとルシアは怒ったような呆れたような表情を浮かべて。
「私が見たのは氷魔法だ。土系統の魔法は知らん。それに氷魔法もここまで大規模ではなかった。これほど大きな石壁を一瞬で生み出すなど狂っている。おかしい。ニンゲンではない。あなたはあれか、魔王か?」
「い、いえ。違います」
酷い言われようだ。フランチェスカを見る限り魔王はもっとすごい奴だと思うぞ。
「石壁の規模と持続時間は把握しているか?」
壁の向こうからは何の音も聞こえてこない。絶句しているのだろうか。もしくは壁に声を吸収されているか。
「高さ10m、厚さ1mを横に伸ばしたイメージです。邸宅を包むよう半円形に配置しました。時間は、そうですね、破壊されるか自分が消さない限り永遠に残るかと」
「イケダ、嘘は駄目だぞ」
「いえ。本当です」
「イケダ」
「はい」
「本当に魔王ではないな?もしくは黒魔族の者か。勘違いしないで欲しいのだが、あなたが誰であろうと私が拒絶することはない。今まで通り協力することを誓う。さぁ、どうなんだ」
めちゃめちゃ詰められているのですけど。ヤンキーのカツアゲよりはマシだが、美人が迫ってくるのも結構辛い。いい匂いするしさ。目を直視していると赤面しちゃうしさ。あぁ辛い。
「紛れもないニンゲンです。信じてください」
「無理だ」
「え」
無理て。拒絶されてしまった。
こういう場合どうすればいいのだ。
「えーと……」
「信じることは出来ない。ただ、あなたがニンゲンと言うのだから人間族なのだろう。事実は受け入れる。だからと言ってどうということはない。私は過去のあなたを知っている。何も揺るがない」
「はぁ」
まずい。
全く訳が分からない。こいつは何を言っているんだ?金髪女騎士ってこんな奴だった?オレンジ君並みに思考回路が破綻しているぞ。
恐らく突然ミニ万里の長城が出来上がって混乱したのだろうけど。こちらとしてはポカン顔を晒すだけである。
「…………………あの」
背後から声が聞こえた。
振り返る。
「セレスティナさん」
ローブ姿の彼女が立っていた。一体どうしたと言うのだろう。
「冒険者2人との戦いは……」
「…………終わった」
なんと。こちらが壁談義に花を咲かせている間に片づけたらしい。どおりでダンディとエロ熟女の声が聞こえてこないわけだ。
セレス様の背後を見やる。そこには黒い四角の物体が宙に浮いていた。
例のあれやん。
「ダーカーザンブラックですか」
「………そう」
どうやら冒険者2人は反省部屋に閉じ込められたらしい。ドラゴニュートやアプカリプシスには内側から破壊されたが、今回の相手にその力は無さそうだ。
確か1日拘束するのだったか。水や食事は我慢出来ようが排泄はどうするのだろう。まさか垂れ流しだろうか。セレス様のおしっこ飲みたい。
「……そっちも終わった?」
「ええ」
今すぐに兵士が迫ってくることはない。時間をかければ壁を迂回してこちら側に到着できるが、その頃には全てが終わっているだろう。スタークとの交渉を終え、転移魔法でフィモーシスに帰還しているはずだ。
「先へ進みましょうか」
ルシアに声をかける。すると彼女はセレス様をチラ見した後いつものクールフェイスでこんなことを言った。
「もしやフィモーシスには人間族がいないのか?」
「………………」
2人いる。2人だけ。
☆☆
市長邸宅最上階。一番大きな扉の前に立つ。
邸宅侵入後は1度も襲撃が無かった。1度もだ。更には人っ子一人見当たらない。どこかの部屋に隠れている可能性はあるが、少なくとも廊下や階段では遭遇しなかった。
誘い込まれているのか。それとも全てを諦めたのか。
このドアの向こうに答えがある。
「開けますよ」
2人に確認する。
「………うん」
「ああ」
ドアノブは見当たらない。
両扉に手を当てて押す、とそこで一抹の不安がよぎる。
扉を開けた瞬間に爆発するような罠が仕掛けられていないだろうか。アクション映画でよく見るやつ。
「あの、本当に開けてもよろしいですか?」
もう1度確認する。
「………どうぞ」
「ああ」
返事は変わらない。当然だ。
いま抱えている不安を伝えなければならない。
「開けた瞬間に罠が発動するタイプとか…」
「罠か。可能性はあるな」
やっぱり!
「………不安なら、私が魔法で開けるけど」
「あ」
その手があったか!
目から鱗とはこの事である。
「いえ、自分が開けます。2人は扉から離れて頂けますか」
セレス様と金髪女騎士を後ろに下がらせ、俺も扉から距離を取る。
土石魔法、はこの環境だと使えなさそうだから氷魔法だな。
バレーボール大の氷球を形成し、両扉の中心部へぶつける。
ドゴッ!ガキッ!という音ともに両方の扉が破壊された。そのまま数秒待ったが何も起きない。どうやら発火式の罠は設置されていなかったようだ。
「行きましょうか」
「………うん」
「ああ」
2人を引き連れて市長のお部屋らしき場所に踏み入れる。
大きさは20畳程度。形は長方形。内装は至って普通でザ・お仕事部屋といったところ。壁に剣が数本飾られているがそれだけだ。他に特筆すべき家具はない。
入口から一番離れたところにモダンデスクが置かれており、そこに厳つい顔の男が鎮座していた。
「長旅ご苦労。ようこそサウスゲートへ」
男は両手を広げ迎え入れるような仕草で第一声を放った。
聞いたことのある声だ。間違いないだろう。
「レイニー・スターク……さんですか」
「いかにも。貴様らはフィモーシスの使いだな」
初対面にも関わらず貴様とか言われた。若干イラついたが、あんな極太眉毛の彫深フェイス野郎に文句など言えるはずがない。愛想笑いを浮かべないだけ成長したというものだ。
「まぁ、そのようなものです」
「入れ違いというわけか。ならば今頃貴様らの都市は陥落しているやもしれんな」
どうやらスターク陣営も敵対都市、つまりフィモーシスにヒトを送ったらしい。口ぶりからするに攻撃的な面子のようだ。
心配は……特にしていない。ヒルデさんがいる。フランチェスカがいる。絶対防壁がある。フィモーシスが落ちることは無いだろう。
元魔王様から心話も届いていない。ああ見えて意外とお節介な御仁だ。フィモーシスに何かあれば、適当な理由をつけて報告いただけるはずだ。勇者パーティーが訪問した時もそうだった。
ちなみに出発してから1度もフィモーシスに戻っていない。転移魔法でいつでも帰還できるにも関わらず。というのもデブスとお母さんを置いてきたからだ。ノコノコと戻ってしまえば何を言われるか分かったものではない。ゆえに連日野宿。
林間学校みたいで意外と楽しかったな。
「1つ思い違いをしているようなので訂正させてください。私達はサウスゲートひいてはあなたを攻撃しに来たわけではありません。交渉に参ったのです」
「ほう。散々外で暴れておいてその台詞か。呆れてものも言えんな。見よ、貴様らの壁が下階の日照を奪っているぞ」
窓からチラ見する。
確かに邸宅の1、2階は完全なる日陰となっている。もう少し低い壁にするべきだったか。
「………好きで暴れた訳じゃない。向こうが……攻撃してきたから。仕方なく」
「何事にも始まりはある。さて、初めに手を出したのはどちらだったか」
「…………………」
秒で言い返されたセレス様は、まるで私は何も発言しませんでしたと言わんばかりの表情を浮かべつつその場から一歩下がった。
「その余裕、口ぶりから我々の訪問を予期していたと見える。それにしては平時と変わらぬ陣容に思えたが如何か」
ルシアの問いに対しスタークは微笑みを浮かべた。
ボス部屋に入られて尚この余裕はとても不気味だ。普通ならば慌てふためいてもおかしくない。
虚勢か?だったら嬉しい限りだが。
「ふむ。金髪の女よ、貴様かと思ったが………立ち位置からして違うようだ」
そう言うとスタークは俺へ視線を移した。
「男、お前がリーダーか。となると外の魔法も貴様だな。なるほどなるほど、市長自ら足を運ぶとは想像の埒外よ。なればこそ本気度が伺える」
「………………」
今まで散々鍛えられた表情筋が素晴らしい働きをした。まったく動揺を見せなかったと言っていいだろう。
しかしなぜ俺だと分かったのだ。フィモーシスの市長が男だという情報は少し調べれば分かることだ。だがその市長が魔法に長けていることなど一握りしか知らないはず。
どこで漏れた。一番怪しいのはエンマーク親子だが果たして。
「金髪の女よ、いやこう言った方が良いかな。元侯爵令嬢のマーガレット殿」
「ほう」
なんと。
こやつ金髪女騎士のことまで知っていると言うのか。情報通にも程がある。
ああ。
何故か嫌な寒気がしてきた。
「貴女の問いに答えよう。疑いはあった。だが確信ではない。ゆえに下の者には何も知らせていない。貴様らを侵入者として扱ったのはそういうことだ」
「なるほど。それで?」
「いずれにしろ過程は同じ。だが結果は大きく異なる。そう、市長がここにいる事でな」
スタークが気持ちの悪い笑みを浮かべた。生理的嫌悪をもよおすやつだ。
寒気が止まらない。何をする気だ。どうする。こちらから仕掛けるか。
いや、落ち着け。池田クールになれ。大丈夫だ。
何を仕掛けてこようと俺には。
「!?イケダ!!!」
突然の絶叫。同時にとても強い力で左腕を引っ張られた。
なにごと!?と思う間もなく。
パリ―ン、という聞き慣れた音と共に。
激しい痛みが右腕を襲った。




