南の王【11】
南へ向けて歩を進める。
遠征メンバーは俺、セレス様、金髪女騎士。以上。
以上である。
「あの、本当に置いて来てよかったのでしょうか?」
たまらずルシアに問いかける。発案は彼女だ。
「ああ。セリーヌも母もトラブルの種になりやすい。スタークとの交渉以外で頭を悩ませるのは本意で無いだろう。連れて行かぬが正解だ」
「報復されませんかね」
「言葉だけだ。行動には移してこない。それも耳障りなら私が止めるさ」
確かに暴言やパシリ扱いはあっても暴力は無かった。そのあたりデブスは一貫している。とはいえ暴言で心をやられる可能性が大なのでルシアストップは有効的に使っていきたい。
正直に申すと2人の不在はありがたい。万が一人質に取られた場合如何ともし難いからだ。デブスは剣聖だけれども機動力が皆無、母親は見るからにスローペース、多くの兵士に囲まれる事態に陥ったら逃げられないやもしれぬ。
「………………」
まぁ、元魔王やアポカリドラゴン級でもいない限り、全然守る自信ありますけど。
反面セレス様とルシアは単独で切り抜けられる実力を有している。だからこそセレス様をいの一番に指名したのだ。アポカリドラゴンとの戦闘から彼女ならばどんな困難も切り抜けられると確信したから。
「………………」
まぁ、純粋にセレス様と旅したかったという思いもありますけど。
それとデブスに暴言を吐かれる姿をセレス様に見られたくないという思いもある。会社のマドンナを前にして課長に叱られるようなものだ。課長は課長で部下に教育する俺格好いいアピールをマドンナにしているつもりなのだから困る。彼女の頭にはアフターファイブのナイトプールしかないというのに。
ちくしょう。
「………………」
まぁ、羞恥プレイだと思えばデブスに罵倒されるのも悪くは無いのですけど。
「………ルシア・マーガレット。………なんて呼んだらいい?」
セレス様から話し掛けた。中々お目にかかれない光景である。彼女から見て金髪女騎士は接しやすいのだろうか。ちなみに遠征中のセレス様はジャージではなくローブを着用している。
「ルシアでもマーガレットでも」
「…………分かった。じゃあ、姉って呼ぶ」
分かったと言っておきながら特殊な呼び方するセレス様かわいい。
「まぁ、いいが。こちらは何と呼んだらいい?そもそもイケダとはどういう関係なのだ?先程は身内のような存在と話していたが」
異なる話から異なる話へ。どんどん派生していく。金髪女騎士もクールを気取りながら女子トークに花を咲かせるタイプらしい。意外だが悪い事ではない。
セレス様も存外気分が乗っているようだ。ぽつりぽつりだがきちんと受け答えしており、たまに質問も投げかけている。
出発早々いい雰囲気である。
退屈しない旅になりそうだ。
☆☆
フィモーシスを出発して8日。
何事もなく都市サウスゲートに到着した。
スタークの放った刺客から襲撃される事も無かった。こうなるとフィモーシスが心配だが、難攻不落な上にヒルデさんがいる。問題ない。
セレス様と金髪女騎士は相変わらず仲良しだ。道中における交流で更に親密となった気がする。セレス様にとっては良い傾向だろう。俺が暇を持て余していたことなど些末な事案だ。
もちろん恋愛イベントは皆無だった。好感度に変化なし。
「さて」
目的地まで残り100m程度になってルシアが立ち止まりこちらを振り返った。
「あそこに見えるのがサウスゲートだ。ダリヤにおける5大都市の1つであり、代々スターク家が市長を務めている。また、度々レニウス軍との戦争に晒されることもあり都市防衛能力は首都マリスに次ぐと言われている。今回はエンマーク殿の奇策によりその能力は発揮されなかった訳だが、もし戦っていれば双方多大な犠牲を被ったであろうことは想像に難くない」
「なるほど。ただ、うちに比べると平凡ですね」
何やら複雑な構造をしているが上空から魔法ズドンで終わりだろう。
「フィモーシスは例外だ。あれは都市であって都市ではない。先へ進もう」
金髪女騎士についていく。
「………サウスゲートには……どうやって、入るの?」
「求める結果による。サウスゲート全体を恐怖に陥れることによって交渉を有利に進めたいのなら、門兵に堂々とギルドカードを提示すればよい」
交渉材料が無ければその方法も有り得た。ただ俺たちは手に入れた。
無駄に武力を誇示する必要もあるまい。
「入場料を払いましょう」
都市の入口で1人につき2万、合計6万ペニーを支払う。もちろん財布は俺である。経費で落とせるだろうか。
そして入場。初めてのサウスゲートだ。
「………………大きいね」
そうだ。確かに大きい。
街並みはマリスと左程変わらない。ただ建物1つ1つが異様な大きさだ。巨大建造物群といった表現がお似合いか。
「この地には人が集まるからな。その分大型施設も多いのだ。このまま市長の館へ向かおうと思うがいいか?」
「ええ、お願いします」
レニウスとの戦争により一時期は無人になったはずだが、今ではすっかり活気を取り戻しているようだ。この時代に生きる人間の切替の早さは目を見張るものがある。
迷いなく進むルシアに従いサウスゲートの街中を通る。
道中で確認したところ、彼女は騎士団時代にこの地で活動したことがあるらしい。マリスと同様に魔物の間引きをお手伝いしたとか。その際にサウスゲート内外の地理を覚えようだ。こうして市長の館まで先導いただけるのはとてもありがたい。ちなみにギルドマスターとは顔見知りだがスターク家の者とは関わる機会が無かったようだ。
「……………あ、池田。あれ」
袖をくいッと引っ張られる。セレス様の指さす方向を見ると、赤々とした肉っぽい何かを所狭しと並べている露天があった。
「………ナハトムジークの、お肉。あんなに置いてあるの…………見た事ない。……とても、とても美味しいから………帰りに、買っていこう」
「いいですね。なんならお店ごと買い占めちゃいましょうか」
俺の冗談にコクッと頷くセレス様。
ルシアもそうだがセレス様の落ち着きは一般人のソレではない。緊迫した戦いを前にして肉を買いたいなど普通言えないだろう。
「………………」
そもそもチームフィモーシスにはお豚さん以外慌てふためき担当がいない。事あるごとにギャーギャー喚くうるさヒロインや映画やドラマで一番最初に殺されるようなお調子者キャラがいないのは嬉しい限りだ。あいつら好きじゃない。とはいえ反応が鈍いのも寂しいと言えば寂しい。ぜいたくな悩みかもしれない。
「………このあたりか。あれを見ろ」
今度はルシアの指さす方向を見つめる。そこには三段構えの頂点に立つ真っ白な建物があった。異様に目立ち、そして大きい。サウスゲートで一番の権力者の住処であることは想像に難くない。
「スターク家の邸宅だ。レイニー・スタークと会うためにはアレを攻略しなければならない。私兵や高ランクの冒険者が詰めているため難易度は高い。フィモーシスの使者と名乗り出て向こうの反応を待つなら話は別だが、どうする?」
サウスゲート遠征メンバー選出後にヒルデさんから頂いたのは禁止事項のみ。スタークを殺してはならない、サウスゲートの住人を脅かしてはならない、など。あれをどうしてこれをどうしろといった具体的な指示は無かった。つまりプロセスは任せると。
個人的な考えとしては名乗ったところで会えるまでどの程度要するか分からんし、そもそも会わせてもらえない可能性もある。それゆえに強行突破を図りたい。
「邸宅を攻略しようと思います。如何でしょう?」
「異論ない」
「……いいと思う」
全会一致で市長邸宅攻略案が採用されることとなった。
「とはいえ力尽くで邸宅へ侵入するのは簡単じゃない。第一層、第二層、第三層を突破しなければならないからだ。層ごとに邸宅を1周する形で石壁が築かれており、唯一の出入り口には兵士か冒険者が配置されている。彼らの強度は邸宅へ近付くに従って増すだろう。さて、どうする?」
改めて市長邸宅とそこまでの道のりを見渡す。
段々畑は3段までありそれぞれに強者が配置されている。出入口は1つ。石壁は高すぎて登ることは困難。
セレス様の闇魔法"隠蔽"で気配を消してコソコソと侵入する作戦は不可能のようだ。
強行突破か。あまり騒ぎにはしたくないのだが。望み過ぎだろうか。
「セレスティナさん、何か思いつきましたか?」
一応確認する。
「………何も。………正面突破が……………一番確実だと、思う」
「そうですよね。では素直に門から入りましょうか」
仕方がない。
1度小さく息を吐いた後、2人の顔を交互に見つめる。
ああ。
全然関係ないがルシア死ぬほど美人だな。少女漫画の主人公を彷彿させるが如く、眼が大きく瞳は輝いている。肌は透き通るようで奇跡的なバランスで配置された鼻と口。整形しているとしか思えない美貌である。
そんな彼女がいまだに独身なのは理解できない。男社会の騎士団に所属していたのだ、告白されたのも1度や2度ではないだろう。俺が騎士団員Aだったら即座に求婚するし。やはりビッチ妹の存在がネックなのだろうか。
いや待てよ。そもそも彼女には許嫁がいたぞ。フラワー砦の一室で肉体関係を迫られていた。
デブス曰く卑劣将軍クソ太郎。彼とはどうなったのだろうか。マーガレット家を出奔しておいて結婚したとは思えないが、快く彼が送り出したとも思えない。
今度何があったか聞いてみよう。
「2人とも、準備はよろしいですか?」
「………うん」
「問題ない」
よし、行こう。
先導する形で歩き始める。気分は部下を引き連れて商談へ向かう中堅サラリーマンといったところ。イオアノドラゴンとの戦いとは別種の緊張を感じる。
第一層の入口へ辿り着いた。中々に大きな門の前に槍を持った2人の兵士が直立している。
「ここはスターク様の館だ。用件を聞こう」
そのうちの1人が問いかけてきた。俺に話し掛けたようだが視線はルシアへ向かっている。真面目な表情の裏で下種な妄想を繰り広げているのが目に浮かぶ。ちなみにセレス様はマークⅡ形態なのでガン無視されている。
「何も言わず通して頂けるとありがたいのですが」
「は?そんな真似できるはずがないだろう」
「ですよね」
ダメもとで確認したが、やはりダメだったようだ。切り替えよう。
余計な戦闘はしたくない。ゆえに日常を壊さぬ音量で2人を無力化する必要がある。
さて。殺さずに意識を失わせるなど池田やったことないのですけど。殺傷能力満点な手持ちの魔法をどう活用すればよいのだろう。
「私が沈黙させよう」
「うおっ」
耳元にこそばゆい感じがした。視線だけ向けると、いつの間にかすぐ後ろに金髪女騎士がおった。
近すぎる。美人過ぎて逆に引くわ。
ルシアがスルスルっと門兵に近づく。そして徐に消えた。
『消えた!?』
ルシアのバニッシングカットが炸裂した。と同時に門兵が呻き声を上げその場に崩れる。
「………姉が……消えた」
「ここにいるぞ」
ルシアの魏延殺しが炸裂した。彼女は門兵2人がいた場所にそのまま立っている。
「………………殺した?」
「気絶させただけだ。先を急ごう」
ということで門兵をその場に残し門をくぐった。
☆☆
「てい」
「ぐはっ」
3人同時にスターク私兵が崩れ落ちる。
第2層を突破し第3層に突入したあたりから、わらわらと兵士が増え始めた。どうやら気づかれたらしい。それでもルシアの華麗なるバニッシングカットにより何も出来ず倒れるだけの私兵達。哀れである。
強い強いとは思っていたがお手並みも鮮やか。兎にも角にもルシアの近接戦闘は美しい。
「そろそろ邸宅に到着してもよさそうだが」
第三層に入って数十分。戦闘時間を考慮しても歩き過ぎだ。
ちなみに各層には家々が立ち並んでおり、上へ進むにつれて高級感が増している。俺たちは道なりに進んでいるのでちょっかいを出すことはない。
「む」
ルシアが立ち止まり前方を見上げた。俺とセレス様も続く。
何やらお城っぽい建物が見えた。恐らくスターク家の邸宅だろう。その城の入口に2人の男女が立っている。
「服装から察するに冒険者だろう。それも高ランク、中々手ごわそうだ。イケダ達の力を借りるかもしれない」
どうやら色々と見抜いたようだ。強者は強者を知ると言うが俺には全く分からない。前衛と後衛の違いだろうか。
「…………だったら、私1人でやるけど」
ルシアの助力要請に反発するが如くセレス様からひとりでできるもん宣言が下った。
「……本気か?奴ら2人とも最低B、高ければSも有り得る。無力化どころか殺すことさえ困難だぞ」
「…………大丈夫。………たぶん」
訝し気な表情を見せるルシアをしり目に最終関門へズンズン進むセレス様。
ルシアが疑うのも無理はない。見た目はただの魔法使い見習いなのだ。まさかフィモーシス第三位の実力を持つとは夢にも思うまい。
本人がおっしゃる通り大丈夫とは思うが一応声をかける。
「セレスティナさん、自分がいきましょうか」
「………いや。………恐らく、真打はこの後。あなたの力は………そこで発揮されるべき。……だから………ここは、私に任せて」
「そうですか。なら、お願いします」
大人しく引き下がる。
スキル「MP吸収」により魔力切れの心配はない。ゆえに何人相手にしようが関係ないのだが、セレス様がやると言ったのだ。任せるのが信頼の証よ。
「いいのか?」
若干心配げな声色で金髪女騎士が聞いてきた。
「無論です。黙ってみましょう」
不思議なものだ。数十メートル離れたこの距離で敵の強さを測れるのに、ずっと一緒にいたセレス様の実力が分からぬとは。マークⅡ形態だからだろうか。
「数年ぶりに望まぬ客が来たかと思えば、このような小娘とは。兵士の質も下がったようだ」
「本当ね。鍛え直す必要がありそう」
男女が声を発した。
男の方は40台中頃のナイスミドル。オールバックの髭ダンディだ。洗練された雰囲気がある。恰好は冒険者だが執事と言われた方がしっくりとくる。
女は30代中盤か。美しくはないが醜くもない。謎の色気を出すアラフォー女性だ。このくらいの顔でDカップくらいなのが一番エロい。素人投稿で見かけたら即お気に入りに追加するやつだ。いいね。
「…………そこを通してほしいんだけど。無理?」
「無理だな。通さぬことが我らの任務よ。ならば強引に来るだろう。それしかないからな。ただその前に今1つ考えて欲しい。市長の邸宅を守るにしてはあまりにも兵士の数が少なかったのではないか?あっさりと最後の扉まで辿り着き、不思議に思わなかったか?ここに辿り着いた時点で貴様らは2つに1つ。己の力を過信する馬鹿、あるいは何も考えぬ馬鹿よ」
唐突なご高説を承った直後、背中がぞわっとした。なにこれ!?なにこれ!?と心の中で動揺しながら振り返る。
するとそこには。
「貴様らはいわゆる、袋のネズミよ」
兵士の壁が出来上がっていた。